マッケラス

2016年09月01日


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オーストリアの指揮者、チャールズ・マッケラス(Sir Charles Mackerras 1925-2010)が生涯に渡ってその作品の普及に努めた作曲家の1人が、モラヴィアの作曲家、レオシュ・ヤナーチェク(Leos Janacek 1854-1928)である。

そんなマッケラスのヤナーチェク録音の集大成と言えるのが、1976年から1982年にDECCAレーベルに行なったウィーン・フィルとの一連の録音である。

本アルバムは、それらを1つに収めたBox-setとなっており、収録内容は以下の通り。

1) 歌劇『イェヌーファ』(第3幕の序曲「嫉妬」付) A: エヴァ・ランドヴァー S: エリザベート・ゼーダーシュトレーム T: ペーター・ドヴォルスキー 1982年録音 
2) 歌劇『利口な牝狐の物語』(組曲「利口な牝狐の物語」抜粋付) S: ルチア・ポップ Bs: ダリボル・イェドゥリチカ A: エヴァ・ランドヴァー 1981年録音
3) 歌劇『死者の家から』 Bs ダリボル・イェドリチカ Br: ヴァーツラフ・ズィーテク S: ヤロスラヴァ・ヤンスカー 1980年録音
4) 歌劇『マクロプロス事件』 S: エリザベート・ゼーダーシュトレーム T: ペーター・ドヴォルスキー T: ウラディーミル・クレイチーク 1978年録音
5) 歌劇『カーチャ・カバノヴァー』 S: エリザベート・ゼーダーシュトレーム T: ペーター・ドヴォルスキー A: ナジェジュダ・クニプロヴァー 1976年録音
6) シンフォニエッタ 1980年録音
7) 狂詩曲『タラス・ブーリバ』 1980年録音

以前のレビューにも記したことであるが、独特の語法を持つヤナーチェクの音楽は実に面白く魅力的だ。

自由だが法則があり、ポリリズムだが脈があり、メロディアスではないが簡明である。

そんなヤナーチェクらしさを存分に堪能できるのが、全部で11作あるオペラ(前後2部からなる『ブロウチェク氏の旅行』を2つと数えると)である。

オペラの場合、中でも特徴的なのが「発話旋律」と称されるもので、チェコ語の微妙な抑揚に合わせて旋律線を描いた朗唱風の書法で、そのため、演じることが可能な歌手が極端に限定される。

そのため、上演機会もきわめて少ないのだが、マッケラスは中で5つの代表作にすばらしい録音を遺したことになり、DECCAの高品質録音と相俟って貴重きわまりないものだ。

ヤナーチェクのオペラは題材も面白く、『利口な牝狐の物語』は動物が多く登場する童話的設定を持ちながら、多層な哲学を描き出しているし、『死者の家から』はドストエフスキー(Feodor Dostoyevsky 1821-1881)の原作により、シベリアの流刑地での囚人の様子を描いたもので、登場人物はほとんど男性という異色作、また『マクロプロス事件』は年をとらない女優の都市伝説的ストーリー。

どの作品も、素材、音楽、物語など様々な面でこの上なく「芸術的」で、他では得難い固有の価値を持っていると思うが、中でも『利口な牝狐の物語』の自然讃歌は、善でも悪でもない生死による流転を描ききった感があり、超越した世界観を抱合している。

そして『イェヌーファ』は所謂オペラ的分かりやすさという点では、筆頭ということになるだろう。

マッケラスの指揮は、ヤナーチェクの作品を数多く演奏するとともに、楽譜校訂を行ってきたこともあって、厳格なスコアリーディングに基づく楽曲の心眼に踏み込んでいくような彫りの深いものであり、加えてこの指揮者ならではの独特の格調の高さが全体を支配している。

そして、ウィーン・フィルによる豊穣な極上の美演が、本演奏全体に独特の潤いと豊かな情感を付加しているのを忘れてはならない。

完成された録音が、ヤナーチェクのオペラ全部ではないのが残念だが、それでも5つまでこのレベルの録音が行われたのは、きわめて有意義なことだったに相違なく、偉大な録音芸術のセットと言って過言ではないだろう。

歌手陣で注目したいのは、近年亡くなったスウェーデンのソプラノ歌手、エリザベート・ゼーダーシュトレーム(Elisabeth Anna Soderstrom 1927-2009)。

多彩な言語の歌唱が可能で、歌曲、オペラなどあらゆるジャンルで縦横な活躍をした彼女であるが、グラモフォン誌におけるジョン・ワラック氏(John Warrack)による「無限とも思える微細なタッチと慎重な歌いまわしで、ドラマにおける登場人物のキャラクタを描ききっている」との批評は、彼女がヤナーチェクの歌劇『カーチャ・カバノヴァー』でカーチャを演じた際のものだ。

そのハイレベルな万能ぶりはまさしく当盤で堪能できるだろう。

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2015年06月25日


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村上春樹氏の小説によってさらに脚光を浴びることになったヤナーチェク。

巷間、チェコの作曲家としては、第1にスメタナ、第2にドヴォルザーク、第3にヤナーチェク、そして第4にマルチヌーとされているところだ。

しかしながら、楽曲の質の高さ、他の作曲家への影響力の大きさなどを総合的に勘案すれば、ヤナーチェクはチェコの第3の作曲家などではなく、むしろスメタナやドヴォルザークを凌駕する存在と言えるのではないだろうか。

モラヴィアの民謡を自己の作品の中に高度に昇華させて採り入れていったという巧みな作曲技法は、現代のベートーヴェンとも称されるバルトークにも比肩し得るものであると言えるし、「利口な女狐の物語」や「死者の家から」などといった偉大なオペラの傑作は、20世紀最大のオペラ作曲家とも評されるベンジャミン・ブリテンにも匹敵すると言えるところだ。

そして、ヤナーチェクの最高傑作をどれにするのかは議論を呼ぶところであると考えられるところであるが、少なくとも、本盤に収められたグラゴル・ミサは、5本の指に入る傑作であるというのは論を待たないところである。

グラゴルとは古代スラヴ王国でキリスト教布教のために用いられた文字のことで、4人の独唱者、混声合唱、管弦楽とオルガンのために書かれた大規模な作品である。

同曲には、オペラにおいて数々の名作を作曲してきたヤナーチェクだけに、独唱や合唱を巧みに盛り込んだ作曲技法の巧さは圧倒的であると言えるし、モラヴィア民謡を巧みに昇華させつつ、華麗な管弦楽法を駆使した楽想の美しさ、見事さは、紛れもなくヤナーチェクによる最高傑作の1つと評してもいささかも過言ではあるまい。

本盤では、世界最高のヤナーチェクの権威で、チェコ音楽のオーソリティーであるマッケラスが心を込めてヤナーチェクの大作を指揮して遺した決定的名盤。

マッケラスは、こうした偉大な作曲家、ヤナーチェクに私淑し、管弦楽曲やオペラなど、数多くの録音を行っている、自他ともに認めるヤナーチェクの権威であり、ウィーン・フィルやチェコ・フィルとの数多くの演奏はいずれも極めて優れたものだ。

本盤に収められたチェコ・フィルや、優れた独唱者(特に第3楽章スラヴァのゼーダーシュトレームのソプラノ独唱は喜びと輝きに溢れていて心が満たされる)、そしてプラハ・フィルハーモニー合唱団を駆使した同曲の演奏は、ヤナーチェクの権威であるマッケラスならではの同曲最高の名演と評価したいと考える。

マッケラスの指揮は明快で曖昧さが皆無であり、アンチェル盤やクーベリック盤等と比較すると、常に作品と一定の距離を置いたアプローチとも感じられる。

しかし、後の再録音盤のように曲を手の内に引き込みすぎて却って作為的になりすぎるような事は無く、曲の魅力を十二分に堪能できるのが嬉しい。

本盤がこのヤナーチェクの傑作グラゴル・ミサの最有力盤としているのは、やはりそのテンションであろう。

主題の目まぐるしい展開がヤナーチェクの特徴であるが、それをテンション高く、エキセントリックさを十二分に伝えており、同じチェコ・フィルでも、アンチェル盤では、エキセントリックさがなく、スケール大きな把握の演奏で、さすがターリッヒ直弟子のマッケラスは、モラヴィアの心まで自家薬籠中のものにした感がある。

スケールの雄大さ、そして独唱者や合唱団のドライブの巧みさ、情感の豊かさのいずれをとっても非の付けどころのない高水準の演奏であり、途中で挿入されるオルガン・ソロの歯切れが悪いことと、録音のせいかオケがやや薄い響きになるのが残念だが、合唱の出来は万全と言って良く、筆者としては、本演奏こそは、同曲演奏の理想像の具現化と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

いずれにしても、ヤナーチェクの傑作グラゴル・ミサを、マッケラス&チェコ・フィルをはじめとしたチェコの独唱者や合唱団による素晴らしい名演で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2015年04月13日


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交響曲全集をも完成しているモーツァルトのスペシャリスト、マッケラスの何とも美しい《グラン・パルティータ》で、聴かせどころのツボを心得た演奏はこの曲の模範となり得る素晴らしさだ。

マッケラスはセント・ルカ管弦楽団の管楽器の首席奏者たちの実力を遺憾なく発揮させている。

豊かな響きと明快な表現とが両立した快演で、しかも読みが深く、表現に奥行きがある。

味わいと風格の点では過去の大指揮者たちの名演に並び、アンサンブルの切れ味や表現の緻密さは紛う方なく、現代の最高水準である。

マッケラスはセント・ルカ管弦楽団とハイドンの《ロンドン交響曲》のシリーズで録音していたが、そこで聴く両者の息はぴったりと1つになっていた。

その最大のポイントはセント・ルカ管弦楽団の奏者の多くが、オリジナル楽器と現代楽器の両方を奏すことができ、古楽器を通じて学んだ表現や解釈を、現代楽器の演奏に活かす技術をもっていることにある。

すなわち、現代楽器によりながらさりげなく古楽器演奏の成果があらわれているのである。

その姿勢はマッケラスも同じで、例えば彼は英国のジ・エイジ・オブ・インライトゥンメント管弦楽団のようなオリジナル楽器の楽団もよく指揮しており、先のプラハ室内管弦楽団とのモーツァルトの交響曲でも、またセント・ルカ管弦楽団とのハイドンでも、作曲者の時代の小型の編成と楽器配置をとり、音楽の作り方も、古楽オーケストラで得た経験に基づいたアイディアを種々生かしている。

この《グラン・パルティータ》にもまったく同じ姿勢が貫かれている。

例えば2つのメヌエット楽章で、ダ・カーポした際も、毎回反復を省略しないいき方もその1つである。

それも単に律儀に指定に準拠するとか、歴史的習慣に忠実にというのではなく、曲全体のプロポーションの中での効果を充分に意識しての反復となっている。

そのため前後の楽章との音楽的な対照が見事につき、「大きなパルティータ」としての曲の豊かな規模に、改めて耳の注意が向くことになる。

大人数の管楽器の音色の響きの生かし方も見事だ。

前述の古楽器をよく知っての現代楽器の扱いとともに、セント・ルカ管弦楽団がもともと肥大したサウンドで聴き手を威圧するのではなく、室内楽的に緻密な、本来の意味でよくハーモニーする演奏を目指す団体であることが、このセレナードにも無理のない自然のスケール感と、精妙で繊細なパートの交歓を生んでいるのだろう。

要所は確実におさえられているのだろうが、指揮者の体臭を良い意味で感じさせない。

セント・ルカ管弦楽団のメンバーたちの優れた技術と音楽性に乗りながら、まるでマッケラスも交じって管を吹いているような演奏だ。

こうした邪魔をしないやり方もヴェテランの味であろうか。

指揮者と楽員とが素晴らしく協調したみずみずしい楽興が、長い音楽全体に行き渡っており、フィナーレの沸き立つようなロンドの大団円の感動も一入(ひとしお)である。

テラークの優秀録音(1993年デジタル録音)と相俟って、同曲のベストの1つに掲げられる名盤と高く評価したい。

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2014年08月22日


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近年では村上春樹氏のとある有名小説によって、シンフォニエッタが非常に有名になったヤナーチェクであるが、こうした管弦楽曲や室内楽曲、声楽曲など多岐に渡るジャンルの作品を遺したヤナーチェクの最高傑作は何と言ってもオペラと言えるのではないだろうか。

ヤナーチェクは、自作にモラヴィアの民謡を高度に昇華させて取り入れるとともに、その作品には自然の中での人間の在り方、人間の心情などへの鋭い洞察と言ったものが集約されているが、それらの要素がすべて盛り込まれているのはまさにオペラであると考えられるからだ。

そして、そのような数あるオペラの中でも名実ともに最高傑作と言えば、何と言っても本盤に収められた「利口な女狐の物語」であると言えるのではないだろうか。

というのも、このオペラは主人公である女狐ビストロウシュカなどの動物を通して人間の所業を風刺した寓話劇であり、前述のようなヤナーチェクの作品の神髄そのものをテーマとしていると言えるし、音楽もいかにもモラヴィアの民謡的な語法を活用した魅力的なものであるのがその理由である。

チェコではクリスマスにこのオペラを子ども向きに上映するそうであるが、これを観た子どもたちが本当にこのオペラを理解できているのか疑問に思われるような含蓄のある作品であり、聴けば聴くほどに新しい発見がある内容の濃い傑作であるとも言える。

このようにヤナーチェクの最高傑作とも言える「利口な女狐の物語」であるが、録音は極めて少ないと言わざるを得ない。

本盤を除くと、現在でも入手可能なのは、ラトル&コヴェントガーテン王立歌劇場管(1990年)(ただし英語版)、ノイマン&プラハ国立劇場管(1957年)(旧盤)、ノイマン&チェコ・フィル(1979年)の3点しか存在していない。

もっとも、これらはいずれも名演であるが、ヤナーチェクの権威であったマッケラスがウィーン・フィルを指揮して演奏した本演奏こそが、同曲演奏史上最高の超名演であることは論を待たないところだ。

マッケラスの指揮は、ヤナーチェクの作品を数多く演奏するとともに、楽譜校訂を行ってきたこともあって、厳格なスコアリーディングに基づく楽曲の心眼に踏み込んでいくような彫りの深いものであり、加えてこの指揮者ならではの独特の格調の高さが全体を支配している。

そして、ウィーン・フィルによる豊穣な極上の美演が、本演奏全体に独特の潤いと豊かな情感を付加しているのを忘れてはならない。

歌手陣も充実しており、ビストロウシュカ役の今は亡きルチア・ポップをはじめ、チェコの優秀な歌手陣が最高の歌唱を披露しているのが素晴らしい。

英デッカによる超優秀録音による極上の高音質も、本名演の価値を高めるのに大きく貢献している。

ヤナーチェクのオペラには、「利口な女狐の物語」以外にも最晩年の「死者の家から」など優れた名作が多く、演奏時間も概ね85分〜120分の間に収まることから、歌詞対訳付で鑑賞するのが基本ではあるものの、必ずしも歌詞にとらわれずに音楽だけを楽しむというのも、マーラーの交響曲を鑑賞するような趣きでヤナーチェクの素晴らしい音楽を満喫できるという意味において、是非ともお薦めしておきたいと思う。

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2014年06月30日


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このモーツァルト:ピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」の演奏を最後に全てのコンサート活動から引退したピアニスト、アルフレッド・ブレンデルの演奏活動60年の集大成とも言えるライヴ盤である。

ブックレットにはブレンデル自身によるファンへのメッセージとリサイタルの楽曲解説、協奏曲で指揮者を務めたマッケラスのメッセージ、ウィーン・フィル楽団長ヘルスベルクのメッセージを掲載している。

最初に触れておきたいのはある『伝説』である。

それは名ピアニストは同じ誕生日を持ち11年ごとに現れる、というものだ。

アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(Arturo Benedetti Michelangeli, 1920年1月5日 - 1995年6月12日)
アルフレッド・ブレンデル(Alfred Brendel, 1931年1月5日 - )
マウリツィオ・ポリーニ(Maurizio Pollini, 1942年1月5日 - )

この3人は誕生日が同じで11年違いなのだ。

いずれも劣らぬ最高レベルのピアニストである。

そしてこの引退公演の曲目を見て、最後にブレンデルの弾きたかった曲というのがよく分かる気がする。

なんという、優しい「ジュノーム」なんだろう。

モーツァルトの初期作品であるこのコンチェルトは、確かに愛すべき、チャーミングな作品ではあるが、ウィーン時代の後期名作コンチェルトと比べると、よく言えば屈託のない、悪く捉えれば、他愛のない作品といえる。

いままで聴いた演奏の中で、これほど愛情に満ち、優しく弾かれたことはかつてなかったように感じる。

それは、指揮者のマッケラス以下、ウィーン・フィルの団員が去り行く名手を惜しみ、限りない愛情と共感を覚えて演奏しているからに他ならない。

以下、ハイドンから始まりシューベルト、バッハにいたる独奏曲においても、なにか大切な宝物を置いて、去ってゆかなければならない、そんな惜別の念がひしひしと伝わり、一音一音慈しむように弾いているブレンデルの姿が浮かぶようで、アンコールのシューベルトを聴いていて思わずほろりとさせられた。

特に、シューベルトでもピアノ・ソナタ第21番を弾きたい、聴かせたいというのが強く出ている気がした。

この偉大なピアニストのラスト・アルバムにジーンとした。

「いままでありがとう、ブレンデル。今後は後進の指導に期待しています」と、素直に感謝できる、極上の演奏の記録だと思う。

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2014年06月29日


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ブレンデルが、70歳を過ぎてから本格的に取り組み出したモーツァルトの、協奏曲シリーズ第4弾。

シンプルかつ純粋無垢なモーツァルトでありながら、ほのかなロマンの香りが漂うブレンデルならではの演奏。

ブレンデルはモーツァルトのピアノ協奏曲全集を、マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団と録音していたが、四半世紀ぶりとなるこの演奏には、70歳を越えるという最円熟期にある巨匠の澄み切った境地がすみずみにまで反映しているといってよいだろう。

前回も、純度の高い音と表現を細部までくっきりと行きわたらせて、この2つの協奏曲の味わいを充実した響きで再現していたが、ここでの表現は、いっそう緻密である。

しかも1音1音にまで吟味の行き届いた表現を自在に織りなした演奏は、余分な身振りや自己主張で音楽の姿を崩すことなく、あくまで柔軟で懐が深い。

録音当時のブレンデルならではの柔らかく澄明で含蓄の深い表現、それに磨きぬかれた音と品格美しい表現の彩りも印象的である。

交響曲全集を完成するなど、モーツァルトの音楽に知悉したマッケラスの、細部まで明快な配慮が無理なく行き届いた見事なサポートも特筆されよう。

ポピュラーな第20番や第24番などに比べれば地味に感じる第12番と第17番の組み合わせだが、ブレンデルとマッケラスの手にかかると何とチャーミングな曲に聴こえることだろうか。

ブレンデルはとりわけ第12番のことを「モーツァルトのコンチェルトの中で最も愛らしい作品」と評しているだけに、意外な魅力を発見させてくれるパフォーマンスを披露している。

円熟の極を行くピアノを支えるオケのしなやかさ。

聴き手を温かく包み込んでくれる。

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ブレンデルにまたモーツァルトの“周期”がおとずれていた。

約15年かけて成したマリナーとの共演によるモーツァルトのピアノ協奏曲全集は、ブレンデルの代表盤のひとつと目されるが、それに飽き足らぬかのように貪欲に進化しつづけ、新たな地平を切り開いてみせるのはさすが。

脱帽である。

マッケラス&スコットランド室内管とによるこのシリーズもすでにこのアルバムで3点目。

本盤の第9番「ジュノーム」と第25番のカップリングは一見すると“落差”があるようにも思われるが、実際には第9番「ジュノーム」は後期作品と比較しても一歩もひけをとらぬ逸品であり、ブレンデルの演奏はそれを如実に示す。

無邪気な子供が「ホラ、これって素敵でしょう?」と言って自分の宝物をみせびらかすような屈託のない喜びと感動がヒシヒシと伝わってくるのだ。

マッケラスの棒もきわめてポジティヴで、活気のあるアンサンブルによりピアノが一層際立って聴こえる。

とりわけ第9番「ジュノーム」が出色だ。

筆者はモーツァルトの一桁台のピアノ協奏曲は殆ど聴く事がなく、第9番「ジュノーム」もこのCDと出会うまでは、滅多に聴くことがなかった。

このCDは第25番との併録であり、初めはその前座のような気持ちで聴いた。

モーツァルト初期の他愛のない作品と思って聴き始めたのだが、それにしてもなんという、優しい「ジュノーム」なのであろうか。

表情豊かな慈愛に満ちた名演で、後期の協奏曲に少しも劣らない中身の濃さを感じさせてくれる演奏であった。

特に第2楽章に心が打たれる。

ブレンデルの演奏がそう感じさせるのかも知れない。

弱音のなんとも慈しみに満ちた、それでいて哀しい音楽。

これらはまさに、人間だから出せる音としか思えない。

冒頭のオケの悲愴感極まる演奏から、ピアノが地の底から湧き上がるかのように、それでいて静かに、あくまでも自然に入ってくる様は、この曲のこの楽章の《心》を伝えている。

21歳のモーツァルトがどのような思いで、この曲を書き上げたかは知らない。

天才の気まぐれなのか、なんなのか。

しかし、見事にこの世界における哀しみの一つを音として現している。

感動的名演。

演奏の内容もさることながら、この録音には脱帽で、奥行き感を伴った、オーケストラと見事なホールトーンの中からピアノの実体感が醸し出される。

これまでこれ以上のピアノ・コンチェルトの録音を聴いた事がない。

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2014年06月28日


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このCDに収められた2つのピアノ協奏曲は、モーツァルトの数多い作品の中でも色濃い内容を持っているが、ブレンデルは淡々とした演奏を繰り広げながらも1音1音を慈しむかのような演奏は、まさに一級品と言えよう。

この2曲はいずれもモーツァルトのピアノ協奏曲のなかでも短調の曲であり、さらにモーツァルト自作のカデンツァが遺されていない作品である。

モーツァルト自作のカデンツァがないということは、ピアニストが自分で即興で埋めなくてはならない。

その意味で、当盤はモーツァルトの作品の特徴である短調の繊細な美しさを楽しむだけでなく、ピアニストの力量も聴ける1枚なのである。

筆者もこの2曲の同曲異演盤をかなりの点数聴いてきたが、まだこのブレンデル以上のカデンツァにお目にかかったことはない。

そもそもカデンツァというのは演奏者が自作で即興演奏するものであり、ブレンデルの場合、彼がきちんと作曲をしているという点で素晴らしいのである。

筆者はブレンデルの旧録音である、マリナー指揮、アカデミー室内管の演奏も持っているが、まったくカデンツァは変わりはない。

つまり、ブレンデルは1970年代からずっと同じカデンツァを使ってきているということになる。

それは、それだけ完成度が高く、聴衆からの評価も高いことを意味している。

旧録音とこの新録音とどこが違うのかと言えば、演奏面では透明感だと言える。

モーツァルトの短調作品が持つ特有の心象風景のような透明な世界が、この新録音には広がっている。

マッケラスとスコットランド室内管のバックも、その透明感をしっかりとサポートして、古典派の協奏曲らしくブレンデルと対話している。

その端正な演奏から生み出されるドラマティックな世界は、何度聴いても飽きがこない。

そのことが、筆者をブレンデルのモーツァルト:ピアノ協奏曲へ目を向けるきっかけとなった、エポックメイキングな1枚なのである。

何が何でも聴いておきたい名盤の1つと言えよう。

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2000年9月17-20日、スコットランド、ダンディー、ケアード・ホールに於けるデジタル録音。

ピアノ協奏曲では初めてクラリネットが用いられた、後期の円熟した筆致を示す堂々たる交響的構築による第22番と、作曲家の死の年に生み出された、晩年の清澄な心境を反映した最後のピアノ協奏曲である第27番。

モーツァルトのピアノ協奏曲の名作2曲を収録した1枚。

先ごろ現役を引退したブレンデルの円熟の境地を色濃く反映させた演奏で、第22番のカデンツァはブレンデル自らが作曲したものを使用している。

ブレンデルは2000年前後にモーツァルトのピアノ協奏曲を集中的に録音した。

今思い起こせば、ブレンデルという才人が残したモーツァルト演奏の総決算であったわけで、録音されたこと自体が貴重であった。

この新盤でブレンデルはマッケラスと一緒に演奏したにもかかわらず、ひたすら自分の音楽に邁進している。

マッケラスはモーツァルトやベートーヴェンの交響曲を演奏する際には、ピリオド・アプローチを積極的に取り入れ、爆発的に鳴り響く音響を伴う劇的な演奏を行っているのに対し、ここではピリオド・アプローチは最小限に抑えられており、ブレンデルは演奏の主導権を握ってオーソドックスな演奏に徹している。

ピリオド・アプローチが珍しくもなくなっている今日、モーツァルトのピアノ協奏曲、それもこの2曲でめぼしい成果が上がっていないのは、もしかしたら、この2曲の透明度の高さ故にピリオド・アプローチがそぐわないのかもしれない。

録音当時、ピアニストと指揮者は69歳と75歳。

2人共に知的な重鎮だけに構えて聴きだしたのだが、浮かんできたのは老人2人の微笑ましいモーツァルトだった。

無理のないテンポ運び、無駄な力も一切加えていない様子で、カデンツァからオケに戻る場面でも劇的な印象を与えずに自然体を演出する。

「演出する」とは少し変な言い方かもしれないが、彼らは十分にそれを意識して自然であろうとしているように思えるのだ。

何気ないフレーズにも繊細にコントロールがなされ適度な歌があるので、やっぱり知的な印象が最後には残される。

よって精妙なモーツァルトを十二分に堪能できるのである。

一方で、第27番のような霊感に満ちた美しい世界を、はなっから求めていないような演奏でもある。

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2014年02月18日


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1999年、プラハの春音楽祭、オープニング・コンサートでのライヴ録音。

スメタナの交響詩「わが祖国」はチェコ音楽の一丁目一番地とも言える国民的作品。

それだけに、チェコ・フィルにとっても名刺代わりの作品であり、累代の常任指揮者や錚々たる客演指揮者などがこぞって同曲を録音してきた。

かつてのターリッヒをはじめ、アンチェル、クーベリック、ノイマンなどの大指揮者の名演は燦然と輝いているし、小林研一郎などによる個性的な名演も記憶に新しいところだ。

こうした個性的な名演の中で、いぶし銀とも言うべき渋い存在感を有している名演こそが、本盤に収められたマッケラスとの録音である。

マッケラスは実力の割には必ずしも華々しい経歴を有しているとは言えないが、1996年から1997年のシーズンにはチェコ・フィルの首席客演指揮者を務めた。

今では、ヤナーチェクのエクスパートという印象ばかりが強いとさえ言えるが、本演奏は、そうした地味な存在であったマッケラスの実力を窺い知ることが可能な稀代の名演奏であると言っても過言ではあるまい。

本演奏も、マッケラスの華麗とは言い難い経歴を表しているかのように、華麗さとは無縁の一聴すると地味な装いの演奏である。

テンポもどちらかと言うとやや速めであり、重々しさとも無縁だ。

しかしながら、各フレーズに盛り込まれたニュアンスの豊かさ、内容の濃さ、そして彫りの深さには尋常ならざるものがあり、表面上の美しさだけを描出した演奏にはいささかも陥っていない。

そして、マッケラスも、同曲の込められた愛国的な情熱に共感し、内燃する情熱を傾けようとはしているが、それを直截的に表現するのではなく、演奏全体の厳しい造型の中に封じ込めるように努めているところであり、そうした一連の葛藤が、本演奏が、一聴すると地味な装いの中にも、細部に至るまで血の通った内容の豊かな演奏になり得ているのかもしれない。

加えて、本演奏で優れているのは、演奏全体に漂っている格調の高さ、堂々たる風格である。

同曲は、チェコの民族色溢れる名旋律の宝庫であるが、マッケラスは、陳腐なロマンティシズムに陥ることなく、常に高踏的な美しさを保ちつつ、まさに大人の風格を持ってニュアンス豊かに描き出していく。

これぞ、まさしく巨匠の至芸と言うべきであり、累代の常任指揮者による同曲の名演と比較しても、いささかも遜色のない名演に仕上がっていると評しても過言ではあるまい。

録音も、盤によってはかさついて聴こえるチェコ・フィルであるが、ここでは柔らかな音色が非常に美しく捉えられている。

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2014年02月14日


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村上春樹氏の小説によってさらに脚光を浴びることになったヤナーチェク。

巷間、チェコの作曲家としては、第1にスメタナ、第2にドヴォルザーク、第3にヤナーチェク、そして第4にマルチヌーとされているところだ。

しかしながら、楽曲の質の高さ、他の作曲家への影響力の大きさなどを総合的に勘案すれば、ヤナーチェクはチェコの第3の作曲家などではなく、むしろスメタナやドヴォルザークを凌駕する存在ではないだろうか。

モラヴィアの民謡を自己の作品の中に高度に昇華させて採り入れていったという巧みな作曲技法は、現代のベートーヴェンとも称されるバルトークにも比肩し得るものであるし、「利口な女狐の物語」や「死者の家から」などと言った偉大なオペラの傑作は、20世紀最大のオペラ作曲家とも評されるベンジャミン・ブリテンにも匹敵すると言えるところだ。

そして、ヤナーチェクの最高傑作をどれにするのかは議論を呼ぶところであると考えられるところであるが、少なくとも、本盤に収められたグラゴル・ミサは、5本の指に入る傑作であると言うのは論を待たないところである。

同曲には、オペラにおいて数々の名作を作曲してきたヤナーチェクだけに、独唱や合唱を巧みに盛り込んだ作曲技法の巧さは圧倒的であるし、モラヴィア民謡を巧みに昇華させつつ、華麗な管弦楽法を駆使した楽想の美しさ、見事さは、紛れもなくヤナーチェクによる最高傑作の一つと評してもいささかも過言ではあるまい。

マッケラスは、こうした偉大な作曲家、ヤナーチェクに私淑し、管弦楽曲やオペラなど、数多くの録音を行っている、自他ともに認めるヤナーチェクの権威であり、ウィーン・フィルやチェコ・フィルとの数多くの演奏はいずれも極めて優れたものだ。

本盤に収められたチェコ・フィルや、優れた独唱者、そしてプラハ・フィルハーモニー合唱団を駆使した同曲の演奏は、ヤナーチェクの権威であるマッケラスならではの同曲最高の名演と高く評価したい。

スケールの雄大さ、そして独唱者や合唱団のドライブの巧みさ、情感の豊かさのいずれをとっても非の付けどころのない高水準の演奏であり、筆者としては、本演奏こそは、同曲演奏の理想像の具現化と評価するのにいささかも躊躇するものではない。

モラヴィア民謡を基調とした、むせび泣くような哀感のこもった音楽であり、血のなせる技というほかないオケと合唱の抜群の反応もさることながら、映像で初めて明かされるマッケラスの熱い指揮姿を通して、この演奏に参加したメンバー全員グラゴル・ミサを愛して止まないことが肌で伝わってくる。

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2012年03月25日


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旧モーツァルト全集の番号付きの曲から真作でないものを除き、代わりに7曲を追加して全45曲とした全集である。

マッケラスはオーストリアの指揮者だが、プラハ音楽院に留学してターリッヒに師事するなど、チェコとの縁も深く、1986年から90年にかけては昔から気心の知れた仲であるプラハ室内管弦楽団を指揮して、彼らと、斬新な解釈によるモダンな『モーツァルトの交響曲全集』を録音した。

全体に清潔・明快で、豊かに歌うモーツァルトだ。

古きを訪ねているようでいて、マッケラスの自己主張がどの曲でも強く、実は現代感覚に満ちている。

形式的な均衡の美しさや対位法の線の明快さも特筆ものだ。

プラハ室内管の中欧的な弦の美しさも高く評価できる。

なかでも第25番と第40番の短調の交響曲が傑作だ。

第25番では、優雅なモーツァルト像を打ち砕いて、音楽の核心に迫ろうとした切り口の鋭いもので、小編成のオーケストラを用いながらも、きびきびと引き締まった音楽をつくりあげている。

ことに、速い楽章と緩徐楽章とのコントラストを鮮やかにつけているところなど、胸のすくような明快な表現である。

第25番も名演だが、第40番でも全編をつらぬく悲劇的な色調を鋭くえぐりだした印象的な演奏だ。

その強烈で緊迫した雰囲気は、マッケラス独特のものといえよう。

第1楽章のあの有名な旋律が聴こえてきた瞬間から、聴き手は悲哀を帯びたモーツァルトの世界の虜となってしまう。

また、第3楽章のメヌエットは、あたかも涙を浮かべながら踊っている貴婦人の姿を思わせるし、第4楽章の暗い情念の爆発も素晴らしい。

出世作となったヤナーチェクの演奏も立派なものだったが、マッケラスがモーツァルトの音楽の研究者としてもいかに卓越していたかを、この録音はよく示していて興味がつきない。

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2009年11月21日


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ドイツ・レコード賞、国際レコード批評家賞などを受けた名盤である。

作曲者の死後約半世紀にして、20世紀最大のオペラ作家の一人と見なされるようになったヤナーチェクの9つ残されたオペラの最終作。

このオペラの慣用版は、作曲者が追認した《イェヌーファ》のコヴァジョヴィツ版などとは異なり、作曲者がもし生きていたら許すはずがない改悪も含んでいた。
 
そこで、マッケラスと音楽学者のジョン・ティッレルは、自筆譜以外の資料も駆使して、作曲者本来の意図になるべく近づけるのを原則としている。

演奏はマッケラスの持ち味が完璧に示された名演で、音楽の細部を丁寧におさえてゆく彼の職人的技の確かさが最大限に生かされている。

微妙な音の動きやリズム、あるいはヤナーチェク独自のオーケストラの響きの滲みを、マッケラスは申し分なく生かしている。

歌手陣をチェコの歌い手でまとめたのも成功しており、ウィーン・フィルの細やかで美しい響きと実に溶け合っている。

男声の囚人たちに交じってズボン役で少年囚を演じるソプラノの役柄のつかみ方など今一歩だが、最後まで一気に聴かせてしまう名演である。

「どのような人間にも神聖なひらめきというのはあるものだ」と楽譜の扉に書いた作曲者のヒューマニズムが聴いた後に胸に焼きついて残る。

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2009年11月20日


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国際レコード批評家賞受賞盤。

ヤナーチェクの9つのオペラのなかでも、オペラの通、あるいは好き者的なプロの間で最も評価が高いのがこの第8作。

その音楽は、彼のオペラのなかでも最も伝統的なオペラの在り方に背を向けたもので、ヤナーチェクとしては珍しく表現主義の音楽への歩み寄りも見られる。

ここでもマッケラスが、ウィーン・フィルの表情豊かな演奏と配役の充実に助けられて、他の全曲盤を寄せつけない。

ウィーン・フィルの最美の音質と、最高の音楽的ニュアンス、そしてマッケラスの作品の持つ独特の世界を美しく幻想的に描き出してくれる指揮が素晴らしい。

歌手陣ではゼーダーシュトレームの入魂の歌唱が、マッケラスの路線と完全な一致を示した名唱である。

ゼーダーシュトレームのヒロインは、すでにこの不老不死の霊薬の実験台にされて、300年以上生き続けることになったオペラ界の花形という特異な役を舞台で何ヶ国語で歌った末に原語挑戦した曲。

その役づくりは規範とすべきものであろう。

ドヴォルスキーの情熱的な歌唱も聴きものだし、チェコのヴェテラン、ジーテクもそのキャリアの重みを感じさせる味わいを醸し出している。

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2009年11月19日


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グラモフォン・レコード賞受賞盤。

ヤナーチェクの7番目のオペラ《利口な牝狐の物語》は、彼が自分を取り巻く森羅万象のすべてに創造の霊感の源を求め続けたことを物語る傑作。

ひとつとして同じ内容のものがないヤナーチェクのオペラの中でも、この「牝狐」はとびきりの傑作だ。

まずウィーン・フィルが断然素晴らしく、流麗でまろやかな夢に膨らむウィーン・フィルの好演と、しかもあくまでもヤナーチェクの音楽の素朴な本質を見失わないマッケラスの指揮も見事。

マッケラスの踏み込みの深い指揮は彼のヤナーチェクのなかでも最高の部類で、その個性的な手法をよく活かしながら、作品の本質に迫る。

歌手の充実ぶりでもこのCDは既存のすべての録音を上回る。

特にポップとランドヴァーがよく、2人による第2場「愛の場面」は傑出している。

牝狐ビストロウシカの性(さが)と宿命を聴き手に鮮明に印象づけたポップの名唱は忘れ難い。

人間の世界と動物の世界との接点に立って狂言回しをやりながら、波乱の人生を体験した末に、晩年の悟りの境地に到達した作曲者の心境を代弁する猟場番役のイェドリチカ以下、チェコから応援のあとの主役・脇役も好演。

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2009年11月18日


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ACCディスク大賞、モントルー国際レコード大賞などを受賞した名盤。

この作品はロシアの作家オストロフスキーの戯曲『嵐』に基づいて、1919年から21年にかけて作曲されたものである。

ヴォルガ河上流の小さな町を舞台に、封建的な家庭に嫁いだカーチャが、抑圧された生活の中で引き起こす、不義と悲惨な死がリアルなタッチで描かれている。

指揮者マッケラスはヤナーチェクの権威者だけに、確信をもってこの作品のもつ独自の美しさと真実味をよく描き出しているし、歌手たちも充実している。

演奏はじかにその核心に迫ろうとする情熱と気迫を感じさせ、ウィーン・フィルもすこぶるこまやかな情感とムードに満ちあふれている。

聴き手はヤナーチェクのオペラのユニークな特質と生命に完全に魅了されつくしてしまう。

特に歌手ではゼーダーシュトレーム(カーチャ)が好演。

ゼーダーシュトレーム以外はチェコの歌手だが、みな大変見事な歌唱で絶賛を捧げたい。

ウィーン・フィルの起用も成功で、ヤナーチェク・オペラのオーケストラの豊かな表現力を存分に生かしている。

なおこのCDではマッケラスがブルノで発見したという2つの間奏曲が加えられていて効果をあげている。

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2009年11月17日


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マッケラスは人も知るとおり、ヤナーチェクの権威で、このウィーン・フィルを振った演奏は既に定評のあるところ。

マッケラスは、ヤナーチェクを最も得意としている指揮者だけに、熱い生命のほとばしりがある。

マッケラス盤は1980年になってデジタル録音された。

スケールの大きさのなかに、熱っぽい語り口に満ちた演奏内容である。

聴き手をいやがうえにも興奮させる演奏だ。

決して華やかすぎず、かといって朴訥一方の演奏でもなく、ウィーン・フィルの美質を生かした洗練味、彼の大きなセールス・ポイントであろう。

中庸の表現で人を説得するというのは、実に凡手ではないことの証明であろう。

ヤナーチェクの音楽に深く傾倒していたマッケラスならではの、作品への強い共感に支えられたような演奏といえよう。

ウィーン・フィルの好演も特筆され、その底力のある表現力が過不足なく生かされている。

特に金管と弦のメロウなブレンディングはウィーン・フィルならではの美しさである。

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2009年07月03日


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蘭エディソン賞、グラモフォン・レコード賞を受賞した名盤。

ヤナーチェクのオペラを聴くならまず「イェヌーファ」からというのが常道だろう。

イギリスの名指揮者マッケラスはチェコで学んだこともあり、ヤナーチェク復興に大きな足跡を残している。

ウィーン・フィルとの一連のヤナーチェクのオペラ録音シリーズは、いずれも高い水準と非凡な魅力を持っている。

ヤナーチェクの主要な作品の現在までのところ最も信頼できる版の作製に努めているマッケラスは、初演の直後にヤナーチェク自ら改訂した最終稿を用いながら、そこへたどり着くまでになぜか削除された序曲やオリジナル版の音楽を加えるなど、「イェヌーファ」の最も純粋な原型の再現を意図している。

演奏もヤナーチェクの音楽の魂を率直に力強く表現したもので、これまでにない深い感動をおぼえる。

マッケラスの指揮は作品への愛着と共感に根ざした踏み込みの深いもので、登場人物の一人一人に生命を吹き込んでいる。

ゼーダーシュトレームのイェヌーファ、ランドヴァーの教会のおばさんなどを揃えた配役も万全で、それにイェヌーファをめぐる対照的な性格の2人の男性、血のつながらない兄弟同志でもあるラツァとシュテヴァを演じるオフマンとドヴォルスキーは、これ以上望み得ない適材適所の配役で、作品への愛着と共感に根ざしていて、マッケラスの名指揮に花を添える。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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