ヘブラー

2019年05月22日


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シューベルトのピアノ五重奏曲『ます』の演奏では、大概弦楽四重奏団のメンバーに著名なピアニストを配してエキストラのコントラバス奏者を加えるのが一般的だ。

ここではヴァイオリン・パートをグリュミオーが弾き、ヘブラーのピアノと相俟ってこの作品にひときわ薫り高い音楽性を聴かせてくれる。

グリュミオーは流石に巧く、またその甘美な音色でシューベルトの抒情の世界を具現しているのが魅力だが、他のメンバーと競い合うというアプローチではなく、ヘブラーと共にかなり抑制を効かせてアンサンブルの醍醐味を堪能させてくれる。

特に第4楽章のヴァリエーションでそれぞれが華やかなソロを弾く時も、決してスタンドプレイにならない細やかな合わせ技が絶妙だ。

ちなみにヴィオラがジョルジュ・ヤンツェル、チェロがエヴァ・ツァコ、そしてコントラバスがジャック・カゾランという顔ぶれだ。

イングリット・ヘブラーは、幾つかの録音でアンサンブル・ピアニストとしても非凡な腕を披露していて、ヴァイオリニストではシェリングとのベートーヴェンのソナタ全曲集とモーツァルトのソナタ選集はCD化されてそれぞれ4枚組でリリースされているが、グリュミオーとはこのディスクに収録された『ます』が唯一の共演になる。

いずれもモーツァルトのスペシャリストで、しかも彼らがフィリップスと契約していたことを考えると僅かに1曲だけ録音したのがシューベルトだったことは象徴的だ。

グリュミオーと組んだ替え難いピアニストはクララ・ハスキルだったことは疑いの余地もないが、ヘブラーとは演奏スタイルの相違があったことは確かだろう。

しかしこの演奏ではそうした違いを超えた音楽家同士の息の合った一期一会の共演が聴きどころだ。

カップリングのイタリア弦楽四重奏団のシューベルト『死と乙女』は1965年の旧盤(ヴィオラがファルテッリ)で、1976年の新盤よりも開放的なカンタービレが輝かしい。

音色は明るいが、強い表現意志の漲った重量感に富んだ演奏を聴いていると、運命の重圧にあえぐ巨人の熱い吐息を浴びるような思いがする。

第1楽章第2主題冒頭の動機や、第2楽章のコーダにみられる、憧れのムードとの対比のさせ方も、まさにベテランの芸だ。

彼らの引き締まったアンサンブルと円熟した語り口が曲のドラマティックな性格をじわじわと紡ぎだしてゆく名演だ。

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2019年01月29日


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イングリット・ヘブラーとエドゥアルト・メルクスの指揮するカペラ・アカデミカ・ウィーンによるヨハン・クリスティアン・バッハのピアノ協奏曲集。

録音活動でのヘブラーはモーツァルトの作品の演奏が大半を占めているが、この4枚には少年時代のモーツァルトと交流があり、彼の作品に大きな影響を与えたバッハの末っ子ヨハン・クリスティアンの鍵盤楽器用協奏曲全18曲が収録されている。

ヨハン・クリスティアン・バッハは、モーツァルトの作風に少なからぬ影響を与えたことでモーツァルトの研究者たちの間ではよく知られていた。

またこの録音集で特徴的なのは、ヘブラーがフォルテピアノを演奏していることで、それはピリオド楽器による彼女の唯一のレコーディングでもある。

まだフォルテピアノによる演奏が一般的でなかった時代にヘブラーがフォルテピアノを使って録音した点も、古楽器運動の草創期を知るうえでまたとない資料であろう。

フォルテピアノのメーカーや製作年代は明記されていないが、現代のピアノよりも音量が小さく軽やかで繊細な音色を活かした、これ以上美しい演奏は望めないくらい徹底して洗練されたスタイルがいかにも彼女らしい。

サポートはバロック音楽復興期の草分け、エドゥアルト・メルクス指揮、カペラ・アカデミア・ウィーンでクリスティアン・バッハのシンプルなオーケストレーションを控えめだが効果的にドライブして、ヘブラーのソロを引き立てながらギャラント様式の美学を模範的に再現しているところが秀逸。

ヘブラーはモーツァルトのピアノ音楽を得意とするピアニストだったが、1950年代末から活発化した古楽器運動の旗手の1人だったメルクスと組んでJ.C.バッハの協奏曲集を手掛けたことは、当時としてはモーツァルトの芸風が成立する前提を知るうえで非常に有意義なことであった。

モーツァルトのピアノのための作品の形成を辿る時、幼いモーツァルトがクリスティアン・バッハと彼の作品から受けたサジェスチョンは決定的なものだったことが理解できる。

モーツァルト14歳の時の3曲のピアノ協奏曲K107はクリスティアンのクラヴィーア作品に簡単な弦楽伴奏をつけたアレンジであり、彼が手本として学習していたことも明らかだが、モーツァルトのスペシャリスト、ヘブラーとしてはその源流を探る研究としての全曲録音だったのではないだろうか。

ヘブラーとメルクスの演奏は、アーノンクールらのような鋭角的なアプローチを採らず、典雅さを重視したスタイルで演奏している。

メルクスの刻むリズムは決して重くなることはないのだが、溌剌とした中にもどこか落ち着いた色合いを帯びている点はジャン=フランソワ・パイヤールに近い芸風を示していると言えるだろう。

しかし、ヘブラーのピアノは、モダン・ピアノ奏者にありがちな響きの粗雑さは巧みに避けられ、今日のフォルテピアノの専門家と比べても遜色がない。

この録音は、J.C.バッハのピアノ協奏曲集の解釈の基準として、今後も聴き続けられるであろう。

このシリーズの録音は1969年に開始され8年後の77年に終了した長期間に亘る企画だったので、決して片手間に行ったものではなく、本格的な研究の意図が窺われる。

タワーレコードからのヴィンテージ・コレクションの4枚組限定生産になる。

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2018年05月21日


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イングリット・ヘブラーは決して幅広いレパートリーを開拓したピアニストではなかったが、幸い2曲のベートーヴェンのピアノ協奏曲を録音している。

その演奏は彼女の生涯の課題となったモーツァルトの亜流のように思われるかも知れないが、実際にはこのディスクでモーツァルトとは異なったアプローチで作品に取り組んでいることが明らかにされている。

つまりヘブラーはモーツァルトの延長線上にあるベートーヴェンではなく、控えめではあるにせよ次世代のウィーン楽派の担い手としてのベートーヴェンの野心的な試みを感知させている。

確かに現在の個性を前面に打ち出すピアニストのパフォーマンスに比べれば、こうした正面切った正攻法の演奏は売れ筋ではないだろう。

それくらい飾り気がなく、またスリルに満ちた疾走感とも縁のない再現だが、音楽的にはしっかりとした力強い構成感の中に確信を持った表現が充分な説得力を持っている。

協奏曲としては作曲家の処女作となるピアノ協奏曲第2番変ロ長調では、その瑞々しいフレッシュな感覚がヘブラーの毅然としたソロとガリエラ指揮するニュー・フィルハーモニア管弦楽団のどちらかというと室内楽的な軽快な雰囲気の中に良く表れている。

ガリエラはモーツァルトでやや失望させたがベートーヴェンではしごく真っ当なサポートをしているように思える。

確かにコリン・デイヴィスがこの2曲を指揮していたら、全く別物に仕上がっていただろうという印象は免れないのだが。

第4番ト長調でもヘブラーの解釈は決して革新的なものではなく、むしろ文字通りオーソドックスの典型のような表現である。

常にアーティキュレーションを曖昧にしない明瞭なタッチと泰然自若としたピアニズムから醸し出される格調の高さが抜きん出ている。

どちらも1970年のフィリップス音源で、リマスタリングされた音質は鮮明で分離状態も良好。

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2018年05月05日


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幼少期に書いたメヌエットなどの小品をはじめ、バッハに触発されて誕生したと言われる雄大な『前奏曲とフーガ』、即興的に奏されるカプリッチョ、変化に富んだ曲想の3曲のロンド、深い味わいを湛えたアダージョ、バッハに敬意を表して書かれた『小さなジーク』などを収めた、モーツァルトのピアノ作品の変遷を辿るアルバム。

このCDのタイトルは『リトル・モーツァルト』だが、実際には前半の10曲はモーツァルト5歳から6歳の時に書かれた一種の習作で、父レオポルトが姉ナンネルの練習帳に書き込んだ作品集から復元されたものだ。

一方後半の10曲は後年ウィーン時代の小品集から構成されていて、彼の天才性の萌芽とその驚くべき成長への軌跡を辿る興味深い企画だ。

また1枚のディスクのプログラムとしても充分鑑賞に堪える充実した内容になっている。

これらの曲目はヘブラーの新旧モーツァルト・ソナタ全集にも組み込まれていないので、ピアノ・ソロのための作品を補完するコレクションとしても貴重な1枚だ。

モーツァルトの幼年期のピアノ曲は2声部でシンプルを極めているが、作風はどれも明快でしっかりした骨格を持っていることが分かるし、次第に不協和音を採り入れたり音楽に陰翳を加えて音楽的な深みが出てきている。

父レオポルトが計画したヨーロッパ大旅行の当初の目的は天才少年を利用した名声とそれから得られる収入や息子の将来のための有利な職探しだったとしても、必然的に彼の音楽教育のためにヨーロッパの名高い教師や音楽家との交流を積極的に行った。

皮肉にもモーツァルト自身の就職活動は失敗に終わったが、そうした研鑽の成果が後半の10曲に見事に開花していると言えるだろう。

ピアニストがモーツァルトのスペシャリスト、イングリット・ヘブラーなのが嬉しいが、トラック14幻想曲ハ短調K396及びトラック17ロンドヘ長調K494の2曲だけはアルトゥール・バルサムが弾いていて、1961年のやや古い音源が収録されている。

幸い上記のアマゾンのページには曲目リストと試聴欄が設けられているので参照されたい。

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2018年03月24日


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タワーレコード・ヴィンテージ・コレクション・シリーズのひとつで、イングリット・ヘブラーがモーツァルトのピアノ協奏曲全曲録音に取り組む前に録音していたCD3枚分の音源を復活させたセットだ。

ライナー・ノーツによればいずれも1959年から61年にかけてのセッションになる。

このうちモーツァルトのピアノ協奏曲第18番及び第19番は初CD化で、フォンタナ・レーベルからのCD1の3曲は当初モノラルによるリリースだった。

ハイドンのピアノ協奏曲ニ長調はオリジナル・ステレオ音源を使用しての初登場のようだ。

モノラルはピアノ協奏曲第12番とロンドイ長調の2曲で、それらに関してはやや籠り気味のサウンドだが決して粗悪な録音ではない。

むしろリマスタリングによってピアノの音色に潤いが出て、オーケストラもある程度クリアーな音質で甦っている。

一方同時期のハイドンは分離状態の良い鮮明なステレオ音源だ。

ヘブラーによるモーツァルトのピアノ協奏曲全集は、この録音の後1964年から4年間を費やして完成された。

しかしそちらも既に廃盤の憂き目に遭っていて現行ではユニヴァーサル・コリアからのモーツァルトとシューベルトの録音集を纏めた34枚組があるだけだ。

ただしそれにはこの3枚の音源は加わっていないし、また2度目のピアノ・ソナタ全曲集も含まれていないというオチが付いている。

数少ないモーツァルトのスペシャリストとしての、端正でいて自在なタッチによる感性豊かな演奏集だけにピアノ協奏曲全曲だけでも是非復活させて欲しいものだ。

尚彼女のふたつのピアノ・ソナタ全曲集は旧録音がタワーレコードの同ヴィンテージ・コレクションで、新録音はデンオンからのそれぞれ5枚組で入手可能だ。

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2018年03月22日


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イングリット・ヘブラーは言うまでもなくモーツァルトのスペシャリストだが、ピアノのためのソロ、連弾用や管弦楽作品の他に、幸いこのピアノ四重奏曲2曲を録音している。

ヘブラーとベルリン・フィルの首席奏者たちとの共演は、これが唯一のものである。

このジャンルではモーツァルトは2曲しか作曲していないが、いずれもウィーン時代の自由闊達な作曲技法が示された音楽的な深みが感じられ、発注者であり出版元だったホフマイスターの富裕層のための易しい娯楽作品という当初の構想を遥かに超えた芸術的な高みが宝石のような輝きを放っている。

ヘブラーのきめ細かい表現はソロを弾く時と変わらないが、抑制されたピアニズムがアンサンブル・ピアニストとしても素晴らしい演奏を聴かせてくれる。

弦楽三部を受け持つベルリン・フィルの首席奏者たちも歌心とピアノとの流暢で隙のない緊密な合わせが流石に巧みだ。

弦の3人はアンサンブルのベテラン揃い、ヘブラーも重奏に慣れているとあって、演奏にはソツがない。

颯爽としていて軽過ぎず、パッショネイトでありながら情緒に流されない高度な室内楽の愉しみを満喫させてくれる演奏だ。

しかし四重奏としての完成度や練り具合は、今少しの感があり、どうも弦がヘブラーに少々遠慮気味のようだ。

出来映えとしては第1番の方が優れている。

第1番はモーツァルトにとって示唆的なト短調で書かれていて、この調の選択だけでも当時の人々の娯楽作品には成り得ない宿命を持っていたと言えるだろう。

ホフマイスターが当て込んだ印税が期待できなくなったためにモーツァルトとの間で契約破棄に至ったエピソードは象徴的だ。

彼が納得できない音楽は一音符たりとも書かなかったということの証左でもあるだろう。

一方第2番は楽器編成をそのまま採り入れているが、契約の制限から開放されて自主的に作曲したものだけに、演奏テクニックの難易度も高く、またピアノ・パートがよりヴィルトゥオーゾな華やかさを持っている。

1970年ベルリンでの録音で、音質は極めて良好。

ちなみにヘブラーが録音した他のアンサンブル用の作品にはシェリングとのモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集、ピアノと管楽器のための五重奏曲変ホ長調K452、シューベルトのピアノ五重奏曲イ長調『鱒』があり、他の奏者との協調性にも一流の腕をみせた彼女の貴重な演奏だが、入手困難になりつつあるのも事実だ。

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2018年03月04日


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イングリット・ヘブラーはモーツァルトの変奏曲を連弾用のK501を含めて都合15曲、CD3枚分の音源を録音している。

このアンソロジーはこのうち比較的良く親しまれている6曲をピックアップしたタワーレコードのプレミアム・クラシックスの第1集としてリリースされたディスクになる。

モーツァルトの作品の中で、ピアノ曲の占める割合というのは大変大きく、彼自身がピアノの名手であったことを思えば当然のことであろう。

どの作品にもモーツァルト一流のシンプルな作風の中に託された至高の音楽性を垣間見せていて、彼の創作の源泉を思わせるような多彩なアイデアを盛り込んだピアノ音楽の古典的手本が示されていると言えるだろう。

これらは、一見アマチュアにも弾けるような書き方がされているが、その何でもないようなスタイルの陰に卓越した芸術性が隠されていることを忘れてはならない。

こうした小品でも個性を前面に出す演奏が多い中で、ヘブラーは天才モーツァルトに寄せる共感を可憐で詩情豊かなピアニズムで歌い上げている。

少しも気負ったところのない流麗なタッチと純粋な音色の美しさが彼女ならではの魅力を引き出している。

ひとつのテーマから溢れ出て尽きることのない流暢なヴァリエーションを飾り気なく、しかし飛びっきりエレガントに表現したのがヘブラーの演奏である。

彼女はことさらテクニックを誇示することもなく、それぞれの作品の特徴を丁寧に描きながら、モーツァルトの天衣無縫な才能を一番美しくかつ自然な形で聴かせてくれる。

決してこじんまりしたおとなしいだけの演奏ではなく、比較的規模の大きいボドロンの『私はランドール』による12の変奏変ホ長調K354での緊張感を保ちながら纏め上げる巧みさも流石だ。

特にリマスタリングの記載はないが、ヘブラーの弾く瑞々しくこぼれるようなピアノの音色を良く捉えたフィリップスの音質は極めて良好だ。

同レーベルからのモーツァルト・エディションが廃盤になってしまった現在、手軽に入手できるコレクションとしてもお薦めしたい。

ちなみに現行で入手可能な彼女のモーツァルト変奏曲集は、だぶりがあるもののこの他に2枚がデッカのロゴの日本盤で、全15曲を収めたボックス・セットがユニヴァーサル・コリアからそれぞれリリースされている。

ライナー・ノーツは見開きのみのリーフレットで簡易な曲目解説が掲載されているが、幸いアマゾンのページのイメージ欄に収録曲及び録音データが写真でアップロードされているので参照されたい。

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2018年02月06日


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イングリット・ヘブラー(1926-)はモーツァルトのピアノ・ソロのための変奏曲を都合14曲録音している。

それらはユニヴァーサル・コリアからのボックス・セットに総て収録されているが、個別売りCDでも過去3集に分けてリリースされた。

そのうち現行盤はタワー・レコードとユニヴァーサル・ジャパンからの1枚ずつだが、このディスクは後者に当たる。

ただレーベルも企画も異なっているためか曲目にだぶりがあり、しかもこちらには録音状態の不釣合いなアルトゥール・バルサムの古い演奏が2曲カップリングされている。

それ故ヘブラーの演奏はだぶっているパイジェッロの主題による6つの変奏曲を入れても、事実上5曲だけになる。

できれば演奏者をヘブラーだけに統一して収録曲数を増やして欲しかった。

モーツァルトの作品の中で、ピアノ曲の占める割合というのは大変大きく、彼自身がピアノの名手であったことを思えば当然のことであろう。

鍵盤楽器用の変奏曲には多分に即興的な要素があり主題が自作のものであれ、また他の作品からのものであれテーマを様々に展開させていく作曲家の能力と閃きが問われるが、モーツァルトはこのジャンルでもその卓越した手腕を示している。

実際グルックの主題による10の変奏曲のように彼が即興演奏したものを後に書き留めた作品も存在する。

随所にパッセージやカデンツァ風の走句を挟んで幻想曲風に展開されるK.398、個性的な変奏が繰り広げられる円熟したK.455、由来不明の短い主題による愛らしいK.500、広く愛奏されているK.573、ピアノ曲の最後を飾った晩年のK.613。

これらは、一見アマチュアにも弾けるような書き方がされているが、その何でもないようなスタイルの陰に卓越した芸術性が隠されていることを忘れてはならない。

ひとつのテーマから溢れ出て尽きることのない流暢なヴァリエーションを飾り気なく、しかし飛びっきりエレガントに表現したのがヘブラーの演奏である。

彼女はことさらテクニックを誇示することもなく、それぞれの作品の特徴を丁寧に描きながら、モーツァルトの天衣無縫な才能を一番美しくかつ自然な形で聴かせてくれる。

ウィーン風のまろやかな、ニュアンスが豊かな表現で、聴き手を魅了せずにはおかない。

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2018年01月24日


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イングリット・ヘブラーはこれまでに2回に亘ってモーツァルトのピアノ・ソナタ全曲のセッション録音を果たしていて、こちらはその第1回目になり1963年から67年にかけてのフィリップス音源が収録されている。

ただし収録曲目は17曲のソロ・ソナタのみで、2台のピアノのためのソナタや幻想曲などは加えられていない。

いずれも彼女のモーツァルトのスペシャリストとしての評価が決定的になった30代後半から40代前半のストレートな解釈の中での可憐で精緻な表現が特徴で、それがほぼ20年後の2回目の、より自在で微妙な変化を伴った恰幅の良い演奏と異なっている点だ。

モーツァルトへの愛を他のいかなる盤よりも深く感じさせる点で、このヘブラーのディスクは忘れ難い。

旧全集録音をここに挙げたが、これは長らく筆者の愛聴盤であったためでもある。

各ソナタに真摯に対峙し、慈しむように奏し、虚飾も衒いもない美しく温かみ豊かな世界に仕上げている。

いずれにしてもヘブラーは当初から作品を恣意的に扱うことを常に避けていて、尊大になることもなく作曲家の音楽構想の律儀な再現に腐心しているように思える。

後期の規模の大きなソナタでもむやみにスケール感を強調することなく、洗練されたテクニックで細やかな情緒を溢れさせた演奏が冴え渡っている。

またウィーンとパリで研鑽を積んだ彼女だけあって、硬直したところは少しもなく仄かな洒落っ気やウィットも欠いていない。

作品愛から発せられるタッチのぬくもりやまろやかさもじっくりと味わいたい。

同時代のウィーンのピアニスト、グルダ、デムスやバドゥーラ=スコダなどと比べると彼女の演奏は革新的ではないが、伝統に根ざしたモーツァルト奏法の継承者という感じがする。

彼女のアプローチの根底には非常に几帳面さと没我的な姿勢があり、そのため一種地味な外観を与えるが、深く耳を傾けると文字通りとりこになってしまうようなある種絶対的な魅力が備わっている。

とかく個性豊かな演奏が求められる時代にあって、ヘブラーのようなあらゆる無駄を省いたシンプルなモーツァルトが後世に受け継がれることを期待したい。

現今のより個性的な演奏や高い鮮度の解釈への歴史的布石の一つとしても重要だろう。

先に推薦した同ピアニストによるバッハのフランス組曲と同様、タワーレコード・ヴィンテージ・コレクション・シリーズとしての復活で、限定生産ながらこれらの名演を気軽にコレクションできるようになったのは大歓迎だ。

ライナー・ノーツにリマスタリングの表示は見当たらないが、音質は極めて良好でかつてのフィリップス特有のシャープなキレと共にピアノの音色に潤いが甦っているのが秀逸。

クラムシェル式のカートン・ボックス入りで、23ページほどのライナー・ノーツには収録曲目及びトラック・リストの他に1曲ごとに簡易な曲目解説も掲載されている。

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2018年01月18日


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フランス組曲には、ピアノによる演奏にも新旧何種類かの名盤・注目盤があるが、その中でも最も印象に残っているのが、筆者の場合意外なことながらこのヘブラー盤である。

ヘブラーとバッハとは、ちょっと珍しい取り合わせのような気もするが、フランス組曲に関する限りはこれがまさに絶妙。

日本ではもはや死語となってしまった「女性的」なしっとりとしたタッチで、聴き手を優しく包んでくれる明快な魅力に満ちた演奏である。

零れ落ちるようなウェットな美音で綴ったフランス組曲で、ヘブラーらしく奇を衒うことのない曲作りの中に気品に満ちた情緒が湛えられている。

そう書くと彼女の弾くモーツァルトの延長線上にあるバッハのように思われるかも知れないが、実際にはモーツァルトとは異なった次元での表現力が発揮された、高度な幻想性を感じさせる貴重な録音だ。

スタッカートを避けた抑制されたピアニズムでありながら鍵盤への洗練された多彩なタッチが極めて美しい、宮廷風ロココ趣味を先取りしたようなバッハの一面も明らかにしている。

それほどレパートリーの多くないヘブラーにとって大バッハの作品ではフランス組曲が唯一の音源になり、彼女がバッハの鍵盤作品から敢えてこの6曲を選んでいるのもそうしたところに理由がある筈だ。

同時代のもう一人のウィーンの大家、イェルク・デムスが彼女に先立つ1974年にバッハのパルティータ全曲とゴールドベルク変奏曲をベーゼンドルファーを弾いて録音しているが、一脈通じるものがあるかも知れない。

モダン・ピアノによる演奏なのでペダルを少なからず使用していることが感知されるが、それぞれの声部は濁ることなく心地良く響いてチェンバロで弾くのとはまた違ったデリケートな潤いを含んでいる。

装飾音の扱い方はバッハの書き記した奏法に遵ずるもので、彼女のバロック奏法への造詣の深さを示している。

タワーレコードからのヴィンテージ・コレクションとして現在91歳の女流ピアニスト、イングリット・ヘブラーの一連の音源が復活しているが、この2枚もそのシリーズの一組になる。

因みに同コレクション・シリーズで彼女のモーツァルト以外の録音ではシューベルトの即興曲集、シューマンのピアノ協奏曲とフランクの交響的変奏曲その他を1枚に纏めたもの、クリスティアン・バッハのフォルテピアノによる協奏曲全曲集、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番及び第4番、シェリングとのヴァイオリン・ソナタ全集が、また廃盤になってしまったがフィリップスからはハイドンのピアノ・ソナタ集とショパン・ワルツ集の19曲がそれぞれCD化されていた。

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2016年07月05日


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モーツァルトの権威でもあったイングリット・ヘブラーは、早くからシューベルトのピアノ・ソナタの録音も積極的に行っていた。

この7枚組のセットは彼女が1960年からほぼ10年に亘って残したフィリップス音源をまとめたもので、2種類のモーツァルト・ピアノ・ソナタ全集と並ぶ価値の高いアルバムとしてお薦めしたい。

その特徴はそれぞれの曲の古典的な様式感をしっかりと押さえながら端正な弾き込みですっきりまとめているところにある。

シューベルト晩年のソナタでは、リヒテルの喜怒哀楽を遥かに超越した言い知れぬ諦観を感じさせる哲学的な深みが忘れられないが、ヘブラーのそれは異なったポリシーによる、むしろロマン派的解釈の深入りを避けた、サロン風の洗練された手法が対照的な演奏だ。

しかしそこには仄かな哀愁が漂っていて、歌曲作曲家としての詩情の表出やダイナミクスの変化も豊かで、しばしば指摘される作品の冗長さも感じさせない。

シューベルトは未完成のものも含めるとピアノ・ソナタを21曲ほど作曲しているが、ヘブラーはこのうち12曲を採り上げている。

勿論その中でも代表作になる第18番『幻想』及び第19番から第21番までの最後の3部作も含まれるが、未完の第15番『レリーク』は選択から漏れている。

またここには幻想曲『さすらい人』がないのも残念だが、その他の小品は磨きぬかれたテクニックで弾いた珠玉のセッションが揃っていて、決して個性の強い演奏ではないが、そのテンポの取り方やタッチの処理も真似のできないようなエレガンスと機智が感じられる。

尚CD5と7に収録された4手連弾用作品ではルートヴィヒ・ホフマンとの協演になる。

フィリップスの音源は極めて良好で、時代を感じさせない瑞々しい音質が得られている。

このコレクターズ・エディションは最近パッケージを一新して、内部もシンプルな紙ジャケットになったが、内容的には見るべきものが多くこれからのリリースにも期待できるシリーズのひとつだ。

ライナー・ノーツは22ページで、曲目及び録音データの他に、英、仏、独語による簡易な解説付。

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2016年06月13日


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シェリングとしては2回目の録音になるが、1回目のルービンシュタインと組んだヴァイオリン・ソナタ集はRCAに録音した第5番『春』、第8番及び第9番『クロイツェル』の3曲のみで、音質の面で劣っていることは否めないが演奏の質の高さからすれば彼らが全集を完成させなかったのが惜しまれる。

シェリングは生涯に亘ってコンサートのプログラムからベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを外すことがなかった。

それだけに彼が長いキャリアを通じて常に磨き上げてきた、決して借り物ではない徹底した解釈と独自に開拓した奏法を、晩年イングリット・ヘブラーとの唯一の全曲盤で世に問うことになった。

1970年代後半のシェリングは、流石にルービンシュタインの胸を借りた若い頃の覇気はなくなり、テンポも比較的ゆったりと構えているが、緊張感が失われているわけではない。

むしろマイナス面を微塵も出さない几帳面さと格調の高さでは、ひとつの模範的なアンサンブルではないだろうか。

シェリングは音楽から多彩な可能性を引き出すのではなく、よりシンプルに収斂していく方向性を持っている。

だから『春』においても甘美な音色で魅了するタイプではないが、ベートーヴェンの音楽構成を真摯に辿りながら彫りの深い造形と端正な様式感を抑制された表現で感知させていると言えるだろう。

他に逃げ道を探すことのない正攻法の音楽作りには当然ながらそれだけの厳しさがあって、鑑賞する側にもそれを受け入れるだけの準備が要求される。

個人的には彼らのポリシーが最良に発揮されているのが第10番ト長調だと思うが、例えば『クロイツェル』でもことさら大曲ぶって演奏することはなく、また往々にして戦闘的になりがちな急速部分では協調性を決して失わないように注意深く合わせて、自然に滲み出てくるような2人の円熟期の至芸を披露している。

しかもウィーンのピアニスト、ヘブラーと組むことによって、その厳格さが程良く中和されバランスのとれたエレガントな雰囲気が醸し出されていることも事実だ。

勿論ヘブラーの変化に富んだ細やかなサポートも聴き逃せないが、彼女も主張すべきところでは堂々たる大家の風格をみせている。

1978年から翌79年にかけてスイスで収録されたもので、ロゴはデッカになっているが、フィリップス音源のキレの良いシャープな音質と録音時の音量レベルが高いのが特徴だ。

以前リリースされた全曲集では10曲のヴァイオリン・ソナタの他にハイティンク指揮、コンセルトヘボウ管弦楽団によるベートーヴェンのヴァイオリンとオーケストラのための『ロマンス』ヘ長調及び同ト長調をカップリングしていたが、今回のセットではこの2曲が省かれている。

いずれにしても廃盤になって久しかったCDの廉価盤化での復活を歓迎したい。

フィリップスにはシェリング、ヘブラーの顔合わせでモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集も都合4枚分の音源があり、こちらもまとまったリイシュー盤を期待したい。

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2009年08月08日


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モーツァルト弾きとして名を成した、ヘブラーの自信が滲み出た演奏だ。

彼女の持ち味のひとつに、見事にコントロールされた美しい響きがあるが、それはこの再録音によってますます磨きあげられている。

若いピアニストが生み出す響きのように鋭角的でなく、まろやかな中にヒューマンな感情を漂わせ、聴き手を魅了するのだ。

ひとつひとつの音符がくっきりと輝き出るような明確なタッチ、よい意味で芯のある響きが快く、少なくともモーツァルトを弾くために、磨くだけ磨きこまれた筋金入りの技巧を聴くことができる。

そして、この演奏には"気品"があり、そこが彼女の強味であろう。

ほんの少し聴いただけで気持ちが和んでくる、まろやかで、うるおいがあって、ぬくもりの感じられる演奏だ。

モーツァルトに対するヘブラーの思い入れが、弾き出されるすべてのフレーズ、すべての音に、ごく自然に反映されている。

どのソナタのどの楽章であれ、こうしたヘブラーの持ち味をたっぷりと味わわせ、楽しませてくれる。

全体に渡ってさりげない"思い入れ"が生かされており、それが容易に真似のできないこの人の個性だと知らされる。

この自然な語り口は、長いキャリアを通じてヘブラーがつかみとった奥義だろう。

当代最上のモーツァルト演奏のひとつである。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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