マイスキー

2014年08月19日


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本盤には、ブラームスのヴァイオリン協奏曲と二重協奏曲が収められているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

本盤の演奏は1982年であるが、これはバーンスタインがウィーン・フィルを指揮してライヴ録音を行ったブラームスの交響曲全集とほぼ同時期のライヴ録音である。

バーンスタインの芸風は、1980年代になって大きく変容したと言えるのではないか。

かつてのニューヨーク・フィルの音楽監督時代には、いかにもヤンキー気質丸出しの爽快な演奏を行っていたが、1980年代に入ると、テンポは異常に遅くなるとともに、濃厚でなおかつ大仰な演奏をするようになった。

このような芸風にはうまく適合する楽曲とそうでない楽曲があり、マーラーの交響曲・歌曲やシューマンの交響曲・協奏曲などにおいては比類のない名演を成し遂げる反面、その他の作曲家による楽曲については、疑問符を付けざるを得ないような演奏も目白押しであったように思われる。

ブラームスの交響曲全集についても、どちらかと言えば疑問符を付けざるを得ない点も散見されたところであるが、ウィーン・フィルの懐の深い音色が演奏を浅薄なものに陥るのを避けるための大きな防波堤になり、少なくとも佳演との評価は可能な演奏に仕上がっていたと言える。

ところが、本盤のヴァイオリン協奏曲の演奏においては、交響曲全集で聴かれた、極めて遅いテンポ、粘ったような曲想の進行、濃厚さの極みとも言うべき表情過多な表現などを駆使したバーンスタインの晩年の芸風が緩和され、いい意味での剛柔のバランスのとれた演奏を行っていると言えるところだ。

これには、クレーメルの清新とも言うべき現代的なセンスに満ち溢れたヴァイオリン演奏を尊重した結果によるところが大きいと言えるのではないだろうか。

クレーメルは、本演奏においてヴァイオリンを意図的に歌わせずに、あたかもピリオド奏法を思わせるような奏法を行っているが、かかる演奏は、1982年の演奏としては極めて斬新というほかはないと言えるだろう。

第1楽章のカデンツァにマックス・レーガーの作品を使用しているのも、いかにもクレーメルならではの現代的なセンスの表れとして評価したい。

このようなクレーメルの斬新とも言うべきヴァイオリン演奏を尊重するとともに、引き立て役に徹した結果として、バーンスタイン&ウィーン・フィルの演奏も、いわゆる中庸の美徳を備えた演奏に落ち着いたと言えるのはないかと考えられるところだ。

もちろん、そうは言っても、演奏の随所においては、バーンスタインがマーラーの交響曲の演奏で垣間見せるヒューマニティ溢れる熱き心で満たされていると言えるところであり、ウィーン・フィルによる美演ともども、クレーメルのとかく無慈悲で冷たくなりがちなヴァイオリン演奏に、適度の潤いと温もりを付加するのに大きく貢献しているのを忘れてはならない。

いずれにしても、本演奏は、クレーメルによる現代的なセンスに満ち溢れた斬新なヴァイオリン演奏、そしてバーンスタイン&ウィーン・フィルによる人間的な温もりのある美演が見事に融合した素晴らしい名演に仕上がっていると高く評価したい。

他方、二重協奏曲は、マイスキーの雄弁で人間味溢れるチェロ演奏が加わるとともに、クレーメルがマイスキーのチェロ演奏に合わせることによって自らの個性を若干なりとも抑制したヴァイオリン演奏を行っていることから、ヴァイオリン協奏曲と比較すると、前述のようなバーンスタインの晩年の芸風がより色濃く反映された演奏に仕上がっていると言えるところだ。

したがって、バーンスタインの体臭がふんぷんとしている演奏とも言えるところであり、これは好き嫌いが明確に分かれる演奏であるとも言えるのかもしれない。

もっとも、ウィーン・フィルによる懐の深い美演が演奏全体に適度の潤いを与えているのを忘れてはならないところであり、マイスキーやクレーメルの渾身の名演奏も踏まえて総合的に勘案すれば、本演奏を素晴らしい名演と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

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2014年08月15日


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本盤はダイレクトカットによるSACD盤であるが、筆者の財力からするとあまりにも高額であり、おそらくは今後も未聴であると思われる。

以下に記すレビューは、現在は廃盤であり中古CD店でしか手に入らないが、かつて発売されていたシングルレイヤーによるSACD盤についてのレビューであることを冒頭に記しておきたい。

当該盤は、SACDの音質の素晴らしさ、とりわけオクタヴィアによる初期のSACD盤(シングルレイヤーによるSACD盤)の極上の高音質を堪能することが可能な名SACDであった。

アシュケナージによるR・シュトラウスによる管弦楽曲集については、他にもチェコ・フィルとともに演奏を行った、交響詩「ティルオイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」や交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」等を収めた盤(1998年)が発売(マルチチャンネル付きのシングルレイヤーによるSACD盤で発売)されており、それは素晴らしい名演であったが、本盤の演奏もそれに優るとも劣らない名演と評価したい。

アシュケナージは指揮者としてもピアニストとしても一流の存在であるが、その評価については賛否両論がある。

楽曲の聴かせどころのツボを心得た演奏をするとともに、表情づけなどの巧みさにおいても申し分がないアシュケナージであるが、とある影響力の大きい某音楽評論家を筆頭に、アシュケナージを貶す者からすれば、かかる芸風は、楽曲の内容への追求度が甘いとか、はたまた甘口で厳しさが足りないなどと言った批判に繋がるものと考えられるところだ。

確かに、アシュケナージの芸風に不向きな楽曲があるのは事実であろう。

ベートーヴェンやブラームスの交響曲などの演奏においては、アシュケナージの演奏の場合、美しい演奏ではあるが今一つ踏み込み不足の感が否めないと言えるところだ。

しかしながら、ラフマニノフやチャイコフスキーなどの交響曲や協奏曲などにおいては、他の大指揮者や大ピアニストとも互角に渡り合えるだけの名演を成し遂げており、筆者としては、アシュケナージの芸風を甘口などと言って、その一切を否定してしまうという見解には全く賛成し兼ねるところである。

それはさておき、本盤に収められたR・シュトラウスの管弦楽曲についても、アシュケナージの芸風に適合する楽曲と言えるのではないだろうか。

本演奏の特徴を一言で言えば、楽曲の魅力をダイレクトに表現した自然体の演奏ということになるのではないかと考えられる。

本演奏においては、特別な個性などは全く存在していない。

奇を衒うことなど一切排して、ただただ音楽そのものを語らせる演奏に徹しているとさえ言える。

前述のような、楽曲の聴かせどころのツボを心得た語り口の巧さも見事に功を奏しており、表情づけの巧みさや各楽器セクションのバランスの良い鳴らし方なども相俟って、R・シュトラウスによるこれらの各楽曲の美しさ、魅力を、安定した気持ちで心行くまで満喫することが可能な演奏に仕上がっているとも言えるだろう。

加えて、チェコ・フィルの弦楽合奏をはじめとした豊穣な音色や、特に、交響詩「ドン・キホーテ」におけるマイスキーによる人間味溢れるチェロ演奏が、演奏全体に独特の潤いと温もりを付加するのに大きく貢献していることも忘れてはならない。

いずれにしても、かつて発売されていたシングルレイヤーによるSACD盤は、演奏内容が優れていることに加えて、シングルレイヤーによるSACDによる極上の鮮明な高音質録音であることに鑑みれば、これまでの様々な指揮者によるR・シュトラウスの管弦楽曲集の中でも上位を占める名盤であると高く評価したい。

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2014年02月22日


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マイスキーは、ロストロポーヴィチが亡き現在においては、その実力と実績に鑑みて世界最高のチェリストであることは論を待たないところだ。

マイスキーは、チェロ協奏曲の最高傑作であるドヴォルザークのチェロ協奏曲を2度録音している。最初の録音はバーンスタイン&イスラエル・フィルとの演奏(1988年)であり、2度目が本盤に収められたメータ&ベルリン・フィルとの演奏(2002年)ということになる。

これら2つの演奏はいずれ劣らぬ名演であるが、その演奏の違いは歴然としていると言えるだろう。

両演奏の間には14年間の時が流れているが、それだけが要因であるとは到底思えないところだ。

1988年盤においては、もちろんマイスキーのチェロ演奏は見事であり、その個性も垣間見ることが可能ではあるが、どちらかと言うと、バーンスタインによる濃厚な指揮が際立った演奏と言えるのではないだろうか。

晩年に差し掛かったバーンスタインは、テンポが極端に遅くなるとともに、濃厚な表情づけの演奏を行うのが常であったが、当該演奏でもそうした晩年の芸風は健在であり、ゆったりとしたテンポによる濃厚な味わいの演奏を展開していると言える。

マイスキーは、そうしたバーンスタイン&イスラエル・フィルが奏でる濃厚な音楽の下で、渾身の名演奏を繰り広げているが、やはりそこには自らの考える音楽を展開していく上での限界があったと言えるのではないかと考えられるところだ。

そのようなこともあって、当該演奏の14年後に再録音を試みたのではないだろうか。

それだけに、本演奏ではマイスキーの個性が全開しており、卓越した技量を駆使しつつ、重厚で骨太の音楽が構築されているのが素晴らしい。

いかなる難所に差し掛かっても、いわゆる技巧臭が感じられないのがマイスキーのチェロ演奏の素晴らしさであり、どのフレーズをとっても人間味溢れる豊かな情感がこもっているのが見事である。

同曲特有の祖国チェコへの郷愁や憧憬の表現も万全であり、いい意味での剛柔バランスのとれた圧倒的な名演奏を展開している。

メータ&ベルリン・フィルも、かかるマイスキーのチェロ演奏を下支えするとともに、マイスキーと同様に、同曲にこめられたチェコへの郷愁や憧憬を巧みに描出しているのが素晴らしい。

いずれにしても、本演奏は、マイスキーの個性と実力が如何なく発揮された至高の名演と高く評価したい。

併録のR・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」も素晴らしい名演だ。

本演奏でのマイスキーは、重厚な強靭さから、繊細な抒情、そして躍動感溢れるリズミカルさなど、その表現の幅は桁外れに広く、その凄みのあるチェロ演奏は我々聴き手の度肝を抜くのに十分な圧倒的な迫力と説得力を有していると言えるだろう。

タベア・ツィンマーマンのヴィオラ演奏も見事であり、メータ&ベルリン・フィルも、持ち得る実力を十二分に発揮した名演奏を展開している。

R・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」には、ロストロポーヴィチがチェロ独奏をつとめたカラヤン&ベルリン・フィルによる超弩級の名演(1975年)が存在しているが、本演奏もそれに肉薄する名演と高く評価したい。

音質は、2002年のライヴ録音であり、従来盤でも十分に満足できるものである。

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2014年01月28日


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マイスキーは、ロストロポーヴィチ亡き現在においては、最高の力量を持ったチェリストと言えるのではないか。

本盤は、今から25年以上も前の若き日のマイスキーによる弾き振りによる録音であるが、今日における偉大なマイスキーを予見させるのに十分な素晴らしい名演だ。

自ら指揮も務めるマイスキーは美しいチェロの音色を駆使しながら、豊かな感性と情熱を存分に発揮した瑞々しい演奏を繰り広げている。

ハイドンのチェロ協奏曲は、例えば、ドヴォルザークやエルガー、シューマンのそれとは異なり、超絶的な技巧を要するものではないが、その分、情感豊かな音楽性がないと、ひどく退屈で、つまらない演奏に成り下がってしまう危険性がある。

もちろん、マイスキーには、ロストロポーヴィチにも匹敵するくらいの圧倒的な技量と強靭さを有しているのであるが、本盤でのハイドンでは、それを極力封印し、これ以上は求め得ないような情感豊かな演奏を心掛けている。

マイスキーのチェロは、どの曲でも音色に艶があり、張りのある響きと柔らかい響きがしなやかに交錯し、特に高音が輝かしい。

解釈は力強く、感情の振幅が大きく、のびのびしていて古典にふさわしい豊かな雰囲気をもたらしているのは見逃せない。

本演奏に聴かれるマイスキーのチェロの音色は、まさに美しさの極みとも言うべきであり、その瑞々しいとさえ表現できるような豊かな音楽性は、マイスキーのチェロに見事に合わせているヨーロッパ室内管弦楽団の好演とともに、音楽をする喜びに満ち溢れているとさえ言える。

オケの弦のアーティキュレーションが一段とのびのびしているように感じられる。

本演奏は、間違いなく、ハイドンのチェロ協奏曲の様々な名演の中でもトップの座を争う名演と高く評価したい。

録音も、マイスキーのチェロの弓使いが鮮明に聴こえるなど、実に素晴らしい。

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2013年10月28日


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本盤には現代を代表するチェリストであるマイスキーによる2大チェロ協奏曲の演奏が収められているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

マイスキーのチェロは、超絶的な技量はさることながら、いかなる難所に差し掛かってもいわゆる技巧臭がすることはなく、常にヒューマニティ溢れる温かさを失う点がないのが素晴らしい。

そして、どこをとっても情感の豊かさが支配しており、各フレーズを心を込めて歌い抜いているのであるが、徒に感傷的に陥ったり、はたまた陳腐なロマンティシズムに陥ったりすることなく、常に格調の高さを失っていない点を高く評価したい。

ドヴォルザークのチェロ協奏曲については、マイスキーは2度にわたってスタジオ録音を行っている。

それはバーンスタイン&イスラエル・フィルと組んだ本演奏(1988年)とメータ&ベルリン・フィルと組んだ演奏(2002年)であるが、マイスキーの個性が全開の演奏は、明らかに2002年盤である。

したがって、マイスキーのチェロ演奏の醍醐味を味わうのであれば、私は2002年盤の方を躊躇せずに推薦する。

しかしながら、本演奏には2002年盤にはない独特の味わいがあると言えるのではないだろうか。

それには、バックをつとめたバーンスタインによる名演奏が大きい。

バーンスタインは、かつてニューヨーク・フィルの音楽監督の時代には、いかにもヤンキー気質の爽快な演奏の数々を成し遂げていたが、ヨーロッパに拠点を移した後、とりわけ1980年代に入ってからは、テンポは異常に遅くなるとともに、濃厚でなおかつ大仰な演奏をするようになった。

このような芸風に何故に変貌したのかはよくわからないところであるが、かかる芸風に適合する楽曲とそうでない楽曲があり、とてつもない名演を成し遂げるかと思えば、とても一流指揮者による演奏とは思えないような凡演も数多く生み出されることになってしまったところだ。

具体的には、マーラーの交響曲・歌曲やシューマンの交響曲・協奏曲などにおいては比類のない名演を成し遂げる反面、その他の作曲家による楽曲については、疑問符を付けざるを得ないような演奏が目白押しであったように思われる。

本盤の演奏では、そうした芸風が幸いにもプラスに働いている。

同じドヴォルザークの交響曲第9番では、とても大指揮者による演奏とは思えないような凡演(というか醜悪な演奏)に堕していただけに、ある意味では奇跡的な名演奏とも言えるのであろう。

本演奏でもバーンスタインはゆったりとしたテンポによって曲想を濃密に描き出して行くが、情感豊かで格調の高いマイスキーのチェロ演奏との相乗効果によって、同曲演奏史上でも最もヒューマニティ溢れる濃厚な味わいに満ちた名演に仕上がっていると評価したい。

他方、エルガーのチェロ協奏曲についても、マイスキーは2度録音しているが、本盤はマイスキーにとっての最初の録音(1990年)である。

同曲については、デュ・プレが数々の超名演を遺していることから、他のチェリストの中には録音を逡巡する者もいるところだ(例えばロストロポーヴィチなど)。

マイスキーによる本演奏も、さすがにデュ・プレほどの渾身の生命力を備えているとは言い難いが、かつてのフルニエによる名演(1966年)に存在した気品と、デュ・プレによる各種の超名演にも存在した奥深い情感の豊かさを併せ持った名演に仕上がっていると言えるのではないだろうか。

バックは、シノーポリ&フィルハーモニア管弦楽団であるが、ここでのシノーポリはいつもの楽曲の細部に至るまで彫琢の限りを尽くした分析的なアプローチを控えて、むしろマイスキーのチェロの引き立て役に徹しているのが功を奏している。

音質は従来CD盤でも十分に満足できる高音質であったが、今般のSHM−CD化によって、マイスキーのチェロの弓使いがより鮮明に再現されるとともに、音場が幅広くなったように思われる。

いずれにしても、マイスキーによる素晴らしい名演を、SHM−CDによる高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2012年03月03日


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ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、これら器楽奏者の全世界で頂点に立つ4人が一堂に会した、超豪華アンサンブルによる話題作。

2001年ヴェルヴィエ音楽祭(スイス)でのセンセーショナルな成功を受けて生まれたアルバム。

この時の演奏は「記録に残すべきだと感じた」とマイスキー自身が後にふり返るほどの出来映えであったという。

その後スタジオ録音された当盤からも、このことは容易に想像される。

ブラームスは、はっとするようなニュアンスでアルゲリッチが奏でるテーマから演奏に引き込まれる。

ダイナミックは蚊の羽音のようなピアニッシモから大山を動かすフォルティッシモまで幅広く、表現も実に多彩。

緩徐楽章など別世界に連れ去られるような感があるが、これも先行楽章の緊迫感があってのこと。

終楽章は踊り狂うようなリズムで熱狂的に締めくくられる。

現代が誇るトップ・アーティスト4人が純粋に音楽的会話を楽しみながらも、クライマックスで聴かせる極限までの技巧を駆使した表現の深さと激しさは「これこそ室内楽を聴く醍醐味!」と実感させる素晴らしいものである。

解説書もプロデューサーによる録音エピソードに始まり、碩学タリー・ポッターの楽曲解説、濱田滋郎氏のこなれた訳と貴重な「補記」、4人の人間関係を象徴するような集合写真(クレーメルとマイスキーの間をアルゲリッチが取り持つ)と充実。

いつまでもこの体裁で発売され続けることを願いたい。

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2009年05月30日


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バッハの「無伴奏」は、チェリストの音楽的資質と技巧水準を白日のもとにさらけだしてしまう作品だが、マイスキーの魅力はこの曲でいっそう大きく顕現している。

張りのある美しい音色で演奏した、たくましく彫りの深いバッハである。

完璧な技巧を駆使しながら、一分の隙もなくまとめた演奏で、作品の内面にひたむきに迫った、実に屈折した陰影の濃い表現で、密度の濃い音楽をつくりあげている。

マイスキーはソ連にいた頃、狂人を装って精神病院で、当局の摘発を逃れたという、ユニークなキャリアの持ち主だけに、ヨーヨー・マほど楽天的にはなれない独特の人格を形成したのだろう。

そうした彼のパーソナリティが、この演奏に反映しているのか、ピンと張り詰めた緊張感と、独特の集中力が凝縮され、享楽的な気持ちでは聴くことができない。

彼の演奏にはヨーヨー・マのような楽天性を全く感じさせない。マイスキーが目指しているのは、バッハの音楽そのものの実質に肉薄することである。

内面的な掘り下げも深く、精神の葛藤すら感じさせる、マイスキーならではの境地が感じられよう。

耳を喜ばせるヨーヨー・マに対し、マイスキーは聴き手の精神に訴えかける。

明るく豪快であるよりも、より精緻で耽美的な世界が展開されているのである。

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2009年02月13日


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旧ソ連出身のマイスキーは、チャイコフスキー・コンクールで入賞し、ロストロポーヴィチに師事した。

そのテクニックはすばらしく、しかも細かい心づかいが行き渡っている。

ただ「アルペジオーネ」では、全体をリードしているのはアルゲリッチで、開始部などはまことに大胆。この積極性がチェリストのほうにもあればと思わせる。

とはいえ、マイスキー盤は、総合的見地から最も聴かせる演奏といってよいだろう。

マイスキー&アルゲリッチは、その大胆で幅の大きなテンポやダイナミクスの変化によって、極めてロマン的といえる表現だ。

しかしそれが少しも恣意的にならず訴える力が強いのは、心からの共感と淀むところのない見事なテクニックが高い次元で結びついているからだ。

透明でスリムな音色と強靭なテクニックが生かされたマイスキーの演奏は、洗練されたスマートさやデリケートなしめやかさにも事欠くことはなく、さらに細部に至るまで熟考を重ねた入念な読みもが光る内容となっている。

「幻想小曲集」や「民謡風の5つの小品」ではふたりのロマン的情熱が一致している。

アルゲリッチのピアノも室内楽のツボを心得た鮮やかなもので、その冴えたバック・アップは出色であり、両者の呼吸の一致も見事である。

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2008年10月14日


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シューマンの方を一層高く評価したい。ウィーンのムジークフェライン・ザールでのライヴ録音で、すこぶる気迫と熱気にみちた演奏だ。

この曲は、シューマンが精神病で亡くなる3年前の作品だけに、暗く絶望的なかげりをもっているが、そうした内容を実に見事に引き出した演奏である。

マイスキーは作品を完全に集中に収め、自由な流れをもって息づくように歌わせており、晩年のシューマンの心情をよく描き出している。

また、剛直でシンフォニックな力感にあふれているのが特徴となっている。

バーンスタインも、華やかな音楽のなかにひそむ、一抹の憂愁を、絶妙な棒で表出している。

ドヴォルザークは冒頭からテンポが異常に遅い。バーンスタインの感情移入の激しさは表情を濃厚にし、スケールが大きく重量感のある演奏に結実した。

マイスキーもバーンスタインに触発されてか、いつもより感情移入が激しいがナーヴァスにはならず、むしろ感情を深く沈潜させており、濃厚な陰影を宿している。

マイスキーはヴィブラートの充分かかった艶のある音と豊かな表現で演奏しており、音色と表情の変化も説得力に富んでいる。

その語り口は粘液質だが、表現しているところは充分に深い。

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