ベロフ

2016年11月21日


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ミシェル・ベロフが19歳でメシアン・コンクールに優勝した直後のデビュー録音で、ベロフの才能を世界の音楽ファンに知らしめ、彼の資質が如実に示された記念すべき名盤。

ベロフのかつての名声が、メシアンによって、特にこの《幼児イエズスに注ぐ20のまなざし》の全曲演奏とレコーディングによって高まったことは間違いない。

1969年に録音されたこの演奏には、もちろん、そのことが当然であったということを裏づけるものがあるし、新しいベロフが、もしもそれを再録音したとしても、同じような感興は得られないであろうということは考えられる。

ベロフの天才は一連のドビュッシーなどで明らかだが、その方法論が最も素直に十全に表われたのがこのメシアンであった。

メシアン初期の傑作で、極めて幾何学的な作で20世紀半ばのピアノ音楽の名品であるが、「移調の限られた施法」やら、「音=色」への執着やら、カトリック神秘主義的内容やら、メシアン固有の世界が2時間以上にもわたって展開される(全20曲)。

人類の救済者として生まれた幼児キリストは、父なる神や天使、星、聖母、あるいは時や沈黙、喜悦の精霊などに見守られ、期待をかけられ、最後に〈愛の教会のまなざし〉に到って神の愛が実現する。

曲はメシアン特有のカトリック的な神秘感に満ちた音楽で、極めて深遠かつ晦渋、カトリックに通じていないとわかりにくいところもあるが、おそらく、これしか残さなかったとしても、メシアンは歴史に名を刻んだだろう。

夫人のイヴォンヌ・ロリオを想定して書かれているため、鋭敏な感覚と技術的にも斬新な奏法を含む超絶的テクニックと色彩が千変万化する音色がこの曲では要求されるが、ベロフは見事にそれに対応しシャープなリズム感と音色を披露している。

その切れ味鋭いピアニズムは現在もなお鮮烈で、その鋭敏なリズムの感覚や、独自のタッチがもたらす類稀なサウンドなど、このピアニストの比類ない独自性を明らかにしている。

もっともこの曲集は同時に、途轍もない水準の統合力と同時に強靭な体力も要求するので、これを完璧なバランスで弾き切るのは、本当にわずかのピアニストのそれもある年代に限られるのではないかという気がする。

その意味でこの20歳を前にしたベロフの金字塔的な録音は、音楽という一回性の芸術が残し得た奇跡的な記録として、繰り返し聴かれるべきものであることには間違いない。

大音量の〈全能の言葉〉と妙なる響きの〈聖母の初聖体拝受〉のコントラストが示しているように、ダイナミックスの幅も広い。

こまやかに変化するタッチから生まれる多彩なソノリティが、曲の明暗や層構造を刻銘に描いていく。

〈悦びの精霊のまなざし〉で、土俗的な舞踏から神秘的な部分をへて輝かしい楽想にいたるあたりは圧巻だ。

クライマックスとなる〈愛の教会のまなざし〉も堂々たる風格で、聴き手を圧倒せずにはおかない。

鋭敏なリズム感と音色のヴァラエティも天才的で、ここに聴けるのは極めて硬質な叙情であるが、それがある種の解毒剤として作用し、様々な意味で「過剰」なこの作品に、スッキリとしたたたずまいを与えてくれているように思われる。

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2016年04月04日


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実に素晴らしい名演だ。

本BOXに収められているのはベロフによる2度目のドビュッシーのピアノ作品全集であるが、これぞまさしく最高の全集であり、いずれ劣らぬ素晴らしい名演と高く評価したい。

NHK「スーパー・ピアノ・レッスン」という番組でベロフのレッスンを見たことがあるが、ドビュッシーの研究家としても一流であり、作品の作られた時代や、背景などの解説も入れながら教えて、お手本の演奏は、軟弱・茫漠とした「印象派」的ドビュッシー像を超越しており、ほれぼれと聴き入ったものであった。

かつてベロフは、EMIにドビュッシーのピアノ作品全集を録音しており、当該演奏も、ベロフの今日の名声をいささかも傷つけることがない名演と言えるところだ。

しかしながら、演奏の持つ内容の濃さ、そして楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深さ、そして各楽想を描き出していくに際してのきめの細かさにおいて、2度目の全集の各ピアノ曲の演奏は断然優れていると評価し得る。

旧録音に聴かれた華やかな煌めきやスピード感、テクニックの抜群の冴えは影をひそめ、音色の透明感はいっそう美しさを増し、抑制されたタッチと絶妙のペダリングがドビュッシーに新しい響きを与えている。

こうした演奏の深化には、ベロフが、右手の故障を克服したことも大きく影響していると言えるのかもしれない。

故障から再起したベロフの心技体の充実ぶりは、ドビュッシー把握の深さを感じさせる確信に満ちた演奏として、この集成にも記録されている。

それにしても、何という美しい演奏であろうか。

素晴らしく理知的で明晰な演奏であり、これほどの表現力のあるドビュッシーも滅多にない。

ドビュッシーのピアノ作品は、いかにも印象派とも言うべきフランス風の詩情溢れる豊かな情感、そして繊細とも言うべき色彩感などを含有しているが、ベロフはそれらを研ぎ澄まされたテクニックをベースとして、内容豊かに、そして格調の高さをいささかも失うことなく描き出している。

表情の変転なども巧みに行っており、加えて、演奏の端々から漂ってくるフランス風の瀟洒な味わいには抗し難い魅力に満ち溢れている。

ドビュッシーのピアノ作品を得意としたピアニストには、ギーゼキングをはじめとして、フランソワ、ミケランジェリなどあまたの個性的なピアニストが存在している。

それらはいずれも個性的な超名演を展開しており、こうした個性的という点においては、ベロフの演奏はいささか弱い点があると言えるのかもしれない。

しかしながら、演奏内容の詩情豊かさ、彫りの深さといった点においては、ベロフによる演奏は、古今東西のピアニストによるドビュッシーのピアノ曲の名演の中でも、上位にランキングされる秀逸なものと評しても過言ではあるまい。

フランソワの演奏を油絵、ミケランジェリを水彩画とするなら、ベロフの新録音は水墨画と言ったところであろうか。

惜しむらくは、音の抜けがもう少しという印象であることだが、内容は全体に安定して高水準で、現代のスタンダードと言ってよい説得力があり、これを基準に他の演奏解釈を評価するに足るものだと思う。

いずれにしても、本盤に収められた諸曲の演奏は、まさにドビュッシーのピアノ曲演奏の理想像の具現化とも言うべき素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

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2015年04月28日


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右腕の故障から復活を遂げたベロフが、1994年にスタートさせた2回目のドビュッシーピアノ作品全集録音は、フランスの知性と感性が美しく融合した現代におけるドビュッシー演奏のひとつの解答として世界中で絶賛された名盤である。

かつてベロフは、EMIにドビュッシーのピアノ作品全集を録音しており、当該演奏も、ベロフの今日の名声をいささかも傷つけることがない名演と言えるところだ。

しかしながら、演奏の持つ内容の濃さ、そして楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深さ、そして各楽想を描き出していくに際してのきめの細かさにおいて、2度目の全集の各ピアノ曲の演奏が断然優れていると評価し得る。

その中でも、ドビュッシーの前奏曲集第1巻や子供の領分は、その作曲家としての天才性を発揮した名作であるが、それ故に、あまたのピアニストがこれまで様々な名演を成し遂げてきた作品でもある。

そうした中で、べロフの演奏も、それら古今東西の名演の中でも十分に存在感のある名演と高く評価したい。

ベロフの約20年ぶりとなる再レコーディングでは、録音技術も向上したせいもあって、彼のタッチも響きも卓越したリズムも克明に聴く事ができる。

ドビュッシーは、印象派と称される作曲家でもあるだけに、前奏曲集第1巻や子供の領分を構成する各小曲において、安定したテクニックだけでなく、味わいのある詩情が必要となる。

この詩情を情感豊かに表現できなければ、それこそ単なるピアノ練習曲の世界に陥ってしまう。

しかしながら、べロフについてはそのような心配は全く御無用で、遥かに円熟の度を増した表現は音楽の核心を捉え深い味わいに満たされる。

それにしても、何と言う美しい演奏であろうか。

ドビュッシーのピアノ作品は、いかにも印象派とも言うべきフランス風の詩情溢れる豊かな情感、そして繊細とも言うべき色彩感などを含有しているが、ベロフはそれらを研ぎ澄まされたテクニックをベースとして、内容豊かに、そして格調の高さをいささかも失うことなく描き出している。

そしてべロフは、卓越した技量をベースとしつつも表情の変転なども巧みに行っており、加えて、演奏の端々から漂ってくるフランス風のエスプリ漂う詩情豊かで瀟洒な味わいには抗し難い魅力に満ち溢れている。

どの曲も見事な出来映えであるが、特に、前奏曲集第1巻の中でも最高傑作とされる「沈める寺」の情感豊かな演奏は圧倒的だ。

有名な「亜麻色の髪の乙女」は、表情過多のあまりいささか身構え過ぎのような気もしないでもないが、単なるムード音楽に堕していない点は評価したい。

子供の領分の各楽曲の描き分けも、べロフ自身も楽しんで演奏しているような趣きがあり、その芸術性の高さは、さすがと言うべきである。

右手故障という不遇な人生から見事復活を遂げたベロフの演奏には、何よりもピアノを、特に自国の作曲家を演奏する喜びを感じる。

ドビュッシーのピアノ作品を得意としたピアニストには、ギーゼキングをはじめとして、フランソワ、ミケランジェリなどあまたの個性的なピアニストが存在している。

それらはいずれも個性的な超名演を展開しており、こうした個性的という点においては、ベロフの演奏はいささか弱い点があると言えるのかもしれない。

しかしながら、演奏内容の詩情豊かさ、彫りの深さといった点においては、ベロフによる演奏は、古今東西のピアニストによるドビュッシーのピアノ曲の名演の中でも、上位にランキングされる秀逸なものと評しても過言ではあるまい。

いずれにしても、本盤に収められた諸曲の演奏は、まさにドビュッシーのピアノ曲演奏の理想像の具現化とも言うべき素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

そして、今般、かかるベロフによる素晴らしい名演がBlu-spec-CD化がなされたということは、本演奏の価値を再認識させるという意味においても大きな意義がある。

ベロフによる研ぎ澄まされたピアノタッチが鮮明に再現されており、従来CD盤との音質の違いは歴然としたものがあると言えるところだ。

いずれにしても、ベロフによる素晴らしい名演をBlu-spec-CDで味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2015年03月25日


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右手の故障を克服、見事に復活を果たしたフランスの名ピアニスト、ミシェル・ベロフによるドビュッシー作品集で、鮮烈な音感覚に円熟味が加わった演奏は、永遠に聴き継がれる名盤としての地位を確立したと言ってよいだろう。

ベロフによる2度目のドビュッシー全集からの1枚であるが、ため息がでるような詩情溢れる極上の美演である。

例えば、版画のグラナダの夕暮れの何という情感豊かさ。

ドビュッシーのピアノ曲を演奏するための鉄則として、安定した技量をベースとしつつも、各楽曲の有する詩情豊かさをいかに巧みに表現できるのかが必要となってくるが、べロフの手にかかっては、いささかの心配は要らないということになる。

映像の第1集や第2集の各小曲の描き分けも実に巧み。

各小曲ともにこれ以上は求め得ないような高踏的な美しさを誇っており、これを超える演奏は不可能ではないかと考えられるほどだ。

特に印象に残ったのは、映像第1集の水の反映であり、ゆったりとしたテンポで、ドビュッシーのあらゆるピアノ作品の中でも最もみずみずしい美しさを湛えた名作の1つとされる同曲を、これ以上は考えられないような情感豊かさで弾き抜いており、実に感動的だ。

テクニックも申し分ないが、それ以上にとても色彩豊かであり、一体いくつ引き出しがあるのか不思議に思うくらい変幻自在に音色が変わっていく。

また、ペダルは必要最低限にとどめ、はっきりと音像を浮かび上がらせているのが特徴的で、音像がぼんやりとした神秘的な演奏とは対極をなす演奏と言えるかもしれない。

研ぎ澄まされた音、豊かな色彩感、深い情感が“フランス印象派”の感覚美を超えて音楽の核心に鋭く迫る。

巨匠への道を歩む円熟のベロフによるこの演奏は、現代のドビュッシー演奏のひとつの頂点を築くものと言えるだろう。

忘れられた映像や、喜びの島、マスクも、卓越した技量をベースとしつつ、フランス風のエスプリ漂う詩情に満ち溢れており、まさに至高・至純の名演と高く評価されるべきものと考える。

20年前にレコーディングされた時は、洗練された響きとリズムの鋭さが新鮮であったが、この新しくレコーディングされたアルバムは、録音技術が進歩したせいか、さらにパワフルさが増したような気がする。

Blu-spec-CD化によって、音質は通常盤よりさらに鮮明さを増しており、本盤の価値をより一層高めることに大きく貢献している。

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2015年01月06日


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20世紀の作品を得意とするフランスのピアニスト、ベロフにとって、ドビュッシーはむろん重要なレパートリーのひとつ。

これは、ベロフが右手の故障で演奏活動を一時退く前の若き日の録音であるが、べロフは、天性のドビュッシー演奏家だと思う。

本全集も、そうしたドビュッシー演奏家としての面目躍如たる素晴らしい名演と高く評価したい。

べロフのドビュッシーは、例えばギーゼキングのような即物的なアプローチをしているわけではない。

フランソワのように、個性的なアプローチを示してくれるわけでもない。

あるいは、ミケランジェリのように、切れ味鋭いタッチを披露してくれるわけでもない。

こうしたドビュッシーを得意とした個性的な先人たちと比較すると、オーソドックスとも言えるアプローチを行っている。

それでいて、これぞドビュッシーとも言うべき独特の深みのある芸術を構築してくれるのだから、現代におけるべロフのドビュッシー演奏家としての確固たる位置づけが十分に窺い知ることができる。

オーソドックスと表現したが、それは没個性的という意味ではない。

どの曲も思い入れたっぷりの表現と弱音の美しさが際立ち、ドビュッシーの音楽のしなやかなニュアンスをよく弾き出している。

有名な《月の光》や《夢》などにおける情感溢れる抒情的表情や、舞曲におけるリズミカルな力強い打鍵など、表現の幅の広さも見事であり、随所に漂うフランス風のエスプリは、全体的な音楽の深みと相俟って、まさに、べロフだけが描出できる至高・至純の境地に達していると言えるだろう。

20歳そこそこのベロフがそのシャープな感覚によって敢然と打ち出してくるドビュッシーの音像。

彼の本能の一部とさえ思える現代的な感応力がこの演奏全篇に行きわたっており、しばしば聴き手をハッとさせるような超感覚的な空気を作り出している。

表現手法はかなり直截ではあるけれども、それが決してこけおどしに聴こえないのは、ベロフの音楽性の内的なリアリティゆえであろう。

さらにリズム感の鋭敏さと音の粒のクリアーさも、このピアニストの大きな武器となっている。

若きベロフの紡ぎだすドビュッシーの《前奏曲》に接して、かつて筆者は目から鱗が落ちる思いがしたものだった。

彼の鋭利な感覚が決然と作り上げてみせる地平を何度も聴き返し、やはりドビュッシーは現代音楽の祖だと再認識した記憶がある。

徹底的に新しい感覚のアプローチを得て、尚も輝かしい存在となる作曲家だということを実感した次第。

とりわけ《前奏曲》第2集、ここでドビュッシーが行なおうとしたことは、まさにベロフのような瑞々しいチャレンジによってこそ真価を発揮するように思えたところであり、その考え方は現在も変わらない。

ドビュッシー音楽の演奏には、実はベロフに代表されるような一種フッ切れた音楽観が不可欠なのであろう。

《版画》3曲もきらめくような音立ちに支えられて、どこまでも切れ味よく描出されてゆく。

そのモダンでストレートな感覚は四半世紀以上経た今も変わることなく実に新鮮である。

《練習曲》全12曲の恐るべき内容を筆者に最も直截に啓示してくれたのも、実にこのベロフのディスクであった。

「練習曲」とは名ばかりのドビュッシーの感覚のエッセンス、あるいは語法の集大成とも言うべきこの曲集は、最もラティカルにこの作曲家の天才を伝えたもの。

ベロフのピアノは、作品のかかる尖鋭性を極めてストレートかつ霊感豊かに描出してみせる。

鮮やかに変幻する色彩、めまぐるしく交錯する楽想、飛翔し躍動する音群等、これらインスピレーションに満ちた音の数々を、彼は持ち前の鋭利なタッチと現代感覚で弾きあげ、類なく閃きに満ちた世界に仕上げている。

ドビュッシーの天才とベロフの異才が一体となり実に新鮮な美学が完成しているように思う。

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2014年07月22日


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実に素晴らしい名演だ。

本盤に収められているのはベロフによる2度目のドビュッシーのピアノ作品全集の中から前奏曲集第2巻を軸として、「レントより遅く」や「英雄の子守歌」、「6つの古代碑銘小品」などの小品が収められているが、いずれ劣らぬ素晴らしい名演と高く評価したい。

かつてベロフは、EMIにドビュッシーのピアノ作品全集を録音しており、当該演奏も、ベロフの今日の名声をいささかも傷つけることがない名演と言えるところだ。

しかしながら、演奏の持つ内容の濃さ、そして楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深さ、そして各楽想を描き出していくに際してのきめの細かさにおいて、2度目の全集の各ピアノ曲の演奏は断然優れていると評価し得ると言える。

こうした演奏の深化には、ベロフが、右手の故障を克服したことも大きく影響していると言えるのかもしれない。

それにしても、何と言う美しい演奏であろうか。

ドビュッシーのピアノ作品は、いかにも印象派とも言うべきフランス風の詩情溢れる豊かな情感、そして繊細とも言うべき色彩感などを含有しているが、ベロフはそれらを研ぎ澄まされたテクニックをベースとして、内容豊かに、そして格調の高さをいささかも失うことなく描き出している。

表情の変転なども巧みに行っており、加えて、演奏の端々から漂ってくるフランス風の瀟洒な味わいには抗し難い魅力に満ち溢れている。

研ぎ澄まされた感性と、ベロフ自身のアンテナで感じたドビュッシー像を見事に表現しており、ドビュッシーの夜の音楽を体験できる。

ドビュッシーのピアノ作品を得意としたピアニストには、ギーゼキングをはじめとして、フランソワ、ミケランジェリなどあまたの個性的なピアニストが存在している。

それらはいずれも個性的な超名演を展開しており、こうした個性的という点においては、ベロフの演奏はいささか弱い点があると言えるのかもしれない。

しかしながら、演奏内容の詩情豊かさ、彫りの深さといった点においては、ベロフによる演奏は、古今東西のピアニストによるドビュッシーのピアノ曲の名演の中でも、上位にランキングされる秀逸なものと評しても過言ではあるまい。

いずれにしても、本盤におさめられた諸曲の演奏は、まさにドビュッシーのピアノ曲演奏の理想像の具現化とも言うべき素晴らしい名演と高く評価したい。

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2014年01月06日


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実に素晴らしい名演だ。

本盤に収められているのはベロフによる2度目のドビュッシーのピアノ作品全集の中から「12の練習曲」を軸として、「見つけ出された練習曲」、「エレジー」、「アルバムの頁」などの小品が収められているが、いずれ劣らぬ素晴らしい名演と高く評価したい。

かつてベロフは、EMIにドビュッシーのピアノ作品全集を録音しており、当該演奏も、ベロフの今日の名声をいささかも傷つけることがない名演と言えるところだ。

しかしながら、演奏の持つ内容の濃さ、そして楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような彫りの深さ、そして各楽想を描き出していくに際してのきめの細かさにおいて、2度目の全集の各ピアノ曲の演奏は断然優れていると評価し得ると言える。

こうした演奏の深化には、ベロフが、右手の故障を克服したことも大きく影響していると言えるのかもしれない。

それにしても、何と言う美しい演奏であろうか。

ドビュッシーのピアノ作品は、いかにも印象派とも言うべきフランス風の詩情溢れる豊かな情感、そして繊細とも言うべき色彩感などを含有しているが、ベロフはそれらを研ぎ澄まされたテクニックをベースとして、内容豊かに、そして格調の高さをいささかも失うことなく描き出している。

表情の変転なども巧みに行っており、加えて、演奏の端々から漂ってくるフランス風の瀟洒な味わいには抗し難い魅力に満ち溢れている。

ドビュッシーのピアノ作品を得意としたピアニストには、ギーゼキングをはじめとして、フランソワ、ミケランジェリなどあまたの個性的なピアニストが存在している。

それらはいずれも個性的な超名演を展開しており、こうした個性的という点においては、ベロフの演奏はいささか弱い点があると言えるのかもしれない。

しかしながら、演奏内容の詩情豊かさ、彫りの深さと言った点においては、ベロフによる演奏は、古今東西のピアニストによるドビュッシーのピアノ曲の名演の中でも、上位にランキングされる秀逸なものと評しても過言ではあるまい。

いずれにしても、本盤に収められた諸曲の演奏は、まさにドビュッシーのピアノ曲演奏の理想像の具現化とも言うべき素晴らしい名演と高く評価したい。

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2013年01月09日


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腕を故障(現在はカムバックした)する前の、ベロフ若き日の先鋭なドビュッシー。

べロフは、天性のドビュッシー演奏家だと思う。

本盤も、そうしたドビュッシー演奏家としての面目躍如たる素晴らしい名演と高く評価したい。

べロフのドビュッシーは、例えばギーゼキングのような即物的なアプローチをしているわけではない。

フランソワのように、個性的なアプローチを示してくれるわけでもない。

あるいは、ミケランジェリのように、切れ味鋭いタッチを披露してくれるわけでもない。

こうしたドビュッシーを得意とした個性的な先人たちと比較すると、オーソドックスとも言えるアプローチを行っていると言える。

それでいて、これぞドビュッシーとも言うべき独特の深みのある芸術を構築してくれるのだから、現代におけるべロフのドビュッシー演奏家としての確固たる位置づけが十分に伺い知ることができる。

オーソドックスと表現したが、それは没個性的という意味ではない。

有名な「月の光」や「夢」などにおける情感溢れる抒情的表情や、舞曲におけるリズミカルな力強い打鍵など、表現の幅の広さも見事であり、随所に漂うフランス風のエスプリは、全体的な音楽の深みと相まって、まさに、べロフだけが描出できる至高・至純の境地に達していると言えるだろう。

昔からフランスのピアニストはシューマンやベートーヴェンを弾くとうまい人が多いが(例えばイヴ・ナット)、ベロフにも期待したい。

録音も、もともと鮮明な音質であったが、今般のBlu-spec-CD化によって、さらに鮮明な音質に蘇った。

べロフの芸術的なピアノをこのように鮮明な音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2011年04月24日


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20世紀の作品を得意とするフランスのピアニスト、ベロフにとって、ドビュッシーはむろん重要なレパートリーのひとつ。

ベロフはきわめて感性の鋭い天才肌のピアニストであり、フランス・ピアノ音楽に新たな光を注ぎ込んだ。

メシアンの演奏などでも証明されているが、このドビュッシーも新鮮な感覚が随所で聴きとれる。

円熟期に達したベロフがそのシャープな感覚によって敢然と打ち出してくるドビュッシーの音像。

彼の本能の一部とさえ思える現代的な感応力がこの演奏全篇に行きわたっており、しばしば聴き手をハッとさせるような超感覚的な空気を作り出している。

表現手法はかなり直截ではあるけれども、それが決してこけおどしに聴こえないのは、ベロフの音楽性の内的なリアリティゆえだろう。

さらにリズム感の鋭敏さと音の粒のクリアーさも、このピアニストの大きな武器となっている。

ベロフの紡ぎ出すドビュッシーの《前奏曲集》に接して、筆者は目から鱗が落ちる思いがしたものだった。

彼の鋭利な感覚が決然と作り上げてみせる地平を何度も聴き返し、やはりドビュッシーは現代音楽の祖だと再認識した記憶がある。

徹底的に新しい感覚のアプローチを得て、尚も輝かしい存在となる作曲家だということを実感した次第。

とりわけ《前奏曲集》第2巻、ここでドビュッシーが行なおうとしたことは、まさにベロフのような瑞々しいチャレンジによってこそ真価を発揮するように思える。

ドビュッシー音楽の演奏には、実はベロフに代表されるような一種フッ切れた音楽観が不可欠なのであろう。

きらめくような音立ちに支えられて、どこまでも切れ味よく《版画》3曲が描出されてゆく。

そのモダンでストレートな感覚は、実に新鮮である。

全12曲の《練習曲集》の恐るべき内容を筆者に最も直截に啓示してくれたのも、実にこのベロフのディスクだった。

「練習曲」とは名ばかりのドビュッシーの感覚のエッセンス、あるいは語法の集大成ともいうべきこの曲集は、最もラディカルにこの作曲家の天才を伝えたもの。

ベロフのピアノは、作品のかかる尖鋭性を極めてストレートかつ霊感豊かに描出してみせる。

鮮やかに変幻する色彩、めまぐるしく交錯する楽想、飛翔し躍動する音群等、これらインスピレーションに満ちた音の数々を、彼は持ち前の鋭利なタッチと現代感覚で弾きあげ、類なく閃きに満ちた世界に仕上げている。

ドビュッシーの天才とベロフの異才が一体となり実に新鮮な美学が完成しているように思う。

《ベルガマスク組曲》は古風なフォーマットのなかにドビュッシーが美しい近代和声を響かせ、さらにここでベロフが冴えたタッチで再現する。

コントラストのはっきりした演奏で、アグレッシヴなスタンスでこの4曲に切り込んでいる。

《子供の領分》は、思い入れたっぷりの表現と弱音の美しさが際立ち、この曲集のしなやかなニュアンスをよく引き出している。

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2010年05月10日


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ベロフのデビュー直後の録音で、彼の存在を強烈にアピールした名アルバムだ。

メシアンによってその才能を発掘され、メシアン・コンクールに優勝したことからも分かるように、ベロフのピアニズムはまさにドビュッシー=メシアンの伝統につながる。

ベロフの名は、メシアンの《幼児イエズスに注ぐ20のまなざし》の実演と録音により、広く知られるようになった。

以後、フランス音楽を主たるレパートリーとする新鋭として活動。右手の故障のため活動を中断したが、1990年代に復活した。

この前奏曲集は、20歳のときの録音。早熟ぶりは並ではなかった。

ここで聴けるのは、清新の気をみなぎらせ、清涼感を漂わせているが、聴き手を決して冷たく突き放さないベロフ特有の世界。

鋭敏な感覚が生み出す鋭利な響きと多彩な音色が、その世界を支えている。

ここでは彼の才能が、ドビュッシーが求めた音楽表現における新しいもの、一瞬一瞬の響きの意味を十全に明らかにしている。

これはラテン的な感性が響きと化した演奏といってもいい。

まだ充分に若かったベロフがつくりあげているのは、シャープで、冴え渡ったような感性によって鮮やかに掬いあげられたドビュッシーだ。

どこまでも透明感のある音色と、研ぎ澄まされたようなリズムとが、今なお新しい時代に生きるドビュッシーを告げている。

〈前奏曲〉の絵画的な側面を見事に描いているという点でもベロフの右に出るものはない。

その演奏にあふれている衝撃的で鮮烈な個性は、40年経った現在聴いても、少しも薄れていない。

ベロフは造形感覚にすぐれ、さわやかな美しさに満ちており、それぞれの曲の持ち味を最大限に引き出している。

彼は本当にすごいピアニストだったのだ。これだけの演奏をつくりえたベロフからみると、現在の彼の創造的活動は、いくつかの紆余曲折があったにせよ、やはりさみしい(今後の活躍に期待したい)。

ちなみにベロフは、これより四半世紀後、再び全曲を録音している。どちらを採るか意見は分かれようが、私見ではこの初録音の方がよい。

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2008年11月30日


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ベロフは1950年にフランスで生まれたピアニスト。

メシアン・コンクールで優勝しただけあって、すばらしい技巧と明敏なリズム感をもっていて、現代的感覚にあふれたフレッシュな演奏をする人である。

これはベロフの久しぶりのドビュッシーとして注目されたもので、彼がピアニストとして着実に成熟していることを示した演奏である。

しかもその成熟は若い感性の素直な延長上にあるのが好ましく、それは「ベルガマスク組曲」におけるしなやかさと柔らかさを増した表現に端的に感得される。

デビュー当時の彼は何よりもセンスの良さが目立っていたが、スケールの大きさは伴っていなかった。各曲をきわめて冷静な目でみつめた演奏である。

1音1音を鮮明にとらえた録音に、まずひかれる。

この「ベルガマスク組曲」は、それぞれの音をきりりと引き締め、明瞭に鳴らしている。

ことに舞曲のリズム処理はうまく、「メヌエット」や「パスピエ」は見事だ。

フレッシュで粒立ちの揃った音の美しさときっちりと音楽をリアリゼーションしていくテクニックは相変わらず見事なものだが、加えて表現の幅が大きく、柔軟性を増したことが特筆される。

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classicalmusic at 19:23コメント(0)トラックバック(0) 
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