パイヤール

2018年10月23日


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ジャン=ピエール・ランパル没後15周年記念としてリリースされた全4巻計69枚のCDセットの第1巻に当たり、この10枚はコンプリート・エラート音源の第1集目となっている。

以降順次ワーナー傘下のレーベルの総ての録音が復活しリリースされたので、順次取り上げてみたい。

これらの中には廃盤の憂き目に遭ったものも多く、筆者自身LPでしか持っていない演奏もあったので結局購入することにした。

周知の通りレパートリーに関してランパルはオールマイティーで、どの作曲家の作品を聴いても期待を裏切られることはないが、一大ブームを惹き起こしたバロック音楽ではいわゆるピリオド奏法とは一線を画したモダンでスマートなアプローチが特徴的だ。

当然それは古楽の再現ではなく、あくまでも現代的センスに溢れたユニークな解釈と言えるだろう。

このセットは4巻の中では最も古い1954年から63年までの多くのモノラル音源を含んでいて、時代相応の稚拙な録音やヒス・ノイズも目立つが、彼の多彩な芸術観を知る上で一聴の価値がある。

筆者がランパルの演奏をLPで初めて聴いたのは少年時代に遡るが、その後実際のコンサートで見た金色に輝くフルートを携えた彼の姿は、その演奏からも殆んどマジシャンのようなイメージを残した。

今でこそ鍍金されたフルートは珍しくないが、少なくとも筆者が見た初めての金のフルートが彼のものだったと記憶している。

その燦然と輝くような艶やかで垢抜けした音色と軽やかで流麗な奏法は如何にもフランスの奏者に相応しいものだった。

ランパルはその録音の多さでもモーリス・アンドレと並んで同時代の他の管楽器奏者を圧倒的に凌駕している。

その代表的な部分がエラート音源なので第2巻以降も期待できるが、また彼と協演した当時の多くのソリスト、指揮者やアンサンブルの一時代を画した名演が再現されるのも嬉しい。

例えば指揮者としてはジャン=フランソワ・パイヤール、クルト・レーデル、フリッツ・ヴェルナー、ソリストではハープのリリー・ラスキーヌ、オルガンのマリー=クレール・アラン、チェンバロではロベール・ヴェイロン=ラクロワなど往年のメンバーが花を添えている。

ライナー・ノーツは27ページほどで曲目一覧及び演奏者、録音データの他に英、仏、独語による簡易なランパルのキャリアが掲載されている。

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2015年09月01日


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ジャン=フランソワ・パイヤールがこの協奏曲集を録音したのは1973年で、現在でこそバロック音楽の演奏形態では主導権を握っているピリオド楽器のアンサンブルは、当時はまだ古楽の再現を模索していた時代で、ごく一部の聴衆しか獲得していなかった。

その頃既に全盛期を迎えていたのがモダン楽器による演奏だった。

その草分け的な存在がパイヤール室内管弦楽団で、ジャン=フランソワ・パイヤールによって1953年に創設されたジャン=マリー・ルクレール器楽合奏団を母体として59年に結成された。

彼らの品のある大らかなサウンドはバロック・ブームの隆盛にも大きく貢献したが、中でもソリストに名手を揃えたバッハのブランデンブルク協奏曲集は一世を風靡した画期的な録音だった。

リヒター、ミュンヘン・バッハ管弦楽団のような厳格に統率された厳しさこそないが、より開放的で屈託のない表現と垢抜けた音響に惹かれたファンも多かった筈だ。

ここに彼らの演奏をお薦めするのは懐古趣味ではなく、一時代を築いた音楽家達の情熱とその洗練を極めた演奏に聴くべき価値があると思うからで、難解な理論を振りかざすことなく常に彼らの柔軟な感性に沿って平明な音楽の再現に務めた姿勢は、忘れ去られてしまうには余りにも惜しい。

その後モダン・バロックの衰退と共にパイヤールも他のレパートリーを開拓することになるが、この6曲は彼らが頂点にあった頃の演奏を刻んだ贅沢な記録でもある。

廉価盤なのでリーフレットに曲目データ、演奏者とアンサンブルについての簡易な紹介が印刷されているだけだが、幸い音質は良好な状態に保たれている。

当時の話題のひとつが第1番の第1ホルンをモーリス・アンドレが吹いていることだった。

第2番で彼はピッコロ・トランペットを演奏しているが、このあたりのキャストにも融通性があり、彼のホルンもなかなかの熱演だ。

また第3番第2楽章の即興による短いカデンツァと第5番のチェンバロ・ソロはアンネ=マリー・ベッケンシュタイナーで、彼女はパイヤールの通奏低音奏者としても個性的なモダン・チェンバロの響きを聴かせている。

その他にもフルートのランパル、オーボエのピエルロ、ヴァイオリンのジャリなど当時のフランスの名手を揃えたオール・スター・キャストのスタイリッシュな演奏を楽しむことができる。

尚第1番でバッハが指定したヴィオリーノ・ピッコロは通常のヴァイオリンで、第2番と第4番の笛のパートはリコーダーではなくベーム式フルートで、そして第6番のヴィオラ・ダ・ガンバのパートはチェロで演奏されている。

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2014年09月25日


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これは素晴らしい名演だ。

極上の美演と言っても過言ではないのではないだろうか。

モーツァルトのフルートとハープのための協奏曲の古典的な名盤としては、他にトリップ(フルート)、イェリネック(ハープ)の各ソロ奏者とミュンヒンガー&ウィーン・フィルによる演奏(1962年)が存在している。

当該演奏に対して、本演奏はすべてフランス人音楽家たちによる演奏。

録音年も1963年でありほぼ同じ時期。

あらゆる意味で対照的な名演が同時期に生み出されたというのも、実に興味深い事と言える。

前述のミュンヒンガー盤がドイツ風の重厚さの中にもウィーン風の優雅さを兼ね備えた素晴らしい名演であったが、本演奏は徹頭徹尾フランス風の名演。

ランパルのフルート、ラスキーヌのハープのいずれもが、フランス風のエスプリに富んだ瀟洒な味わいに満ち溢れている。

加えて、パイヤール指揮のパイヤール室内管弦楽団も、これら各奏者の演奏を巧みに引き立てつつ、実に洒落た味わいの優美な演奏を展開している。

確かに、ミュンヒンガー盤にあった重厚さにはいささか欠けているきらいがないとは言えないが、演奏全体に漂うフランス風の洒落た味わいには抗し難い魅力が満ち溢れており、その味わい深さ、エレガントとも評すべき気品の高さにおいては、本演奏の方に若干軍配が上がると言っても過言ではあるまい。

カップリングされたフルート協奏曲もランパルならではの名演だが、とりわけ、フルートとハープのための協奏曲については、本演奏はミュンヒンガー盤と並んで2強の一角を占める超名演と評価し得るところであり、今後とも、この2強を超える演奏を成し遂げるのは至難を極めると言えるだろう。

録音は、今から50年近く前の録音であるにもかかわらず従来盤でも比較的満足できる音質である。

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2013年09月28日


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本盤には、パイヤールが得意とするバロック音楽の小品が収められているが、いずれも素晴らしい名演と高く評価したい。

現在は、ピリオド楽器の使用や現代楽器を使用した古楽器奏法などが一般化している時代である。

バッハやヘンデルなどのバロック音楽の演奏はもとより、そうした演奏様式の波は、ハイドン、モーツァルト、そしてベートーヴェンなどの古典派音楽にまで及び、ついにはシューベルトやシューマンなどのロマン派音楽にまで広がって来ている。

しかしながら、そうした古楽器奏法やピリオド楽器による演奏は広範に普及しつつあるものの、芸術的な感動を覚える演奏というのはまだまだ少数派だと言えるのではないか。

要は、内容が伴っていないということであり、音楽学者にとっては歓迎すべきことであるのかもしれないが、真に芸術的な感動を求める我々聴き手からすれば、嘆かわしい事態に陥っていると言わざるを得ない。

アルビノーニやバッハ、ヘンデルなどによる楽曲は、かつてはクレンペラーやフルトヴェングラー、カラヤンなどの大指揮者が、それこそ大編成のオーケストラを活用して、重厚な演奏を繰り広げていたのだ。

そうしたかつての重厚長大な演奏を、大時代的であるなどと批判する者が高名な音楽評論家の中にもおられるようであるが、仮に時代考証学的には問題があっても、芸術的な感動を覚えることができるのであれば、そのような問題は実に些末なことと言えるのではないだろうか。

筆者としては、音楽を聴くということは、芸術的な感動を得たいがためであり、音楽を研究することが目的ではないことをあらためて銘記しておく必要があるのではないかと考えている。

パイヤールが指揮するバロック音楽は、まさに、かつての錚々たる大指揮者による演奏に連なるシンフォニックな演奏ということが可能だ。

そして、パイヤールはフランス人であるだけに、重厚さ一辺倒ではなく、音楽に独特の洒落たセンスが満ち溢れており、いい意味での硬軟バランスのとれた名演に仕上がっている点を高く評価したい。

また、本盤で素晴らしいのは、XRCDによる極上の超高音質録音である。

本盤の録音は1975年であるが、今から約35年以上のものとは思えないような鮮明な音質に生まれ変わっているのは殆ど驚異的であるとさえ言える。

パイヤールによるシンフォニックでセンス満点の名演を、現在望み得る最高の音質で味わうことができることを大いに喜びたい。

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2013年06月23日


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本盤には、パイヤールがパイヤール室内管弦楽団ほかとともにスタジオ録音したバッハのブランデンブルク協奏曲全集(1973年)から抜粋した第1番、第4番及び第6番が収められている。

既に、昨年11月には、当該全集のうち、第2番、第3番及び第5番が既にシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化されて発売されており、本盤をもって、不朽の名盤とされている当該全集全体がシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化されたことになったことは誠に慶賀に堪えないところだ。

それはさておき、演奏は実に素晴らしい。

ブランデンブルク協奏曲は、現在では古楽器奏法やピリオド楽器を使用した軽妙な演奏が主流となっているが、本演奏が行われた当時は、現代楽器を使用した比較的編成の大きいオーケストラによる重厚な演奏が主流であった。

フルトヴェングラーやクレンペラー、カラヤン、リヒター、ブリテンなど、このタイプによる名演は枚挙に暇がないほどであり、ブリテンによる演奏は若干その性格が異なるが、バッハという大作曲家を意識したドイツ風の重厚な演奏が行われていたと言っても過言ではあるまい。

ところが、パイヤールによる本演奏はまるで異なるタイプの演奏だ。

パイヤールの演奏は、現代楽器を使用した比較的小編成のオーケストラによる、どちらかと言えば伝統的な演奏様式によるものであるが、醸成された音楽は、前述のような大指揮者による重厚な演奏とは全くその性格を異にしている。

本盤の演奏のどこをとっても、フランス人であるパイヤールならではのフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいが付加されていると言えるところであり、まさに洒落たセンスの塊のような演奏とも言えるだろう。

ドイツ風の重厚な演奏が主流であった同曲の演奏に新風を吹き込んだセンス満点の演奏とも言えるところであり、あたかも同曲がフランスの宮廷音楽のように聴こえるほどだ。

高貴にして典雅、そして優美にしてなおかつ愉悦性に富んだ本演奏は、同曲のこれまで誰も気が付かなかった魅力を引き出すことに成功したものとして高く評価すべきであり、前述のような大指揮者による名演にも十分に対抗し得るだけの内容を兼ね備えた素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

パイヤール室内管弦楽団や、フルートのランパルをはじめとした各奏者のセンス満点の美演も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

音質は、1973年のスタジオ録音ではあるが、グリジー=スウィヌ、ノートルダム・デ・ローズ教会の残響を生かした名録音であったこともあり、従来CD盤でも十分に満足できるものであった。

しかしながら、今般、ついにシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤が発売される運びになった。

本シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤は、従来CD盤とはそもそも次元が異なる極上の高音質であり、音質の鮮明さ、音圧、音場の広さのどれをとっても一級品の仕上がりである。

いずれにしても、パイヤール&パイヤール室内管弦楽団ほかによるセンス満点の極上の美を誇る名演を、このような極上の高音質SACD盤で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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本盤には、パイヤールがパイヤール室内管弦楽団ほかとともにスタジオ録音したバッハのブランデンブルク協奏曲全集(1973年)から抜粋した第2番、第3番及び第5番が収められている。

当該全集は不朽の名盤とされているだけに、残る第1番、第4番及び第6番についても、シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD化されたとのことであり、足掛け2年にわたって高音質化がなされるということになった。

それはさておき、演奏は素晴らしい。

ブランデンブルク協奏曲は、現在では古楽器奏法やピリオド楽器を使用した軽妙な演奏が主流となっているが、本演奏が行われた当時は、現代楽器を使用した比較的編成の大きいオーケストラによる重厚な演奏が主流であった。

フルトヴェングラーやクレンペラー、カラヤン、リヒター、ブリテンなど、このタイプによる名演は枚挙に暇がないほどであり、ブリテンによる演奏は若干その性格が異なるが、バッハという大作曲家を意識したドイツ風の重厚な演奏が行われていたと言っても過言ではあるまい。

ところが、パイヤールによる本演奏はまるで異なるタイプの演奏だ。

パイヤールの演奏は、現代楽器を使用した比較的小編成のオーケストラによる、どちらかと言えば伝統的な演奏様式によるものであるが、醸成された音楽は、前述のような大指揮者による重厚な演奏とは全くその性格を異にしている。

本盤の演奏のどこをとっても、フランス人であるパイヤールならではのフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいが付加されていると言えるところであり、まさに洒落たセンスの塊のような演奏とも言えるだろう。

ドイツ風の重厚な演奏が主流であった同曲の演奏に新風を吹き込んだセンス満点の演奏とも言えるところであり、あたかも同曲がフランスの宮廷音楽のように聴こえるほどだ。

高貴にして典雅、そして優美にしてなおかつ愉悦性に富んだ本演奏は、同曲のこれまで誰も気が付かなかった魅力を引き出すことに成功したものとして高く評価すべきであり、前述のような大指揮者による名演にも十分に対抗し得るだけの内容を兼ね備えた素晴らしい名演と高く評価したいと考える。

パイヤール室内管弦楽団や、フルートのランパルをはじめとした各奏者のセンス満点の美演も、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

音質は、1973年のスタジオ録音ではあるが、グリジー=スウィヌ、ノートルダム・デ・ローズ教会の残響を生かした名録音であったこともあり、従来CD盤でも十分に満足できるものであった。

しかしながら、今般、ついにシングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤が発売される運びになった。

本シングルレイヤーによるSACD&SHM−CD盤は、従来CD盤とはそもそも次元が異なる極上の高音質であり、音質の鮮明さ、音圧、音場の広さのどれをとっても一級品の仕上がりである。

いずれにしても、パイヤール&パイヤール室内管弦楽団ほかによるセンス満点の極上の美を誇る名演を、このような極上の高音質SACD盤で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2013年05月26日


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バッハの管弦楽組曲は、パイヤールにとっても何度も録音を繰り返している得意中の得意の楽曲であり、本演奏はその3度目の最後の録音に相当するものであるが、素晴らしい名演と高く評価したい。

何よりも、現代楽器を使用した小編成のオーケストラによる演奏が素晴らしい。

近年の古楽器奏法やピリオド楽器の使用による軽妙浮薄な演奏に慣れた耳で本演奏を聴くと、実に新鮮な気持ちになるとともに、あたかも故郷に帰省した時のように安定した気持ちになるのは筆者だけではあるまい。

もちろん、バッハの時代の演奏様式を再現する行為自体を筆者としても否定するものではないが、芸術的な感動をどこかに置き忘れてしまった薄味の演奏がどれだけ多く流布しているのであろうか。

高名な音楽評論家が推薦される演奏にもそのような薄味の演奏は散見されるところであり、筆者としてはそうした現状を憂えるものである。

要は音楽学者が喜ぶ演奏を行っても、そもそも芸術的な感動が得られない演奏では何らの意味もないのだ。

そのような嘆かわしい現状に鑑みれば、本パイヤール盤の価値は計り知れないと言えるところであり、同じく現代楽器を使用した小編成のオーケストラによるリヒターの名演(1960、1961年)と並んで、後世に語り伝えていく必要があるのではないかと考えられるところだ。

また、本演奏には、リヒター盤のようなドイツ風の重厚さを旨とするよりもむしろフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいに満ち溢れており(とりわけ、有名な第3番のアリアなど)、こうしたセンス満点の情感の豊かさにおいて、リヒター盤とは異なった魅力があると評価したい。

さらに、本盤で素晴らしいのは、XRCDによる極上の高音質である。

本演奏は1976年のスタジオ録音であるが、第3番の序曲のトランペットのクリアでブリリアントな響きなど、今から36年前のものとはとても思えないような鮮明な音質であり、あらためて、XRCDの潜在能力の高さを思い知った次第である。

いずれにしても、パイヤールによるセンス満点の味わい深い名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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バッハの管弦楽組曲は、かつてはクレンペラーやカラヤンなどの大指揮者によって重厚な演奏が成し遂げられていた。

また、リヒターなどによる小編成のオーケストラによる重厚な名演もあった。

しかしながら、近年ではそうした現代楽器を使用した演奏は全く流行らなくなり、ピリオド楽器の使用や現代楽器を活用した古楽器奏法などが主流となっている。

もっとも、そのような軽妙浮薄な演奏が感動的かどうかというのは別問題だ。

バッハの時代の演奏様式を再現する行為自体には反対するものではなく、音楽学者などは大歓迎するのであろうが、芸術的な感動を与えてくれる演奏というのはほんのひと握りと言っても過言ではあるまい。

筆者としても、現代のピリオド楽器や古楽器奏法によるバッハ演奏を今一度見直す時期が来ているのではないかと思われてならないのだ。

本盤に収められたパイヤールの演奏も、現代楽器を使用した小編成のオーケストラによる伝統的な演奏様式によるものであり、このような演奏を聴いていると、あたかも故郷に帰省した時のように安定した気持ちになるのは筆者だけではあるまい。

本演奏で優れているのは、前述のようなリヒターなどの重厚な名演とは異なり、フランス人であるパイヤールならではのフランス風のエスプリ漂う瀟洒な味わいが付加されているということであろう。

このことが、本演奏が現代楽器を活用しながらもいささかも重々しくなることがなく、いい意味での剛柔バランスのとれた理想的な名演に仕上がっているのに貢献していると考える。

本盤でさらに素晴らしいのは、XRCDによる極上の高音質である。

本演奏は1976年のスタジオ録音であるが、今から36年前のものとは思えないような鮮明な音質であり、あらためて、XRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、パイヤールによるセンス満点の味わい深い名演を、XRCDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2013年05月06日


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XRCDの潜在能力の高さをあらためて思い知らされる超高音質CDの登場だ。

本盤に収められた演奏は1977年のものであるが、今から30年以上の前のものとは思えないような鮮明な高音質である。

モーツァルトの交響曲の録音のポイントは、弦楽合奏をいかに鮮明に捉えることができるのかにかかっていると言えるが、本XRCDにおいては、各弦楽セクションの動きが明瞭にわかるほどの鮮明さであり、ある意味では、モーツァルトの交響曲の録音の理想の具現化と評価したい。

これほどの鮮明な高音質であると、演奏がより一層魅力的に聴こえるのが実に不思議だ。

モーツァルトの交響曲の演奏様式は、今やピリオド楽器の使用や、現代楽器を使用した古楽器奏法によるものが主流となっている。

しかしながら、そうした演奏様式が時代考証学的には正しいものであっても、芸術的な感動を覚えるかどうかとは別問題と言えるのではないだろうか。

本盤に収められた交響曲第40番について言えば、ワルター&ウィーン・フィル(1952年)やワルター&コロンビア響(1959年)、ベーム&ベルリン・フィル(1961〜1962年)などのシンフォニックな名演があった。

また、交響曲第41番について言えば、ベーム&ベルリン・フィル(1961〜1962年)などの名演があり、これら両曲の重厚な名演は、前述のような演奏様式が一般化している現在においてもなお愛聴している聴き手が多いのではないだろうか。

本パイヤール盤は、そうした大指揮者によるシンフォニックな演奏の系列に連なる演奏ということが可能だ。

イギリス室内管弦楽団という比較的小編成のオーケストラを起用はしているが、演奏自体はシンフォニックなものであり、ピリオド楽器の使用や古楽器奏法などとは全く無縁である。

もちろん、前述のようなワルターやベームなどの往年の名演と比較して云々することは容易ではあるが、現在の演奏様式に辟易としている聴き手にとっては、本演奏を、故郷に帰省した時のような安定した気持ちで聴くことができるのではないだろうか。

本演奏に特別な個性や才能の輝きなどはないが、その分、フランス人指揮者ならではの洒落た味わいに満ち溢れており、筆者としては、楽曲の魅力を聴き手にダイレクトに伝えるという意味においては、豊穣な味わいの名演と高く評価したいと考える。

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やはりXRCDは素晴らしい。

本盤のような極上の高音質録音を聴いていると、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知らされる。

他のXRCDでも同様のことが言えると思うが、30年以上も前の1970年代の録音が、最新録音に匹敵するような鮮明な音質に生まれ変わるというのは殆ど驚異的ですらある。

1960年代や1970年代はLPの全盛時代であり、その大半の録音が既にCD化されてはいるが、SACD化されたものは別格として、その殆どはLPを凌駕する音質に至っていないとさえ言える。

また、この時代の録音には、かつての巨匠による歴史的な名演も数多く含まれている。

この場を借りて、本盤のようなXRCD化、可能であればSACD化を行って、音質の更なる向上努力を求めたいと考える。

本XRCD盤も、あたかも最新録音であるかのように鮮明で素晴らしい高音質であるが、これだけの高音質であると、演奏自体もより一層素晴らしい演奏のように思えてくることになるのが実に不思議だ。

本盤には、モーツァルトの交響曲第38番と第39番が収められているが、両曲ともにかつての大指揮者が至高の名演を遺してきた。

第38番については、ワルター&コロンビア響(1959年)とシューリヒト&パリオペラ座管(1963年)の名演があったし、第39番については、ムラヴィンスキー&レニングラード・フィル(1965年)などの名演が掲げられる。

したがって、このような海千山千の大指揮者による個性的な名演と比較すると、他の指揮者による演奏はいささか不利な状況にあると言わざるを得ないが、本パイヤールによる演奏は、フランス人指揮者ならでは独特の瀟洒な洒落た味わいに満ち溢れている。

少なくとも、近年の古楽器奏法やピリオド楽器を使用した軽妙とも言えるモーツァルトの交響曲演奏に慣れた耳で本演奏を聴くと、あたかも故郷に帰省した時のように安定した気持ちになると言えるところであり、筆者としては、楽曲の魅力をいささかも奇を衒うことなく、ダイレクトに聴き手に伝えてくれるという意味においては、本演奏も豊穣な味わいに満ち溢れた名演と評価したいと考える。

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素晴らしい超高音質XRCDの登場だ。

今から30年以上も前の録音であるにもかかわらず、あたかも最新の録音のように鮮明な音質であるというのはほとんど驚異的であり、あらためてXRCDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

特に、各弦楽セクションの動きが明瞭にわかるほどの鮮明さは、弦楽合奏を中核とするモーツァルトの交響曲の録音の理想的な結実と言える。

これだけの高音質録音であると、演奏自体もより輝きを増してくるのは必然のことと言えるだろう。

本盤には、モーツァルトの交響曲第35番、第36番及び第37番第1楽章が収められているが、このうち、第35番については文句の付けようがない名演と評価したい。

第35番は、モーツァルトによるいわゆる後期6大交響曲の中では、最も愉悦性に富んだものと言える。

それは、同曲がもともとセレナードから転用されたことにも起因しているものと考えられるが、他方、そうした経緯から、内容においては他の交響曲と比較するといささか乏しいと言わざるを得ない。

したがって、音楽内容の精神的な深みを追求するような演奏を必ずしも必要とはしない交響曲とも言えるところであり、むしろ、曲想をいかにセンス良く優美に描き出すかが求められていると言える。

こうなるとパイヤールは俄然その力を発揮することになる。

パイヤールのフランス人ならではのセンス満点の洒落た味わいが演奏に独特の魅力を付加し、極上の豊穣な味わいの美演を成し遂げることに成功している。

これに対して、第36番の方はやや事情が異なってくる。

同交響曲には、ワルター&コロンビア響(1960年)やバーンスタイン&ウィーン・フィル(1966年)などのシンフォニックな名演が目白押しであり、そのような海千山千の大指揮者による重厚な名演と比較すると、本演奏は旗色が悪いと言わざるを得ない。

しかしながら、古楽器奏法やピリオド楽器による演奏に慣れた現在の我々の耳で本演奏を聴くと、あたかも故郷に帰省した時のようなほっとした気分になると言えるところであり、第36番を安定した気持ちで味わうことができるという意味においては、第35番と同様の味わい深い豊穣な名演と評価するのにいささかの躊躇もしない。

なお、第37番第1楽章は、殆ど録音される機会の無い楽曲だけに、そもそも録音自体が貴重であり、演奏自体も素晴らしい演奏と評価したい。

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2007年11月13日


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1970年代の後半から、オリジナル楽器によるオーケストラ、いわゆるバロックオーケストラの結成が相次いだ。

例えば、トン・コープマンのアムステルダム・バロックオーケストラ、クリストファー・ホグウッドのアカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージック、フランス・ブリュッヘンの18世紀オーケストラなどである。

それまで、室内楽にとどまっていた古楽器奏者たちが、時代とジャンルの新たな可能性を求めて、様々な分野に着手しはじめていた。

オーケストラの分野だけでなく、バロックオペラの領域などに、器楽、声楽、舞踏、演劇、時代考証などの隣接する分野の共同作業のもとに、単に音楽を欲するのでなく、音楽空間ひいてはバロック空間を再構築しようという動きである。

1960年代以降の名手たちの活動による第2次古楽ブームでは、現代に生きる音楽としての「古楽」の位置が確実となった。

それには、古楽器の名手たち、例えば、レオンハルト、アーノンクール、クイケン兄弟、F・ブリュッヘン、トン・コープマンらのそれぞれの音楽性と魅力も大きな力となったことは言うまでもない。

もちろん、特に日本では、営業的には、ミュンヒンガーやイ・ムジチやパイヤールが、バロックブームの主導権を握り、多くの観客を動員したのであるが。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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