イタリアSQ

2017年06月16日


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イタリアSQは、ここで新しいベートーヴェン像を描き出そうとしており、全曲を通じておおらかなリリシズムが支配する明るく流麗な表現と息の合った絶妙なアンサンブルが特徴だ。

4人の奏者の音楽性には見事な均一性が保たれ、しなやかな弦の味わいが終始貫かれている。

好んで明るい音色を求めながらも、楽章に応じて音色を巧みに変化させ、その上表情にも意志的な姿勢をみせ、テンポをテリケートに浮動させながら、音楽をよく歌わせている。

むろん、アンサンブルにも隙がないが、彼らの演奏は実に明快で、そして美しい歌に溢れているのが、大きな特色に数えられるだろう。

歌う際の独自のアクセントとダイナミクスの変化で造型していく他に類のないベートーヴェン演奏で、その未来のベートーヴェン像を象徴するかのような新鮮なアプローチは驚嘆に値する。

ひとりひとりが南国的な明るい感性をもち、強烈な歌の精神でベートーヴェンの心を歌い上げているが、リズムも明快に処理しており、朗々たる魅力に圧倒される。

ベートーヴェンの解釈として異例であることは認めざるを得ないが、彼らはどんなフレーズにも歌を見い出し、洗練されたカンタービレの奏法で歌い上げてしまう。

極めて特徴のある演奏スタイルだが違和感はなく、ベートーヴェンの前向きの迫力を伝える演奏として貴重なものだ。

確かに哲学的な深みのある表現については他の四重奏団に一歩譲るかもしれないが、感覚的に誰でも素直に入ってゆける、親しみやすいベートーヴェン演奏と言えるだろう。

それだけに演奏が決して神経質で辛気臭いものにならない屈託の無さが魅力だが、また一方でメリハリの効いたオーケストラを髣髴とさせるスケールの大きな表現と自由自在に変化するテンポの採り方も手馴れたものだ。

ベートーヴェンの深遠な音楽の前に少しも萎縮することなく、むしろ耳に心地よい響きの中に総ての音楽的なドラマを映し出すリリシズムこそ彼らの演奏の身上なのだ。

弦楽器同士ならではの柔らかな対話の仕方というものに、イタリアSQはとてもよく通暁していたグループであったが、ここでも彼らの語り合いは少しも肩に力が入り過ぎておらず、トゲトゲしくならず、なめらかで、自然で、味わい深く再現されている。

余裕を持ったゆったりしたテンポの設定からもそのことが理解できるが、それ故にこの全曲集はなんと10枚のCDに収められている。

技巧的な安定感の強さは、これらの四重奏曲の数多い録音の中でも屈指のものだし、彼らの南方的な資質も各曲で遺憾なく発揮されている。

とりわけ中期の作品95「セリオーソ」や同59の3曲の「ラズモフスキー」等は彼らの面目躍如たるものがあり、各々の第1楽章では意志的な逞しさにも不足はない。

一方、作品74「ハープ」の軽やかな透明感、端正な楽想の処理、各部のバランスの妥当さ、変奏部分の連続性の強さは無類に楽しく、美しい限りで、彼らの音楽性の幅を感じさせる。

また、後期の作品132の最終部分で歌われるヴァイオリンとチェロのスケール豊かな表情には、この全集の独自性が見事に集約されている。

長年に亘り培ってきたインティメイトな交流が存分に発揮され、自然な呼吸の中から自ずと曲の本質を衝いた演奏が生まれたと言うべきだろう。

4人のイタリア人がベートーヴェンを主要なレパートリーにしていたことは興味深いが、その発端は1951年に参加したザルツブルク・フェスティヴァルでのフルトヴェングラーとの出会いだった。

巨匠は彼らをホテルに招いてベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲とブラームスのピアノ五重奏曲について自らピアノを弾きながら助言した。

それは彼らにとってかけがえのない経験であり、その後の演奏活動の重要な課題ともなった。

このベートーヴェンだけに限らず、イタリアSQの演奏の大部分は、弦楽四重奏というスタイルの最良の部分を高らかにかかげるようなものであった。

1967年から75年にかけてフィリップスへの録音が集大成されたもので、更にリイシュー廉価版として再登場、音質の良さも特筆に値する。

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2017年05月09日


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イタリア弦楽四重奏団が1966年から73年にかけて完成させたモーツァルトの弦楽四重奏曲全23曲のコンプリート・セット。

1991年に初刊行され更に2005年にも再リリースされたCD180枚に及ぶフィリップスのモーツァルト大全集に組み込まれていた演奏で、今回ユニヴァーサル・イタリーが8枚の単独セットとして復刊した。

ひとつの弦楽四重奏団がモーツァルトの弦楽四重奏曲を網羅した録音は殆んど皆無に近く、勿論演奏水準の高さでも第一級の曲集だけに歓迎したい。

この四重奏団の旧メンバー時の録音であり、最も古いものは1966年の6曲のハイドン・セットである。

このハイドン・セットも若々しいエネルギーに満ちた興味深い演奏だが、それ以後に録音された曲を聴くと、彼らの演奏がメキメキと精密さを加えて向上しているのがわかる。

いかにもイタリアの団体らしくよく歌っているが、音楽そのものは引き締まっていて厳しさがあり、どれも水準の高い演奏である。

彼らの演奏は一見快活で自由闊達のように聴こえるが、実際にはダイナミズムの変化を細部まで入念に研究し尽くし、それを忠実に実践に移すところに特徴がある。

明るく力強い響きとオーケストラを髣髴とさせる大胆な表現、そしてイタリアン・スタイルの流麗なカンタービレは彼らの武器で、イタリア風モーツァルトの喜びを満喫させてくれるセッションだが、アンサンブルとして非常に堅固に鍛え上げられていることも更に大きな強みになっている。

実際彼らの合わせ練習は毎日数時間、時には1日中ということも珍しくなかったというのは、第2ヴァイオリンのエリーザ・ペグレッフィの語るところだ。

逆に言えば彼らは常に自分達の音楽設計の枠を逸脱するような表現はライヴでもしなかった。

それが演奏にも絶大な安定感となって現れているのだろう。

モーツァルトの初期の弦楽四重奏曲は彼が11歳の時に始まる一連のイタリア旅行の産物で、弱冠14歳の時に作曲した第1番ト長調の様式はサンマルティーニの同作品を手本にしている。

後にハイドンの高度な作曲技法を取り入れる前に、彼がボローニャのマルティーニ神父に師事して伝統的な対位法と声楽曲のカンタービレを習得していたことは、その後のモーツァルトの音楽性の洗練に測り知れない影響を与えたに違いない。

8枚のCDに収められた曲集はクロノロジカルな順序で編集されているのでイタリア様式時代、ザルツブルク時代、ハイドン・セット、そしてプロシャ王セットと創作年代を追って変化する作風も理解しやすい。

またモーツァルトがハイドンから受け継ぎ、更にベートーヴェンの弦楽四重奏曲に引き継がれるアンサンブルの形態が、もはや完成された小宇宙であることも納得できるだろう。

音質はフィリップスの音源らしく鮮明で極めて良好。

ライナー・ノーツは29ページで英、伊語による曲目解説付き。

尚CD4枚ずつのジュエル・ケース2巻に分かれているのでボックスの大きさは縦12,5X横14X厚み5cmと多少大きめだ。

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2016年01月17日


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解散して久しいイタリア四重奏団(1945−80)のユニヴァーサル傘下の音源を網羅したもので、1946年から1979年までの録音が収集された37枚のバジェット・ボックスになる。

ここで中核をなしているのがモーツァルトとベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集で、このふたつは彼らがその非凡な情熱と作品に対する真摯な姿勢で完成させた全曲ステレオ録音による記念碑的なレパートリーだ。

前者はフィリップスから刊行されたモーツァルト・エディション第12巻に組み込まれた8枚で、後者の録音は1967年から1975年にかけて8年がかりで遂行され、CD化された時には10枚組だったものが9枚にリカップリングされている。

その他にも彼らはシューマン、ブラームス及びヴェーベルンの弦楽四重奏曲全曲録音を達成しているが、いずれもカンタービレを武器にしたリリシズムが横溢する独自の解釈とオーケストラを髣髴とさせるメリハリを効かせた大胆なダイナミズムや密度の高いアンサンブルなどに彼らの面目躍如たるものがある。

イタリアでは2009年に1946年から1952年までのモノラル録音集7枚がアマデウスからリリースされていた。

それらがこのセットのCD1−6に当たるが、イタリア版に入っているテレフンケンやRAIイタリア放送協会に著作権が属する第1回目のドビュッシーやヴィンチ、タルティーニなどの音源は漏れている。

また彼らが得意とした20世紀の弦楽四重奏曲に関しては、当セットではドビュッシー、ラヴェル及びヴェーベルンのみだが、やはり著作権の異なるコロンビア音源のストラヴィンスキー、プロコフィエフ、ミヨーなどの作品群は現在英テスタメントからのリマスター盤が手に入る。

CD34にはドヴォルザークの『アメリカ』及びボロディンの弦楽四重奏曲第2番の「ノクターン」を含む全曲が、CD36にはプレミアム付で入手困難だったヴェーベルン作品集がそれぞれ復活したことを歓迎したい。

イタリア四重奏団はドビュッシーの弦楽四重奏曲を都合3回録音したが、CD35にラヴェルとカップリングされた演奏は1965年の最後のもので、質の良いフィリップス音源で鑑賞できるのは幸いだ。

他のふたつのセッションと比較しても、例えば第2楽章のピツィカートの応酬や迸り出るような色彩感など優るとも劣らないドラマティックな表現に驚かされる。

彼らは演奏に対する確固としたポリシーを掲げていた。

そのひとつがコンサートではプログラム全曲を暗譜で弾く形態をとったことで、それは奇しくも同時期に活躍していたスメタナ四重奏団と共通している。

楽譜に注意を逸らされることなく互いに音を聴き合いながら緊密なアンサンブルを心掛け、その上で各自が自由闊達な演奏を可能にした手法は、この演奏集にも良く表れていると思う。

勿論仕上げにかかる時間的な問題を解決しなければならなかったが、それは4人の練習時間の多さにも証明されていて、彼らの回想によれば新しいレパートリーには午前9時から午後1時まで、午後3時から夜半まで自己に妥協を許さない徹底した合わせ稽古が費やされた。

もうひとつがそれぞれの楽器に全員が金属弦を使ったことで、これは演奏環境や演奏自体によって変化を受け易いガット弦で起こり得る、楽章間での再調律を避けるためで、高まった緊張感を弛緩させることなく、ひとつの楽章から間髪を入れず次の楽章に進むことも可能にしていた。

72ページほどのライナー・ノーツにはこのセットに含まれる総ての演奏曲目の作曲家別索引とCDごとの詳細な録音データ及び英、独語による彼らのキャリアが掲載されている。

尚CD1−4、6、15、17、18、30、33、34の11枚の音源はデッカからは初のCD化になり、今回新しくディジタル・リマスタリングされたようだ。

例えばCD2には1952年のモノラル録音だが、アントワーヌ・ドゥ・バビエをクラリネットに迎えたモーツァルトのクラリネット五重奏曲がレストレーションされて蘇っている。

またポリーニと協演した最後の1枚、ブラームスのピアノ五重奏曲は彼らが1951年のザルツブルク音楽祭に参加した時に、フルトヴェングラー自身のピアノによって直接指導を受けたレパートリーになり、ポリーニとは既に1974年にコンサートで披露している。

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2015年12月22日


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イタリア弦楽四重奏団のレパートリーの中でもベートーヴェン、モーツァルトと並んでシューベルトは、彼らのコンサートのプログラムの三本柱を成していて、こうした作曲家の作品では意外にも彼らの自然な音楽性の発露よりも、隅々まで徹底した音楽設計を貫いた硬派的な演奏が聴き所だろう。

ここでも彼らは決してシューベルトの作品に溢れるカンタービレの再現ばかりに腐心するのではなく、むしろそれぞれの曲全体を見極めた音楽構成に注目して、かなり自制した厳しい演奏に仕上げているように思う。

それがシューベルトの作品に往々にして露呈される冗長さを感知させることなく、最後まで聴き終えることができる理由だ。

確かに彼らの歌うカンタービレは美しいし、いざという時にはその天性とも言うべき武器を存分に披露するが、常に個々の楽器間のバランスを失うことなく、統制されたカルテットの態勢を崩さないのは流石だ。

また時には豪快なダイナミクスを使って非常にドラマティックな曲作りを試みるのも彼らの手法だ。

彼らの合わせ技の秘訣のひとつに楽器の配置への特別な配慮がある。

第1ヴァイオリンとチェロ、そして第2ヴァイオリンとヴィオラが対角線に向き合う形で、チェロが内側に位置している。

更に総てのレパートリーを暗譜演奏していた彼らは楽譜に気を取られることなく、お互いのアンサンブルに集中できたことも、演奏自体に自由闊達な印象を与える要因になっている。

この2枚のCDに収められた4曲の弦楽四重奏曲は、いずれもシューベルト後期の作品で、第12番ハ短調D.703は第1楽章のみが完成されている。

前作からの転用も頻繁に聴かれ、第13番イ短調D.804『ロザムンデ』の第1楽章には歌曲『糸を紡ぐグレートヒェン』、第2楽章には劇音楽のテーマがヴァリエーションとして、また第14番ニ短調D.810『死と乙女』には第2楽章に同名の歌曲を利用している。

こうした作法は既にハイドンの『皇帝』に先例が見られる。

一方第15番ト長調D.887は、ひとつのシンフォニーのような壮大な構想を持っていて、規模も最も大きく、彼らの演奏時間も55分に及んでいる。

それだけにイタリア弦楽四重奏団ならではの、オーケストラを髣髴とさせるスケールの大きな表現が特徴だ。

また第4楽章は第14番と同様のイタリア風タランテラで、熱狂的な舞曲から昇華された緊張感と迫力に満ちた無窮動的な終楽章を締めくくっている。

D.810及びD.703が1965年、D.804が1976年、そしてD.887が1977年の録音になり、音質はこの時代のものとしては極めて良好で、当時のフィリップスの技術水準の高さを示している。

ブックレットは24ページで曲目紹介、録音データの他に英、独、仏、伊語の解説と後半部にはフィリップス・デュオ・シリーズのカタログが掲載されている。

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2015年08月19日


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BBC音源のライヴで1965年のステレオ録音になる。

古い音源だが音質は瑞々しく臨場感にも恵まれた、この時代のものとしては優秀なものだ。

収録曲目はボッケリーニの弦楽四重奏曲ト長調『ラ・ティラーナ・スパニョーラ』、モーツァルトの弦楽四重奏曲変ロ長調『狩』K.458及びベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番イ短調Op.132の3曲。

イタリア物とドイツ物を組み合わせたイタリア弦楽四重奏団ならではの特質がよく表れたプログラムで、鍛え上げられた万全のアンサンブルと深みのあるカンタービレ、メリハリを効かせたリズミカルな合わせ技には彼らの面目躍如たるものがある。

第1曲目のボッケリーニは第1楽章のリズムのモチーフがタンブリンを伴うスペインの民族舞踏ティラーナから採られていることからこの名称で呼ばれている。

彼らの軽妙なチーム・ワークを示したプログラムの第1曲目として相応しい選曲だ。

モーツァルトの『狩』は彼らの得意とした曲で、豊麗な和声の響きと溌剌とした歓喜の表現にはラテン的な感性が強く感じられる。

一方4人のイタリア人がベートーヴェンを主要なレパートリーにしていたことは興味深いが、その発端は1951年に参加したザルツブルク・フェスティヴァルでのフルトヴェングラーとの出会いだった。

巨匠は彼らをホテルに招いてベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲とブラームスのピアノ五重奏曲について自らピアノを弾きながら助言した。

それは彼らにとってかけがえのない経験であり、その後の演奏活動の重要な課題ともなった。

ここに収められた第15番も一糸乱れぬ緊張感の中に堂々たる説得力を持っているだけでなく、彼らのオリジナリティーを示した会心の演奏だ。

イタリア弦楽四重奏団は1945年に創設され、1980年の解散に至るまで国際的な活動を続けた、ヨーロッパの弦楽四重奏団の中でも長命を保ったアンサンブルだった。

また第2ヴァイオリンは当初から紅一点のエリーザ・ペグレッフィが担当している。

各パートで使用されている楽器は決して有名製作者のものではなく、また演奏中の微妙な音程の狂いを避けるために、総ての弦に金属弦を用いる合理的なアイデアも彼ら自身の表明するところだ。

配置は第1ヴァイオリンとチェロ、そして第2ヴァイオリンとヴィオラが対角線に構える形で、スメタナ四重奏団と同様に総てのレパートリーを暗譜で弾くことが彼らの合奏のポイントになっている。

ライナー・ノーツは15ページで英、仏、独語の簡単な解説付だが、半分ほどはICAクラシック・レーベルの写真入カタログになっている。

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2015年08月18日


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イタリア弦楽四重奏団の現代音楽のレパートリーを集めた1枚で、1954年から60年にかけてコロンビアに入れたモノラル録音のライセンス・リイシューになるが、英テスタメントのデジタル・リマスタリングによって得られた明瞭な音質は鑑賞に全く煩わしさがない。

曲目はプロコフィエフの弦楽四重奏曲第2番Op.92、ストラヴィンスキーの『3つの小品』、ミヨーの同第12番及びマリピエロの同第4番で、イタリア弦楽四重奏団のディスコ・グラフィーを見ると、これらの曲は1度しか録音されていないので、彼らの貴重なコレクションにもなる。

端的に言って彼らの解釈はドイツ系のアンサンブルとは一線を画した感覚的に捉えたカルテットで、しかもそれが4人の隙の無いチームワークによって完璧に鍛え上げられ、極めて情熱的に処理されている。

演奏に辛気臭さが全くなく、覇気に貫かれた合奏から導き出される多彩な音色やリズムの変化の面白みを外側に向けて発散させる、セオリー云々よりも先ず感性に訴えてくる魅力がある。

ロシア、フランス、イタリアのそれぞれの作曲家の作品をレパートリーにしていたことも興味深いし、実際彼らはしばしば一晩のコンサートのプログラムにラテン系とドイツ系の作品を抱き合わせた。

要するに彼らにとって作曲スタイルの相違は問題ではなく、むしろその対比の妙を聴かせることによって演奏会を変化に富んだものにしていた。

ところでイタリア弦楽四重奏団は、1945年結成当初から現代音楽をレパートリーに取り入れていた。

それは戦後の一時期聴衆の間で物議をかもしたが、彼らの積極的で果敢な演奏活動と説得力のある解釈によって、次第に受け入れられるようになった。

その好例がここに収められた4曲で、また彼らの自己研鑽と長いキャリアの節目になったのが1970年のフィリップスへのウェーベルンの弦楽四重奏曲全曲録音だろう。

残念ながらこのウェーベルンについては現在入手困難になっている。

ロマン派以降のレパートリーとして彼らが頻繁に取り上げた作曲家は他にドビュッシー、ラヴェル、レスピーギなどが挙げられる。

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2010年10月14日


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イタリアSQの新盤は、近ごろさほど話題にならないが、もっと高く表現される必要のある名演であろう。

「死と乙女」は1979年に再録音されたもので、ヴィオラがディーノ・アッショーラに代わっている。

そのせいかアンサンブルもいっそう充実していて、音色もさわやかだ。

作品の悲劇的なドラマやロマンを鮮烈に描き出した彼らの表現は、見事な造型感覚もがすばらしく、抜群のアピールが聴き手を圧倒する。

これは清新な情感を湛えた彫りの深い表現である。

1965年録音の旧盤の方が開放的なカンタービレが輝かしいが、この新盤にはただならぬ雰囲気が漂っている。

引きしまった出来ばえで、音色は明るいが、強い表現意志のみなぎった重量感にとんだ演奏を聴いていると、運命の重圧にあえぐ巨人の熱い吐息を浴びるような思いがする。

第1楽章第2主題冒頭の動機や、第2楽章のコーダにみられる、あこがれとのムードの対比のさせ方も、まさにベテランの芸だ。

「ロザムンデ」では、シューベルトの抒情にみちた旋律を柔らかい抑揚をもって歌わせた流麗典雅な演奏だ。

「ロザムンデ」は全部で4回録音されたこの曲の最後の1976年録音で、旧メンバー最後の力作でもある。

この四重奏団のもつ多面的なカンタービレは、この曲で最も多彩な効果を発揮している。

第12番「四重奏断章」と第15番も秀演で、第2ヴァイオリンとヴィオラが奏でる豊かな肉声と、その内声が見せた鮮やかな音色の変化が記憶に刻み込まれる。

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2009年07月29日


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ハイドンの美しい旋律と弦楽器のもつ魅力を存分に味わうことのできる演奏である。

イタリアSQの演奏は、明るく闊達な表現がハイドンにはふさわしく、特に旋律の歌わせ方は実にうまい。

第1ヴァイオリンが技術的に優れていることと、南国のグループらしく明晰な解釈がハイドンの魅力を存分に味わわせる。

第1ヴァイオリンと旋律が優先する、ハイドンの弦楽四重奏曲の場合は、変に重厚なアンサンブルだと、せっかくの美しい旋律と第1ヴァイオリンの名人芸がテクチュア(旋律と和声の綾)に埋没してしまう。

その点イタリアSQは、そうした要素に最もぴったりとしたグループといえるだろう。

豊麗かつ甘美に歌い上げられたハイドンで、いかにもイタリア人好みの演奏になっている。

特に「五度」と「皇帝」の第2楽章はその最たるもので、音楽とは歌うことであると言わんばかりに、一心不乱に演奏している4人の姿が彷彿とさせられるほどだ。

明快で現代性を帯び、しかもイタリアの団体らしく歌の精神に満ちている。

そうしたことは「ひばり」の第1楽章によく表れている。ここではやや遅めのテンポをとり、旋律をのびのびと歌わせた美麗な表現には魅了される。

第1ヴァイオリンによるひばりの鳴き声を思わせる旋律を、これほどきれいに演奏できる四重奏団というのも少ない。

しかし、それと同時にがっちりとした構成感もある。「五度」の第1楽章も良い出来映えだ。

どの曲もお手のものといった感じで、流麗な仕上がりのものになっている。

ハイドン演奏としての好き嫌いは別として、演奏というものの典型がここに示されているのは、何人も認めざるを得ないだろう。

組み合わせもよいので、ハイドンの弦楽四重奏曲の入門にも格好のディスクだ。

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2008年03月15日


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ポリーニとイタリアSQの初の共演盤で、ポリーニ唯一の室内楽曲録音である。

またヴィオラがファルッリからアッシオラに替ったイタリアSQの新メンバーによる初の録音であった。

生命力のみなぎった演奏だ。

もちろんそれはポリーニによるところが大きい。

ポリーニは冴えたタッチで鮮やかに演奏している。

この曲はピアノが協奏曲風重厚さを帯びてくるので、そういう場合のポリーニの歯切れの良いダイナミックな演奏は曲を一段と引き立てることになる。

ポリーニの、歯切れの良い、硬質な演奏が、この曲のもつ溌剌とした情感を十二分に表現している。

イタリアSQも、旋律をよく歌わせていて、素敵だ。

弦も安定した水準の高さを示していて、イタリア人らしく、明るい音色で歌っているが、ブラームスの熱気も着実に伝えてくれる。

ポリーニとイタリアSQが織り成す明快で引き締まった表現は、ドイツ的な演奏とは完全にその本質を異にするが、美しく張り詰めた魅力によって聴き手を魅了せずにはおかない。

透明に磨き上げられた名演であり、そのクリスタルな輝きもが異彩を放っている。

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