コンドラシン

2019年06月11日


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キリル・コンドラシンがコンセルトヘボウ管弦楽団を振ったCD3枚分のライヴ録音集のターラ盤の1枚。

1979年3月1日のシベリウスの交響曲第2番ニ長調及び翌80年11月20日のシューベルトの劇付随音楽『ロザムンデ』から序曲、間奏曲第3番、バレエ音楽第2番を収録している。

当時の彼はまだフィリップスとの継続的な契約に至っていなかったため、遺された音源はコンセルトヘボウとのセッション録音が僅かに1曲、客演時代のライヴを合わせてもCD11枚分に過ぎないが、コンドラシンの典型的な演奏を堪能することができる上に、音質にも恵まれている。

いずれもテンポ設定は比較的速めだが、細密画のように精妙に仕上げた色彩感とオーケストラの重心の低さが、それぞれの作品の音楽美学を手に取るように再現されている。

このライヴもオーケストラの名門コンセルトヘボウの力量を示す充実したサウンドと、コンドラシンによって導かれる絶妙なダイナミズムの変化が聴きどころだ。

ウィンド・セクションの音色が意外に渋いが、アンサンブルの精緻さではヨーロッパでもトップクラスの余裕と貫禄をみせている。

シベリウスでは決して情熱が自由に迸り出るような即興的な演奏ではないが、輪郭のすっきりした造形美がオーケストレーションの立体的な音像を聴かせている。

勿論フィンランドの民族音楽も垣間見ることができるが、それはあくまでもシベリウスの作法のエレメントとしてだろう。

そこにはコンドラシン一流のスコアへの怜悧な読み込みと構成美が感じられ、またシベリウスが交響詩のジャンルで開拓したような映像的でスペクタクルな効果にも不足していない。

終楽章の後半で徐々にクレッシェンドを重ねて緊張感を高めていくクライマックスも感情的ではなく音楽の必然性を感じさせる。

ちなみに同メンバーのシベリウスは第5番のライヴも残されているが、現在このフィリップス盤は入手困難になっている。

シューベルトの『ロザムンデ』の序曲は劇付随音楽としてはむしろ立派過ぎるくらいのシンフォニックなスケール感の中に描かれていて、さながらシューベルトの交響曲の一楽章のようだ。

また名高い間奏曲に聴かれるあざとくないシンプルな抒情の表出も効果的だ。

6曲のうち3曲のみの抜粋版だが一聴の価値はある。

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2019年06月06日


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キリル・コンドラシン(1914-1981)が晩年にコンセルトヘボウ管弦楽団と演奏したアムステルダム・ライヴ音源がターラ・レーベルから3枚のCDで個別にリリースされているが、いずれも客席からの咳払いが聞こえる以外録音状態は極めて良好で、音質に恵まれたステレオ録音になる。

このディスクは昨年リマスタリングされジャケットのデザインを一新したリイシュー盤で、1979年11月29日のコンサートからマーラーの交響曲第7番が収録されている。

ライナー・ノーツにはコンドラシンと楽曲についての簡易な日本語による解説が掲載されている。

ちなみにこのシリーズはフランクの交響曲とベルリオーズの劇的交響曲『ロメオとジュリエット』抜粋1枚、シベリウスの交響曲第2番及びシューベルトの劇付随音楽『ロザムンデ』よりの1枚で完結している。

モスクワ生まれのコンドラシンは1978年にオランダに亡命し、コンセルトヘボウ管弦楽団の常任指揮者として西側での目覚しい音楽活動を開始した。

旧ソヴィエト時代から既にショスタコーヴィチの交響曲全集とマーラーの交響曲選集をメロディアにレコーディングしている。

奇しくも彼の最後のコンサートがやはりマーラーの交響曲第1番で、マーラーがコンドラシンにとって極めて重要なレパートリーだったことが証明されている。

第7番は5楽章構成の大曲だが、かろうじて第1楽章が調性の変化が曖昧なソナタ形式の名残りを残している。

第2楽章と第4楽章にナハトムジークの表示がある以外には楽章間の繋がりが稀薄な上に、交響詩のようなストーリー性も欠いているため、凡庸な演奏ではとりとめもない散漫な印象を与えかねない。

コンドラシンは比較的速めのテンポ設定で緊張感を逸することなく、テノール・ホルンやギター、マンドリン、カウベルなど通常のオーケストラでは使われない楽器にも雄弁に語らせる色彩感覚にも優れた手腕を示している。

そこにはダイナミズムの絶妙なバランスも窺わせている。

至るところに現れるヴァイオリン、ウィンド、ブラス及びパーカッション・セクションのソロの部分ではコンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者達の面目躍如で、そのサウンドは決して派手ではないにしても伝統の重みと余裕を感じさせているのは流石だ。

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2019年05月12日


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キリル・コンドラシンはショスタコーヴィチの交響曲第13番『バビ・ヤール』を生涯に5回録音しているので、このライヴが最後のものになる。

1962年の初演時には降板したムラヴィンスキーに替わってその重責を果たして大成功を勝ち得たのだが、それ以降ショスタコーヴィチの作品の最良の理解者として交響曲全集を始めとするオーケストラル・ワークやオラトリオの名演を遺してくれた。

ちょうどコンドラシンが『バビ・ヤール』を初演してから18年後となる1980年12月18&19日のバイエルン放送交響楽団との伝説的なライヴは、偶然と言われているが、全く同日の18年後であるこの演奏は翌年3月にアムステルダムで急逝したコンドラシンの遺言とも言うべき録音であり、『バビ・ヤール』の西側での録音としては、未だ並ぶものがないほどの超絶的な名盤である。

原作になるエフトゥシェンコの詩『バビ・ヤール』には旧ソヴィエト体制化のユダヤ人迫害を仄めかす部分が当局の検閲にかかって、初演の前から演奏家にも圧力が加えられ、ソロを歌うバス歌手も降板が相次いだといういわくつきの作品だ。

初演と2日後の再演はオリジナル版で演奏されたが、それ以降は歌詞を変えない限り上演禁止という措置が強制された。

実際メロディアからリリースされたコンドラシンのショスタコーヴィチ交響曲全集には改訂版が収録されているが、このディスクは幸い初演時に戻されたスコアが採用されている。

初演時のエフトゥシェンコの歌詞は、後のメロディアへの録音時には改訂版の使用を余儀なくされたため、ここで使用されているオリジナルの歌詞による演奏は一層価値がある。

この演奏は5種類の中ではライヴながら最も音質に恵まれ、ショスタコーヴィチによって緻密に仕上げられたオーケストレーションを細部まで聴き取ることが可能だ。

コンドラシンに率いられたバイエルン放送交響楽団も非常に精緻かつドラマティックで、一朝一夕のやっつけ仕事でないことは明らかだ。

彼はどのオーケストラとも徹底的に稽古をする指揮者としても知られていたが、そうした音楽的な厳しさもひしひしと感じられる。

またソロを歌う英国のバス歌手ジョン・シャーリー=カークとコーラスもロシア語に挑戦した原語上演であることも好ましい。

1962年ののっぴきならない逼迫した緊張感には及ばないとしても、作曲家の意志を貫いた鮮烈でスペクタクルな再現であることに違いない。

重々しく始まる冒頭から一貫してコンドラシンの強い主張と一種独特なテンションが持続されており、聴く者の心を鷲掴みにせずにはおかない驚異的な演奏だ。

ライナー・ノーツにはアルファベット表記のロシア語に日本語対訳が掲載されている。

尚リリース元のタワーレコードからはこのレギュラー・フォーマット盤の他にSACDバージョンでも入手可能だ。

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2019年04月10日


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ロシアを代表する巨匠指揮者コンドラシンが1981年に南西ドイツ放送交響楽団を指揮してマーラーの交響曲第6番『悲劇的』を演奏したアルバムは、彼が世を去る2ヶ月ほど前にバーデン=バーデンで行われたライヴの模様を収録したものである。

コンドラシンは旧ソヴィエトのオーケストラとマーラーの第2番及び第8番を除く交響曲集を録音しているが、当時の西側に活動の本拠地を移してからも、機会に応じて頻繁にマーラーを採り上げている。

このディスクは2011年にリリースされたCDのライナー・ノーツの表紙を一新したリイシュー盤で、1981年に制作された放送用音源だったためか、音質では78年のレニングラード・フィルとの録音よりはるかに優っている。

レニングラード・フィル盤も極めて緊張感に満ちた迫真の内容を聴かせていたたが、この南西ドイツ放送交響楽団盤は、前回との比較では、全曲で2分半ほど演奏時間が拡大した結果、細部のより克明な表現が印象的な仕上がりとなっている。

手元にあったハイティンク、コンセルトヘボウ、クーベリック、バイエルン放送交響楽団及びアバド、ベルリン・フィル盤と聴き比べてみたが、コンドラシンが一切の弛緩を許さない、恐るべき緊張感の中に音楽の必然性を感じさせて卓越している。

クーベリックも激情的な演奏だが、オーケストラのやや強引な牽引という印象を否めない。

勿論アバドの極彩色で華麗な音像絵巻のように仕上げた、巨大なスケールのベルリン・フィルの演奏もマーラーの壮大な音楽的構想を映し出していて素晴らしい。

演奏時間をみてもコンドラシンが最も短く、全曲を通して68分ほどだが、第1楽章から立ち上がりの凄まじさを聴かせながら、終楽章は他の指揮者を圧倒して25分と破格に速い。

また多くの指揮者はスケルツォを第3楽章に入れ替えて第4楽章との相乗効果を狙うが、彼はクーベリックと同様に緩徐楽章アンダンテを第3楽章に置いて、フィナーレとの対比を図っている。

アンダンテはマーラー特有の半音階を使った詠嘆調のメロディーが同時期に作曲した『亡き子を偲ぶ歌』の死生観と相通じていることを感知させるが、ここでのコンドラシンは緊張感を保ちながら比較的落ち着いて歌わせている。

この作品のオーケストレーションではシロフォン、銅鑼、ベル、カウベル、ハンマーやスレイベルなどおよそありとあらゆる打楽器を取り入れた多彩なパーカッション群のサウンドも、殆んど狂気と紙一重のマーラーの精神状態を反映していて興味深い。

特に終楽章で波状的に現れる、荒れ狂う疾風怒濤のような曲想では、コンドラシンは南西ドイツ放送交響楽団の機動力をフルに活用して、全く破綻のないクライマックスを築き上げている。

1981年3月7日、コンドラシンは急遽テンシュテットの代役として、アムステルダムのコンセルトヘボウでハンブルク北ドイツ放送交響楽団を指揮し、マーラーの交響曲第1番を演奏したのを最後に、演奏会終了後に心臓発作を起こして帰らぬ人となってしまったが、最後の演奏会のプログラムが他ならぬマーラーであったというのも、この名匠のなんとも象徴的な最期としてあまりに有名だ。

かつては演奏機会も限られていたマーラーの音楽がポスト・スターリン時代になってようやく一般的になり始めたばかりの旧ソビエトで、マーラー受容を牽引する役割を担った第一人者がコンドラシンであった。

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2017年11月16日


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旧ソヴィエトからの亡命指揮者キリル・コンドラシンのオーケストラル・ワークはメロディア・レーベル以外にも西側でのRCAやデッカに貴重な音源が遺されている。

指揮者としてはまだこれからという時期に67歳で突然死した彼の死因についてはソヴィエト当局がらみの暗殺説もあるようだが、それまでの精力的な演奏活動の中には決定的な名演も少なからず存在する。

この9枚は過去にリリースされた複数のレーベルへのセッション、ライヴからピックアップされ、スラヴ物は勿論ラテン系、ゲルマン系の作品への優れた解釈を俯瞰することができる殆んど唯一のセットだ。

ただし彼にとって最も重要なショスタコーヴィチが組み込まれていないので交響曲全集についてはヴェネツィア・レーベルの12枚組が必聴盤だろう。

ここでもオーケストラを厳格かつ精妙に扱いながら表出する深い抒情を湛えたリリシズムや漲る高揚感にはコンドラシンならではの手法が横溢していて、ファンであれば聴き逃せないレパートリーがまとめられている。

CD1のラヴェルやドビュッシーでは精緻だがいくらか雰囲気が厳し過ぎて、フランスの音楽特有の遊び心がもう少し欲しいところだが、CD2の2種類のラロのスペイン交響曲では非常に均整のとれた構成感が感じられる。

またトラック1から4の演奏はソリストにコーガンを、CD1のフランクの交響詩『鬼神』ではリヒテルを迎えていて、彼らの貴重な協演も聴きどころだ。

コンドラシンの得意としたミャスコフスキー、カセッラやシチェドリンなどの20世紀の作品も少なからず収録されている。

その中でもモノラルながらカセッラには彼の先鋭的な感性が反映されているし、プロコフィエフの『古典』は機知に富んだ快活さがひときわ心地良い。

CD6はRCAリヴィング・ステレオの1枚としてリリースされたものだけに、1958年のセッションだが鮮明なステレオ録音で、スラヴ系作曲家達の才気煥発のアルバムになっている。

リムスキー=コルサコフの『スペイン奇想曲』フィナーレでRCAヴィクター交響楽団のブラス・セクションを極限まで咆哮させる迫力もアメリカのオーケストラの面目躍如だ。

最後のラフマニノフはスペクタクルな表現にも見事な手腕をみせたコンドラシンの指揮者としての多彩さを示している。

例によってヴェニアスのボックス・セットにはライナー・ノーツもなければ、MADE IN EUの表記の他にはリリース元のサイトや住所も書かれていない。

しかし実際にはヨーロッパ市場には全く出回っていない商品なので日本人向けのレーベルであることが想像される。

特に新しいリマスタリングの表示はなくモノラル、ステレオが混在していてボリューム・レベルも録音によってかなりの差があることは否めないが、音質は良好で興味深い企画とコストパフォーマンス的にもリーズナブルなのが嬉しい。

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2015年06月30日


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2014年はモスクワ出身の名指揮者キリル・コンドラシンの生誕100周年に当たる。

コンドラシンは1978年のコンセルトヘボウ客演の際にオランダに政治亡命して西側での音楽活動を本格的に始めた矢先の1981年3月8日に突然他界した。

その死には当局がらみの暗殺説も浮上している。

コンドラシンは既に1958年のチャイコフスキー・コンクールで優勝したヴァン・クライバーンの凱旋公演にも随伴していて、冷戦時代の旧ソヴィエトの指揮者の中ではいち早く西側での演奏を実現した人だ。

このSACDに収められた音源はいずれも今回が初めてのリリースではないが録音も保存状態も極めて良好で、リマスタリングによって奥行きと立体感の感じられる音響が蘇っている。

『バビ・ヤール』はモノラル・ライヴ、カンタータ『10月』の方はステレオ・セッション録音になる。

交響曲第13番『バビ・ヤール』はユダヤ人虐殺が行われたウクライナの地名をタイトルに持ち、ロシアに受けつがれる反ユダヤ主義を非難する内容となっている。

旧ソ連ではタブーのテーマだったゆえ反体制的とみなされ、1962年12月の初演の際にも演奏者に当局から圧力がかかったとされている。

この録音は世界初演の2日後の再演時のライヴであるが、出演者もほぼ同じで、ショスタコーヴィチも臨席、緊張が生々しく伝わってくる。

当初はショスタコーヴィチの多くの作品の初演を手がけていたムラヴィンスキーが指揮する予定だったらしいが、ソヴィエトのユダヤ人差別政策を仄めかす詩の内容が検閲に引っかかり、ムラヴィンスキー降板の後もこのコンサート以降の音楽活動への影響を恐れて土壇場まで歌手の入れ替わりが続いたようだ。

当時のコンドラシンは当局からの執拗な妨害にあって苦境に立たされていた筈だが、逆に言えばそうした状況にあってこの凄まじいまでの集中力に支えられた初演が可能だったのかも知れない。

コンドラシンは作曲家の抉り出した心理描写と映像のように浮かび上がる情景を音像として驚くほど冷静に、しかしまた劇的に表現し切っているし、モスクワ・フィルも流石に巧い。

バス・ソロを歌うグロマツキーは朴訥として器用な歌手ではないが、詩の表す陰鬱で悲愴な情感は良く出していて、この危険な役回りを引き受けたことを潔しとしたい。

ショスタコーヴィチ本人を始めとする初演遂行側の表現の自由に賭けた熱意と圧迫を受けていた人道的思想の発露が漕ぎ着けた初演は大成功を収めたと伝えられているが、結果的に考えるならば後の政治亡命も起こるべくして起こったと言わざるを得ない。

コンドラシンはこの作品初演成功後、交響曲第4番やオラトリオ『ステンカ・ラージンの処刑』の初演も飾っている。

一方プロコフィエフのカンタータ『10月』は、帝政ロシア崩壊に至る一連の事件から10月革命20周年を記念した曲で、ここでもコンドラシンは冷徹に音楽的バランスを熟慮してそれぞれの部分の強烈な個性を的確に捉えているが、何故かここでは第1、2、4、7、9部のみの尻切れトンボで収録されているのが残念だ。

一般に風変わりなオーケストレーションと合唱、モノローグによるグロテスクな奇曲という評価だが、プロコフィエフの作曲技法はかえって洗練された鋭利さを感じさせる作品だと思う。

プラガのデータについては鵜呑みにできない怪しげなところが無きにしも非ずだが、交響曲第13番については1962年12月18日に初演が行われ、この音源は同年12月20日の同一メンバーによる再演ライヴから収録されたものらしい。

プロコフィエフの方は1966年5月5日のセッションと記載されている。

ライナー・ノーツには『バビ・ヤール』のみだがロシア語のローマ字発音表記の歌詞に英語対訳が付けられている。

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2015年01月22日


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世界初のショスタコーヴィチ交響曲全集である。

ハイティンクの全集には、ロシア訛りがなくて物足りない、という人には、最適の全集であろう。

もっとも、コンドラシンの演奏は、ロシア臭だけが売り物のローカルなものでなく、いずれも非常な熱演で、純音楽的にも高い水準である。

全集完成に13年を費やしているため、演奏や録音に多少のムラはあるが、1人の指揮者が同じ楽団で、1人の作曲家の生涯の仕事を追うのは意義深いことだし、コンドラシンが、楽曲を端正・率直に表出して、豊かな音楽を歌い出す指揮者であることも適任だったと言える。

コンドラシンといえば、ショスタコーヴィチ交響曲の2つの問題作、すなわちオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」などに対して始まった当局の批判をかわすために作曲者自らが上演を取りやめた「第4」、ユダヤ人迫害というソ連政府にとって蓋をしておきたい問題提起にムラヴィンスキーが初演指揮を辞退した「第13」の気骨ある初演指揮者として、作曲者と深い心の絆で結ばれていた。

だから、と言えばこじつけのように聞こえるかもしれないが、この2曲に関して、コンドラシンの録音を無視するわけにはいかない。

「第4」は、歴史的な初演直後の録音であるが、それにしても素晴らしい作品だ。

大衆性とは無縁ながら、インスピレーションの豊富さ、斬新さ、奇抜さという点では、次作「第5」をも遥かに上回る。

終楽章の後半、ドロドロと轟くティンパニに続くトランペットの強烈な不協和音では、一瞬、地球が軌道から外れたような衝撃が走る。

コンドラシンはそうした常識で計れない作品の魅力を深部で捉え、見事に音にしており、これ以外の表現が考えられないほど的確な構築の名演だ。

有り余るエネルギーを内に湛えつつ、抑制された語り口に始まりながら、徐々に熱を帯びてくる恐ろしさ、時折、顔をのぞかせる狂気など、一級の演奏芸術作品となっているのである。

余談ながら、ムラヴィンスキーが「《第5》以前の交響曲は指揮しない」として、この傑作を無視し続けたことは、まことに残念だ。

「第13」は、1968年の録音だが、初演者としての自信と使命感に裏打ちされた立派な演奏だ。

凍てつく大地をも揺るがすようなエイゼンの独唱とコーラスは、まさにロシアの男声はかくあるべし、と思わせる。

スタジオ録音とは思えないほど緊張感の持続した演奏であるが、音質がいまひとつなのは惜しまれる。

「第8」の凄絶さも群を抜いているが、ムラヴィンスキーにだけは敵わないようだ。

残る13曲も水準を超える演奏である。

オーケストラの耳を突き刺す大音響が、ときに煙幕となって作品の理知的なフォルムを曇らせてしまうこともあるけれど。

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2014年04月06日


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本盤のような演奏を歴史的名演と言うのであろう。

クライバーンが、旧ソヴィエト連邦の威信をかけて行われた記念すべき第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝した直後に行われたスタジオ録音ではあるが、ここでは、コンクールでの優勝の興奮が支配しているように感じられてならない。

当時のクライバーンの超絶的な技巧と、途轍もない生命力が凄まじいまでの迫力を見せ、あたかもライヴ録音であるかのような熱気に満ち溢れているからだ。

このチャイコフスキーに一貫しているのは溌剌とした太陽のような輝きである。

それは単に辣腕の名手が聴かせるドラマティックで、エネルギッシュな熱演というだけではない。

抒情的で詩的なフレーズにも太陽の恵みを受けたかのような誇らしい高揚感があり、それが聴き手をどこか晴れやかな幸福感に誘ってしまうという稀に見る演奏となっている。

停滞せずに常に前に駒を進めていく演奏、しかもそこには即興性があり、それが演奏をさらにスリリングで、緊迫感溢れるものにしていく。

それでいて決して不自然でも作為的でもない、聴き手を紛れもなくチャイコフスキーの世界に誘い、陶酔させていく奇跡的名演なのである。

当時、ソヴィエト連邦の気鋭の指揮者であったコンドラシンの指揮も圧倒的であり、数あるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の名演の中でも、トップの座を争う名演と高く評価したい。

コンクールの審査員には、リヒテルやギレリスなど錚々たる顔ぶれが揃っていたとのことであり、今から思えば政治色が審査に反映されなかったことは奇跡のような気もするが、これらの面々に絶賛されたというのも当然のことのように思われる。

残念なことであるが、クライバーンはこの時が一番凄かった。

近年では、自らの名前を冠するコンクールの名前のみで知られるピアニストに甘んじているのははなはだ残念なこととは思うが、それでも、このような歴史的名演を遺したことは、後世にもクライバーンの名前は不滅であることの証左と言えよう。

XRCD化による高音質化効果は凄まじいものがあり、金管楽器などに音場の狭さを感じるが、ピアノのリアルな音など、眼前で演奏が行われるかのような鮮明さだ。

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2014年03月06日


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チョン・キョンファが鬼才コンドラシンと1979年に共演したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と、デビュー間もない頃の1972年に名匠ケンペと共演したブルッフの「スコットランド幻想曲」の録音。

ベートーヴェンは初出時、コンドラシン&ウィーン・フィルの初顔合わせ、さらにチョン・キョンファとの初コンビでも話題となった。

輝くばかりの音色と情熱的なアプローチで音楽の核心に肉薄するチョン・キョンファ。

このベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲でも入魂の演奏を聴かせてくれる。

遅いテンポで丁寧に情を通わせたベートーヴェンで、その中にチョンならではの深い表現が見られる。

やや線の細さはあるものの、緻密で磨き抜かれた音は美しい艶を帯び、フレージングにも硬さがなく、伸び伸びと、しかも強い集中力を反映させている。

聴き手に極度の緊張を要求し、享楽的な要素のほとんど感じられない、一途不可逆なひたむきさは、あるいは最も日本人の感性に適した演奏と言えるかもしれない。

刀の上を渡る曲芸や綱渡りを思わせるスリルが、チョンの演奏には確かにある。

コンドラシンの指揮も魅力があり、ウィーン・フィルの緊張感漲るドラマティックなサポートも万全。

彼の堂々たる解釈は骨太の音楽を形づくっており、力強く、優美で威厳がある。

カップリングのブルッフ「スコットランド幻想曲」は、チョンの名声を確立した録音で、その演奏は説得力に富んでいる。

強靭な意志が美しい緊張感を生み出し、緩急自在なフレージングはハイフェッツに次ぐ。

ケンペの指揮も力強く、風格がある。

いずれもデッカの優秀録音が音楽的で、サウンドそのものに音楽性を感じさせる。

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2013年07月13日


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最近では、SACDとSHM−CDを組み合わせた盤が登場したことから、やや影が薄くなった面もあるが、従来CDということになれば、やはり、このXRCDとSHM−CDを組み合わせたCDがダントツの高音質と言えるだろう。

本盤については、数年前にXRCD盤が出ており、それも高音質であったが、鮮明さや音場の広がりにおいて、本盤の方に一日の長があると言える。

1950年代後半という、ステレオ録音初期の音源を、これほどまでに鮮明に再現されるのには大変驚かされた。

マスターテープの保存状態もかなり良かったものと拝察されるが、この時代の後のCDでも、音質の劣悪なものが出回っているのを見るにつけ、それらのCDも、マスターテープに遡ったリマスタリングを実施して欲しいと願う聴き手は筆者だけではあるまい。

演奏も、超をいくつも付けたくなるような名演だ。

コンドラシンの覇気のある骨太の演奏は選曲のマッチングと相俟って、楽しいアルバムを生み出している。

コンドラシンが、ソヴィエト連邦の国外ではいまだ無名の時代のものであるが、後年の発展を予感させるに十分な圧倒的な指揮ぶりと言えるだろう。

両曲ともに、曲想が目まぐるしく変化するが、各場面毎の描き分けも見事で、終結部に向けての猛烈なアッチェレランドの激しさは、スタジオ録音とはとても思えないほどだ。

最新録音に優るとも劣らない驚異の音質で、まさに時空を越えて蘇った不滅の名演・名盤と言えよう。

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2010年06月25日


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コンクールには賛否両論があるが、才能発掘の点で成果をあげたのは事実。

この名盤もコンクール直後に生まれた。

アメリカのクライバーンなる無名の青年がソ連が推す名うての若手演奏家を出しぬき、それもロシア人の心の調べともいうべきチャイコフスキーの《ピアノ協奏曲》を弾いて、第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝してしまったのである。

今から思えば政治色が審査に反映されなかったことは奇跡のような気もするが、その凱旋公演と同時期に収録されたこのチャイコフスキーに一貫しているのは溌剌とした太陽のような輝きである。

それはただ単に辣腕の名手が聴かせるドラマティックで、エネルギッシュな熱演というだけではない。

抒情的な詩的フレーズにも太陽の恵みを受けたかのような誇らしい高揚感があり、それが聴き手をどこか晴れやかな幸福感に誘ってしまうという稀に見る演奏になっている。

停滞せず常に前に駒を進めていく演奏、しかもそこには即興性があり、それが演奏をさらにスリリングで、緊迫感あふれるものにしていく。

それでいて決して不自然でも作為的でもない、聴き手を紛れもなくチャイコフスキーの世界へと誘い、陶酔させていく奇跡的名演なのである。

ロシア人指揮者コンドラシン(1914-81)はフルシチョフの特別のはからいでアメリカ行きが許されたというが、楽天的開放感に傾きがちの若きピアニストの手綱をしっかりと引き締め、きわめて密度濃い演奏を作り出している。

指揮者の貢献度も大きかったのである。

一方、ラフマニノフも、誠実で屈託のない表現が魅力的な演奏で、憂愁よりも、フレッシュなセンスが表に立った名演。

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2009年01月05日


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1981年3月7日に急逝したコンドラシンとアルゲリッチの唯一の共演盤。

アルゲリッチがコンドラシンと共演したライヴ録音は、アルゲリッチの奔放な情熱が存分に発散された熱っぽい演奏であり、そのライヴならではの生々しい雰囲気と緊張感にあふれた演奏が聴き手を圧倒する。

速めのテンポをとりながら、女性とは思えないような、たくましく力強い表現をおこなっていて、アルゲリッチの即興的な芸風がいっそう鮮明に表れている。

アルゲリッチのピアノは、たんにライヴだからということだけでなく、多彩な表現力をもっており、その生々しいまでの感性の冴えはなんとも素晴らしく、力強さの点でも不足はない。

その閃きに満ちたピアニズムが、聴き手を巻き込んでしまう。

第1楽章序奏部は硬質のタッチが音楽にぴったりで、和音の鳴らし方も素晴らしいが、まことに表現が多彩で、一見気分のままに流れているようにみえて、実はスコアの意味をよく知りつくしている。

第3楽章も目のくらむような表現で、曲の終結では最高のスピード感で全体をしめくくる。

アルゲリッチの持ち味が強く前面に押し出された熱演のひとつである。

コンドラシンの指揮はどっしりとしていて力感あふれるもので、いきり立たず、しっかりとアルゲリッチを支えているところがよく、しかも壮大で力があり、切れもよく申し分ない。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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