マルケヴィチ

2019年10月29日


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これまでイーゴリ・マルケヴィッチ(1912-1983)演奏集の箱物はEMIやヴェニアスからかなりの枚数のCDが放出されている。

このセットはメンブランがロシア、フランスの作曲家の作品集として10枚に纏めたもので、シリーズにゲルマン系その他のレパートリーが追加されることを期待したい。

いずれにせよこの孤高の大指揮者の演奏を廉価版で気軽に鑑賞できるのは幸いで、特にマルケヴィッチ入門者にお薦めしたい。

ただし廉価版の宿命でライナー・ノーツはなく、それぞれのジャケットに曲目及び録音データがかなりアバウトにプリントされている。

また選曲でも聴きたかったプロコフィエフの『スキタイ組曲』が組み込まれていないのも残念だ。

音質の方はモノラル時代からステレオ音源まで玉石混淆だが、曲によっては最近SACDやブルーレイ・オーディオ化されたものもある。

したがってファンであればサンプラー的な試聴盤として一通り聴いた後に、高音質盤を買い直す選択肢もある。

マルケヴィッチの演奏の特色は20世紀の新作への先鋭的な解釈とその再現の厳格さ、彫琢するような彫りの深い表現にあるが、意外にフランスの舞台作品でも多くのレパートリーを持っていた。

それは彼が若い頃、パリを本拠地にしていたディアギレフ率いるバレエ・リュスとの豊富なコラボで培ったドビュッシーやラヴェルなどのラテン的感性が活かされているからだろう。

またベルリオーズでも流石にそのオーケストレーションの妙味を体験させてくれる。

肩の凝らない曲種としてはCD9にサン=サーンスの『動物の謝肉祭』がゲサ・アンダのピアノ、フィルハーモニアとの演奏で収録されている。

またマルケヴィッチの作曲家としてのプロフィールを窺わせる『イカルスの飛翔』がCD10に1938年の自演で加わっている。

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2019年04月08日


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タワー・レコードのデフィニション・シリーズとしてSACD化されたマルケヴィチ率いるフィルハーモニア管弦楽団によるストラヴィンスキーの『春の祭典』、チャイコフスキーのバレエ組曲『くるみ割り人形』及び幻想序曲『ロメオとジュリエット』の3曲を収録したアルバムになる。

いずれも1959年ロンドン・アビー・ロード・スタジオでのステレオ・セッション録音で、EMIの初期ステレオ録音としては極めて良好な音源が、ハイブリッド仕様ながらDSD編集とリマスタリングによって鮮明に甦っている。

『春の祭典』では特にブラス、ウィンド・セクションの分離状態が良く、音場の奥行きにも不足していないし、『くるみ割り人形』ではチェレスタやパーカッション群の高音が無理なく伸展していて、繊細で心地良い響きが得られている。

『春の祭典』ではマルケヴィチの怜悧でシャープな感性が全盛期のフィルハーモニアの機動力をフル回転させて、ストラヴィンスキーの斬新で刺激的な音楽的創意をまざまざと見せつけている。

例の当時話題となったブーレーズ指揮、フランス国立放送管弦楽団盤よりも、約4年も先立つものであるというのは、充分に注目していい。

作曲者が望んだ通り、いかにも苦しそうにファゴットが吹き始め、ブーレーズの原型とも言える壮絶な演奏で、1959年時点におけるその緻密なリアリゼイションは感動的である。

マルケヴィチは透徹した眼差しを細部にまで行き渡らせながら、力強いリズム、大胆な色彩感、エネルギッシュなパワーと引き締まった構成力で、ブーレーズとは違った角度からこの難曲に挑戦し、それに成功している。

この作品は、優れた踊り手たちのためのバレエ音楽であり、同時に、初演時に一大スキャンダルを呼んだ20世紀前半の革命的な音楽だった。

この両方が納得できる鋭い切れ味と熱気が両立した演奏で、この作品が生まれた当時の息吹きをそのまま伝えているかのようだ。

『くるみ割り人形』はそれぞれの曲に非常にすっきりした輪郭が示されていて終曲『花のワルツ』も比較的快速のテンポを取って爽やかさを醸し出しているが、『ロメオとジュリエット』では巧みにテンポを動かして情動的な激しさも示されている。

マルケヴィチの曲想への踏み込みはたいそうラジカルで、スコアから鋭い洞察力で音楽を読み取る彼らしい手法だ。

筆者が『春祭』を初めて聴いたのは中学生の頃で、それがこのマルケヴィチ盤だったこともあって、その時の鮮烈な印象は今でも記憶に残っている。

録音状態から考えれば、その後ディジタル録音によるさまざまな指揮者、オーケストラによる同曲のCDがリリースされ、音質においてそれらの殆んどがこのディスクを凌駕しているのは明らかだが、当時音源の選択肢も知らなかった筆者が幸運にもマルケヴィチの演奏を聴いたことで、現代音楽に強い興味を持つという結果になった。

彼が『春祭』のスペシャリストで、来日時の演奏会が、我が国の音楽ファン、そしてオーケストラ関係者に強烈なインパクトを与えたことを知ったのは随分後のことだ。

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2019年03月31日


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この演奏が録音されたのが1959年なので、初期ステレオ・レコーディング時代を代表するディスクなのだが、他の同時代のオーケストラル・ワークやオペラの音源の中に埋もれてしまった感がある。

それはベルリオーズのこの作品自体が売れ筋の演奏曲目ではないからかもしれない。

近年ではオペラとして舞台化された演出も試みられるようになったが、作曲家には当初からオペラの構想はなく、それゆえ序曲やバレエ・シーンもなければ幕仕立ての構成も持っていない、一種のカンタータと言うべきだろう。

しかしベルリオーズらしくハンガリー行進曲を始めとする彼の腕の冴えを見せたオーケストレーションの聴かせどころを数ヶ所に挿入している。

ハンガリー行進曲のコーダでパーカッション群が一斉に鳴り響く部分でも、比較的良好な分離状態が保たれていて、団子状の音の塊りになることが避けられている。

欲を言えばもう少し音場に奥行きが欲しいところだが、当時の録音技術を考えれば限界だったと思われる。

マルケヴィッチはこの作品の文学的な価値に注目し、劇場的な効果よりも純粋な音楽表現を重視している。

歌手もメフィストフェレスにハイ・バリトンのミシェル・ルーを配して悪魔的な軽妙さを表出しているし、マルグリートには陰翳の豊かな声のコンスエロ・ルビオを起用して作品全体が戯画化することを嫌っているようだ。

このゲーテの名作を絢爛豪華な額縁で飾ったのは少し後のグノーで、彼の『ファウスト』はオペラとしては素晴らしい出来だが、脚色による原作との乖離は否めない。

それでもグノーが『ファウストの劫罰』から多大な影響を受けていることが感知できる。

中でもタイトル・ロールを歌うテノール、リシャル・ヴェローの絶唱は特筆される。

ここでのマルケヴィッチの指揮はかなり厳格で、歌手陣に節度を崩さない限りでは良く歌わせているが、必要以上の派手さを要求せずスコアに書かれた音楽を率直に表現している。

このセットでもレギュラー・フォーマットの2枚のCDにブルーレイ・オーディオ・ディスクが抱き合わせになっている。

カール・リヒターのカンタータ集のように、出来れば後者だけでも別売りして欲しいところだが、再生機の普及に合わせて当分はこうしたリリースが続くだろう。

いずれにせよ良質のステレオ音源が今回ブルーレイ・オーディオ化によって更に鮮明に再生されるのは魅力的だ。

綴じ込みのライナー・ノーツには全歌詞のドイツ語と英語の対訳が掲載されている。

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2016年03月05日


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プラガ・ディジタルスの新リリースの中でも版権の切れた、いわゆるヴィンテージ・コレクションに当たる音源をDSDリマスタリングしてSACDで蘇らせるシリーズは、音質に関しては玉石混交でかなりノイズの煩わしいものに出くわしたこともある。

またプラガは以前ソースやデータの改竄や表記ミスなどで物議を醸したレーベルなので、オールド・ファンでも用心してその出所を見極めなければならないのが実情だが、ここに紹介する曲集のように優れた音源の蘇生に成功している例も少なくない。

イーゴリ・マルケヴィチ指揮によるムソルグスキーの歌曲集は当時全盛期のソプラノ、ガリーナ・ヴィシネフスカヤの端正でスケールの大きな歌唱が卓越している。

それはロシアの風土とは離れがたい特有の感触を持っているが、また彼女の磨き抜かれた美声と多彩な表現が黒光りするような演奏で、更にこの作品を色彩化しているのがマルケヴィチ自身のオーケストレーションだ。

作曲家としてのプロフィールを持つ彼の繊細な感性と巧みな管弦楽法がアレンジに活かされている。

尚オーケストラはRUSSIAN SYMPHONY ORCHESTRAと表示されているが、当時のソヴィエト国立交響楽団と思われる。

1962年のフィリップス音源で『子守唄』『お喋りカササギ』『夜』『星よ、何処へ』『いたずら小僧』『ドニエプル河で』の6曲が収録されている。

ムソルグスキーの『展覧会の絵』はオーソドックスなラヴェル編曲版で、ベルリン・フィルとの1953年のモノラル録音によるセッションだが、録音もマスター・テープの保存状態も良好で、リマスタリングの効果で充分な音場の広がりと芯のある立体的で鮮明な音質が得られている。

マルケヴィチの指揮は厳格で細部にもその鋭利で几帳面な指示が行き届いているが、ベルリン・フィルの巧妙なアンサンブルとスペクタクルな音響が良く呼応して演奏が萎縮している印象はない。

またテンポはいくらか速めで全曲を通して30分強だが、それぞれの曲の特徴が凝縮されていて、輪郭の明瞭な組曲に仕上がっている。

マルケヴィチが指揮した多くの『展覧会の絵』の原点とも言うべき筋の通った力強さが感じられる演奏だ。

音源はドイツ・グラモフォン。

最後のストラヴィンスキーの『詩篇交響曲』の録音は、このCDのライナー・ノーツでは1960年と表示されているが、フィリップスからは1962年の音源としてリリースされていた。

どちらも同じメンバーによるセッションなので同一音源であることにほぼ間違いない。

このあたりがプラガのミステリーで予断を許さないところかも知れない。

いずれにせよ現代音楽を得意としたこの指揮者の典型的なサンプルで、少年合唱を含むコーラス陣と大編成のオーケストラを扱った二重フーガの第2楽章や、かなり難解な終楽章「アレルヤ」を鮮烈な色彩と張り詰めた緊張感で貫いた表現が秀逸だ。

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2014年10月10日


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この2曲のこれだけ神々しい演奏は他に類例を見ない、まさに決定的名盤である。

この演奏にはいわゆる美しいモーツァルトの姿は微塵もなく、まるでモーツァルトの心の内面を抉り出すような、曝け出したしたかのような強い演奏である。

ハスキルはモーツァルト弾きとして通常は知的な演奏を得意としていたが、この録音は明らかに違う。

ハスキルのピアノは、緩徐楽章における人生の諦観とともに、特に、両端楽章にはどこか切羽詰まった気迫のようなものが感じられるのが実に興味深い。

こうした感情の露出が大きい個性の強い表現、芯の強い表現は、他にはギーゼキングとカラヤンが共演したモノラル盤以外に殆ど類例がない。

両曲とも最初の前奏から少々ビックリするような悲劇的表現で曲は開始されるが、ビアノが始まるとさらに内面深く落ち込んでゆく。

しかし聴き込んでいくとそこにモーツァルトの真の姿を見るような思いが湧き出てくるのである。

モーツァルトがハスキルに乗り移り,彼女の指を使って自作自演をしているようでもあり、特にハ短調協奏曲は突然ぶっきらぼうに終演して、悲劇の中に光明を見るような演奏になっている。

本演奏は、ハスキルの死の1か月前の録音であるが、モーツァルトの数少ない短調のピアノ協奏曲を2曲セットにしたカップリングにも、何か運命めいたものを感じさせる。

ハスキルは、自分が譜面から読み取った音楽を、完全に自分の方法で、淡々と、朴訥に、弾いているのだ。

そして、淡々と誠実に弾かれているパッセージのところどころから、ハスキルの決して幸福ではなかった人生から来る孤高の悲しみのようなものが伝わってくる。

情感の豊かさも相当なものがあるが、決して哀嘆調には陥らず、高踏的なピアニズムと気品を失っていない点も素晴らしい。

まさに、ハスキルの貴重な遺言とも言える至高・至純の境地に達した名演と高く評価したい。

マルケヴィチの指揮は、実に堂の入った巨匠風の指揮ぶりであり、当時の手兵であるコンセール・ラムルー管弦楽団を見事に統率して、最善のサポートを行っている。

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2013年04月24日


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素晴らしい名演だ。

マルケヴィチによるチャイコフスキーと言えば、死の2カ月前にNHK交響楽団を指揮して演奏した「悲愴」の超名演が忘れ難いが、その名演のルーツは、壮年期にロンドン交響楽団を指揮して完成させた、本盤に収められた全集にあると言える。

本全集は、かつてフィリップスから発売され、長らく廃盤になっていた(数年前には、その一部が国内盤で発売されたが)。

筆者も、それを所有していたが、CD初期の発売でもあり、当時添付されていたスポンジがCDのレーベル面に付着して、事実上使用不可能になってしまったことから、今回の再発売を機に買い直すことにした。

それにしても、本盤が、発売後、あっという間に入手不可になってしまったというのは、本全集がファンの間で高く支持されている証左と言えるのではないか。

マルケヴィチのチャイコフスキーはとにかく個性的だ。

各楽器の効果的な生かし方やリズムの刻み方、アッチェレランドを含む思い切ったテンポ設定の変化など、あらゆる表現を駆使しており、まさに鬼才の名に相応しい至芸を披露していると言える。

例えば、「第1」の終楽章や「第2」の第1楽章の対旋律の絶妙な生かし方など、はじめて耳にするような新鮮さだ。

それでいて、全体の造型は非常に引き締まったものがあり、その凝縮化された厳格とも言うべき造形美は、かのムラヴィンスキーにも匹敵すると言っても過言ではあるまい。

楽曲によっては、あくまでも他の交響曲の演奏との比較論であるが、「第1」や「第2」のように、洗練された優美さを誇る名演もある一方で、金管楽器の思い切った最強奏(例えば「第4」の第1楽章及び終楽章、「第5」の第1楽章、第2楽章及び終楽章、「悲愴」の第1楽章及び第3楽章など)、ティンパニの迫力満点の強打など、スヴェトラーノフや後年のゲルギエフも顔負けの、ロシア風の土俗的なあくの強さも健在であるが、それらを完璧に音化したロンドン交響楽団の卓抜した技量も大いに賞賛に値すると言える。

録音も、1960年代のものとは思えないような鮮明なものだ。

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2011年06月10日


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マルケヴィチは、20世紀の大指揮者たちのなかでも特に知匠と言えるひとりであったが、この《幻想》は、彼の知匠としての手腕が大きな成果を実現させたユニークな名演に他ならない。

これは1961年の比較的古い録音だが、ドイツ・グラモフォンのステレオ期最高の録音で、オーディオ・ファイル的魅力も充分にあろう。

これまで出た数多くの《幻想》の中で、これほど個性的でかつその表現に納得させられる演奏も少ないように思う。

たとえば、第1楽章の「恋人の主題」に入るところで、気分的に急いで激しく盛り上げ、その後テンポを落としてラグ的なリズムを強調して優雅な恋人の主題に入る。

しかし、途中で青年がためらうようにテンポを落とすが、再び激しく高揚させていく表現法は、個性的であると同時に見事である。

また、第2楽章では、ワルツに入る部分でテンポを落とし、ウィンナ・ワルツ風なリズムのとり方をしていてまことに優雅な趣がある。

このような表現が至るところに見られ、標題の内容をより具体的に提示している。

そして特筆すべきは、作曲家でもあったマルケヴィチ生来の音に対する特殊な能力とも言うべきもので、その天才性こそ、標題音楽の内容とあいまって、独特の色調で染め上げ、交響曲としての意義の乏しさを補って余りあるものにするのだ。

獲物をじっと見据えるような目と鋭い感性は、ベルリオーズの夢と覚醒の世界を、マティスの絵を思わせる、ある種のエキセントリックな色の組み合わせで描くのだ。

リアルで具体的な標題音楽であるこの交響曲を手がけたマルケヴィチは、巧妙な配慮が光るすこぶる効果的な演奏設計によって、この交響曲のドラマとしての内容を実に鮮やかにリアリゼし、聴き手を飽きさせることのない表現を聴かせている。

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2010年05月25日


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「春の祭典」は、マルケヴィチが看板曲としていただけに、大変立派な演奏だ。

発表されて以来「春の祭典」の決定的名演ともてはやされてきた演奏であり、鬼才マルケヴィチが残した多くのレコーディングのなかでも、この指揮者の才能や持ち味が最も前面に押し出されたものの一つにもなっている。

いかにも苦しそうにファゴットが吹き始めるマルケヴィチ盤は、ブーレーズの原型ともいえる壮絶な演奏で、1959年時点におけるその緻密なリアリゼイションは感動的である。

設計が綿密なうえにリズムの切れ味が良く、強烈な迫力にあふれており、その緊迫感はものすごい。

マルケヴィチは巧緻をきわめた表現で、全体にややテンポを遅めにとり、あくまでも丹念に、一分の隙もなく、しかも原始的なリズムを強調した演奏だ。

切れ味の鋭さ、リズム処理の巧さ、迫力と熱っぽさに満ちたマルケヴィチの棒によくついて、オーケストラが燃えに燃えている。

恐ろしく明晰な頭脳と一寸の隙もない完璧なバトン・テクニックを合わせもったマルケヴィチのアプローチは、凄まじい集中力の持続や凝縮されたエネルギーのほとばしりもが見事なものになっており、その研ぎ澄まされた知性ととめどもない情熱の結合は、まさに圧倒的といえる作品の再現を実現させる結果を生んでいる。

現在では少し音質の古さも感じるが、これを凌ぐ名演は、私の識る限りではそれ以後出現していない。

この曲が現在のように一般に広く聴かれるようになり、また"ハルサイ"の愛称で親しまれるようになったのは、マルケヴィチとフィルハーモニアのこの演奏あたりからで、その意味でもこれは記念すべき録音だ。

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2009年01月10日


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"モーツァルト弾き"の女流演奏家のトップともいえるハスキルが、亡くなるわずか1ヵ月前に録音した不滅の名盤である。

高雅な詩情と玲瓏な音色をもったハスキルのピアノと、きわめて激しく劇的なマルケヴィチの棒が生み出した、白熱的な名演である。

両者の音楽性はそれぞれ異なっているものの、お互いが十分に理解しあって演奏しているだけに、両者は不思議とよく溶け合っており、寸分の隙もない表現となっている。

ニ短調でのハスキルは、彼女としては比較的表情を大きくつけて弾いている。

カンタービレの優しく温かい味とか緩急の間の美しさとかは彼女ならでは。

高い気品と豊かな"歌"をあわせもちながら、この作品全体にただよう哀感を、これほどまでに纏綿と表出した演奏というのも珍しい。

ハスキル最晩年の孤高の境地といったものが感じられる演奏だ。

ハ短調は他のピアニストのように劇的に構成していないが、ピアノをよく歌わせ、高雅な憂いの情を匂わせながら、すっきりとまとめていく手並みが絶妙である。

ハスキルの彫りの深い表現は感動的だし、また、第1楽章のオーケストラの提示部からして、マルケヴィチの棒は情熱的で、全体にただよう暗鬱な気分を見事に表現している。

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2008年01月11日


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詩人コクトーと名優ユスティノフの共演で大きな話題となった名盤である。

アンサンブルにドレクリューズ(クラリネット)、アンドレ(トランペット)、パリキアン(ヴァイオリン)らの名手が参加している。

台詞にもコクトーの手が加わっている。

演奏はいかにもマルケヴィチらしいたいへん切れ味のよい表現で、練達の棒さばきでこの作品のもつ洒落た味とユーモラスな感じとを心にくいまでに鮮やかに描出しており、素敵だ。

ヴァイオリンのパリキアン、トランペットのアンドレら7人の名手を集めたアンサンブル・ド・ソリストも実にうまく、コクトーら4人の語り手のそれぞれの至芸にも強く惹かれる。

豪華なキャストで、ことに、コクトーの語りっぷりのうまさが聴きものとなっており、コクトーの声が聴けるだけでも、価値のある1枚だ。

録音も4人の朗読者たちの口調の魅力、7つの楽器個々の音色と響きの特徴を克明に捉え、全体やいくつもの多種類の組み合わせの妙味を堪能させる。

これは今でもこの作の最上のディスクであり、「読まれ、演じられ、踊られる」という、この作品の持ち味を万全に表出した名演奏だ。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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