グリュミオー

2018年03月06日


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2015年に同じユニヴァーサル・イタリーからアルテュール・グリュミオーのモーツァルト作品集が19枚のバジェット・ボックスでリリースされたのは記憶に新しい。

今回は作曲家を問わずモノラル音源に限定した企画で、前回とのだぶりはバウムガルトナー、モラルトとのモーツァルトの6曲の協奏曲と、クララ・ハスキルとのヴァイオリン・ソナタ第40番及び第42番の計3枚になる。

当然ながらステレオ録音したハスキルとのヴァイオリン・ソナタ集のもう1枚はこのセットには組み込まれていない。

ロゴはデッカだが質の良いフィリップス音源はモノラル末期時の最良のオーディオ・テクニックで収録されていて、当時のエンジニアの手腕を示している。

全体的に広い周波数レンジが感知され、ソロ・ヴァイオリンの臨場感は勿論、背後のオーケストラの色彩感や伴奏ピアノの音色の潤いも巧みに捉えられている。

グリュミオー全盛期の潤沢で高貴な音色を駆使した颯爽としてスタイリッシュに冴え渡る奏法は、確かにハスキル亡き後には翳りが出て、この頃のような覇気も後退していくのは事実だ。

その意味でこの14枚には押しも押されもしなかったモノラル・レコーディング時代のグリュミオーの最も典型的な音楽性が集約されていて、このボックス・セットが充分に価値のある企画だということも納得できる。

ブリュッセル王立音楽院の教授であったグリュミオーは何よりも美音家として名を馳せたが、音楽として先ず完璧に美しく、耽美性を排した颯爽として高貴な風格を持った彼ならではのスタイルが記録されている。

確かに現代のヴァイオリニストの演奏に比べれば、協奏曲でのポルタメントを随所にかけたやや官能的でロマンティックな解釈は時として古臭さを感じないではない。

しかし洗練された甘美で豊潤な音色を武器に、スタイリッシュな奏法を駆使して一世を風靡した演奏は現在でもその輝きを失ってはいない。

30ページほどのライナー・ノーツには演奏曲目と録音データの他にアルベルト・カントゥによる英、伊語の興味深いグリュミオーのキャリアが掲載されているが、そこではフランコ=ベルギー派のボウイングのテクニックについても触れている。

ドゥ・ベリオ、ヴュータンやイザイなどによって洗練されたエレガントな奏法には、弦にかかる弓の圧力を抑制し、素早くしかも緊密なヴィブラートをかけるという秘訣があり、いわゆるクラシック・レパートリーに相応しいとされる。

しかしこれはガラミアンに代表されるようなニューヨークのジュリアードのスクールとは対極をなしているようだ。

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2018年02月16日


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典雅な音色とスタイリッシュな演奏で一世を風靡したベルギーのヴァイオリニスト、アルテュール・グリュミオーはかなりの量の音源をフィリップスに遺している。

没後30周年記念として2015年にユニヴァーサル・イタリーからは彼の十八番だったモーツァルト・コンプリート・レコーディング集19枚がリリースされ、今年になってモノラル音源のみの14枚も纏められた。

曲目を見るとモーツァルト作品集とはこのセットでも2枚がだぶっているし、モノラル録音集ともハスキルと組んだベートーヴェンを始めとして7枚が同音源になる。

どちらにも組み込まれていないのが1960年から翌61年にかけて収録されたバッハの無伴奏ソナタとパルティータ全6曲、58年のベイヌム、コンセルトヘボウとのブラームス及びフリッチャイ、ケルン放送交響楽団とのストラヴィンスキーの3枚だけになる。

前述の2セットを持っている方でもバッハの無伴奏の正規盤2枚を買うよりコストパフォーマンスで優っているところがセールス・ポイントだろう。

例によってジャケットは総てボックスと同一のデザインでライナー・ノーツ等は一切省略された完全節約仕様。

ベートーヴェンのソナタ全集はハスキルの素晴らしいサポートもあって、息の合った充実した作品集に仕上がっている。

60歳を超えたハスキル晩年の録音だが、そのみずみずしさはどうだろう。

技術的にも申し分なく、各作品の様式感を深く掘り下げながら晴れ晴れとした音楽を自在に繰り出していくあたり、音楽家としてまさに円熟の極みにあったことがよくわかる。

グリュミオーにとってもかけがえのない音楽的伴侶であったろう。

2人の音楽は完璧に一体化し、全曲ともテンポ感やリズムが快い秀演となった。

後続のモーツァルトの2曲のソナタも含めて総てモノラル録音だがフィリップスの潤いのある柔らかく、しかも立体感が感じられる音質が特徴だ。

バッハの無伴奏はグリュミオー40歳を迎えた典型的な壮年期の演奏で、丁寧に引き込んでいるが覇気に満ちた強い推進力がある。

美しい音色と潤沢な音量に溺れることなく、バッハの対位法の綾を綴るテクニックは流石だ。

ドキュメンツ系の廉価盤では新規のリマスタリングは全く期待できないが、音源自体が非常に良好なステレオ録音なので音質も充分満足のいくものになっている。

それに反して最後の2枚は演奏に関しては文句はつけられないが、録音状態が時代相応以下でやや耳障りなのが惜しまれる。

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2012年06月21日


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本盤には、ブラームスの交響曲第1番をメインとして、バッハのヴァイオリン協奏曲第2番など独墺系の作曲家による協奏的作品が収められている。

まずは、ブラームスの交響曲第1番が超名演だ。

シューリヒトによるブラームスの交響曲第1番としては、スイス・ロマンド管弦楽団との演奏(1953年)やフランクフルト放送交響楽団との演奏(1961年)があるが、本演奏はそれらの両演奏をはるかに凌駕する超名演と評価したい。

本演奏は、第1楽章冒頭から凄まじい迫力で開始される。

その後は、変幻自在のテンポ設定や思い切った強弱を駆使して、ドラマティックの極みとも言うべき圧倒的な豪演を展開している。

第1楽章や終楽章におけるトゥッティに向けて畳み掛けていくような気迫は強靭な生命力に満ち溢れており、第2楽章の心を込め抜いた豊かな情感など、どこをとっても切れば血が噴き出てくるような熱い情熱が漲っている。

このようなドラマティックな豪演としては、ミュンシュ&パリ管弦楽団による名演(1967年)が掲げられるが、本演奏は音質面のハンディを除けば、当該名演に十分に比肩し得る圧巻の迫力を誇っているのではないか。

フランス国立放送管弦楽団も、シューリヒトによる炎のような指揮に必死で付いて行っており、その重心の低い音色と相まって、いかにもブラームスの交響曲に相応しい名演奏を繰り広げているのが素晴らしい。

併録の協奏的作品は、何と言ってもグリュミオーのヴァイオリンを評価したい。

いずれも独墺系の作曲家の作品であるが、グリュミオーのフランス風のエスプリに満ち溢れた瀟洒な味わいのヴァオリンの音色が、演奏全体に独特の艶やかさを付加しているのが素晴らしい。

シューリヒト&フランス国立放送管弦楽団も、グリュミオーのヴァイオリンを的確にサポートし、ブラームスとは全く異なる洒落た味わいの演奏を展開しているのが見事である。

録音は1959年のライヴ録音であるが、比較的聴きやすい音質であり、シューリヒトやグリュミオーによる至高の名演をこのような良好な音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2012年01月21日


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グリュミオー唯一のバッハ《無伴奏》録音。

グリュミオー最盛期の録音(1960〜61年)だけに、ぐいぐいと迫力をもって音楽を進めてゆき、しかもテクニックはいかなる難所でも揺るがない。

艶やかな音色と、伸びやかな響きはそれだけで大きな魅力だ。

そのようにして彼がリアライズしていくバッハの音楽には、ある種の奔放さがあるが、それは構成にメリハリをつけるためのものであって、恣意性を感じさせるものではない。

古楽器的なイディオムとは違った、伝統的なバッハ観に基づいたロマンティックな演奏だが、グリュミオーの艶やかで柔らかな音色や、表情に富んだ生き生きとした音楽作りは魅力的だ。

それに演奏を覆う眩しいほどの気品はやはり彼ならではのもの。

グリュミオーはエネスコに師事したが、それはヴァイオリンではなく、主に作曲を学んだという。

エネスコの演奏と比較すると容易に判明することであるが、エネスコの解釈をほとんど完全に継承したこのグリュミオーのバッハは、独自の明晰で合理的な演奏解釈が打ち出されている点において、エネスコの元で育まれたグリュミオーの緻密な作曲家視点をも明瞭に浮き彫りにした演奏になっている。

ある時期のわが国では、グリュミオーは単なる美音家と捉えられていたこともあったが、この演奏では、ラテン的な発想のもとで作品の意味と本来のあり方に肉薄しようとするグリュミオーの真剣な意図を感じ取ることができる。

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2010年01月07日


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祖国ベルギーで生み出された作品を収録しているところに、グリュミオーの特別の思い入れが感じられる。

なかでも特筆すべきはルクーのソナタ。

わずか24歳で亡くなったフランクの弟子だったルクーは、たった1曲のヴァイオリン・ソナタを残しているが、これがやはり1曲のみの師のソナタ以上に切なく美しい。

これを昔から得意にしていたのが、同じフランス・ベルギー派を背負って立つグリュミオーだった。

彼は生涯にこの曲を2回録音したが、白髪のカスタニョーネのピアノと入れた、モノーラル盤の方が絶対的に優れている。

しかしモノーラル盤は現在廃盤となってしまったため、ヴァルシとの新盤で我慢するより仕方がない。

ここでのグリュミオーは情熱的で、まるで一編のドラマのように、劇的に音楽を盛り上げて余すところがない。

ピアノがまたとても雄弁で、ヴァイオリンにつかず離れず、見事なインタープレイぶりである。

ベルギーかフランスの演奏家以外にはあまり評価されていない曲だが、このグリュミオーのファンタジー豊かな演奏を耳にすれば、近代ヴァイオリン・ソナタの重要作としてもっと聴かれてよいと誰もが感じるだろう。

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2009年12月01日


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いかにもグリュミオーらしい艶美な音色と、軽快なリズム感の光った名演である。

この人は、ヴァイオリンの名器を数多く弾きこなしてきたことでも知られており、ここでは「前ジェネラル・デュポン」というストラディヴァリウスを使って弾いている。

そのせいか、このモーツァルトは本当に華麗で美しい音色をしている。

まるで春の夜の雨に濡れた舗道が光り照らされているかのようだ。

もしくは澄み切った青空のような音と喩えることもできよう。

グリュミオーの新鮮な音と表現は、モーツァルトにぴったりである。

しかもリズムが良いため、いっぱいに歌う箇所でも旋律線が少しも崩れず、それが音楽の清潔さを呼んでいる。

テクニックも見事で、自在に弾きながら洗練されている。

卓抜な技巧で、彼の十八番としている作品のひとつを演奏しているだけに、聴いたあと、すがすがしく爽快な気分が残る。

美音家のグリュミオーだけに、モーツァルトの音楽の典麗優雅な気分を、巧妙に表出している。

軽快でリズミカルな表現も抜群だし、抒情的でロマンティックな旋律の歌わせ方にもひかれる。

デイヴィスの指揮も含め、これほど音色も演奏もモーツァルトそのものといって良い録音は他に絶対に無い、と言い切ってしまいたいほどである。

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2009年02月14日


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この両曲は現在でも掛け値なしの美演といいうるグリュミオーのヴァイオリンを推したい。

フランス音楽のまさに本道を行く彼の演奏には、流麗感、洗練、センス、音の美しさ、屈託のなさのすべてがあるといってよいだろう。

ラロの演奏には、「スペイン交響曲」というタイトルどおり、スペイン的な民族色を強烈に打ち出したものと、作曲者のフランス的なデリカシーに重点をおいた、二通りの演奏スタイルがあるが、グリュミオーは、その後者のフランス風のスタイルである。

デリケートで粋な純フランス風の演奏だ。

そのため、スペイン風の濃厚な味わいや豊麗な音色を求めることはできないが、これほど上品で線が細く、女性的で小味なラロは例がない。

全体に軽妙さと熱っぽさを兼ね備えた、きわめて美しい音色の演奏で、ことに、第1、5楽章の激しさ、第4楽章の抒情的な味はすばらしい。

ロザンタール指揮のラムルー管弦楽団は、金管を強奏する乾いた響きがいかにもラテン的、センスのよい伴奏だ。

サン=サーンスはすこぶる美麗な音色を生かしながら、この曲の上品で格調の高い性格を、存分にひき出した演奏である。

いかにもグリュミオーらしい、小味で柔らかなサン=サーンスである。

音色は美しく、心をそそるヴィプラート、憧れに満ちたカンタービレ、そして特に人なつっこく肌をなでてゆく春風のように優しいレガートは彼の独壇場であり、フィナーレにおける粋で洒落たテーマの奏出に最も良い例が聴ける。

サン=サーンスの曲は、どんなに美音で演奏しても、その表情にエレガントな味付けがなければ、さまにならない。

グリュミオーは、そうしたセンスの良さを発揮しながら、親しみやすいメロディーを優雅に歌わせている。

やや華やかすぎるところもあるが、聴きばえのする演奏だ。

それにロザンタール指揮のオーケストラが非常にセンス豊かだ。

「序奏とロンド・カプリチオーソ」でもグリュミオーの演奏は、いくぶん線は細いものの、その音色の美しさでは、ずばぬけている。

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2008年02月08日


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いかなるところでも、例えば熱っぽいところでも躍動的なところでも、あくまでも洗練を失わない名演である。

音質もまことに澄んでいる。

しかも、ただ表面的に美しいというだけでなく、作品に即したエスプリも展開する。

しかも、中間楽章では耽美的ともいえるくらいにたっぷりと表情をつけている。

こうした演奏はおそらくハスキル主導型のためだろうが、グリュミオーもよく合わせている。

2人の音楽的呼吸が見事に合い、そこから生まれた音楽は、きわめてなめらかである。

ハスキルのピアノは、端正で、土台がしっかりしていて、柔らかい響きであり、グリュミオーのヴァイオリンは、豊麗で実によく歌わせている。

そこからは、古典的な格式もロマンも漂っている。

そこには哀愁もあれば、軽快さもあり、愛らしささえ感じる。

暖かいモーツァルトで、聴く人の心をなごませる名演奏だ。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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