シュタルケル

2017年02月24日


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筆者の実家には両親が買い集めたマーキュリー・リヴィング・プレゼンスのLP盤が少なからずある。

それらの中には当時から入手困難だったものも多く、また、気安くコレクションできるような価格でもなかった。

しかし再生した時の音質の良さは、部屋があたかもコンサート・ホールに変わったかのような、劇的なものだったことを今でも良く覚えている。

そしてその後のあらゆる録音に対する筆者の音質評価はリヴィング・プレゼンスが基準になっていると言っても過言ではないだろう。

それは音の鮮明さ、臨場感、そして自然な音響空間などで、オーディオ機器を買い揃える時の目安としても、試聴サンプルとして聴いていたのがこれらだった。

勿論演奏そのものも名演の名に恥じないセッションがきら星の如くあり、その後CDになってから買い換えたものもあって、今回の廉価盤化による大挙放出には複雑な思いだったが、未購入のものも多く、また廃盤の憂き目に遭っているCDもあって結局買ってしまった。

過去にレコーディングされたタイトルは350にも上るが、CD化に伴って曲目は適宜リカップリングされているようだ。

内容は1950〜60年代に制作された米マーキュリー・レーベルのクラシック録音から、代表的な作品をCD50枚に収容。

このシリーズは全部で250種ほどになるが、その3分の1弱がこのボックスに入っていることになる(アナログLPとCDの容量差を活かし、多くの盤で関連作品の楽曲が追加されているため)。

ただし今回の50枚のセットからは除外されている録音も多数あるので、購入されたい方は希望する曲目が含まれているかどうか確認する必要がある。

ちなみに楽曲の構成では近代曲が主体であり、特にソ連やハンガリーなど「旧東側陣営」の作家作品を多く収めているところに特徴がある。

これはマーキュリーレーベルの個性でもあり、RCAやコロムビアがロマン派楽曲を重視したことと好対照だ。

1951年から始まった無指向性1本吊りのモノ・マイクロフォンでスタートしたリヴィング・プレゼンスの録音は、やがて1959年には3本吊りのマイクによる採音と35mm映画用音声テープを使った3トラック・レコーダーへの録音という、決定的な手法を編み出した。

半世紀も前の稚拙な機材とミキシング技術と言ってしまえばそれまでだが、この方法によって現在の録音技術にも匹敵し、ある意味ではそれを凌駕するほどの音質が得られている事も多くの人が指摘している事実だ。

このマーキュリー流儀の録音はシンプルだが空間の再現性に優れ、しかも音に強靭な厚みがある。

これは優秀なマイク(ノイマンU47に代表される管球式コンデンサーマイク)と贅沢な録音機材、そして記録メディアの余裕がなせる技であり、より後年の録音に比べて記録幅のマージン(=ダイナミックレンジ)はむしろ広く取れている。

もちろんテープヒスなどのノイズは多めで、弱音部ではかなり目立つのだが、それよりも強奏部の立ち上がりと歪みの無さが圧倒的。

あのドラティの《火の鳥》から「カスチェイの凶暴な踊り」の冒頭で、打楽器の一撃と金管がサウンドステージを振るわせる部分などは、明らかに実演を超える凄まじさがあり、こういう誇張した表現に説得力を与える巧みさは、現代のハリウッド映画にも通じるものだろう。

彼らのレコーディングは1967年で事実上終了したが、プロデューサーを始め、この仕事に携わったエンジニア達の音に賭けたこだわりと、熱い意気込みがこれらのCDを通じて再び蘇ってくるようだ。

ライナー・ノーツは64ページで、録音時のエピソードと演奏者紹介が写真入りで掲載されている。

ボーナスCDには当時のプロデューサー故ウィルマ・コザート・ファイン女史へのインタビューが収められている。

単に録音が優れたクラシック作品なら、洋の古今で枚挙に暇(いとま)が無いが、マーキュリーの諸作には音楽と録音芸術が見事に一体化した「筋の通った価値」があり、それを創り出していたのが、女性ディレクターとして辣腕を振るったコザートである。

コザートは1953年にマーキュリーの副社長に迎えられ、以後10年にわたってエンジニアのロバート・ファイン(後に彼女の夫となる)らとともにレコードの制作にあたった。

実はこのボックスに収められた50枚は、1990年代にデジタル化された音源を使っている(2000年代のSACD化に使われたDSDマスターとは別音源)。

そのデジタル化に際しては、わざわざ録音当時の機材をレストアして送り出し側に使い、さらにコザート本人を招いて3ch→2chのダウンミックスを行うという念の入れよう。

その作業は必ずしも完璧なものではなかった(ごく一部でレベル調整の瑕疵がある)にせよ、ディレクターの意図を尊重する姿勢を評価すべきだろう。

コザートは2009年にこの世を去り、当時の関係者も残り少なくなってきたが、ここに収められた音楽が色褪せることは無いだろう。

クラシック音楽とオーディオ再生を愛する者にとって、これは必携といえる素晴らしいボックスである。

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2017年01月04日


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シュタルケルのブラームス・チェロ・ソナタ集は1979年のエラート音源で、ピアニストはジェルジ・シェベックだが、これは彼らにとって第2回目のセッション録音となり同メンバーによる1964年のマーキュリー音源とは別物になる。

メンデルスゾーンのチェロ・ソナタをカップリングしてあるマーキュリー盤は現在単独でもセット物でも選択肢が多いが、当CDは3回目のベートーヴェン・チェロ・ソナタ全集と同様アペックスからのリイシュー廉価盤で、現在ワーナーのイコン・シリーズの10枚組かこのアペックス盤のみで入手可能だ。

第1回目の録音から更に15年を経たシュタルケルの解釈は大きな変化を遂げたわけではないし、テンポも第1番の第1楽章がややゆったりしている他は殆んど変わっていない。

むしろ様式の洗練によってブラームスの対位法が更に明確になり派手なアピールこそないが、それだけにハッタリのない、しかし圧倒的な余裕と確信を感じさせる演奏と言えるだろう。

ブラームスのチェロ・ソナタ第1番ホ短調は彼が32歳の時に完成した作品で、素朴な民謡風の語り口調の冒頭とバッハの『フーガの技法』から採り入れたテーマによる終楽章のフーガがこの曲に意欲的な性格を与えている。

それとは対照的に第2番ヘ長調はブラームス53歳の円熟期の曲で、おおらかに歌い上げるカンタービレと自在に変化する細やかな曲想が印象的だ。

シュタルケルは回を重ねるごとに解釈を切磋琢磨して、よりシンプルだが作品の核心を衝く磨き抜かれた演奏を遺しているが、この2回目の録音でも曲想にのめり込むことなく確実なテクニックに裏付けられた表現で作品全体に毅然とした輪郭を与え、硬派のロマンティシズムを聴かせている。

ピアニスト、ジョルジ・シェベックはシュタルケルとは同郷の朋友でハンガリー時代からの協演者だが、彼の演奏は常に明快でチェロを巧みに引き立てるだけでなく、時には大胆な音響でソロに拮抗している。

録音状態は当時のものとしては極めて良好で、溌剌とした擦弦音をも捉えた生々しい音質が再現されている。

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2016年05月05日


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シュタルケル磐石の態勢にブッフビンダーが瑞々しいピアノで応じたベートーヴェンのチェロ作品全集で、テルデック音源だがこの2枚組はアペックスからのリイシュー廉価盤になり、正規盤が入手困難なので事実上これが唯一の選択肢だ。

2回目のシェベックとのセッションでは壮年期特有の覇気と骨太な音楽性が表出されていたが、シュタルケルにとって3回目になったこの録音でも覇気は依然衰えていない。

ただ無駄と思われる表現は一切省いてよりシンプルになる一方で気負いも惑いもない余裕と安定感を感じさせる演奏が秀逸で、ベートーヴェンの古典的な音楽構成がすっきり提示されている。

特に第3番イ長調はことさら大曲然とした誇張が多い演奏の中で、両者の誠実だが風格を失わない王道的な再現を堪能できる。

ボヘミア出身でウィーンで学んだブッフビンダーのソリストとしての活動は現在でもウィーンを中心に続いているが、彼は若くしてアンサンブルのスペシャリストとして高い評価を受けていただけに、こうした伴奏に回っても主張すべきところは臆せずに確実な演奏とテクニックの冴えを聴かせている。

ヤーノシュ・シュタルケルは、その長いキャリアで自身の課題となるような作品を繰り返しコンサートのプログラムに採り上げたし、録音も異なった時期のものを数種類遺している。

バッハやコダーイの無伴奏作品がその代表的なレパートリーとして挙げられるが、彼はベートーヴェンの5曲のチェロ・ソナタも3回ほど全曲録音を行った。

一般的に良く知られているのはハンガリーの朋友ジェルジ・シェベックと協演した1960年のエラート音源で、これは最近ワーナーからイコン・シリーズに組み込まれて復活した。

それに対してこのブッフビンダーとのセッションは1977年に録音されていて、ベートーヴェンの同曲集では最後のものになる。

シュタルケルは既に53歳の円熟期に達していたが、ブッフビンダーはまだ31歳で本格的な演奏活動に入った時期だった。

この1年前に彼はハイドンのピアノ・ソナタ全集を完成させているし、シュタルケルとは1973年にシュヴェツィンゲン音楽祭でヨセフ・スークと共にベートーヴェンとメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲を演奏して、第一級のアンサンブル・ピアニストとしての腕も披露している。

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2016年01月11日


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プラガ・ディジタルスのレギュラー盤での新シリーズ、ジェニュイン・ステレオ・ラブの最新盤で、ヤーノシュ・シュタルケルのソロによる20世紀のチェロ協奏曲3曲を収録している。

コダーイの無伴奏チェロ・ソナタに象徴されるように、シュタルケルは20世紀の作品にも多くのパイオニア的名演を残しているが、このCDはマルティヌー、プロコフィエフ及びドホナーニの、いずれも高度な音楽性だけでなく離れ技的なテクニックを要求されるチェロ協奏曲を集めている。

マルティヌー以外の2曲は他のセッションやライヴからのCDが入手可能で、このアルバムでもワルター・ジュスキント指揮、フィルハーモニア管弦楽団との1956年のモノラル盤が収録されている。

ちなみにこの2曲のマスター・テープはステレオ録音で昨年ワーナーからリリースされたイコン・シリーズの10枚組にステレオ盤で復活している。

これらはシュタルケル若き日のシンプルで堅固な音楽性と爽快な超絶技巧が織り成す名演だ。

一方彼はマルティヌーに関しては3曲のチェロ・ソナタをRCAに、そして『ロッシーニのテーマによるヴァリエーション』をマーキュリーに入れているが、ディスコグラフィーを見ても協奏曲に関しては他に音源がないようで、これは掘り出し物と言える。

マルティヌーは生涯に2曲のチェロ協奏曲を作曲しているがこれは第1番で、ライナー・ノーツには1995年の第3稿という記載がある。

このCDに収録されている音源はジョン・ネルソン指揮、プラハ放送交響楽団(SOCR)との1990年3月19日のプラハ・ライヴで、筆者自身初めて聴く彼のレパートリーだった。

シュタルケル66歳の円熟期の演奏だが、若々しい清冽なカンタービレやダブル・ストップの連続するカデンツァが超人的な鮮やかさで迫ってくる。

プロコフィエフとドホナーニの2曲はEMI音源で、EMIは1958年からステレオLP盤の正規販売を始めたが、この1956年のセッションのオリジナル・マスターも歴としたステレオ録音になり、この頃から試験的にステレオ録音を始めていたことが推察される。

今回チェコ・プラガが同音源の古いモノラル盤を使ったのは、ワーナーの持っている2014年のイコンでのリマスタリングの著作権が理由だと思われる。

精彩ではステレオ盤が優っているが、音質自体はやや暗めの輪郭のはっきりしたリマスタリングで悪くはない。

本番に強かったシュタルケルはライヴ、セッションを問わず恐ろしく精緻で情熱的な演奏をしたが、またライヴに臨む場合でも取り組む曲にはいずれも良い意味でのプロフェッショナルな絶対的で冷徹とも言える安定感があって、決して聴く者を落胆させることがなかった。

そうした彼の典型的な奏法がこの3曲にも良く表れている。

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2015年08月30日


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1971年5月のシュヴェツィンゲン音楽祭からのライヴ録音で、当日はシュタルケルとチェコのチェンバリスト、ズザナ・ルージチコヴァーとのデュオ・リサイタルからJ.S.バッハのオブリガート・チェンバロ付のヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ第1番ト長調BWV1027及び第3番ト短調BWV1029の2曲と、シュタルケルが無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調BWV1011、ルージチコヴァーが『半音階的幻想曲とフーガニ短調』BWV903をそれぞれ演奏したオール・バッハ・プログラムの一晩の模様が収録されている。

ヘンスラーからリリースされている過去の放送用音源はいずれも録音、保存状態が共に良好で、このライヴも良質のステレオ録音になり客席からの雑音や拍手は皆無だ。

尚ガンバ・ソナタに関しては、6年後に彼らはプラハで全曲セッション録音も行っているので、このデュオ・リサイタルがきっかけになっているのかも知れない。

またシュタルケルはマーキュリー時代にハンガリーの盟友ジェルジ・シェベックとピアノ伴奏盤も残しているし、ルージチコヴァーはフッフロやフルニエとも録音し、その後スークの弾くヴィオラと同曲集をスプラフォンからもリリースしているので、両者にとっても重要なレパートリーだったようだ。

圧巻は何と言ってもシュタルケルの弾く無伴奏チェロ組曲第5番で、改めて彼の真摯で飾り気のない、しかし覇気と深みのある演奏に聴き入ってしまった。

音楽的な構造を弾き崩すことなく明確に感知させながらも自由闊達さを失わない彼の表現は、書道で言えば楷書でも草書でもなく、行書に例えられるのではないだろうか。

プレリュードに続く一連の舞曲も本来の舞踏のスピリットを感じさせるし、また緩徐部分では歌い過ぎることなく、張り詰めた緊張感を保ち続けている。

ステージ上での彼は泰然自若としてあたかも禅僧のように半眼で演奏していたことが思い出されるが、第5番はスコルダトゥーラ調弦なので演奏技術も変則的になる筈だ。

しかしそのパワフルで幅広い表現力は並大抵のものではなく、ここでもやはりライヴ特有の覇気に満たされた、はじけるような擦弦音や激しいボウイングの音が捉えられている。

ルージチコヴァーはシュタルケルと同様に古楽だけでなく現代音楽にも造詣の深いチェンバリストだが、こうした彼女のフレッシュな解釈と大胆なレジスターの処理がシュタルケルのチェロに拮抗して斬新な効果をもたらしている。

彼女の使用楽器は常にモダン・チェンバロで、特にソロにおいてはヒストリカル楽器を聴き慣れた耳にはやや厚かましく響くかも知れない。

それ故ガンバの幽玄な響きには明らかに適さないが、このロココ劇場内で響くチェロとの音量のバランスは妥当で、それほど違和感なく鑑賞することができる。

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2015年08月10日


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このDVDは以前レーザー・ディスクでリリースされた1988年の東京カザルス・ホールでのライヴ映像で、バッハの『無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調』、カサドの『無伴奏組曲』そしてコダーイの『無伴奏ソナタ』の3曲を収録している。

シュタルケルはこの時64歳だったが、その演奏はかくしゃくとして剛毅で正確無比、また一方で高度な遊び心をもみせる余裕に驚かされる。

演奏中、目は殆んど半眼に閉じて楽器も指も見ていないし、顔も無表情に近く、あたかも無我の境地にあるかのようだが、そこに燃えるような集中力が宿っていて、一人の芸術家が到達した峻厳の高みを垣間見る思いがする。

これらの作品にはチェロのあらゆるテクニックが使われていて、素人目に見ても弦を左手の親指で押さえたり、複雑な運弓など技術的な完璧さが求められることが理解できるが、総ての曲が無伴奏であるために、音楽の内側へと凝縮していく彼の凄まじいばかりの精神力を感じずにはいられない。

シュタルケルはバッハの『無伴奏チェロ組曲』全曲を生涯に4回ほど録音していて、このライヴの4年後に彼の最後の全曲録音を行っている。

勿論その度ごとに彼の解釈も変化しているので、この曲集に託したシュタルケル自身の研鑽が生涯を通して続けられたと言えるだろう。

バロック音楽にも造詣の深い彼が、それぞれの舞曲に洗練された表現を聴かせてくれるが、決して恣意的にならないところにもバッハへの確固たるポリシーが貫かれている。

3曲目はハンガリー出身の彼が、コダーイ自身から薫陶を受けた秘曲だけに独壇場の凄みと迫力を持っている。

確かにマジャール人としての誇りを持つ真に迫った演奏には違いないが、この作品もカサドの組曲も彼によって民族性を超越した普遍的な価値を持つ音楽に昇華されているところに意義があるのではないだろうか。

このコンサートが催されたカザルス・ホールは1987年にオープンした日本でも本格的な室内楽専用のコンサート・ホールで、ユルゲン・アーレントによって製作されたバロック・オルガンは世界に誇るべき楽器であるにも拘らず、2010年4月以降会場は閉鎖されて宝の持ち腐れになっている。

カザルス夫人の意志を継いだ命名だけに文化大国日本の名誉に賭けてもコンサートの再開に向けての努力が望まれる。

尚DVDはパルナッススからのリイシューになり、ライナー・ノーツもなければ録音データにも乏しいところがアメリカのレーベルらしいが、リージョン・フリーでこのライヴが復活したことは評価したい。

画像に若干の揺れが見られるが概ね良好で音質も鮮明だ。

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2015年08月05日


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シュタルケルがEMIに遺した音源とエラートに録音したブラームスとベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集をまとめたセット。

録音時期は、EMIはシカゴ交響楽団在籍中だった1956年から、退団の翌年である1959年までの3年間で、エラートは1959年となっている。

これらの録音は、マーキュリー・レーベルへの一連の録音よりもさらに若い頃におこなわれただけあって、パリでソリストとして名をあげた時代に近い、フレッシュで自由な意気込みのようなものも感じられる。

若い頃の録音とは言っても、このボックスにはステレオ音源も多く、シェベックとのベートーヴェンとブラームス、ジュリーニと共演したシューマン:チェロ協奏曲、ボッケリーニ:チェロ協奏曲G.482、ハイドン:チェロ協奏曲第2番、サン=サーンス:チェロ協奏曲第1番に、ジュスキント共演したドヴォルザーク:チェロ協奏曲とフォーレ:エレジー、そしてジェラルド・ムーアの伴奏で録音したチェロ小品集などをステレオで堪能することができる。

最初のCD2枚では直線的に弾き切る飾り気のない堅牢なバッハと、何かに憑かれたように猛進するコダーイの両無伴奏に改めて驚かされる。

そこにはシュタルケルの生涯の課題となったバッハの『無伴奏チェロ組曲』の原点が記録されているし、また他の追随を許さなかったコダーイの『無伴奏チェロ・ソナタ』では、既に非の打ちどころのない完璧な表現が示されていると言えないだろうか。

どちらの曲もシュタルケルらしい鍛え抜かれた精緻なテクニックと覇気に支えられているが、音楽に対する自身の強い情熱を個性としてぶつけるのではなく、冷徹とも言える頭脳的ストラテジーの際立った真似のできないスタイルが確立された演奏集で、他の協奏曲や室内楽と合わせてシュタルケル・ファンには聴き逃せない音源である筈だ。

ここでは、比類ないテクニックに裏打ちされた豊かな音楽性が、凛と張りつめた緊張感の中に端正に表現されている。

またハンガリーの朋友シェベックとのブラームスとベートーヴェンのソナタ集での、剛毅かつ柔軟な演奏も卓越したアンサンブルの例だろう。

シュタルケルはブラームスを数年後にやはりシェベックと組んでマーキュリーにも入れているし、ベートーヴェンの方もブッフビンダーとの再録音もあり、こちらは音質ではやや劣っているが、大家の風格を備える前の演奏として興味深い。

一方協奏曲についてはボッケリーニ、ハイドン、シューマン、サン=サーンスが最近ジュリー二のボックス・セットで復活したが、ジュスキントとのドヴォルザーク、ドホナーニ、ミヨー、プロコフィエフの作品がここにまとめられているのは幸いだ。

ワーナーのイコン・シリーズとして当初の触れ込みでは9枚組で数ヶ月間の発売延期になっていたが、結局1959年のジェラルド・ムーアとの小品集を加えて10枚でリリースされた。

シュタルケル壮年期の演奏は、1960年代のマーキュリー・リヴィング・プレゼンスへの一連の録音が幸いその驚異的な音質で全曲復活しているが、その前の初期のセッションは入手困難になっていたし、最後のムーアとの小品集は初出音源で、シュタルケルとしてはあくまでも際物的なアンコール・ピースであったにせよ、魅力的で貴重なサンプルには違いない。

総てが1950年代後半の録音なので音質の面ではそれほど期待していなかったが、リマスタリングの効果もあって比較的良好な音質が蘇っている。

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2015年07月24日


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2013年4月に亡くなった名チェリスト、ヤーノシュ・シュタルケルが1970年代に南西ドイツ放送局のために録音した音源で、このCDにはシュタルケルが最も得意とした20世紀作品のヒンデミット、プロコフィエフ、ラウタヴァーラの3曲のチェロ協奏曲が収録されている。

少なくとも筆者の知る限りでは、協奏曲3曲はすべて正規盤初出の内容で、ヒンデミットを除いた2曲はシュタルケルのレパートリーとしても初めてのCD化である。

特にラウタヴァーラはシュタルケルに他の録音が無く、指揮者もブロムシュテットということで注目される。

プロコフィエフに関しては1956年のワルター・ジュスキント&フィルハーモニア管弦楽団とのセッションがワーナーから復活しているが、ここに収められているのは同曲からの改作op.125で、交響的協奏曲と改題され、音楽もより充実した内容に仕上がっている。

演奏はヒンデミットがフォン・ルカーチ指揮、SWRシュトゥットガルト放送交響楽団(1971年)、プロコフィエフはエルネスト・ブール指揮、ラウタヴァーラがブロムシュテット指揮になり、この2曲はバーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団(1975年)との協演になる。

音楽的な質の高さは言うまでもないが、当時の音源としては音質的にも極めて良好な状態が保たれている。

3曲ともシュタルケルが得意とした20世紀の作品で、今もって彼の演奏がその解釈の面でも、またテクニックにおいても最高峰にあると思えるのは、近年こうした新しい時代の作品を一流どころのチェリストが余り積極的に採り上げないからかも知れない。

ヒンデミットでは色彩的でスペクタクルな堂々たるオーケストレーションに支えられたソロ・パートを、一瞬の隙をも見せない緊張感に貫かれた奏法で弾き切る彼の美学が面目躍如たるセッションだ。

またフィンランドの現役の作曲家、エイノユハニ・ラウタヴァーラのチェロ協奏曲は規模は小さいが、チェロの音響的可能性を追究している点で注目される。

神秘的なフラジオレットによるアルペッジョがソロの重要なモチーフになっていて、重音奏法とフラジオレットを駆使したパッセージが、シュタルケルの精緻な技巧によって超然と響いてくるのに唖然とさせられる。

ドイツ・ヘンスラー・クラシックスからの新譜で、このヒストリック・シリーズは南西ドイツ放送局SWRで制作された歴史的ラジオ放送用音源を独自のリマスタリングでCD化していて、既にジノ・フランチェスカッティやイダ・ヘンデルの演奏集もリリースされている。

独、英語による簡易な解説と詳細な録音データが掲載されたライナー・ノーツ付。

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2015年07月21日


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シュヴェツィンゲン音楽祭での優れた音源を発掘しているドイツ・ヘンスラー・クラシックスから2014年の4月にリリースされたCDで、1973年の同音楽祭で演奏されたベートーヴェンのピアノ三重奏曲第3番ハ短調及びメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番ニ短調の2曲を収録している。

これは、スーク、シュタルケル、ブッフビンダーによる室内楽の醍醐味を味わうことのできる名演奏である。

スークとシュタルケルは既にカッチェンとの協演でブラームスをデッカに録音していたが、カッチェン亡き後当時27歳だった新人ブッフビンダーがこのコンサートにキャスティングされたところに特徴がある。

実際スークとシュタルケルという2人のベテランをサポートするブッフビンダーのコントロールの行き届いた軽やかなタッチのピアニズムが如何にも瑞々しい印象を与えている一方で、彼はピアノ・パートの突出を巧妙に避け、抑制を効かせて常にトリオとしてのバランスを保つことをわきまえている。

それは後のアンサンブル・ピアニストとしてのキャリアにも通じる彼の確固としたポリシーだったに違いない。

プログラムの2曲はどちらもスーク・トリオのセッションが存在するが、この3人の顔合わせはもとよりシュタルケルのレパートリーとしてはまったく初めて耳にするもので、室内楽の愉悦を堪能できる1枚としてお薦めしたい。

ベートーヴェンではスークのリードする豊かな抒情性が活かされているが、それぞれが細部まで克明に合わせた見事なアンサンブルと、シュタルケルのチェロが扇のかなめのように構えて作品の音楽的構造を浮き彫りにした再現が秀逸だ。

メンデルスゾーンの方は作曲家特有のヴィルトゥオジティを発揮したフレッシュで屈託のない曲想が、三者の美しい音色と鮮やかな演奏によって更に爽快な印象を残している。

1973年5月16日のライヴのようだが、客席の雑音や拍手は一切入っていない良質のステレオ録音で、その音質の良さも特筆される。

ライナー・ノーツは11ページほどで、演奏曲目、録音データの他に独、英語による簡易な演奏者紹介と曲目解説付。

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2008年11月17日


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コダーイの無伴奏チェロ・ソナタは、ハンガリーのチェロの名手で、ワルトバウアー弦楽四重奏団のイエノ・ケルペーイ(1885-1954)のために書かれた作品だが、このシュタルケルの演奏と録音によって一躍広く知られるようになった。

無伴奏のチェロ作品といえばする誰の頭にも浮かぶのは、バッハの6曲の組曲である。

バッハの作が、本来は多くの声部を要する対位法の音楽を重音を極めて節約して用いる中で実現していることはよく知られている。

それに対しコダーイのこのソナタは、チェロに重音奏法による和音を徹底して求めている点で、バッハの組曲よりも相当に複雑で演奏も困難な作品である。

トランシルヴァニア地方の農民の民俗音楽のイディオムや、その原始的な音色そしてヴァイタリティを、独自のチェロ書法を通じて新たな音楽に生まれ変わらせた傑作である。

作曲者と故郷を同じくするシュタルケルは、この複雑で困難な書法をよく消化して、作品の底に力強く息づく肯定的なヴァイタリティをよく伝えてくれる。

彼はこれまで3度このソナタを録音しているが、この2度目のものは48年度のディスク大賞を受けている。

「松脂が飛び散るような」とか「楽器の胴の中にマイクを仕込んだように鮮明」と評された録音そのものは、今ではそれほど強い感銘は与えないが、演奏のひたむきだが強い主張は将来とも色褪せることはないだろう。

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