スーク

2017年05月21日


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総てチェコ勢で固めた演奏で、スプラフォンではこうした音源に事欠かないのは幸いと言うほかはない。

マルティヌーの2曲のヴァイオリン協奏曲、そして実質的なヴィオラ協奏曲の形をとるラプソディー・コンチェルトをヨセフ・スークのソロ、ヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団によるセッションで収めている。

ラプソディー・コンチェルトのみが1987年、ヴァイオリン協奏曲はどちらも1973年の録音になる。

この1973年はヴァイオリン協奏曲第1番が同じくスークのヴァイオリン、ショルティ指揮、シカゴ交響楽団によって初演された年だった。

元来この曲はヴァイオリニスト、サミュエル・ドゥシュキンからの委嘱作品で、初演が遅れた理由は楽譜の散逸とその再発見という皮肉な巡り会わせらしいが、基本的に無調で描かれた斬新でパワフルな曲想を持っていて、リズムにはチェコの民族的な要素が入り込んでいる。

スーク特有の明快なテクニックと気品のある表現が全開の演奏で、また初演への意気込みと自負も感じられる。

ヴァイオリン協奏曲第2番はエルマンのコミッションで、初演は1943年にミッシャ・エルマン自身のソロ、セルゲイ・クーセヴィツキー指揮、ボストン交響楽団によって行われた。

当時エルマン・トーンと言われた美音とスタイリッシュな奏法で一斉を風靡したエルマンの演奏を想定して作曲されたためか、第1番よりずっとリリカルなカンタービレに支配されていて、当然ながら彼の聴かせどころを最大限に活かした曲想を持っている。

その意味では美音家スークの艶やかで甘美な音色を駆使した、彼の面目躍如たるセッションでもある。

それは最後のヴィオラと管弦楽のためのラプソディー・コンチェルトにも共通していて、ヴィオラのふくよかな音色とこの楽器の機能を良く知り尽くした巧みな表現で、比較的稀なヴィオラのための協奏曲を牧歌的な魅力に溢れた作品に仕上げている。

ヴァーツラフ・ノイマン、チェコ・フィルのサポートはこれらの曲のスペクタクルで充実したオーケストレーションに彼らの機動力を発揮した、しかもバランスの良い再現が鮮烈だ。

それほど民族的なエレメントは使われていないが、マルティヌーは彼らの最も得意とするレパートリーのひとつであることも証明している。

音質は1987年のラプソディー・コンチェルトのみがデジタル録音で、やはり最も良い状態だが、その他も2009年の新しいリマスタリングでオリジナル・マスターの特徴が蘇っている。

ライナー・ノーツは42ページあり、かなり充実した解説と演奏者紹介が英、独、仏、チェコ語で掲載されている。

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2016年03月03日


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モーツァルトの6曲ある弦楽五重奏曲は粒揃いだが、その中で、最も人気のある第3番と第4番をカップリングしたもので、演奏や録音も含めすべての面で次元の高い名盤と高く評価したい。

評論家の小林秀雄氏によって「モォツアルトの悲しさは疾走する」と評された弦楽五重奏第4番を含むアルバムである。

弦楽五重奏曲の第3番、第4番は、交響曲第40番、41番の関係に比較されることも多い、同時期作曲の楽曲で、第40、41番同様、かたや雄大で重厚、かたや哀感ある曲になっているが、これらの曲を、名門スメタナ四重奏団は、名手スークを迎え、その重厚感、哀感を見事に再現していて素晴らしい。

円熟期のスメタナ四重奏団と名手スークによる同曲の決定盤と言えるところであり、室内楽ファンを魅了してやまないアルバムと言えよう。

何よりも、スメタナ四重奏団の自然体ですっきりとした非常に端正な演奏が、これらの楽曲の楽想に見事にマッチングし、精緻を極めたアンサンブルと美しくおおらかな表現が秀逸。

ゆったりとした気持ちで、モーツァルトの素晴らしい音楽の魅力をダイレクトに味わうことができるのが素晴らしい。

第3番では作曲家天性の晴朗さが彼らの落ち着いたテンポ設定によって古典派特有の形式美を伴って再現され、意味の無い感情表出に拘泥しない極めて透明度の高い演奏だ。

一方第4番はモーツァルトにとって意味深い調性ト短調で書かれているが、ここでも彼らのアプローチは決して憂愁に媚びるものではなく、むしろ明るく艶やかな音色を生かして流麗な曲想をダイレクトに辿っている。

しかしその解釈は言葉では言い尽くせないほど懐が深いために、かえってモーツァルトの内面的な音楽性を浮かび上がらせることに成功しているのも事実だ。

もちろん、スメタナ四重奏団の演奏には、例えば最近解散したアルバン・ベルク四重奏団や今をときめくカルミナ四重奏団のような強烈な個性などは感じられないが、各奏者のハーモニーの調和においては、他のいかなる四重奏団をも凌駕し、第1ヴィオラを弾いたスークの名演奏も含め、極上の美演を披露、彼らのモーツァルトの弦楽五重奏曲集は素晴らしいの一語に尽きる。

弦楽五重奏曲を演奏する喜びが、これほどまでに音化されている例はほかにもあまりなく、これぞ室内楽曲の至高・至純の芸術美と言えよう。

録音も、通常盤でもかなりの高音質を誇っていたが、Blu-spec-CD化によって、より一層鮮明な音質に生まれ変わった。

このような名演を極上の高音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2015年10月24日


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ことさらスケールの大きな演奏ではないが、とびっきり品の良いサロン・スタイルにまとめあげたという感じの曲集で、パネンカの高潔とも言うべきピアノに支えられてスークの流麗なソロが水を得た魚のように大らかなファンタジーを飛翔させている。

いつもながら美音を駆使したスークのカンタービレは、常に節度を保っていて歌い崩すこともなければ耽美的にもならない。

それは特に美音では人後に落ちないパネンカと組んだ時にその傾向が強く、またそれだけピアニストの隙のない音楽設計と、きめ細かなディナーミクが強く影響しているからだろう。

パネンカは伴奏の役割を誰よりも心得ていて、先ずソロを引き立てる側に回るが、実際にはその曲を決定付けるほどの主導権を発揮する。

それはこのCDに収められている3曲に共通していることだが、精緻なピアニズムの上に奏でられるヴァイオリンのロマンスといった趣を持っている。

1曲目のプーランクのソナタでは両者のセンスの良さが際立っていて、楽想の面白みをむき出しの情熱ではなく、むしろけれんみのない表現であっさりと仕上げているところに好感が持てる。

この作品はファシズムに反対し、若くして暗殺されたスペインの詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカに献呈され、音楽も彼の生涯に関連させているらしいが、スークとパネンカの演奏は明快で、それほど陰鬱な表現ではない。

それは標題音楽的な描写を避けてプーランクの美学の本質を捉えようとしているからだろう。

フランクのソナタにしてもこの曲の持つ緊張感や哲学的な重みよりも、率直に音楽の美しさを描き切った演奏で、スークの明るく艶やかな音色がすこぶる心地良い。

パネンカは比較的冷静にヴァイオリンの旋律を支えているが、音楽に冷たさがないのは音色の微妙な変化や華やかな盛り上げ方を効果的に取り入れているからだ。

尚スークはこの曲を後年ヨゼフ・ハーラとも再録音している。

最後に置かれた愛らしいフォーレの『ベルセーズ』も含めて総て1967年の初期ステレオ録音だが、スプラフォンの技術水準は当時の東欧諸国の中では群を抜いていて、鮮明な音質とバランスの良さはその証左だ。

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2015年10月09日


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チェコのピアニスト、ヤン・パネンカの名は日本では名ヴァイオリニスト、スークの伴奏や、スーク及びチェロのフッフロと組んだスーク・トリオのアンサンブル・ピアニストとして良く知られているが、本国チェコではソロ・ピアニストとしての声望も高かった。

パネンカはあらかじめ隅々までオーガナイズしたダイナミズムを潔癖とも言えるきめ細かさで表現していく。

パネンカの演奏はスリルや迫力で押しまくるものではなく、常に音楽的な節度を外さない余裕のあるテクニックと、彼の持っている特質のひとつである美音の威力を最高度に発揮させて、ピアニズムの美しさを全曲に湛えている。

その洗練された奏法は研ぎ澄まされた極めて頭脳的なもので、文字通り音楽性に溢れたベートーヴェンが再現されている。

このCDでは第3番と第4番でスメタナ作曲のカデンツァが採用されている。

1964年から1971年にかけてのセッションでヴァーツラフ・スメターチェク指揮、プラハ交響楽団との協演になり、スメターチェクの骨太で力強く、しかも深みのある指揮もこの全曲録音の価値を高めている。

またスークと彼らの協演による2曲のロマンス、ト長調及びヘ長調も小品ながら極めて美しい。

チェコ・フィルのノイマンに対してプラハのスメターチェクが優るとも劣らない実力の持ち主であったことも証明している。

初代のメンバーによるスーク・トリオがソロ・パートを受け持つ『トリプル・コンチェルト』ハ長調も優れた演奏だ。

クルト・マズア指揮、チェコ・フィルをバックにアンサンブルで鍛えた3人がその完璧ナチーム・ワークを聴かせてくれるのが頼もしい。

この作品は時としてベートーヴェンの駄作のように言われるが、こうした演奏を聴くと筆者には決してそう思えない。

一方ヴァイオリン協奏曲はコンヴィチュニー指揮、チェコ・フィルとの1962年のセッションが選ばれている。

第1楽章の溢れるほどのカンタービレや続く第2楽章での流麗で甘美なヴァリエーションはスークの面目躍如だが、終楽章ではもう少し毅然とした輪郭が欲しいところだ。

その他にこのセットでは、やはりパネンカのソロ、スメターチェク指揮、プラハ交響楽団及び合唱団による『合唱幻想曲』ハ短調も収められている。

38ページの写真入のライナー・ノーツには英、独、仏、チェコ語による録音データ、曲目及び演奏者紹介が掲載されている。

ここ数年チェコ・スプラフォンでは独自のリマスターによるリイシュー盤をセット物にまとめて再リリースしている。

パッケージには洒落っ気がないが、古い録音でもかなり鮮明な音質が蘇り、また入手困難だった名盤がプライス・ダウンされたこともあって魅力的なシリーズになっている。

例えばスークとパネンカのコンビによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲集、パウル・クレツキ指揮、チェコ・フィルによる同交響曲全集、ノイマン、チェコ・フィルのドヴォルザークの交響曲全集やパネンカとパノハ・カルテットが組んだ同室内楽曲集などがそれに当たり、今後のシリーズの充実も期待される。

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2015年09月16日


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ヴィオラの名手としても知られ、この楽器の為の多くの作品を録音しているヨセフ・スークのヴィオラ演奏集で、ショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタの伴奏はヤン・パネンカだが録音データ不明と記されている。

ベルリオーズの方はディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ指揮によるチェコ・フィルハーモニーとの珍しい協演で1976年のデジタル録音だが、どちらも音質は極めて良好。

このCDも1989年のリリース以降製造中止になっていたものの廉価盤としての復活になる。

ショスタコーヴィチのヴィオラ・ソナタは彼の死の直前に書かれた作品であるために、どうしてもその解釈には死の影を暗示させる陰鬱な表現になりがちだが、スークはことさらそうしたおぞましさを強調せずに、むしろ暖かみを持ったヴィオラの明るい音色を使った芯の太い朗々とした表現が特徴的だ。

死に対する恐怖よりも、厳粛で甘美な憧憬が優っていると言ったほうが良いかも知れない。

ベルリオーズの『イタリアのハロルド』においてもスークは官能的とも言える表現をしている。

そこには彼がヴァイオリンを弾く時と同様の薫り立つような音色とカンタービレが縦横に活かされていて、こうした表現では彼が独壇場の力量を発揮することになる。

それはこの曲の文学的なストーリーを忠実に辿った演奏ではないかも知れないが、極めて純粋な音楽的解釈だ。

ここではまたフィッシャー=ディースカウが指揮者としての優れた手腕を披露している。

ベルリオーズの華麗なオーケストレーションを精緻に再現し、チェコ・フィル特有の弦の瑞々しさ、管の機動力を引き出してみせた彼の貴重な記録でもある。

ちなみにこの作品はベルリオーズがバイロンの長編詩『チャイルド・ハロルドの巡礼』にインスピレーションを得たものだが、原作との関連性は稀薄で、作曲家自身のイタリアでの体験をベースにした創作といった感が強い。

それは彼の『幻想交響曲』と良く似ていて結果的には、彼が最も力を注いで取り組んだ標題音楽の代表作のひとつになった。

パガニーニ発注説の真偽はともかくとして、ヴィオラ奏者の最も重要なレパートリーであることは間違いない。

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2015年08月19日


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2011年に他界したチェコのヴァイオリニスト、ヨセフ・スークのソロとヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の協演によるチェコの作曲家の作品4曲を収めた純血種のセッションである。

作曲家から演奏家までを総てチェコ勢で固めただけでなく、スークにとっては作曲家ヨセフ・スークは祖父、ドヴォルザークは曽祖父でもあり、当然チェコの老舗スプラフォンからのリリースという純血種のコンビネーションが冗談抜きで楽しめる1枚だ。

実際のコンサートでは取り上げられることがそれほど多くないドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲だが、このメンバーで聴く限りは本家の威厳を感じさせるだけでなく、流石に音楽性に溢れる説得力のある演奏に引き込まれる。

美音家スークのソロは特に第2楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポで独壇場の冴えを聴かせてくれる。

尚4曲目のスークの『おとぎ話』のみが1978年のライヴから採られた初のCD化になり、3曲目の『幻想曲』は1984年、それ以外は1978年のセッションで既に別のカップリングでリリースされていたものだ。

名演奏家の組み合わせが国際化した現代では、より普遍的な音楽の解釈が一般的であり、わざわざ同国籍のアーティストを揃えてお国ものを披露すること自体むしろナンセンスで、またそれによって高い水準のセッションが可能になるとは限らない。

しかし彼らにとって自国の作曲家の作品を謳歌する風潮がソ連の軍事介入があった1968年の「プラハの春」前後に最高潮に達していることを思えば、単なる民族の祭典的な意味に留まらず、やむにやまれぬ政治的な背景が彼らを演奏に駆り立てていたに違いない。

皮肉にもこうした状況が実際彼らの強みでもあり、また自負となって演奏に反映しているのも事実だ。

指揮者ヴァーツラフ・ノイマンはスメタナ四重奏団創設時のメンバーでもあり、またラファエル・クーベリックとカレル・アンチェルの2人の常任指揮者の相次ぐ亡命という異常事態の後を継いでチェコ・フィルを守り全盛期に導いた。

ここに選ばれた作曲家のほかにもマルティヌーやヤナーチェクなど自国の作曲家の作品を世に問うた功績は大きい。

当時のチェコ・フィルは弦の国と言われるだけあって、特に弦楽器のセクションが流麗で、独特の統率感に支えられた合奏力の巧みさも聴き所のひとつだ。

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2015年08月15日


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録音データを見るとヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.61が1962年で、フランツ・コンヴィチュニー指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、そしてロマンス第1番ト長調Op.40が1970年、同第2番ヘ長調Op.50が1977年で、この2曲はヴァーツラフ・スメターチェク指揮、プラハ交響楽団との協演になる。

協奏曲の方ではコンヴィチュニーはオーケストラにも良く歌わせて、チェコ・フィルの持ち味を活かしていると同時に手堅くまとめているという印象だ。

スークにしても決して大曲を聴かせようという野心的な意気込みは感じられず、強烈なインパクトやスリルはないにしても、美音を駆使したどこまでも無理のない伸びやかで端麗な奏法が既に完成されている。

特に第2楽章ヴァリエーションでの様式をわきまえたカンタービレの美しさは比類ない。

ベートーヴェンがソロヴァイオリンに託した役割が超絶技巧の披露ではなく歌であることを思い知らせてくれる演奏だ。

おそらく第3楽章ではもう少し毅然とした輪郭があってもいいと思う。

尚カデンツァはスークの先輩に当たる同郷のヴァイオリニスト、ヴァーシャ・プシホダの簡潔だが情緒豊かなものが採用されている。

このCDではまたふたつのロマンスが秀逸だ。

こうした小品で聴かせるスークの巧さは他の追随を許さないものがある。

彼のような美音家は勢い耽美的な表現に陥りやすいが、充分に歌いながらも楽想をしっかり押さえて抑制を効かせた演奏には全く嫌味がなく、颯爽とした魅力を引き出している。

この2曲でもヴァイオリンが特殊な技巧を誇示するわけではないので、演奏家の音楽性が直に表れる意外に難しい小品だが、指揮者スメターチェクの隙のない巧みな采配による音楽作りがされているところも聴き逃せない。

新しくリマスタリングされた音質はどちらも良好で、当時からスプラフォンの技術水準が高かったことを証明しているが、比較するとやはり協奏曲よりロマンスの方がより鮮明で音の分離状態も良い。

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2015年07月21日


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シュヴェツィンゲン音楽祭での優れた音源を発掘しているドイツ・ヘンスラー・クラシックスから2014年の4月にリリースされたCDで、1973年の同音楽祭で演奏されたベートーヴェンのピアノ三重奏曲第3番ハ短調及びメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番ニ短調の2曲を収録している。

これは、スーク、シュタルケル、ブッフビンダーによる室内楽の醍醐味を味わうことのできる名演奏である。

スークとシュタルケルは既にカッチェンとの協演でブラームスをデッカに録音していたが、カッチェン亡き後当時27歳だった新人ブッフビンダーがこのコンサートにキャスティングされたところに特徴がある。

実際スークとシュタルケルという2人のベテランをサポートするブッフビンダーのコントロールの行き届いた軽やかなタッチのピアニズムが如何にも瑞々しい印象を与えている一方で、彼はピアノ・パートの突出を巧妙に避け、抑制を効かせて常にトリオとしてのバランスを保つことをわきまえている。

それは後のアンサンブル・ピアニストとしてのキャリアにも通じる彼の確固としたポリシーだったに違いない。

プログラムの2曲はどちらもスーク・トリオのセッションが存在するが、この3人の顔合わせはもとよりシュタルケルのレパートリーとしてはまったく初めて耳にするもので、室内楽の愉悦を堪能できる1枚としてお薦めしたい。

ベートーヴェンではスークのリードする豊かな抒情性が活かされているが、それぞれが細部まで克明に合わせた見事なアンサンブルと、シュタルケルのチェロが扇のかなめのように構えて作品の音楽的構造を浮き彫りにした再現が秀逸だ。

メンデルスゾーンの方は作曲家特有のヴィルトゥオジティを発揮したフレッシュで屈託のない曲想が、三者の美しい音色と鮮やかな演奏によって更に爽快な印象を残している。

1973年5月16日のライヴのようだが、客席の雑音や拍手は一切入っていない良質のステレオ録音で、その音質の良さも特筆される。

ライナー・ノーツは11ページほどで、演奏曲目、録音データの他に独、英語による簡易な演奏者紹介と曲目解説付。

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2015年03月09日


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チェコを代表する名手によって構成されるスーク・トリオによる円熟の名演である。

スーク・トリオによるチャイコフスキーの2度目の録音で、ピアノは名手パネンカ。

チェコの至宝として年輪を刻み、練り上げられたアンサンブルが奏でるスラヴの魂に脱帽してしまう。

パネンカ、スーク、フッフロといった3人の名手それぞれが最高のヴィルトゥオジティをもち、円熟を極めたころの名録音である。

ロシア・ピアノ音楽史上の巨星ニコライ・ルービンシュテインの死を悼んで書かれた、ロシアの大地を思わせる雄大なこの三重奏曲は、よほどアンサンブルがしっかりしていないと45分もの長丁場をもたせることは至難の業だ。

スーク・トリオは、各自の表現力のすべてをぶつけ合って、緊迫感あふれるスリリングで感動的な名演を聴かせる。

この曲は、チャイコフスキーが、偉大なピアニストであったニコライ・ルービンシュテインを偲んで作曲したため、ピアノ・パートが大変雄弁なものとなっているとも言われるが、スーク・トリオは室内楽としての息の合ったアンサンブルを磨きあげながらも、ピアニストのパネンカが素晴らしいヴィルトゥジティも発揮している。

彼らメンバー3人は夫々職人的名手で、派手なパフォーマンス抜きにチャイコフスキーの友人ピアニスト ニコライ・ルービンシュタインの死を悼む気持ちに落ちつき払いじんわりと、しかし一面烈しい共感性を表わした演奏を展開しており、素晴らしい名盤となっている。

スーク・トリオのアプローチは、何か個性的な解釈によって聴き手を驚かすような奇作を用いることはいささかもなく、どこまでも自然体のアプローチによって、チャイコフスキーの傑作ピアノ三重奏曲の魅力をダイレクトに聴き手に伝えてくれる点を高く評価したい。

もちろん、自然体と言っても、決して生ぬるいものではなく、各奏者の圧倒的な技量をベースとして、息の合った絶妙なアンサンブルの下、硬軟併せ持つ、いい意味でのバランスのとれた演奏を繰り広げている。

スーク・トリオによる演奏は、虚飾の無い、淡々とした演奏で、聴く者への媚びがなく、昨今の所謂スタープレイヤー共演の様な派手派手しいパフォーマンスとは無縁のボヘミア楽派の落ち着きが、チャイコフスキーの友人ピアニスト、ニコライ・ルービンシュテインの死を悼む気持ちに共感を増してくれる。

テンポはやや遅めであるが、1音1音丁寧に弾いていることが大きな特徴で、溢れ出る歌の美しさ、深い呼吸、綾なすヴィルトゥオジティ、同曲の必聴盤という評価は不変であろう。

第1楽章の哀切の音楽についても、チープなセンチメンタルには決して陥ることなく、高踏的な美しさを湛えている点が素晴らしい。

第2楽章の終結部の劇的で、力強い表現は、作曲者の心底を抉り出すような鋭さが支配している。

いずれにしても、本盤は、スーク・トリオを代表する名演であるとともに、チャイコフスキーの傑作ピアノ三重奏曲の数々の名演の中でも、かなり上位に位置づけられる理想的な名演と評価したい。

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2015年02月27日


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モーツァルトが作曲した6曲の弦楽五重奏曲のうち、最初期と最円熟期の作品を収めたものであるが、いずれも素晴らしい名演だ。

スメタナ四重奏団の演奏は、いつものとおり自然体のアプローチである。

それは、特に最近の弦楽四重奏団に顕著に見られる個性的な鋭さなどとは無縁であるが、情感豊かな人間的なぬくもりのある演奏ということでは、スメタナ四重奏団の右に出るものはいないのではないかと思われる。

モーツァルトの恒久的な幸福感に充たされた表現が秀逸で、古典派の様式をわきまえたごく正統的な解釈であっても、溢れんばかりの躍動感や、常に新鮮な感覚を失わないアンサンブルの美しさは流石だ。

スメタナ四重奏団の魅力は、弦の国チェコのアンサンブルだけあって、明るく伸びやかな音色を活かした屈託の無さと、隙の無い緊密な合奏力にある。

そうした最高のアンサンブルを誇る四重奏団に、やはりチェコを代表する名手スークを加えた演奏は、我々聴き手に、ゆったりとした気持ちでモーツァルトの音楽を味わうことを可能にする、かけがえの無い理想的な演奏が繰り広げられている。

どの楽器が突出するということはなく、5つの楽器が最美のハーモニーを奏でていくという態様は、まさに弦楽五重奏曲の醍醐味の至高・至純の具現化とも言えるだろう。

中でも第1番での意欲的なダイナミズムの投入は、こうした作曲家の若書きの作品本来の生命を新たに吹き込んでいるような爽快感がある。

一方第5番は、モーツァルト円熟期の豊かな音楽性と巧みな作曲技法を手に取るように再現している味わい深いアンサンブルが聴き所だろう。

弦楽五重奏曲はモーツァルトの室内楽の精髄である味わい深い名作揃いであるが、特殊な編成のため名演が生まれにくいレパートリーでもあり、名演が少ないが、そのような中で、本盤は、まぎれもなく、最高峰に位置づけてもいい名演と高く評価したい。

人気、実力とも絶頂期にあったスメタナ四重奏団に、チェコの至宝スークがヴィオラで加わった本盤が、今なおこの2曲の最高峰として屹立しているのは、練り上げられたアンサンブルと表現が極限の高みに到達し、神々しいまでの光を放っているからに他ならない。

音質も従来盤からして、素晴らしい高音質を誇っていたが、今般のBlu-spec-CD化によって、さらに奏者の息づかいまで聴こえるような、生々しく鮮明な音質に生まれ変わった。

音質が鮮明なだけでなく、楽器ごとの音の分離状態も明瞭で、スメタナ四重奏団&スークの名演を望み得る最高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2015年02月19日


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実に美しい名演だ。

美しいと言うのは、いささか月並みな言い方ではあるが、本盤のような演奏を耳にしては、これ以上の形容詞が思い浮かばない。

それほどまでに、清澄な美しさに満ち溢れた至高・至純の名演と言える。

スメタナ四重奏団は、最近まで世界をリードしてきたアルバン・ベルク四重奏団や今をときめくカルミナ四重奏団のような鋭さや個性的な響きはない。

かつてのカペー四重奏団などの瀟洒な独特の雰囲気があるわけでもない。

そうした特筆するような個性があるわけではないが、他方、各楽器の高い次元での調和や、音色の清澄な美しさにおいては、他のいかなる四重奏団と言えども、スメタナ四重奏団にはかなわないのではないかと考える。

いずれも湧き出るような美しい音色と表現の豊かさ、そして何よりも増して熟達したアンサンブルの巧みさが特徴だろう。

そうしたスメタナ四重奏団にあっては、お国ものの音楽を除けば、最も符号する楽曲はモーツァルトということになるのではないだろうか。

チェコの名ヴァイオリニストであるスークが加わったモーツァルトの弦楽五重奏曲ということになれば、演奏が悪かろうはずがない。

スークのヴィオラは、スメタナ四重奏団と本当にうまく溶け合って、アンサンブルの練り上げは見事の一語に尽きる。

弦楽五重奏というと、四重奏団4人とゲスト1人との間に距離感を残している演奏が多い中、お互いを知り尽くしたスメタナ四重奏団とスークによるこのアンサンブルの緊密な一体感は、まるで常設の五重奏団であるかのようで、室内楽の醍醐味を満喫させてくれる。

そのため、前述のように、至高・至純の美しさを湛えた名演が仕上がることになる。

特に、モーツァルト最晩年の音楽のエッセンスのような第6番の演奏には静謐ささえ漂っており、おそらくは同曲最高の名演である。

ここでも彼らの弦の音色の美しさと細部まで練り上げられた高度な合奏の魅力が聴き所で、特に第3楽章のトリオの部分にあるヴァイオリンとヴィオラのユニゾンで聴かせる鄙びたメロディや終楽章のフーガでのこれほど息の合った、しかも余裕を持った演奏はそうざらにあるものではない。

これほど自然な流れと魅力ある表情で奏でるなんて……、これを成熟した音楽というのだろう。

Blu-spec-CD化によって、より鮮明な音質に生まれ変わっており、従来盤に比べて明瞭かつ新鮮な音質が再現されていて、本盤の価値を大いに高めることになっている。

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2015年01月07日


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ドヴォルザークは、恩人である先輩作曲家ブラームスと同様に、管弦楽曲もさることながら、むしろ室内楽曲において数多くの傑作を遺したと言えるのではないか。

その中でも、本盤に収められたピアノ三重奏曲の第3番と第4番は、最上位にランクされるべき名作であると思う。

しかしながら、これほどの名作であるにもかかわらず、ピアノ三重奏曲のCDは意外にも少ない。

弦楽四重奏曲「アメリカ」の数多いCDと比較すると、あまりにも不当な気がする。

そのような中で、ピアノ三重奏曲第3番と第4番に、チェコの名奏者で構成されるスーク・トリオによる名演があるのは何という幸せであろうか。

チェコの至宝スーク・トリオによる同作品2度目の録音で、作品への深い共感と揺るぎない自信に裏打ちされた正統派の名演である。

ドヴォルザークの曾孫にあたるスークをリーダーとするスーク・トリオは、作曲家への深い尊敬と共感に満ちあふれた演奏を聴かせる。

スーク・トリオの演奏は、奇を衒うことなく、作品の素晴らしさ、魅力を愚直なまでに自然体のアプローチで描き出していくもの。

その誠実であり、なおかつ作品への深い共感が、本盤で聴くような、いい意味でのオーソドックスな名演を生み出したと言えるだろう。

両曲に内在するスラヴ的な民族色の描出も見事であるし、ドヴォルザークの晩年に顕著な人生の哀感とも言うべき深い抒情の描き方も実に巧みだ。

スークの飾らない演奏が素晴らしく、決して華美な表現に陥らないのがスークらしいが、ドヴォルザークでは何より魅力的だと感じる。

なかでもボヘミア的情感を漲らせた《ドゥムキー》では、他の演奏者の追随を許さない演奏を繰り広げており、様々に交代する異質な要素が鮮やかに描き分けられ、スラヴ的情感も色濃く、ドヴォルザークの光と影を余すところなく描いている。

純音楽的でもあるが、終盤の民族的な曲ならではの、地鳴りするような迫力を感じることができ、さすがと思わせる。

緩急自在のテンポ設定も、透徹したアンサンブルの下、名人芸の域に達しており、力と心と理詰めのバランスが素晴らしい。

Blu-spec-CD化によって、音質がさらに鮮明になったことも、本盤の価値を高めることに大きく貢献している。

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2014年11月03日


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本盤に収められたスーク&パネンカによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番及び第9番は、このコンビが1966〜1967年にかけてスタジオ録音を行ったベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集から、最も有名な2曲を抜粋したものである。

今般のシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化を機に、当該全集を今一度聴き直してみたが、やはり演奏は素晴らしいと思った次第だ。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ、とりわけヴァイオリン・ソナタ史上最大の規模を誇るとともに、交響曲にも比肩するような強靭にして重厚な迫力を有している第9番「クロイツェル」については、同曲の性格に符号した力強い迫力を売りにした名演が数多く成し遂げられてきている。

これに対して、スークのヴァイオリン演奏は決して卓越した技量や強靭な迫力を売りにしていない。

むしろ、曲想をおおらかに、そして美しく描き出していくというものであり、とりわけ、第9番「クロイツェル」については、他のどの演奏よりも優美な演奏と言ってもいいのかもしれない。

いささか線の細さを感じさせるのがスークのヴァイオリン演奏の常々の欠点であるが、音楽性は豊かであり、ベートーヴェンを威圧の対象とするかのような力んだ演奏よりはよほど好ましいと言えるのではないだろうか。

パネンカのピアノも優美な美しさを誇っており、スークのヴァイオリン演奏との相性にも抜群のものがある。

いずれにしても、本演奏は、とりわけ第9番「クロイツェル」に強靭にして重厚な迫力を期待する聴き手には肩透かしを喰わせる可能性はないではないが、演奏全体を支配している音楽性満点の美しさには抗し難い魅力があり、数々の名演奏家を生み出してきたチェコの至宝とも言うべき珠玉の名演に仕上がっていると高く評価したい。

そして、本盤で素晴らしいのは、何と言ってもシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化による極上の高音質である。

本演奏は、いずれも今から50年近くも前の1966〜1967年のものであるが、ほぼ最新録音に匹敵するような鮮明な高音質に生まれ変わった。

スークのヴァイオリンの細やかな弓使いやパネンカの繊細なピアノタッチが鮮明に再現されるのは、録音年代からして殆ど驚異的であり、あらためて、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤の潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、スーク&パネンカによる至高の名演を、現在望み得る最高の高音質であるシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年05月19日


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スーク・トリオの「大公」には、ピアノがハーラに代わってからの新録音があるが、これはパネンカ時代の最初の録音である。

ハーラが加わってからのアンサンブルは三者一体となった緊密さの魅力が増したが、ここにはそれと異なった三者三様の持ち味が発揮され、コントラストの妙味ともいうべき魅力がある。

ここでも、歯切れのよいピアノのリードによって、熱気のこもった華麗な演奏を行っている。

特に第1楽章の堂々たる表現や、第2楽章のロマンティックな気分の出し方など、見事の一言に尽きる。

いずれ劣らぬ名演といえ、新盤が登場した今も、この演奏がもつ価値はいささかも失われていない。

細部を精緻に描きながら全体は大きなうねりと熱気にあふれており、熟成された純室内楽的な名演として永遠に価値を失わない名盤であろう。

スークとパネンカの名コンビによるこの演奏は、呼吸がピッタリ合った素晴らしいアンサンブルを聴かせる。

スークのヴァイオリンは、すこぶる繊細で、甘美な音色をもっており、パネンカのピアノも実に安定していて品位が高い。

スークもパネンカも、いわゆる巨匠型の演奏家ではないが、力量と総合力の高さを持っている。

ただこのコンビはたくましさよりや情熱よりも、端正な演奏が身上で、このコンビに適しているのは、「クロイツェル」より「スプリング」ということになる。

この曲では、スークのそうした持ち味が充分に生かされた良い出来で、スークの表現が、現代的で新鮮なので、若い人たちには好まれよう。

ベートーヴェンの抒情を歌い上げて、端正・清楚な点ではトップ・クラスの演奏だし、ひと味違ったベートーヴェンに接することができる。

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2014年05月02日


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1963年、ザルツブルク音楽祭でのパッション漲る名ライヴで、個人的にはスタジオ録音より、こちらの方を愛聴している。

累代のチェコ・フィルの指揮者はドヴォルザークの交響曲第9番の録音を行っているが、いずれも個性的な名演揃いである。

ターリッヒにはじまり、本盤のアンチェル、そしてクーベリックやノイマン、そして近年のマーツァルなど、これらの大指揮者による同曲の演奏は、現在においても名演としての地位を確立していると言っても過言ではあるまい。

これらの名演に優劣を付けることは困難であるが、本盤に収められたアンチェルによる演奏は、ターリッヒによる演奏が録音が古くて今一つ音質が冴えないことを考慮に入れれば、当ライヴはチェコ・フィルの累代の指揮者による同曲演奏の中でも出色の出来映えと言ってもいいのではないだろうか。

アンチェルによる演奏は、どちらかと言うと聴かせどころのツボを心得たサービス精神旺盛な演奏とは言い難いと言える。

もちろん、ターリッヒによる演奏のように即物的に徹した演奏とは言えないが、それでもどちらかと言えば派手さはなく、一切の虚飾を配したストレートなアプローチとさえ言えるだろう。

ティンパニの効果的な使い方や低弦の歌わせ方には出色のものがあるものの、華麗さとは程遠い渋味のある演奏とさえ言えるところだ。

しかしながら、一聴すると淡々と流れている曲想の端々には、両親や妻子をアウシュビッツで虐殺されるなど激動の悲劇的な人生を送ってきたこの指揮者だけが描出可能な底知れぬ奥深い情感が込められていると言えるところであり、その独特の味わい深さには抗し難い魅力に満ち溢れている。

巧言令色とは正反対の飾り気のない演奏であるが、その演奏の深沈たる奥行きの深さは、まさにいぶし銀とも言うべき独特の輝きを放っていると高く評価したい。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲はやはりスークが一番だ。

1つ1つの音が完全に身についており、自分の音楽として表現しているからである。

激しい生命力や訴えかけ、懐かしい愛情のほとばしり、暖かい親しみ、チャーミングな節まわしが、豊かな郷土色と一体化して聴く者の心に涙をにじませるのだ。

アンチェルの指揮は音楽を意味深く語りかけつつ、美感を保持した見事なものだ。

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2013年02月19日


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ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」は、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲中の最高傑作であるだけではなく、古今東西のピアノ三重奏曲中の帝王とも言うべき至高・至純の名作である。

その後、このような形式により、様々な作曲家が作曲に挑んだが、チャイコフスキーやラフマニノフなどの一部の傑作はあるものの、内容の深さなどを加味すれば、未だにこの名作を凌ぐものは現れていないと言える。

これだけの名作だけに、これまで数多くの演奏・録音がなされ、名演も数多く残されてきたが、そのような中で、本盤の存在意義は何か。

それは、チェコ出身の名室内楽奏者による息の合った、自然体の絶妙のアンサンブルということになるのではなかろうか。

スーク・トリオにはピアノがハーラに代わってからの新録音があるが、これはパネンカ時代の2度目の録音である。

ハーラが加わってからのアンサンブルは三者一体となった緊密さの魅力が増したが、ここにはそれと異なった三者三様の持ち味が発揮され、コントラストの妙味ともいうべき魅力がある。

いずれ劣らぬ名演といえ、新盤が登場した今も、この演奏がもつ価値はいささかも失われていない。

ピアノのパネンカも、ヴァイオリンのスークも、チェロのフッフロも、いずれもチェコが誇る名奏者ではあるが、必ずしも個性的なアプローチや卓越した技巧を売りにする奏者ではない。

むしろ、情感豊かな温かみを感じさせるアプローチを旨とする奏者であり、こうした三者が奏でたピアノ三重奏曲は、まさに、熟成したワインのような味わいのある大人の名演に仕上がっていると言える。

同曲に、怒れる獅子のような力強さを指向する聴き手にはいささか物足りなさを感じさせるきらいがないわけではないが、ベートーヴェンを単なる威圧の対象にしていない点は、高く評価してもいいのではないかと考える。

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2013年02月08日


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ブラームスはオペラを除いて、多岐にわたる分野において様々な傑作を遺したが、どちらかと言うと、管弦楽曲よりも室内楽曲の方が得意と言えるのではないかと思う。

そうした得意の室内楽曲の分野においても、ブラームスは様々なジャンルの数々の傑作を遺した。

本盤に収められたピアノ三重奏曲もその例外ではなく、作曲時期は第1番のように初期のものもあるが、第1番にしても晩年に改訂を施しており、その意味ではいずれも円熟の傑作と評価されるべきものである。

本盤のスーク・トリオによる演奏も、そうしたブラームスの室内楽曲の傑作の魅力を聴き手にダイレクトに伝えてくれる名演であると言える。

スーク・トリオの演奏は、いつものように、何か特異な解釈をすることによって聴き手を驚かすというものではなく、あくまでも自然体のアプローチだ。

ここには余計な表情はない。

本質に即したものだけが精選されているといった感じで、聴き甲斐のあるものになっている。

こうした真摯で誠実な自然体のアプローチが、作品そのものの魅力を最大限に発揮させることに繋がるものであると考える。

3曲とも、ブラームスが無駄なく書き上げた曲をまざまざと具体的に示すような演奏が繰り広げられている。

これは楽譜を表面的に演奏すればそうなるということではなく、作品を徹底的に研究したからこそ成し得たものだ。

特に第1番の曲を、これだけ緊密にまとめあげるのはなかなか容易なことではない。

第2番は第1番よりもアンサンブルをする楽しさをみせており、出来栄えも高く評価したい。

第3番は起伏感がとても明快だが、それでいてごつごつしたものにはならず、覇気と意欲にみちている。

併録のホルン三重奏曲も同様のアプローチによる名演で、ブラームス好みらしい素朴なホルンの音色で、しばしば憂愁を漂わせている。

このホルン三重奏曲の演奏は、きわめて味わい深く、何よりも、チェコが誇る名ホルン奏者のティルシャルのチェコの土の香りが漂うような野太い音色が魅力的であり、これを聴けるだけでも素晴らしい。

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2011年03月27日


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スーク・トリオの屈指の名盤で、ドヴォルザーク/ピアノ三重奏曲全曲の初録音。

第2次世界大戦後に活動したピアノ三重奏団の中で、各楽器のソリスティックな味わいと室内楽的密度の濃さが最高にバランスされた団体が、このスーク・トリオだった。

彼らは代表的なピアノ三重奏曲をほとんど録音し、それらのすべてに高い成果をあげているが、中でも彼らならではの傑作といえるのがこのドヴォルザークの全集。

この4曲の中で、普通演奏会に取り上げられるのは「ドゥムキー」くらいで、他はほとんど顧みられないが、その全曲を録音していることに、彼らのドヴォルザークと同郷人としての心意気が現われている。

演奏もまさにこれしかないというほどこなれ、共感に満ち溢れている。

作品そのものの質まで見直させるほどの演奏である。

どの曲も、きわめて緊張度の高く、実に躍動感あふれた演奏である。

しかも情熱をみなぎらせてはいるが、ときには温かいやさしさもあり、その演奏はきわめて多面的で、そのリズムは完全にボヘミア的である。

第1番は堅固な構成をみせ、それに対して第2番では旋律美を重視している。

第4番「ドゥムキー」は、テンポの変換もよく、さすがにボヘミア的情感をみなぎらせた好演だ。

ことに第2楽章の静と動のコントラストのつけ方の見事さ、第5、第6楽章の民族色豊かな表現の素晴らしさなど、この曲を十分にひきこんだ自信と余裕が感じられる。

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2010年10月15日


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何と室内楽的なバランスの整った演奏だろう。

スーク・トリオの演奏は、室内楽的かつ古典的で、緊密なまとまりを聴かせる。

3人それぞれが実に明確な主張を展開しながら見事な調和を保ち、一体となって感興豊かで恰幅の大きな世界を作り上げている。

スリリングなところはないが、充分に練られた表現にはまとまりだけではない華もあって楽しめる。

全体的に高水準でまとめられた非常に完成度の高い演奏で、若々しい生気と躍動にあふれた魅力的な「街の歌」や、中期特有のエネルギーが見事に生かされた第6番が印象に残るし、「大公」も堂々とした風格の名演だ。

平均年齢54歳の録音にもかかわらず、もっともみずみずしく新鮮な息吹を感じることができる。

ピアノがパネンカからハーラに替わっているが、このトリオは、相変わらず、すぐれたアンサンブルを聴かせてくれる。

ピアノに創設当初のメンバーであったハーラが復帰した直後という条件も良い刺激となったようである。

決して馴れ合いにならない、芸術性のぶつかり合い、これぞアンサンブルの醍醐味。

「大公」は、スーク・トリオにとっての3度目の録音である。

合奏の精度という点ではむしろ彼らの2度目の録音(平均年齢47歳、ピアノはパネンカ)の方に利があるのだが、3度目の方には聴いていてはっとさせられる瞬間がしばしばある。

ここでも、歯切れのよいピアノのリードによって、熱気のこもった華麗な演奏を行っている。

特に、第1楽章の堂々たる表現や、第2楽章のロマンティックな気分の出し方など、見事の一言につきる。

スーク・トリオのこの演奏を聴くと、余分な力を全く抜いて、注意深く表情をつくっていることに感心させられる。

それが第1、3楽章において大波のような起伏をつくっている。

本当に磨き抜かれた音によって真情あふれる音楽が歌われており、細部が精緻であるのにもかかわらず、全体の音楽像は雄大この上なく、それが時としてものすごい熱気をみせるのだ。

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2010年10月13日


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ベートーヴェンの10曲あるヴァイオリン・ソナタは、ボン時代の1797年から1810年までの間に書かれ、《春》や《クロイツェル》などの良く知られた名曲を含んでいる。

スークとパネンカの名コンビによるこの演奏は、すばらしいアンサンブルを聴かせる。

このスークとパネンカが録音した全集には、クレーメルやシェリングなどが、個性的で大胆な全集を完成させたのとは対照的に、極力個性を排除し、室内楽的で静謐な抒情を表出することを目的とした、いわば物静かな感動が全面を覆っている。

実直な室内楽型ではあるが、派手さのない端正な表現の中に、独特の抒情味を宿していて楽しめる。

スークのヴァイオリンは、すこぶる繊細で、甘美で魅力的な音色をもっており、パネンカのピアノも実に安定していて品位が高い。

スークもパネンカも、いわゆる巨匠型の演奏家ではないが、力量と総合力の高さを持っている。

ただこのコンビはたくましさや情熱よりも、端正な演奏が身上で、このコンビに適しているのは《クロイツェル》よりも《春》ということになる。

《春》は、まさにぴったりの雰囲気をもったスークの目指す理想的な名演となっているが、《クロイツェル》のようなドラマティックな作品でも、2人の緻密な合奏から生まれる迫力ある妙味が、心地よい緊張感を生んでいる。

ベートーヴェンの抒情を歌い上げて、端正・清楚な点ではトップ・クラスの演奏だし、ひと味違ったベートーヴェンに接することができる。

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2010年05月01日


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チェコの名ヴァイオリン奏者ヨゼフ・スーク(1929年生まれ)は、ドヴォルザーク直系の音楽家である。

同姓同名の祖父も優れた名ヴァイオリン奏者だったが、ドヴォルザークの娘と結婚しているから、ドヴォルザークは曾祖父になる。

スークは決して民族色を強調しようとはせず、民族的な要素に安易に寄りかかる演奏を避けているかのようだ。

その結果、上品な音楽が生み出されている。

しかしそこには自然に滲み出てくる民族の情感、民族の詩情があり、それを聴き手に訴えかけずにはおかない。

ことに《4つのロマンティックな小品》はスークの最愛の作品で、ただ単に作品を美しく再現していく誘惑から脱して、作品とより一体感を強めた結果としての名演を聴かせてくれる。

「ラルゲット」の得も言われぬ哀しさ、切なさなど、以前の演奏では聴くことのできなかった境地であり、円熟の賜と言いたくなる。

ボヘミア音楽の真髄を、また純度の高い気品のある演奏を生むには何が必要かを、このディスクは教えてくれる。

ドヴォルザークはチェコのシューベルトとたとえたくなる。ことに温かい室内楽にはそうした名作が数多い。

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2010年01月03日


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1976年に来日したとき録音されたもので、これはスーク・トリオにとって2度目の録音であるが、実にスケールの大きい熱のこもった名演奏である。

ここには、長いキャリアをもつこのトリオの充実ぶりが如実に示されている。

3つの楽器が伯仲した力量で、スケールの大きな白熱した巨大な表現をつくりだしている。

いくぶん速めのテンポで弾きあげた第1楽章の迫力ある演奏にまず圧倒される。

加えて洗練された音彩による歌の美しさ、急迫する呼吸の自然さ!

なかでも深い共感をもって再現した第2楽章は抜群で、変奏主題の荘重な歌わせ方は特に素晴らしい。

それぞれの変奏が実に真摯な表情を織りなしてゆくことなど、ただただ感嘆のほかはない。

第8変奏の堂々たるフーガのまとめかたや、第9、11変奏の哀切きわまりない情感の表出もさすがに見事だ。

変奏終曲とコーダの全精力を傾けた豪壮なクライマックスと感動に満ちた表現も、聴く者を揺り動かさずにはおかない。

これはこの曲の代表的名盤といえよう。

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