カッチェン

2019年08月10日


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42歳で早世した天性のピアニスト、ジュリアス・カッチェンが30代後半に録音したブラームスのピアノ・ワーク集で、総てのピアノ曲を網羅した全集ではないが、6枚のCDからなるボックス・セットには幸い代表作の殆んどが収録されている。

例えばバッハからの編曲になる『左手の為のシャコンヌ』を含む5つの練習曲や、その他数曲に関しては省かれている。

いずれも1962年から65年にかけての、カッチェン30代後半の全盛期の録音で、彼の典型的な演奏スタイルが映し出されているだけでなく、短かった生涯を駆け抜けるように精力的に生きた彼の芸術に触れるには絶好の曲集だろう。

カッチェンの作品に対する真摯な態度とその奥に瑞々しい詩的な感興を行き渡らせた演奏によって、今日も尚、ブラームスのピアノ曲における1つの指針としての価値を持つ。

そして何よりも指摘しなければならないのは、どの音にもピアニストの音楽に対する感動が生き生きと投影されていることだ。

それは、ある時にはブラームスの若々しい叙情性を引き立てているし、また時には老作曲家のささやかな旋律にしっとりとした詩情を与えている。

今、技術的にはこの上をゆくピアニストはいくらでもいるだろうが、こんな演奏を聴かせてくれる人はそうざらにはいない。

この曲集のなかでもメインは3曲のソナタと5曲のヴァリエーションになるが、そのほかのバラードやラプソディーなどの小品でもカッチェンは嫌味のない真摯な演奏を聴かせてくれる。

基本的に彼の解釈は率直かつシンプルなもので、どんなに大曲であってもくどくならないし、非常に幅広いダイナミズムを駆使して、超絶技巧で猛進するような覇気と沈潜した静寂とが少しも不自然にならずに表現されている。

また注意深く控えめなペダリングで常に明晰な音を保っているのも特徴的だ。

特に3曲のピアノ・ソナタをこれだけ鮮烈に弾ききった演奏も珍しい。

最後のCDのハンガリー舞曲集では豪快で奔放な指さばきを披露して楽しませてくれる。

同舞曲の第11番から第21番まではフランスのピアニスト、ジャン・ピエール・マルティとの連弾になる。

当時のデッカの録音技術も概ね満足できるもので、ごく一部に音の歪みが聞かれる程度で全体的に時代の経過はそれほど感じさせない。

尚1枚目のアンダンテニ長調、インテルメッツォロ短調、そしてアンダンテ・コン・モートロ長調の3曲のみがモノラル録音になる。

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2019年04月26日


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ジュリアス・カッチェン(1926-1969)のブラームスのソロ作品については既に評価の高い6枚組のボックスがあったが、デッカへの録音全集は初めての企画で、ファンのみならず入門者にとってもバジェット・プライスによるボックス化が魅力だろう。

カッチェンの演奏には鋭利なタッチと幅広いダイナミズムが怜悧にコントロールされる部分と、それとは対照的に自由奔放で突き進むような即興性が共存している。

このセットでもモーツァルトでは洗練されたシンプルなリリシズムが美しいが、バラキレフの『イスラメイ』ではスリルに満ちたヴィルトゥオジティの披露にもずば抜けたサンプルを遺している。

それらは彼の類い稀な表現力によって相反することなく濃密なピアニズムを創り上げているが、常に明晰なアプローチでオリジナリティーを引き出すことを信条にしていたピアニストだけに、聴き古されたスタンダード・ナンバーでも、嫌味のないフレッシュで機知に富んだ解釈が特徴的だ。

カッチェンの神童期から磨いてきた技巧と知性に基づく壮健な解釈は、スタンダードな独墺の古典とロマン派に向いていた。

彼は爛屮蕁璽爛甲討瓩箸靴凸召鮹擇擦燭、これみよがしのテクニックでねじ伏せたり、自己陶酔的に押しつけたりはせず、終始、理知的に整然と演奏しながらも、深い洞察に満ちたデリカシーがじんわりと浮かび上がってくる。

勿論、超人的なテクニックがそれを支えていることは確かで、難曲で知られる『パガニーニの主題による変奏曲』など少しも力みがなく、殆どノー・ミスでサラリとこなしてしまうし、また巨大なピアノ協奏曲第2番では、ヴァイタリティに溢れたピアニズムで余裕綽々とオケに絡んでいる。

カッチェンはかつてないほど精密に、しかも美しくブラームスを鳴らすことができたが、そればかりでなく、すべてを見通し音楽を最後まで弛緩させることなく強力に押し進める集中力が漲っている。

さらには、彼の知的な素養からくるであろう文学性や詩的な感受性が過不足なくこれに加味され、比類のないブラームス演奏を成しているのである。

ベートーヴェンとモーツァルトのピアノ協奏曲も傑出しているが、前者では隅々までディテールがクリアーに立ち上がり、きわめてポジティヴな姿勢と相俟って、活力に溢れた若々しさが顕著、台風一過の爽やかさを思わせるものがある。

一方のモーツァルトでも、タッチの端正さは絶品で、何か物に憑かれたような張り詰めた表現が求心力を生み、一気に持っていく。

尚ヴィトゲンシュタインの委嘱作品になるブリテンの『左手のためのディヴァージョンズ』はプラガのリマスタリング盤の方が音質に優れているが、ムード変化激しく機知縦横のピアノ・パートをカッチェンが切れ味のいいテクニックで鮮やかにさばいている。

短かった生涯を精力的な演奏活動に捧げたカッチェンは同一曲を複数回録音していて、このセットでもベートーヴェンの『ディアベッリ変奏曲』を始めとする多くのレパートリーで2種類の音源を聴き比べることができる。

またアンサンブルにおいても高い音楽性を示した素晴らしい録音がデッカに集中して遺されているのも幸いだ。

スークと組んだブラームスのヴァイオリン・ソナタ集やシュタルケルが加わる同じブラームスのピアノ・トリオ集は現在でも最良の演奏のひとつに数えられるだろう。

カッチェンが20歳でパリに行き、直ちに彼の演奏が受け入れられてしまったのいうのは驚嘆に値する。

爛僖蠅僕茲織▲瓮螢人瓩箸い辰進珍しさからくる一過性の人気や評価ではなく、ヨーロッパ音楽の伝統や精神を真芯で捉え、正攻法でしかも鮮やかに表現しえたところに彼の最大の勝因がある。

カッチェンほどのステイタスで、パリを本拠にヨーロッパで地盤を築いたアメリカのピアニストは、彼の前にもなく後にもない。

40の声をきかないうちに、カッチェンは早くも最初の円熟期を迎え、肺癌のため42歳という働き盛りに世を去ったことは、楽界の一大損失として哀惜された。

88ページほどのライナー・ノーツにはインターナショナル・レコード・レビューのジェド・ディストラーによるカッチェンのキャリアが英、独、仏語で掲載され後半は収録曲のカタログになっているが、ボーナスCD36のデータはジャケットの裏面のみに表示されている。

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2019年04月12日


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カッチェンのピアノ、スークのヴァイオリン、シュタルケルのチェロという名手によるブラームスのピアノ・トリオは音楽的な美しさから言えば現在でも第一線に挙げられる演奏だ。

1967年から68年にかけての録音であるにも拘らず、三者の楽器の音色を生々しく捉えた臨場感のある音質は、当時のデッカの技術水準の高さを証明している。

特に音色の美しさではこのトリオは群を抜いて素晴らしく、また彼らの高い音楽性は馥郁とした薫りを放っていて、聴き手に幸福感をもたらしてくれる。

初めてこれらの曲を聴く方にも躊躇なくお勧めできる。

この3人のコンビの演奏の特色は、ピアノ中心の情感豊かな演奏ということになるだろう。

カッチェンの並外れた演奏技術と音楽の大きさがそうさせるのだろうが、ピアノがやや勝ちすぎの感がなくもない。

ソロの演奏ではエネルギッシュで爽快な印象のあるカッチェンだが、それでもこうしたアンサンブルでは驚くほど抑制を効かせたピアノ・パートに徹している。

トリオ第1番の冒頭の溜息をつくようなピアノの導入に、静かに歌いだすシュタルケルの第一声と、それに重なるスークのヴァイオリンがなんとも素晴らしい。

また第3番のようなドラマティックな曲想の再現でも、彼らはよりリリカルな表現を基本にしているようだ。

CD2枚目の後半では、シュタルケルとのチェロ・ソナタ第2番が入っている。

カッチェンの早過ぎる死によってもう1曲のソナタが録音されずじまいになったのは残念だが、シュタルケルは1978年にジェルジ・シェベックと全2曲のソナタを再録音している。

最後に収められているヴァイオリンの為のスケルツォは、シューマン、ディートリヒとの共作によるヴァイオリン・ソナタの第3楽章をなすもの。

カッチェンがスークと1967年に録音したブラームスの3曲のヴァイオリン・ソナタと時を同じくして行われたセッションのものと思われるが、おそらく収録時間の関係でこちらに入っているのだろう。

カッチェンとシュタルケル、カッチェンとスークの二重奏は録音が古いためか、弦よりもピアノが前面に出てきて、カッチェン主役の傾向を一段と強めている。

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2018年11月28日


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明るい響きに満ちた心優しいブラームスで、吹き抜ける春風のような爽やかさを残す名演だ。

さりげなく流れゆく音楽の中に優しさの滲み出た演奏で、ブラームスはこんなに優しい人だったのか、と認識を新たにさせられる。

それはスーク自身が求めたであろう自然の発露のように感じられ、外側に向かって開かれた開放的で官能的なブラームスだ。

それでいて耽美的なくどさがないのは彼の端正で洗練されたスマートな解釈に負っていると思われる。

当然ながらこうした表現にはスークの明るくしなやかな弦の響きがことのほか適している。

哲学的な深刻さはないにしても詩情溢れた演奏で、この点では曲想を深く掘り下げ、内面に向かって緊張感を収斂させていくシェリングの解釈とは対極をなしているのではないだろうか。

一方伴奏者のジュリアス・カッチェンはスークやシュタルケルなどとしばしば共演してアンサンブルのジャンルでも幅広い活動を行ったピアニストだ。

このブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集はカッチェンの死の2年前、40歳絶頂期の時のサポートで、スークのヴァイオリンを抑制された繊細なアプローチで巧妙に支えている。

情熱をむき出しにすることなく、かといって優しいだけでもない、その一音一音には確かな芯がある。

第1番の第1楽章は構成的にかなり難物で、若手奏者の録音のなかにはうまくいっていないものが多い。

スークは全体の見通しが確かな上に、アダージョ楽章中間部の重音のヴィオラ的な響きも美しい。

豊かなヴィブラートの効いた、芳醇な音色、朗々とした歌、ブラームス特有の渋さ、味わい深さが最も表れている演奏なのではないだろうか。

筆者としても、様々なブラームスのヴァイオリン・ソナタを聴いてきたが、この演奏は聴けば聴くほどに心に染み入ってくるので、一番の愛聴盤になっている。

このソナタ集と同時期、つまり1967年に行われたセッションで両者が採り上げた『F.A.E.ソナタ』からの「スケルツォ」に関しては、同じデッカからリリースされているブラームスのピアノ三重奏曲集2枚組の方に収録されている。

尚この音源はオーストラリア・エロクエンスからのリイシュー盤CDのもので、当時のデッカの録音チームの優れた録音技術を鮮明に蘇らせている。

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2015年10月05日


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さまざまな理由から、右手が困難になったピアニストのために書かれた左手作品を集めたシリーズ第1弾。

このジャンルと言えば挙げられるオーストリアのピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタイン(1887-1961)は、第一次世界大戦で負傷し右手切断というピアニストにとっては致命的な半生を送ることを余儀なくされたが、彼は果敢にも左手のみで演奏することを決意し、楽壇に復帰した。

それ以前は左手のためのピアノ作品なるものはごく際物的な存在でしかなかったが、ヴィトゲンシュタインの委嘱によって当時第一線で活躍していた作曲家達がその可能性を探って書き下ろしの新曲を次々に彼に献呈した。

本盤には、ヴィトゲンシュタインの依頼で作曲されたラヴェル、プロコフィエフ、ブリテンの協奏曲をメインに、スクリャービンとバルトークの小品が収められた魅力的なラインナップ。

それらは音楽的な傾向も趣味や音響も全く異なっていて、中にはプロコフィエフの協奏曲のようにヴィトゲンシュタイン生前中には演奏されなかった作品もあるが、こうして集められると壮観なアルバムが出来上がる。

このCDではラヴェル、プロコフィエフ、ブリテンへの委嘱作品と、左手ソロ用のスクリャービン及びバルトークがそれぞれ1曲ずつ選ばれているが、演奏陣が超豪華。

ラヴェルがフランソワとクリュイタンス、プロコフィエフがゼルキンとオーマンディ、ブリテンがカッチェンと作曲者という定評のある音源であり、さらにガヴリーロフが弾くスクリャービンも未知の音源。

こうした演奏者の充実ぶりにもこれらの左手のための楽曲が決して際物ではない、第一級の芸術作品として評価されていることが興味深い。

いずれも作曲者たちがピアニズムのトリックと職人芸を駆使して両手以上の効果をあげているのが驚きで、左手のためのピアノ音楽をじっくり聴くのに最適なアルバムと言えるだろう。

特にカッチェンがソロを弾くブリテンの『主題と変奏』はヴィトゲンシュタインが称賛した曲だけあって、左手の能力を最大限に引き出した効果的な音楽構成と、ヴァリエーションでの変化の豊かさは際立った仕上がりを見せている。

ごく初期のステレオ録音ながら、作曲者自身の指揮でカッチェンの演奏を堪能できるのは幸いだ。

ひとつだけ残念なのは、この新シリーズで誇っていた音質の良さがこのCDではいくらか劣っていることで、歴史的な録音を集めたアルバムなのである程度は致し方ないが、ハンガリーの名手、ガボール・ガボシュの弾くバルトークは不鮮明な音質に加えて音揺れがあり、演奏が優れているだけに惜しまれる。

尚左手のためのピアノ作品集は既に第2集もリリースされている。

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2008年11月24日


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1969年に42歳という若さで急逝したカッチェンが、ブラームス生誕150周年を記念して録音した完璧な全集。

カッチェンは録音当時30代後半だが、この年齢でブラームスの全集を完成してしまったという所に彼の特異性と、若くしての円熟ぶりを見ることができる。

その彼が録音した同全集は、カッチェンの作品に対する真摯な態度とその奥に瑞々しい詩的な感興を行き渡らせた演奏によって、今日もなお、ブラームスのピアノ曲における一つの指針としての価値を持つ。

カッチェンのブラームスの特質は、表現に聴かれる音楽的な思索性の深さである。

これが小品集を実に味わい深いものにしているし、「ハンガリー舞曲集」のような作品も単なるエンターテインメントに終わらさないのだ。

そして何よりも指摘しなければならないのは、どの音にもピアニストの音楽に対する感動が生き生きと投影されていることだ。

それは、ある時にはブラームスの若々しい叙情性を引き立てているし、また時には老作曲家のささやかな旋律にしっとりとした詩情を与えている。

今、技術的にはこの上をゆくピアニストはいくらでもいるが、こんな演奏を聴かせてくれる人はそうざらにはいない。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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