フルニエ

2017年01月28日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ピエール・フルニエ(1906−86)は、『チェロのプリンス』のニックネームで呼ばれ、それは晩年になるまで変わることはなかった。

磨き抜かれたような美しい音色、ノーブルな語り口などが、そう呼ばれるようになった原因なのだろう。

独奏者としても、室内楽奏者としても、彼のチェロはある種の趣味の良さのようなものを失うことがなかった。

残された数多くのレコードや、1954年の初来日以来の度々の公演などによって、彼のチェロに魅了されるファンの数は、今でも少なくない。

フルニエのチェロには冒し難いような高潔な気品と凛々しさが備わっていて、その颯爽とした潔いボウイングに託されたロマンティシズムはまさにチェロの貴公子として一世を風靡した独自の奏法を開拓していたと言えるだろう。

この25枚には協奏曲及び管弦楽作品だけでなく、ユニヴァーサル傘下の音源になるソナタやアンコール用ピース、アンサンブル、無伴奏曲などのジャンルも総て含めた網羅的なコンプリート・レコーディング集になっている。

フランスには彼とほぼ同時代にナヴァラ、トルトゥリエ、ジャンドロンなどの名チェリストが犇いていたし、現在でもカピュソンやモローなど優れたチェリストを絶やさない国だが、それは彼らが常に高度に洗練された音楽性とテクニックを受け継ぐことができる土壌と、奏者の育成を怠らない芸術的な伝統があるからだろう。

尚60ページのブックレットにはユルゲン・オストマンの『チェロのプリンス』と題されたエッセイと全トラック・リスト及び作曲家別CD検索用の索引が掲載されている。

バッハの無伴奏チェロ組曲はトルトゥリエやシュタルケルのそれと共にカザルスのイメージを刷新することができた最初のサンプルだ。

彼ら3人の演奏スタイルは全く異なっているが、フルニエの勇壮な男気を感じさせるダイナミズムに富んだ歌い口やスタイリッシュなカンタービレは洗練の極みとも言える高い完成度を示していて、彼がこの作品の可能性を追究したオリジナリティーに溢れるアプローチが聴きどころだろう。

一方アンサンブルで絶賛したい演奏がCD7−10のベートーヴェンのピアノ三重奏曲全11曲で、1997年にドイツ・グラモフォンからベートーヴェン・エディションが刊行された時に第9巻に収録されていたが、その後廃盤になって久しかった音源だ。

ケンプのピアノが扇の要になってシェリングとフルニエが抑制を効かせながらお互いに最大限の敬意を払ってあわせるトリオは、その品格の高さと共に古典的な均整のとれた高踏的な美しさを持っている。

またクラリネットが加わる第4番『街の歌』では、当時ベルリン・フィルの首席奏者だったカール・ライスターがシェリングに替わってソロを受け持っていて、古典派の様式を整然と遵守しながらも、それでいて快活な室内楽に仕上がっている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:42コメント(0)トラックバック(0) 

2015年04月07日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



管弦楽の魔術師R.シュトラウスの傑作を集めたアルバムで、セルは若い頃R.シュトラウスに可愛がられ、演奏会にも積極的にR.シュトラウスの作品を取り上げ、広く紹介した指揮者である。

ロマン主義から現代音楽への橋渡しをした存在とも言われるR.シュトラウスは、若き日のセルの才能を見出し、指揮者としての活動に導いた存在でもある。

セルは生前にR.シュトラウス本人からの薫陶を受けた数少ない指揮者で、作曲者との親交に裏付けられた説得力にあふれる演奏が手兵・クリーヴランド管弦楽団のもと、縦横に展開されている。

セルは、モーツァルトやハイドンの演奏で評価の高い指揮者であったが、このR.シュトラウスでは、彼の楽器だったクリーヴランド管弦楽団の名手の演奏も相俟って素晴らしく引き締まった演奏を聴かせる。

クリーヴランド管弦楽団は、セルが首席指揮者として君臨していた時代には、「セルの楽器」と評価されるほどの精緻なアンサンブルを誇ったが、本盤を聴くとそれがよくわかる。

良い意味での冷たさがあり、洗練されたシンフォニックな表現は、オーケストラ音楽の楽しみを十二分に味わわせてくれる。

同じく、R.シュトラウスを得意としたベームやカラヤン、ケンペとは異なるすっきりとした魅力があるところなど、この巨匠ならではの芸格と言うべきだろう。

先ずは、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を掲げたい。

セルの圧倒的な統率力の下、クリーヴランド管弦楽団をまるで手足のように操り、超凝縮型の圧倒的な名演を成し遂げている。

R.シュトラウスのオーケストレーションは、同曲でも複雑さを極めるが、それをあたかも顕微鏡で解剖するかの如く、精緻に表現していく様は圧巻という他はない。

セルは、あまり濃密な表現はもちこまないが、細部まで配慮の行き届いた的確な表現によって、生き生きと爽やかな緊張感ともって音楽を運んでおり、作品の洒落た味わいをすっきりと打ち出している。

セルの「ティル」は、肥大化する無意識の衝動に動かされた悪戯者ではなく、最初っから計算づくのインテリ政治犯のようで、ユニークである。

次に、「ドン・キホーテ」を掲げたい。

セルのアプローチは、全体が的確に見極められており、どこか1ヶ所だけが突出してしまうようなところがなく、バランスが良いので、総合的にみて、この曲を知る上では格好の名演と言えよう。

施された表情は、いずれもよく吟味されており、過不足なく多彩で、洗練されている。

ここでのチェロのフルニエは垢抜けしており、決して気品を失わない独奏は見事であり、全体のなかに無理なく溶け込んでいる。

そうした名独奏を十分に曲想生かしつつに、セルは、手兵のクリーヴランド管弦楽団を自在にドライブして、各変奏を巧みに描き分けている。

オケの優れた能力をフルに発揮させながら、各変奏を隙なく描き上げていく手腕は、実に見事だ。

これら両曲に対して、「死と変容」は、やや力づくの箇所がないわけでもなく、セルの本領が発揮したとは言えない点が散見され、いささか残念な演奏に終わっている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 00:52コメント(0)トラックバック(0) 

2010年11月29日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



フルニエは1940年代にシュナーベルとソナタ全曲を録音しているほか、ケンプとのライヴ録音があるが、このグルダとの録音が最もすぐれていると思う。

なによりも音楽がノーブルで、徹底してカンタービレで歌い、グルダの男っぽいピアノがそれを支える。

両者のコントラストが絶妙。フルニエを聴くならこれ。

フルニエはいつものように貴公子だが、この演奏で面白いのはグルダが紳士になっている点であろう。

この録音の前後にしばしばフルニエと共演したグルダは当時を回想し、フルニエを「あらゆる点で指導者」といい「非常に多くのことを学んだ」と語っているが、フルニエもグルダのいきいきとしたピアノに触発されたかのように感興豊かな演奏を展開しており、呼吸もぴったりと合っていて、演奏全体にみなぎるはつらつとした生気としなやかな気品をたたえた表現も、この両者の共演ならではの魅力だろう。

尊敬してやまないフランスの高貴なる音楽家が放つオーラに触発されたのか、グルダはいちだんと佇まいが美しく、しかも作品全体を見渡した視野の広い演奏を繰り広げており、どこをとっても無理がない。

フルニエがそんなグルダを味方にして風格あふれるソロを披露、幸福感に満ちたベートーヴェンの世界に聴き手を誘い、憩わせる。

なかでも傑出した第5番の演奏。精力的な音楽の第1楽章に続くアダージョ楽章では、ほとんど止まってしまうのではと思わせるほどゆっくりしている。

しかしこれで十分に全体を支えきる。

晩年に近づいた作曲者の内面の深淵を垣間見せる音楽だ。

翌年のバッハの無伴奏チェロ組曲とともにフルニエの芸術の頂点を占める名演といえよう。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 18:53コメント(0)トラックバック(0) 

2009年12月26日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



絶妙に息のあった名コンビとして知られた2人の大家の最良の時を記録したともいえる1965年、パリでの充実しきったライヴ録音である。

室内楽的融合感と流れのよさが際立つ名演だ。

さすがに、フルニエの最盛期の録音だけあって、高雅に旋律を歌い上げながらも、自由闊達な気分にあふれていて、まさに音楽する喜びといったものがじかに伝わってくるような演奏だ。

デリケートな詩情が美しいフルニエのチェロは、非常に細部にわたって洗練され、磨きぬかれた演奏で、高度の様式美を作り出している。

フルニエはベートーヴェンの古典的な性格がもたらす高貴な精神と落ち着いた情感に基づいて演奏しており、2人の共演はベートーヴェンの全体像を具現している。

ケンプのベートーヴェン演奏は戦前から著名で、ある意味ではロマン的な性格に焦点を当てている。

ロマン的表情で高雅に歌うフルニエのチェロ、積極性と清潔感をあわせもつケンプのピアノ。

端正な引き締まった造形感は、大家同志でなくては生まれようもないものだろう。

熟し切った音楽の年輪だけが放つ輝きであり、巨匠の共演が幸福感を味わわせてくれる録音である。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 08:14コメント(0)トラックバック(0) 

2009年02月02日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



ヴィルトゥオーゾ的要素が目立ちやすい曲だけに、その部分を強調したような演奏も少なくないけれど、やはりそれだけでは繰り返してたのしむというわけにはいかない。

すぐにCDケースの奥でほこりをかぶってしまうことになるだろう。

この協奏曲の本質的魅力というのは、もっと深いものなのだ。

そのことは、セル指揮によるベルリン・フィルの伴奏を得たフルニエ盤を聴くとよくわかる。

ドヴォルザークのゆたかな抒情性が、協奏曲という形式のなかでのびやかに開花しており、間然としたところがない。

チェロ協奏曲の一方の雄たる所以だろう。

フルニエの木目細やかで、柔軟性のある語り口は説得力充分で、伴奏も筋金入りだ。

フルニエのチェロは、朗々と歌いながらも温かい気品に満ち、細部まで神経を使いながら弱々しくならない。技巧的にも素晴らしく、音楽美にあふれている。

セルの指揮は素朴な土俗感を基本としながら、絶対に踏み外すことがなく、歌と情熱と輝かしさを過不足なく表出していく。

フルニエは、いかにもフランス人らしい高貴でエレガントな芸風を持ち味にした得難いチェリストであったが、このアルバムはそうした彼の芸風を伝える最高の記録の一つといえる録音である。

セル指揮のベルリン・フィルをバックに得たドヴォルザークは、フルニエのまろやかで上品な表現とセルのあたたかくも引き締まった音楽づくりが見事な調和を実現させている演奏であり、この名作の数ある録音のなかでも最も上品で格調の高い名演になっている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 21:58コメント(0)トラックバック(0) 

2008年11月30日


この記事をお読みになる前に、人気ブログランキングへワンクリックお願いします。



饒舌を避けた趣味の良さが光るフルニエの旧盤は深い共感に裏づけられた演奏だ。

フルニエは繊細な感受性の持ち主で、その演奏は典雅で気品があった。

"チェロのプリンス"といわれたフルニエは、ライヴ録音を除外すると、生涯に2回このバッハを録音している。

私個人の考えでは、よりおおらかで詩情豊かな新盤が雰囲気の魅力では旧盤を上回っているものの、新盤ではテクニックや気力の衰えが認められなくはないことも事実であり、総合的な見地からこのチェリストの本領が示されているのは、やはり旧盤であるように思われる。

旧盤におけるフルニエは、ビロードのような美音を駆使し、上品で高雅に作品を語り継いでいるが、そこでは新盤以上の集中力が保たれており、それが演奏に普遍的な説得力を与えている。

さらにそこでは、雰囲気の良さを超えた表情のコクや渋みもがたまらない魅力を放っている。

技巧家タイプの人ではなかったが、この全曲は全盛期の録音でもあり、技術的不安定感はない。

フルニエにとってテクニックは表現に従属すべきものであり、その姿勢は終生変わることがなかった。

"音楽家"としての自覚が、この演奏を名状しがたい、心ひかれるものにしている。

ところで、クラシック音楽情報ならこちらがオススメです。
人気ブログランキング



フルトヴェングラーのCDなら、 フルトヴェングラー鑑賞室



classicalmusic at 06:00コメント(0)トラックバック(0) 
メルマガ登録・解除
 

Profile
Categories
Archives
Recent Comments
記事検索
  • ライブドアブログ