フェリアー

2017年07月08日


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英国のコントラルト、キャスリーン・フェリアーの正規音源は、セッション、ライヴを問わずデッカからのボックス・セット14枚及びEMIからの3枚で出尽くした感があったが、小規模な歌曲に関してはまだメディア化されていない録音が多数存在するようで、このCDでは実に19曲の初出音源が収録されている。

いずれもフェリアーが母国BBC放送とブリティッシュ・ライブラリーに遺したもので、41歳の若さで早世した彼女の貴重な忘れ形見といったところだろう。

フェリアーが演奏活動に専念するためにロンドンに赴いたのが1942年だから、彼女のプロとしてのキャリアは僅か10年余りで、この間にレパートリーこそ多くはないが、信じられないくらい質の高い仕事を成し遂げていて、その一端を垣間見ることのできるアルバムとして高く評価したい。

ライナー・ノーツの最後に書かれたテクニカル・ノートには、このディスクに使われた音源がBBC放送からのエアチェック及びダイレクト・カットされたアセテート盤であることが説明されている。

前者の場合1954年のVHF/FMブロードキャスティングの導入までは不安定な受信しかできなかったし、後者は再生時のスクラッチ・ノイズが避けられない。

このCDのマスター制作にはこうした欠点を最新のテクノロジーでリストレーションしリマスタリングを担当したエンジニア、テッド・ケンダル氏の苦心が窺える。

フェリアーはステレオ録音が一般化する直前の1953年に亡くなっているので、遺された音源は残念ながら総てがモノラルで、曲によって音質もいくらかばらつきがあるが、リマスタリングの効果は上々で、伴奏ピアノとのバランスも比較的良好に保たれ、ノイズに煩わされない輪郭のはっきりした彼女の声質が再現されている。

フェリアーの声には華やかさはなく、むしろ暗めの低い声質だったためにオペラのような劇場作品で活躍するような役柄自体ごく限られたものだったが、彼女には天性の並外れた表現力があって、飾り気のない素朴な声に託された歌曲には、お国物だけでなくドイツ・リートのジャンルでも傑出した歌唱を聴くことができる。

それには彼女の持ち前の才能に加えて早くからブリテンやバルビローリ、ワルターなどの巨匠の薫陶を受け、急速にその芸術を洗練させて解釈に一層の深みを加えることができたことも幸いしているだろう。

外側にアピールしない低い声がしばしばその表現を内面に向かわせるのはある意味では当然のことかもしれないが、フェリアーの歌唱には直感的でありながら類稀な奥深さが感じられる。

ここでの伴奏者も同郷のジェラルド・ムーア、指揮者ブルーノ・ワルター及びフレデリック・ストーンのベテランがサポートしている。

ちなみに伴奏者はトラック8−11がブルーノ・ワルター、26がジェラルド・ムーアでそれ以外の総てがフレデリック・ストーンになり、最後に収録されたムーアとのヒューバート・パリーの『Love is a Bable』 だけが1948年8月26日のエジンバラ・ライヴで拍手が入っている。

この作品では英国的スピリットが2人によって鮮やかに示されたCDの最後を飾るのに相応しい選曲だ。

尚ライナー・ノーツ後半にはこのCDに収録された歌曲の全歌詞が掲載されていて、ドイツ・リートに関しては英語の対訳が付けられた丁寧な編集に好感が持てる。

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2015年11月23日


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プラガ・ディジタルスのSACDシリーズでは初のクーベリック演奏集で、いずれも手兵バイエルン放送交響楽団及び合唱団を指揮したライヴ録音になる。

ブラームスとマーラーに関しては初めてCD化された音源のようだ。

手始めに3曲の中では最も古い1962年のブラームスを聴いてみたが、モノラル録音ながらラジオ放送用に制作されただけあって無理のない柔らかな音質で再現されていて概ね良好だ。

緊張感が漲るクーベリックの指揮でアルト・ソロを歌うヘルタ・テッパーの伸びのある豊かな声が、キャスリーン・フェリアーの寂寥感や謹厳さとは対照的に人間のさがを肯定するようなロマンティックな表現を可能にしている。

特に後半の男声コーラスが加わる祈りの部分からは仄かな希望を感知させる温もりが秀逸で、ここにもゲーテの詩とブラームスの音楽に対するクーベリックの周到な読みと解釈が示されている。

マーラーの『嘆きの歌』は1979年のステレオ録音になり、ややテープ・ヒスが聞こえるが音場に奥行きがあり、音質やバランスの良さもDSDリマスタリングの効果と思われる。

クーベリックは作品のメルヘンチックな情景描写も巧みに描き出しながら、後半部ではシンフォニックなクライマックスを築いている。

ソプラノのユリア・ハマリも物語に沿ったドラマ性を歌い切った好演だ。

この曲はテキストもマーラー自身が手掛け、ソロ及びコーラスに大編成のオーケストラと舞台裏のバンドが加わる作曲家ごく初期の野心作で、やがて『さすらう若人の歌』や『亡き子を偲ぶ歌』あるいは『大地の歌』などの声楽付交響曲群に収斂していく楽想と管弦楽法の萌芽が見られる習作的な作品でもある。

マーラーは数回に亘って改訂を続け、最終稿では思い切って第1部をカットして2部作の形にシェイプアップした。

クーベリックも1899年のウィーン版を演奏しているが、それでも演奏時間36分の大作になる。

このカンタータでは弟を殺害して花嫁を我がものにする兄の策謀が語られる「森の伝説」は省かれていて、辻音楽師が知る由もなく弟の骨から作った笛を吹いて兄の結婚式に呼ばれる「辻音楽師」と「婚礼譚」によって構成されている。

最後のシェーンベルクの『グレの歌』は1965年のライヴで、この音源はドイツ・グラモフォンからリリースされて既に久しい。

選択肢がそれほど多くない曲なのでSACD化で全曲を聴いてみたかったが、ここでは5曲のみの抜粋で、おそらく余白を埋めるために入れたのだろうが、シェーンベルクがマーラーから大きな影響を受けていた時期の作品なので比較鑑賞の便宜を図った企画としては悪くない。

ライナー・ノーツには『アルト・ラプソディー』のみ英語対訳付で、他の2曲に関してはドイツ語の歌詞のみが掲載されている。

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2015年08月21日


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プラガ・ディジタルスでは版権の切れた古い音源を続々とリマスタリング、SACD化しているが、キャスリーン・フェリアーの演奏集は都合2枚がリリース予定で、これはその第2集になる。

第1集の方は現在準備中で、近々マーラーの『大地の歌』と3曲のリュッケルト・リーダーがブルーノ・ワルター指揮、ウィーン・フィルとの1952年の名演で復活することになる。

このSACDではブラームスの『アルトラプソディー』(1947年)、『ふたつの歌』(1949年)及び『四つの厳粛な歌』(1950年)がいずれもデッカへのセッションで、後半のブルーノ・ワルター、ウィーン・フィルとのマーラーの『亡き子を偲ぶ歌』(1949年)と、アムステルダム・ライヴのグルックのオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』からのアリア「澄み切った空」(1951年)はEMI音源になる。

筆者が聴き比べた方のCDはデッカのDVD付センテナリー・エディションとEMIコンプリート・レコーディングス3枚組で、どちらも2012年の生誕100周年を記念してリリースされたものだ。

先ず『アルトラプソディー』はレギュラーCDではヒス・ノイズがかなり入っていて、フェリアーの歌声が高音になるとわずかだが再生しきれない音割れの状態を引き起こしているが、こちらでは声はより潤っていて音割れは回避され、オーケストラの高音の抜けも良い。

そのためかノイズも抑えられて聞こえる。

『ふたつの歌』ではオブリガートのヴィオラがやや厚かましく響いていたのがバランスのとれた状態で再現されている。

これは『四つの厳粛な歌』にも共通していて、バランスの改善でフェリアーの歌唱が一歩前に出たような立体感があり、ニューマークの朴訥としていたピアノの響きにも磨きがかかってその表現力が聴き分けられるようになった。

一方『亡き子を偲ぶ歌』は当時のEMIとしてはかなり良質な録音でノイズも少ないが、CDではやはり平面的になっていた音響に奥行きが出て、フェリアの声も一層瑞々しく蘇っている。

最後のアリアもこの時代のライヴとしては及第点の音質で、SACDでは劇場空間をイメージさせる広がりが感じられる。

キャスリーン・フェリアーは1953年に41歳で、声楽家としてはこれから円熟期を迎えようとする時期に亡くなった。

だから彼女はその直後に訪れるステレオ録音時代の恩恵に預かることができなかったが、比較的良い状態の録音もかなり遺されている。

そうした音源は今までに繰り返しリイシューされて来たが、このSACDが現在聴くことのできる最も良好な音質に改善されていることは確実だ。

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2015年08月08日


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コントラルトという低い声質にはソプラノやメゾ・ソプラノのような華やいだ響きはないにしても、フェリアーはかえってそのナイーヴな声で飾り気のない表現を得意として、本来歌唱芸術が持っているもうひとつの要素、つまり音楽と文学との結び付きという側面を、より深い洞察と同時に鋭いインスピレーションで捉えた演奏を数多く遺している。

フェリアーは基本的に舞台の上で大音声で演じるオペラの世界の人ではなく、むしろ人間の喜怒哀楽や人生観が数分間に凝縮された形で表現される歌曲にその本領を発揮した。

美声ではあっても外面的にあでやかな響きを持たない暗い声質ゆえに、聴く人の注意がその音楽の内面に向けられるのは、ある意味では当然かも知れないが、声の深みがそのまま表現の深みに昇華され、強い説得力を持ち得ているのはフェリアーの類い稀な才能の証しだろう。

特に死をテーマにしたブラームスやマーラーの曲では早世したフェリアーの宿命的な直感さえ窺わせている。

この14枚のCDに収められた曲の中でも、特に印象に残るものを幾つか拾ってみると、先ず1949年のエディンバラ音楽祭からのライヴで、ブルーノ・ワルターのピアノ伴奏によるシューマンの『女の愛と生涯』が筆頭に挙げられる。

お世辞にも良い音質とは言えないが、個人的に言えば筆者がこの曲集の真価を知ったのは、フェリアー&ワルターの演奏を聴いてからであった。

というのもフェリアーの歌には芝居めいた虚飾を感じさせるところが皆無で、一人の女性のドラマが忽然と浮かび上がってくるからだ。

勿論大指揮者ワルターからの薫陶を無視できないにしても、フェリアーの歌唱はそれまでになかったほどの高い音楽性に達し得たと言えないだろうか。

またイギリス民謡集も素朴だが機知に富んでいて限りない愛着がもてるものだ。

無伴奏で歌われる『吹けよ南の風』はボーナスDVDの中でも使われている小曲だが、そのシンプルさゆえに少女の想いが大自然を駆け抜けていくような、メルヘンの世界に誘ってくれる。

その他にも大曲では、クレメンス・クラウス指揮、ロンドン・フィルとのブラームスの『アルト・ラプソディ』、オットー・クレンペラー指揮、コンセルトヘボウとのマーラーの『亡き子を偲ぶ歌』及び『復活』、ベイヌムとのブリテンの『春の交響曲』そしてワルター指揮、ウィーン・フィルによるマーラーの『大地の歌』などは聴き逃せない。

このボックスセットはキャスリーン・フェリアーの生誕百周年記念として、彼女が生前デッカに遺した録音総てを網羅したもので、モノラル録音のCD14枚とDVD1枚で構成されている。

これまでにこれに準ずる全集は既にLP時代からリリースされていたが、完全にひとつのセットに組み込まれたのは初めてで、おそらくこうした企画は将来においても当分期待できないだろう。

ブックレットは170ページで、全曲歌詞英語対訳付の親切な配慮がされている。

DVDは既出のBBC制作のテレビ放送番組で、フェリアーの生涯を約1時間で綴っている。

フェリアー自身の動画はごく限られたものだが、ベンジャミン・ブリテンを始めとして、家族や知人そして音楽仲間や医師へのインタビューが興味深い。

学校を卒業した後、電話交換手として働いていたことやピアノの才能にも恵まれていたこと、輝かしいキャリアと41歳で癌によって亡くなるエピソードなどが語られている。

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2010年01月12日


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電話交換手から美声を認められて、あっという間に世界の檜舞台へ。フェリアーは20世紀のシンデレラだ。

シューマンの《女の愛と生涯》、ブラームスの《4つの厳粛な歌》など、彼女が歌ったものはどれも素晴らしい。

しかし、その頂点に立つのが、このCDである。

わずか41歳で世を去った彼女の最後の録音で、バッハからミサ曲ロ短調の〈神の子羊〉、マタイ受難曲の〈懺悔と悔悟は罪の心を押しつぶし〉、ヘンデルは《サムソン》の〈万軍の主よ、帰りたまえ〉、《メサイア》の〈主ははずかしめられたり〉などの名曲が並ぶ。

そこに漲る宗教的な情感の深さは稀有のものだ。

フェリアーの歌は、最初の数小節を聴いただけで、人間の素晴らしさを感じさせ、人間であることの意味を悟らせてくれる。

人の高貴さ、優しさを、このように歌い出してくる声楽家は、もう私達の前に2度と現われることはないだろう。

いくら讃えても讃え切れないこれらの演奏が、今後とも、人類のかけがえのない遺産として受け継がれていくよう願わずにはいられない。

不世出のアルトが残した文字通りの白鳥の歌である。

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2009年12月14日


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『亡き子をしのぶ歌』は、マーラー直系のワルターによるウィーン・フィルの、侘しげだが、まさしく豊潤そのものの響きがしなやかに漂うなかに、「いま、晴れやかに陽はのぼろうとしている…」と歌い出すフェリアーの声の、なんと印象的なことだろう。

哀しみにむせぶようなオーボエとホルンと絡み合う、深い憂愁をふくんだコントラルトのその声は、第5曲になって、「こんな嵐の日に」と、家から出してやった子供たちに対する自責の思いを歌うとき、言い知れぬ感情の奔流につつまれるが、海のごとく深く、秋の空のように澄んだ清冽の美とともに、度重ねて聴くほどに感動が魂にしみる。

フェリアーだけが歌うことの出来たマーラーの歌の世界。

まさに折紙つきの絶唱と言える。 

交響曲第4番は終戦の年の1945年5月に、ワルターの亡命地アメリカで録音された演奏である。

ワルターはおだやかに、また感興にみちてマーラーの旋律を歌わせた表現で、古き良き時代のあたたかい情感が立ち昇ってくる。

この作品のもつ天国的な気分を、ゆったりと陶酔的に表現したもので、清らかで純粋な美しさにあふれている。

しかも造形的には意外なほど端正で、これもワルターの見識を示している。

ワルターは、どのような苦境にあっても、ほほえみを忘れない人だったというが、ここには、そうした彼のやさしさが、そのまま反映されているかのようだ。

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2008年10月07日


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数あるこの曲の録音のなかで、いまだにこのワルターの演奏を凌駕するものは一つもない。

ワルターが戦前にウィーンを逃れて11年。1949年に戦後初めてウィーンへ戻って演奏したのがこの「大地の歌」だった。

そして歌っているフェリアーは、間もなく41歳の若さで惜しくもガンで死去している。

歴史的に重要ということもあるが、これはフェリアーとワルターの惜別の歌であると同時に、これほど哀切極まりない「大地の歌」は他にはない。

最後の"告別"など凄い。

テノールのパツァークも一世一代の名唱とさえいってもいい。

「大地の歌」は、ワルターの個性をつぶさに生かせる作品であり、その個性を思う存分生かした演奏である。

ワルターはマーラーの直弟子だから、マーラーを演奏するときに最もいい面が出てくる。

本当に耽溺的で陶酔しきった演奏である。

フェリアーのいいところもよく出ており、この曲の理想的なレコードだろう。

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2008年05月13日


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フェリアー(1912-1953)がEMIに残したSP録音から復刻CD化したもの。

「大地の歌」とともに、フェリアーの不朽の名唱として知られているディスクである。

ワルターとウィーン・フィルという最も理想的な背景を得て、不滅の名歌手フェリアーの深々とした歌がよみがえる。

特に「亡き児をしのぶ歌」の女声盤は、いまだにこの歌唱をしのぐ演奏は出ていない。

モノーラル録音なので音質は決してよいとはいえないが、この作品にただよう深々とした哀感を、これほど心をこめてじっくり歌いあげた歌唱というのもめったにない。

フェリアーは、ワルターが発掘し、育て上げた名歌手だったが、この録音を行ってから4年後の1953年、ガンのため惜しくもフェリアーは42歳という短い生涯を閉じる。

それは、まさしく彗星のような命で、いうなれば、これは死を間近にひかえた彼女の《運命の歌》でもあったのである。

グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」からの4曲も彼女ならではのものだし、パーセルやヘンデルも最も得意とするレパートリーだ。

これらの歌唱には、今の歌手たちには聴くことのできない深い味わいがある。

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