ヴンダーリヒ

2015年01月12日


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20世紀後半にドイツが生んだ最も美しい声のリリック・テノールとして活躍の絶頂期を迎えながら36歳という若さで事故のため他界したヴンダーリヒが、最も得意としていた作品である本作は、全曲に一貫して流れる叙情を、天性の美声で堪能できる1枚。

「美しき水車小屋の娘」は、「冬の旅」とともに、シューベルトの2大歌曲集であるが、「冬の旅」が、死に際しても安住できないという救われぬ苦悩や絶望を描いた深みのある作品であるのに対して、「美しき水車小屋の娘」は、青年の恋と挫折を描いたみずみずしいロマン溢れる作品であり、「冬の旅」と比較すると相当に親しみやすい作品と言えるだろう。

このように、青年を主人公とした楽曲や、親しみやすさと言った作品の性格を考慮すれば、音声についてはテノールで歌うのが最も適しているのではないかと考える。

「美しき水車小屋の娘」には、本盤の数年後の1971年に録音されたフィッシャー=ディースカウ&ムーアによる定評ある名盤もあるが、バリトンということがネックであるのとともに、フィッシャー=ディースカウのあまりの巧さ故の技巧臭が、いささかこの曲のみずみずしさを失ってしまっているのではないだろうか。

その意味では、本盤の録音後、36歳という若さでこの世を去った不世出のテノール歌手、ヴンダーリヒによる演奏こそ、歴史的な名演と評価するのに相応しいものと言えるだろう。

筆者としてはこの曲集をフリッツ・ヴンダーリヒのための曲だったと考えているが、それほどに曲と声との相性のよさを感じている。

テノールと言えば、イタリア・オペラで主役を張るような歌手の、輝かしく華やかな声を思い浮かべる人も多いかもしれない。

しかしドイツ生まれのヴンダーリヒの声はそうしたものとは違い、美しく伸びやかではありながら繊細でどこか危ういニュアンスを含んだリリカルなテノールであった。

この歌曲集の主人公はさすらいに出た若者が恋に落ち、恋破れて自殺する物語を語り過ぎないで、でも美声だけでなく物語りの流れも感じさせ見事に聴かせている。

そうした物悲しくも線の細い青年の姿が、ヴンダーリヒの歌唱を聴くと素直に脳裏に浮かんでくる。

どのナンバーをとっても決してムラがなく、みずみずしい抒情に満ち溢れており、この曲の魅力を存分に味わうことができるのが素晴らしい。

「美しき水車屋の娘」は多くの歌手が録音しているが、歌の美しさは未だにこの録音が最高で、こんな素晴らしいテノールは、残念なことにその後現れていない。

ピアノのギーゼンも、ヴンダーリヒの歌唱を見事に支えている。

併録の3つの歌曲も名演であり、こうした名演を聴くと、ヴンダーリヒの早すぎる死が大変残念でならない。

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2014年12月26日


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本盤には、1966年9月17日、ヴンダーリヒが天に召される9日前のエジンバラでのラスト・リサイタルが収められている。

全体に自信に溢れた歌唱で、それは黄泉の国に響くような悲しい美を湛えているが、なかでも感動的なのは、シューマンの歌曲集《詩人の恋》である。

わずか36歳の若さで事故死したこの不世出のテノールの歌唱は、この曲集の「永遠のスタンダード」として、今日の我々をも魅了してやまない。

前項に述べたように、《詩人の恋》は、恋の始まりから、思い出のすべてを海の底に葬るまでを描いた、ハイネの詩による美しい16曲の連作歌曲である。

シューベルトの《水車屋》の詩人ミューラーがひたすら出来事と心の表層を歌うのに対し、ハイネは若者の内面を描かずにはおれない。

まさに、ロマン気質のシューマン好みではないか。

名曲中の名曲であるだけに、《詩人の恋》は名盤があまた残されているが、最も美しいドイツ語発音と、最も美しいドイツ的唱法を示した名唱は、「忘れ得ぬテノール」とドイツで呼ばれている往年のリリック・テノール、ヴンダーリヒによるもの。

ヴンダーリヒには数種の録音があるが、ピッチの不安や緊張感を残しながら、音楽的感興の豊かさで本盤のライヴ録音を採りたい。

恋の甘い陶酔や憂い、失恋の予感の焦燥から、魂の慟哭までを難なく歌う、こんなに幅広い表現力の声があったろうか。

若い詩人の心の痛み、うずき、甘美な陶酔とほとばしる憧れのすべてを、天与の美声で難なく歌っており、F=ディースカウのスタイルと対極にある理想の《詩人の恋》と言って差し支えあるまい。

ただ天の命ずるままに歌い、声の赴くままに表現し、声が自然に詩人の傷ついた魂を語り出すのだ。

ここでのみずみずしいロマンティシズムと輝かしい声の美しさは、青春のナイーヴな想いを雄弁に語りかけており、その切なくも甘美な世界の魅力の虜となってしまう。

ただし、音質はあまり良くないので、うるさいことを言わなければDG盤のスタジオ録音でも十二分に満足し得る名唱だが、こだわる人はぜひとも本盤を手に入れるべきだと思う。

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2009年12月12日


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ヴンダーリヒは36歳の若さで死去してしまった。

そのためか若さが表現として必ずしもプラスにはならないリートを歌うことは、他のジャンルと比較してまだまだ少なかったようだ。

当然、録音も僅かしか残さなかった。

しかし、その中にシューベルトの「美しき水車小屋の娘」があるのは何と喜ばしいことだろうか。

しかも正規の録音を2回も行っている。

もちろん、正規の録音は物理的な条件も良く素晴らしいのだが、ここで紹介するのは正規の録音ではない。

しかも、全曲にわたってなぜかカットされた箇所がある。

しかし、表現の素晴らしさに正規の録音を上回る質があるので敢えて紹介したい。

演奏のコンセプトそのものは、伴奏も同じギーゼンが務めており、死の直前1966年7月に録音されたDG盤とほぼ同じと言える。

しかし、声の状態やニュアンスの滑らかさはこの録音の方が良く、素朴だが奥の深い「水車小屋」の歌物語を流れるような旋律美で歌い切っている。

特にこの歌曲集はメリスマティックな動きが多いだけにヴンダーリヒの滑らかな表情は作品の本質と完璧に一致する。

第1曲「さすらい」の期待に弾む躍動感、第4曲「小川への感謝」の自問自答の静かな情感、第14曲「狩人」の苛立ち、最後の第20曲「小川の子守歌」での慰めの表情など詩の内容と絡めた各々の楽曲の特質を描き分けているだけでなく、全体の一貫した盛り上がりがあるのが何よりの聴き所になっている。

とりわけ第18曲「枯れた花」から最後にかけての表出力は聴く者の心理を揺さぶる。

この「水車小屋」もまたシューベルトの素敵な〈歌〉の魅力に満ち溢れている。

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2009年11月30日


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ヴンダーリヒのリート録音で、《水車小屋の娘》とともに聴く者を魅了してやまないのが、この《詩人の恋》だ。

この《詩人の恋》にも、ヴンダーリヒの美声とみずみずしく気品ある歌の魅力が最高度に発揮されている。

張りのある清冽な美声は他の追随を許さず、端正で格調高く、どこまでもみずみずしい歌いぶりはまさに模範的な高みに達している。

艶のある美声、明瞭ですがすがしいディクション、情熱的でしかも抑制のきいた感情表現など、どれをとっても理想的と言っていい名唱。

情熱あふれる歌でありながら、表現にはつねに節度あるコントロールがほどこされており、激情の野放図な表出に走ることがない。

とりわけ全体にただよう凛とした気品は他の追随を許さないものがある。

ドイツ・ロマン主義芸術の最良の成果がここにあると言っていいだろう。

フーベルト・ギーゼンのピアノも、すこぶる表情豊かでヴンダーリヒの繊細な歌唱にぴったりと寄り添っている。

それでも、ギーゼンのピアノが少々味わいに乏しいのが残念だが、これぞドイツのテノールと言うべきヴンダーリヒの美しく輝かしい声と、情熱的で、しかも繊細なコントロールにも不足のない歌は、それを補ってあまりある。

追加収録されているベートーヴェンの歌曲も見事。

ドイツリートの最良のアルバムのひとつだ。

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2008年08月22日


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ヴンダーリヒの若さをすべて集めた、一大記念碑である。

この時代のドイツでは、まだイタリア歌劇はドイツ語で歌われることが多かったためか、アリアは原語ではないが、ヴンダーリヒの魅力はもう言葉では超えてしまっている。

艶やかな声、たっぷりとしたフレージング、下から上の声域まで1本でムラのない発声、そして明るい響きなど、これほどまでに輝かしく、生命の喜びを伝え切ったドイツのテノールは他にいない。

1966年、ヴンダーリヒがまだ36歳という若さで不慮の事故のために世を去ってしまったのは、あまりにも残念なことだった。

ドイツ系で彼に匹敵するテノールは、少なくとも彼の後には現れていないといっていいだろう。

ヴンダーリヒが録音した「美しき水車小屋の娘」や「詩人の恋」は、その清澄な美声といい、知と情のバランスのとれた解釈といい、まさに非の打ち所のない完璧な歌唱で、聴く度に感銘を新たにする。

モーツァルト・オペラでのタミーノやベルモンテが素晴らしいのはいうまでもないが、オペレッタやウィーナーリート、さらにはポピュラー・ソングといった軽いジャンルでの録音を数多く残してくれたのも、実に有り難かった。

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2007年12月25日


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36歳という若さで事故死したドイツの名テノール、ヴンダーリヒを人が未だに惜しむとき、その脳裏に浮かぶのはまずこの歌曲集の輝くばかりの生彩を想うからだろう。

若者らしい一途な情熱を見事に歌い上げている。

まずなんと言っても輝かしい美声がすばらしい。

歌い方も率直かつ繊細きわまりなく、凛とした気品があふれている。

同じテノールによる《美しき水車小屋の娘》でも、ヴンダーリヒとシュライアーとでは、その世界はずいぶん異なる。

シュライアーの流れるような抒情に対し、ヴンダーリヒは1曲1曲立ち止まって、考え込むかのようだ。

この入念な歌曲集はヴンダーリヒの美質を凝縮したかのような名演だ。

声の美しさ、フレーズのレガート的扱いに関しては抜群である。

もちろん若さからくる未熟の箇所はいくらでも指摘できようが、その未完成の歌の中にあるドイツには珍しい美声の旺盛が、まぶしいばかりだ。

艶やかな声、たっぷりとしたフレージング、下から上の声域まで1本でムラのない発声、そして明るい響きなど、これほどまでに輝かしく、生命の喜びを伝え切ったドイツのテノールは他にいない。

《水車小屋》の極めつけの名唱と言っていいと思う。

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