ペライア

2018年01月16日


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マレイ・ペライアが1973年から98年にかけてソニーに録音した10枚のアルバムを纏めたバジェット・ボックスになる。

熱心なペライア・ファンであれば同ソニーからの豪華な68枚のCDと5枚のDVDのコレクターズ・エディションを既にお持ちだろうが、こちらは様々な作曲家の作品の演奏を紹介したずっと手頃で簡易なセットとしてお薦めしたい。

その他にもモーツァルトのピアノ協奏曲全集やバッハ演奏集なども別途に廉価盤化されているし、彼はまたグラモフォン移籍後のショパンやバッハなどのアルバム制作で録音活動にも精力的に取り組んでいる。

個々に収録された曲集にはペライア若き日の典型的な正統派ピアニストとしての芸術が示されていて、颯爽としたパッセージや瑞々しい音色で奏でる細やかな変化に富んだ抒情の世界を堪能することができる。

彼は超絶技巧で圧倒するようなタイプではなく、またそうしたレパートリーは開拓していないが、その演奏にはあくまで音楽的表現に拘った彼の哲学が明瞭に反映されていて、聴く人の心を和まし豊かにしてくれる。

ペライアのタッチは美しい響きをもち、特に弱音で旋律を歌わせるときの余韻が実に清楚で、レガートの美しさを十分に生かし、滑らかなフレージングが細かな表情の変化を伴って豊かなニュアンスを生み出している。

解釈は極めてオーソドックスで少しの気負いもなく、こまやかな感情の動きを率直に表現しており、こうしたところにも彼の頭脳的プレーと筋の通ったポリシーを窺わせている。

またペライアの演奏は強烈な個性を放っているわけではないが、オーソドックスな解釈の中にもクリアーなタッチから引き出されるマイルドで美しい音色を一瞬たりとも失うことのない知的なコントロールが貫かれている。

それは決して小ぢんまりとした大人しい奏法ではなく、きめ細かな表情から全力を注ぎ込むスケールの大きな表現までが矛盾をきたさずに自然に統合される音楽設計も見事だ。

ペライアは1990年に指の故障による手術とその快復のために長期間に亘って演奏活動を中断しなければならなくなったが、それは彼自身のそれまでの音楽や奏法を見直す機会になった。

このセットでCD7からCD8まで5年間の空白があるのはそのためだ。

しかしその後に録音されたシューマンやバッハには一層の深みと味のある表現力が加わって、70際を迎えた現在、更にこれからの演奏活動にも期待したいピアニストの一人だ。

全収録曲を掲載した8ページほどのパンフレットが付いているがライナー・ノーツは省略されている。

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2017年03月12日


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マレイ・ペライアは円熟期に入ってからバッハの作品を集中的に録音し始めたが、このセットに収められた8枚は1997年から2009年にかけてソニーに録音したバッハ・アルバムを纏めたもの。

それらは今月末にリリース予定のアワーズ・コレクション15枚組にも加わる予定なのでバッハ以外の作品も鑑賞したい向きには後者の選択肢があるが、フランス組曲全6曲に関してはグラモフォン音源なので残念ながら組み込まれてはいない。

協奏曲集でのオーケストラは総てピリオド・アンサンブルの草分け、アカデミー・オヴ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズでペライア自身の弾き振りになる。

また三重協奏曲やブランデンブルク協奏曲第5番ではベーム式モダン・フルートとの協演になるが、勿論その場合のソロ・ピアノ、フルート及びバロック・オーケストラとの音量的な問題も巧みにクリアーされていて不自然さは感じられない。

ペライアのバッハはすっきりとした解釈の中に特有の優美さを湛えていて、近年リリースされたさまざまな演奏家のピアノを使ったバッハ録音集では最もエレガントな演奏ではないだろうか。

バッハの鍵盤楽器作品をオリジナル楽器で演奏するのは、今やごく普通のことだが、ピアノならではの魅力を十分に生かしたペライアの演奏を聴くと、この時代にあえて現代のピアノを使ってバッハを弾くことの意味を改めて納得させられる。

ここでのペライアは、独自の自由で歌心に満ちた繊細な演奏をしているが、そこに奇を衒ったところやケレン味はまったく感じられず、まさに自然体のバッハであり、創意工夫に富んだ装飾法も見事で、強いインパクトを与える。

洗練された精緻なテクニックに託されたきめ細かな表現が秀逸で、全く惑いのない安定感も特筆される。

それは彼が長年に亘って温めたバッハの音楽への構想の実現に他ならず、50歳を過ぎて一皮むけたペライアが、新しいバッハ表現の可能性をリスナーに示した名演と言えるだろう。

最近ポーランドの若手ブレハッチのバッハ・アルバムが出たが、聴き比べるとやはり曲想の掴み方や表現の巧みさではペライアに水をあけられていることは否めない。

例えば『イタリア協奏曲』ではレジェロのタッチを巧妙に使いながら声部を明瞭に感知させ、第2楽章での感性豊かな歌心の表出や終楽章の歓喜が高い品位の中に表されているし、『ゴールドベルク変奏曲』では整然とした秩序の中に真似のできない個性的なアイデアが満たされている。

また『イギリス組曲』や『パルティータ』ではバッハによって鍵盤音楽に集約された総合的な音楽性と作曲上のテクニックをペライアが丁寧に聴かせて鑑賞者を飽きさせることがない。

音楽の原点に〈歌〉を置くこの人の哲学が年とともに透明度を増し、同時に深みを加えつつあるのを確認できたことは嬉しい。

今や死語となりつつある「気品」という言葉の真意は、ペライアの演奏するバッハに接すれば、一聴理解されるのではないだろうか。

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2016年11月15日


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マレイ・ペライアのショパン演奏集を6枚のCDにまとめた廉価盤で、類稀な美音と優れた音楽性で知られ、「ピアノのプリンス」と呼ばれるペライアの魅力を堪能することができるショパンである。

晩年のホロヴィッツとの親交によりヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして新境地をひらき、音楽家としての充実ぶりが伝わってくるペライアの記念碑的アルバムとして人気の名盤。

瑞々しい息吹きをたたえた詩的な感覚は、新世代のショパン表現と高い評価を得て、磨き抜かれたペライアのピアニズムが美しく結晶化している。

彼の40年に亘るキャリアを記念した全集を既に持っている熱心なペライア・ファンは別としても、気軽に親しめる第一級のショパン作品集として入門者にもお薦めできる優れたセットである。

尚ピアノ協奏曲第1番ホ短調の音源に関してはズービン・メータとのニューヨーク・フィル及びイスラエル・フィルの2種類が存在するが、ここでは後者1989年の再録音の方が採用されている。

ペライアのショパンは強烈な個性を放っているわけではないが、オーソドックスな解釈の中にもクリアーなタッチから引き出されるマイルドで美しい音色を一瞬たりとも失うことのない知的なコントロールが貫かれている。

それは決して小ぢんまりとした大人しい奏法ではなく、きめ細かな表情から全力を注ぎ込むスケールの大きな表現までが矛盾をきたさずに自然に統合される音楽設計も見事だ。

ペライアのタッチは美しい響きをもち、特に弱音で旋律を歌わせるときの余韻が実に清楚で、レガートの美しさを十分に生かし、滑らかなフレージングが細かな表情の変化を伴って豊かなニュアンスを生み出している。

ペライアは実に入念に考え抜いた表現を生み出すが、その点では極めて今日的なショパンであり、技術的にも見事である。

変に突出せず十全な形でショパンの作品を聴かせており、端的に言えばその演奏は没個性に向かいかねない兆候ともとられるが、この演奏はそのぎりぎりの瀬戸際で成り立っている。

解釈は極めてオーソドックスで少しの気負いもなく、こまやかな感情の動きを率直に表現しており、こうしたところにも彼の頭脳的プレーと筋の通ったポリシーを窺わせている。

ペライアは、リリカルとかピアノの詩人とか形容されているが、音楽から受ける印象はスポーティで、情緒も音楽も停滞がない。

何より素晴らしいのは、この演奏にはまさしく“華”があることで、表現の起伏は大きく、ドラマは十全に演出されてゆき、しかも細部の語り口も極めて入念、これを聴いていると、しばしの間、至福の状態を味わうことができる。

ペライア28歳の時の『24の前奏曲集』ではショパンの音楽自体が持っている冷徹さや翳りのようなものはそれほど感じられない。

現在の彼と比べると、自らの音楽を迷うことなく確信し、演奏を繰り広げていく感が強く、ショパンの楽譜に向かって真正面から自分をぶつけている。

表現の力強さとテクニックの大きさでぐいぐいと引っ張っていく力は充分に感じられるが、表現のデリカシーや抒情性の点でやや荒さがあるのは、年齢を考えると致し方あるまい。

むしろ、その一貫して真摯な演奏が絶賛されているペライアが21世紀に発表した鮮烈なショパンとして注目を集めた『エチュード』でのより円熟した多彩な表現力が優っているだろう。

また2曲のピアノ協奏曲では溢れんばかりの情熱的な表現とコントラストをなす緩徐楽章の洗練を極めた抒情が例えようもなく美しく、メロディの羅列になりやすいショパンの2曲を細心さをもって弾き切っている。

各主題の美しさはもちろんだが、経過部での表情付けはショパン演奏のひとつの手本となり得るものであり、メータの指揮も自信に満ちて若々しく、充実感満点だ。

更に、有名な「幻想即興曲」を含む4曲の『即興曲』では抜群に冴えわたる指さばきが、エネルギッシュに展開され、『舟歌』のリズムには活気が、『子守歌』には明るさがあり、この後何度かの故障からカムバックして大輪の花を咲かせるペライアの特質が十分に披露されている。

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2014年09月18日


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本盤には、シューベルトの最晩年の傑作である歌曲集「冬の旅」が収められている。

歌曲集「冬の旅」は、恋に破れ、さすらいの旅に出た若者を歌った救いようもない絶望的な暗いストーリーを、シューベルトならではの寂寥感溢れる美しい旋律が散りばめられた24曲にも及ぶ歌曲で描き出した傑作である。

その内容の深さには尋常ならざるものがあると言えるところであり、シューベルトの他の作品で言えば、最後の3つのピアノ・ソナタ(第19番〜第21番)や弦楽五重奏曲ハ長調、交響曲第9番「ザ・グレート」などにも比肩する崇高さを湛えていると言えるだろう。

いずれにしても、同歌曲集は、歌曲の王と言われたシューベルトの膨大な数に及ぶ歌曲の中でも最高傑作であるだけでなく、あらゆる作曲家による歌曲の中でもトップの座に君臨する不朽の名作と言っても過言ではあるまい。

これだけの名作だけに、フィッシャー=ディースカウは、同歌曲集をスタジオ録音だけでも7度という途轍もない数の録音を行っているところだ。

その中で、随一の名演を1つ選ぶということであれば、筆者としては、本盤に収められたマレイ・ペライアとともに演奏を行ったスタジオ録音(1990年)を掲げたい。

1990年といえば、フィッシャー=ディースカウにとって晩年の時期に相当し、声の衰えはいかんともしがたいものがあるが、それだけに以前の録音よりも本歌曲集の本質に鋭く切り込んでいくという気概漲る圧倒的な名唱を披露している。

フィッシャー=ディースカウの歌唱は、あまりにも巧いために、その巧さが鼻につくケースも散見されるところであるが、本演奏においては、巧さにおいては申し分がないものの、技巧臭などはいささかも感じさせず、むしろシューベルト晩年の音楽の寂寥感や深みを心行くまで堪能させてくれるのが素晴らしい。

あたかも、フィッシャー=ディースカウが主人公である若者の化身となったような趣きさえ感じられるところであり、これだけ同歌曲集の魅力を堪能させてくれれば文句は言えまい。

もっとも、かかるフィッシャー=ディースカウによる歌唱は、同曲異演盤でも他の演奏の追随を許さない名演に仕上がっていたが、歌曲集「冬の旅」の場合は、その内容の奥行きのある深遠さに鑑みて、より楽曲の心眼に鋭く切り込んでいくような凄みといった点で本盤を掲げたところだ。

マレイ・ペライアのピアノ演奏についても同様のことが言えるところであり、シューベルトによる美しい旋律の数々を情感豊かに描き出しており、その表現には、凄みと彫りの深さがあり、フィッシャー=ディースカウによる名唱の引き立て役としても十分にその任を果たしていると言えるだろう。

したがって、本演奏を名演と評価するのにいささかも躊躇するものではないが、フィッシャー=ディースカウの声の衰えを考慮すれば、唯一無二の名演と評価するのは困難であることを指摘しておきたい。

音質については、1990年のデジタル録音であり、フィッシャー=ディースカウの息遣いやマレイ・ペライアのピアノタッチが鮮明に再現されている。

いずれにしても、フィッシャー=ディースカウ&マレイ・ペライアによる名演を、高音質録音で味わうことができるのを歓迎したい。

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2014年01月11日


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ペライアは1991年にブラームスのソロ・アルバムを録音しており、ラプソディ作品79-1とラプソディ作品119-4、間奏曲作品118-6の3曲についてはそちらにも収録されていたので、その3曲については今回は19年ぶりの再録音ということになる。

1991年の親指故障直前の旧録音と、数年間に渡る演奏活動休止期間中にバッハを研究してその音楽に深い慰めを見出し、復帰後は以前よりもヴィルトゥオジティ、スケールとも大幅アップした現在のペライアによる録音の比較も興味深いところである。

この新盤は凄い名演だ。

ブラームスのオーケストラ作品、特に、分厚いオーケストレーションを誇る交響曲では、重厚でシンフォニックな表現が演奏様式として一つの理想形となるが、ペライアのブラームスは、ピアノ演奏におけるシンフォニックな表現と言える。

まさに、巨匠風の重厚なピアニズムと言える。

ブラームスのピアノ曲の他の演奏には、例えば、超個性的なグールドやアファナシエフ、清澄なリリシズムを旨とするルプーなど、名演が目白押しであるが、ペライアのピアノはまさに正統派。

聴き手が仰ぎ見てしまうような威容に満ち溢れている。

「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」や「2つのラプソディ」における、あたりを振り払うような峻厳たる威容は、これぞ3大Bの一角を占めるブラームスならではの重厚さだ。

「6つのピアノ小品」も、第1曲など、威風堂々たるピアニズムであるが、第2曲、第5曲、そして第6曲の寂寥感溢れる抒情は、最晩年のブラームスの心底を覗き込むような深みのある音楽に仕上がっている。

「4つのピアノ小品」の高踏的な深みのある美しさは、前述のグールドやアファナシエフなども到達し得なかった至高・至純の高みに達している。

録音も鮮明で、ぺライアの堂々たるシンフォニックなタッチをクリアに味わうことができるのが素晴らしい。

それにしても、ぺライアは、今や巨大な存在になった。

そんな評価があながち大げさとは言えない驚異的な本CDの登場を大いに歓迎したい。

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2011年04月21日


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ペライアとコリン・デイヴィスの初共演アルバム。

ペライアは早くからシューマンを得意としており、1972年にダヴィッド同盟舞曲集&幻想小曲集でデビュー、1976年来日時に交響的練習曲&蝶々、1984年に幻想曲、1986年にピアノ・ソナタ第2番を録音していた。

グリーグはこれが初録音。

若手(といっても録音当時)の演奏ではペライアのピアノ、C・デイヴィス指揮バイエルン放送響が、リリカルな名演を聴かせている。

ペライアらしい端正にして透明な演奏だ。

シューマンはよく流れる瑞々しいピアノで、静かで端正な透明感は特にフィナーレにぴったりだし、第1楽章冒頭の主題が指揮者ともども完全なイン・テンポで進むのも珍しい。

ペライアは、アタックの強さよりは、どちらかといえば淡い色彩のタッチに執着しているようだが、それこそ、シューマンの作品にもっとも求められるものではないだろうか。

グリーグは古典的なすっきりとしたリズムとテンポで慎ましく進めており、すべての音が聴こえる粒の揃ったタッチが快い。

力強さよりは若々しい詩を思わせる、クールなリリシズムが特徴の若やいだ表現が魅力的だ。

デイヴィスの指揮はスタイルがペライアにぴったりである。

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2010年11月26日


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ペライアは、1997〜98年に《イギリス組曲》を録音し、初めて本格的にバッハに向かった。

その前、指の故障があってしばらく演奏を休んだのを機に、ピアノでバッハをどう表現すべきか、との命題をじっくりと探ったものらしい。

2000年の「バッハ・イヤー」に発表された《ゴルトベルク変奏曲》は、彼自身で曲目解説まで執筆しているように、曲の構成までつぶさに研究した上での、文字どおり満を持した所産。

この大曲を完全に把握しきった上での演奏は、高度に磨かれたヴィルトゥオジティの内に、ペライアならではのしなやかな歌心、優美な流れの良さを注ぎ込んで、気品と余裕を感じさせるものとなった。

バッハの鍵盤楽器作品をオリジナル楽器で演奏するのは、今やごく普通のことだが、ピアノならではの魅力を十分に生かしたペライアの演奏を聴くと、この時代にあえて現代のピアノを使ってバッハを弾くことの意味を改めて納得させられる。

このディスクでペライアは、独自の自由で歌心に満ちた演奏をしているが、そこに、奇をてらったところやけれん味はまったく感じられない。

まさに自然体のバッハである。

創意工夫に富んだ装飾法もみごとで、強いインパクトを与える。

50歳を過ぎて一皮むけたペライアが、新しいバッハ表現の可能性をリスナーに示した名演といえるだろう。

グールド以後、最上級の名演のひとつだ。

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2010年05月12日


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ペライアがほぼ10年をかけてイギリス室内管弦楽団と完成した弾き振りの全集は、3台のための第7番は「2台ピアノ版」を使用しているが、初期の編曲を含む全集としては最もすぐれた演奏だろう。

後期の作品などは、もちろん個性的な名手たちの演奏にはやや及ばぬところがあるとはいえ、ペライアが指揮も兼ねた演奏も清潔なタッチと透明度の高い音色が美しく、自然な音楽の流れと豊かな表情も味わい深い。

曲によってはやや抒情性に傾斜しすぎる感じもないではないが、ペライアの的確な様式感と端正な表現は、どの曲においても性格や魅力を生き生きと伝えるのに成功しており、モーツァルトのピアノ協奏曲の多様性と発展過程を充分に知ることができる。

独奏と指揮とを兼ね、同じイギリス室内管弦楽団とレコーディングしたために、バレンボイムへの挑戦などともいわれたペライアによるモーツァルトのピアノ協奏曲の全曲は、実際には、決して挑戦的などではないペライアの清新なスタイルを明らかにしたものであり、爽やかで幸福感さえ漂わせた魅力あるものとなっている。

1975年から84年という10年を費やした偉業も、実際にはそれほど長いものとはいえず、若き日でなければ実現できない初々しい輝きが感じられる。

清々しい生命力あふれるモーツァルトで、演奏に漂う幸福感はさすがにペライアにして初めて可能なもの。

1つ1つの音符に目が届き、またフレージングにも優しい視線が感じられる緻密な演奏で、表情も引き締まっている。

ペライアの指が導き出すピアノの音は肉づきのよいものだ。だからといって肥満気味というのではないのだが、それはかなりグラマラス。決してシャープとか痩身というタイプの音ではない。

それでもってペライアは抒情的な部分から力強い部分までを、くっきりと描き出していく。

そうした彼の音楽性は、ここにきくモーツァルトの協奏曲全集に余すところなく示されているといえよう。

中身がみっちりと詰まった音を駆使しながら、モーツァルトの協奏曲の数々がときに押し出しよく、ときに磨き上げられた美しさで、曖昧な部分なく表現されていく。

妙な屈託のようなものがなく、総じて健康的な性格のモーツァルトがきける全集といっていいだろう。

ペライアは、やや線は細いものの、どの曲も、きわめてまろやかで、繊細なタッチで美しく弾き上げており、モーツァルトの音楽の内面に迫った表現で、聴く人を感動させる。

どの曲も美音を駆使し、千変万化にデリケートな表情をつけて弾いてゆくスタイルだが、女々しさがなく、透徹し切っているところが素晴らしい。

ピアニッシモなど人工美の極みだが、ペライアの場合はそれがプラスに作用してしまう。

オーケストラの典雅で匂うような演奏も聴きものだ。

収録曲の白眉は第19番と「戴冠式」で、モーツァルトの全CD中でも出色の出来映えである。

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2009年07月30日


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アルゲリッチ盤と対照的なのがペライアのピアノ、メータ指揮イスラエル・フィルで、ショパンの詩的な一面を大切にした、抒情的な美しい表現が堪能できる。

ピアノの音色の澄んだ美しさと癖のない表現が、ショパンの純音楽的な側面を見事に表出させているところに大きな特色がある。

アルゲリッチのような猛々しさはないが、全体に落ち着いた表情がペライアの本領だろう。

そして繊細な表現が美しく、過度な反応は決して示さないが、あるべきところにあるべき音符が、ちゃんと聴かれるのは何よりも素晴らしい。

メータともよく気が合っており、オーケストラともとてもうまくいっている。

第1番でのペライアのタッチは美しい響きをもち、特に弱音での旋律を歌わせるときの余韻が実に清楚だ。

解釈は極めてオーソドックスで、少しの気負いもなく、こまやかな感情の動きを率直に表現している。

第2番ではレガートの美しさを十分に生かし、滑らかなフレージングが細かな表情の変化を伴って豊かなニュアンスを生み出している。

メータの指揮も自信に満ちて若々しく、シンフォニックで充実感満点、ペライアのソロを立派に引き立てている。

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2008年11月07日


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シューマンは躁と鬱の気分の交錯する人だった。

躁ははつらつとして高揚する一方、破壊的、破滅的な衝動に突き進む気質であるが、鬱はやさしい夢想に耽る一方で、虚無と絶望に沈みやすい気質である。

「幻想曲ハ長調」はどちらかというと躁気質がまさっているが、鬱の翳りもきざし、そのモザイク状の気分のめくるめく交錯に響きの魅力がある。

それを踏まえた上で、曲全体のロマン的香りという点では、ペライアだろう。全体の流れが夢見るように美しく、全体にソツがなく過不足なくまとまっている。

ペライアの演奏はいつもながら、きわめてバランス感覚に優れている。

作品を客観的にながめる眼差しを持ちながら、ぴったりと作品に寄り添っている。

そして清潔な抒情性、これは彼のピアノの音の美しさも大いにかかわっている。

まったく隙のない構成を作りながら、豊かな息づきを持ち、決して押し付けがましくない自然な音楽の流れを生み出している。

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2008年03月19日


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1989年11月5日、心臓発作のためニューヨーク東94丁目の自邸で亡くなったホロヴィッツの、文字通り最後のレコーディング。

いずれもホロヴィッツが愛奏した作曲家の作品が収められているが、意外にも全曲初レパートリーで、ことにリストの「イゾルデの愛の死」はコンサートでも一度も採り上げなかったものである。

冒頭のハイドンから、なんと新鮮で自由闊達な響きだろう。

そして伸びやかに紡ぎ出される表情の生き生きとした息づかいの素晴らしさ。

ホロヴィッツは1音1音に陰影に満ちた表情を与えながら、このうえない素直さで、ハイドンの音楽の無垢の姿を描き出す。

生涯愛奏し続けたショパンには、彼ならではの華やぎが豊かにある。

この演奏は生きることの素晴らしさを伝える彼のメッセージであり、音楽する喜びに満ちている。

なお、ライナー・ノーツにペライアの追悼文が寄せられている。

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