ヴォーン・ウィリアムズ

2022年11月02日


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バルビローリが死去する三カ月前、おそらくこの指揮者の最後のステレオ・ライヴ録音。

1970年4月4日、シュトゥットガルトでマーラー《復活》の壮麗極まる名演を果たすとミュンヘンに回り、十日にこの録音の演奏会に臨んだ。

当時クーベリックの支配下にあったこの優れたバイエルン放送交響楽団の客演を楽しんでいる様子がはっきりうかがえる。

得意作品2曲を引っさげての客演を収録したもので、ふだんのハレ管弦楽団に比べると響きの濃密さ、味の濃さが実に魅力的だ。

ヴォーン・ウィリアムズの交響曲第6番はダイナミックなアプローチで、冒頭から激しい気迫が注入され、極めてドラマティックだ。

そしてエピローグと題された最後のモデラート楽章の悲しみの音楽は痛切で深く、夜の神秘に沈み込んでいく。

ここではバイエルン放送響の立派な響きが作品の持ち味をうまく引き出しているのが印象的。

ブラームスの交響曲第2番はいささか重いが、バルビローリならではのたっぷり歌い尽くした演奏で、練達の堅固な構成で芳醇な音楽を聴かせる。

表情が大きく、あたたかく、しかも鮮明で、この演奏はライヴの特色を遺憾なく発揮している。

ウィーン・フィルとのスタジオ盤もあるが、こちらは実演ならではの覇気に満ちた演奏内容であり、第4楽章第2主題などでみせる人声を思わせるカンタービレの美しさも素晴らしい聴きものだ。

2曲ともに、一流のオーケストラを得たバルビローリの魅力が横溢する名演だ。

気魂傾けた演奏が続いたためか、二日後に持病の心臓発作で倒れ、病院に運ばれた。

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2022年03月10日


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ブライデン・トムソン&ロンドン交響楽団によるヴォーン=ウィリアムズの交響曲全集は、定評あるボールトやプレヴィンの全集をも凌駕する出来映えを誇っていると言っても過言ではない。

「第1」は雄渾・壮大、非常な力演である。

合唱の比重が大きい作品で、その処理が何よりも重要だが、トムソンは素晴らしく鋭敏な、そして声とコーラスに対する見事な手腕をもって難関を切り抜けており、構成力も強い。

練りに練られた表現と、その中に明滅する抒情性の美しさ、劇性の確かさは彼の力量を示している。

オケが熱演を展開し、独唱にも気迫があり、表情豊かな音楽だ。

「第2」は標題音楽的な内容だが、純音楽的にすぐれた表現で演奏も緻密、第1楽章では多くの素材に対するトムソンの愛着が伝わってくるし、第2楽章は弦合奏の幻想的な響きが印象派風の音構造を着実に描き出す。

第3楽章もドビュッシーのような感覚美を浮かび上がらせ、終楽章の力感に満ちた接続曲風に変転する楽想の自然さも見事というほかはない。

「田園」というタイトルのついた「第3」の穏やかな抒情感は、イギリス近代音楽の精髄と言えよう。

それはトムソンのようなイギリスの指揮者だからこそ表現できるものかもしれないが、第1楽章の大自然の時の流れのように悠揚とした進行を聴けば、この曲がベートーヴェンとは違った「田園」であることを痛感する。

第4楽章ではケニーが透明度の高い声で、絶妙な表情と雰囲気を表している。

「第4」は戦争への不安と波乱の予感が背景にあり、この作曲家にしては珍しく、危機をはらんだ多くの不協和音が全曲を支配している。

第1楽章でトムソンはロンドン響から緊迫感に富んだサウンドを引き出し、第2楽章でも指揮の確かさと合奏力の優秀さが光る。

フィナーレは軍隊調でかなりの迫力だ。

「第5」の第1楽章はホルンの呼び声に始まる牧歌的な音楽で、第2楽章は民俗舞踊風のテンポの速いものだが、このコンビはこういう音楽の演奏をさせると他の追随を許さぬものがある。

第3楽章のロマンスをトムソンは心からの共感をこめて内面の歌を歌い、フィナーレでは乗りに乗って魅力的な旋律をつぎつぎに繰り出してくる。

「第6」は闘争的な楽想で開始する第1楽章の、自由だが考え抜かれた書法は作曲者のキャリアの証で、その緊張感の表現が素晴らしい。

第3楽章もフーガ的な構成をとる緊密な音楽で、その旋律とリズムのポリフォニーの明快な表現が快い。モデラートの静かな第4楽章は、延々と漂うような音楽が続く不思議な終曲だ。

「第7」はこの曲の最高の秀演である。

第1楽章は実に豊かな共感を表した演奏で、第2楽章は急速な弦のうねりと共に現れる管の詩情、ハープとピアノの色彩の美しさ等が聴き手を魅了してやまない。

第3楽章での悲しみの抒情は作品の本質に触れたもので、終楽章は壮大なトゥッティのバランスが巧みに整えられ、ソロと合唱は晴朗そのものだ。

コーダの表現もこれ以上は望めないだろう。

「第8」の演奏は、トムソンの作品に対する激しい共感をよく伝えている。

第1楽章は情熱的で内的緊張感が強く、各変奏の変転が明快に表出される。

また、アンダンテ・ノン・トロッポの部分では弦の内声の厚みと柔らかさがよく、見えかくれする主題を巧みに追求している。

第2楽章の管もうまい。

第3楽章は作曲者得意の手法を的確に表し、第4楽章も隙のない表現である。

「第9」は作曲者の最晩年、85歳の時に書かれた作品で、全体を老巨匠のペシミズムが支配している。

第1楽章は不気味な序奏に始まり、クラリネット独奏が示す第1主題も不思議なイメージだ。

第2楽章はフリューゲルホルンの静かな導入と、粗野な行進曲の楽想の対比が狙いだ。

第3楽章はシニカルなスケルツォ、終楽章は静かな導入部からホルンによる主題へと移る。

以上、演奏全体から受ける印象は無骨ではあるが、それ故に味わいがあり、この無骨さがヴォーン=ウィリアムズの音楽にマッチして、聴く者に圧倒的な力で訴えてくるのである。

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2021年12月22日


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レイフ・ヴォーン・ウィリアムズはショスタコーヴィチと並ぶ20世紀の偉大なシンフォニストだったことを忘れてはならない。

1910年に完成した最初の「海」の交響曲から死の年の交響曲第9番に至るまで、偶然ではあるがちょうどジンクス通りの9曲の交響曲を残している。

スタイルとしては、映画音楽から編まれた5楽章制の「南極交響曲」を唯一の例外としていずれも4楽章制の伝統的な枠組みを持つが、民謡を取り入れるなどの民族的な要素が含まれたり、場面によっては斬新なテクスチャーを見せる部分もあり、決してアナクロニズムにに終わっていない。

一般的には第1番「海」、第2番「ロンドン交響曲」、第5番、第7番「南極交響曲」の4曲が最も人気のある作品だろうが、それ以外の作品も親しみやすい中にもシーリアスな内容を持った優れたものなので、ここでは全集として取り上げたい。

ボールトの全集録音はヴォーン・ウィリアムズ交響曲にあたっての犒法瓩里茲Δ並減澆澄

堅苦しいという意味での比喩ではない。

主だった国の憲法を眺めてみるといい。

そこにはどれほど人間が今日到達した英知が記されていることだろう。

そういう意味でボールトのヴォーン・ウィリアムズは尊重されなくてはならないし、あらためて聴けば聴くほどに毅然とした佇まいに感銘を受ける。

音楽を「あるがまま」に語らせるい彼のスタイルは第4番では少し激しさに欠けるかもしれないし、《南極》ではやや雰囲気に乏しい。

しかしこれらも含め、端然とした演奏にもやはり深い作品への温かな共感がうかがえる。

80歳前後の頃の録音だが、音楽の流れは瑞々しく活力がある。

ボールトは無骨ともいえる重厚な表現で、エルガーの流れを汲むスケールの大きい交響曲の世界を引き出している。

エルガーの場合とは異なり、より精緻なニュアンスを求めたくなる場面も多々あるが、抑揚の大きいドラマティックな表現は、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲のシーリアスな面を抉り出す結果になり充実している。

ヴォーン・ウィリアムズはボールトのリハーサル、本番にしばしば立ち会い意見を語り合い、公私とも深い絆で結ばれていた。

ボールトの頭の中には、ベートーヴェンの交響曲と同様に9曲のスコアの隅々までが、作曲家の肉声とともに収まっていた。

ただ録音年代がばらばらなのと3つのオーケストラが使用されているため全体として統一感に欠ける部分があるのが残念だ。

それでもスタンダードな全集であることは間違いない。

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2019年05月04日


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ヴォーン・ウィリアムズは20世紀前半のイギリス音楽ルネサンスを推進した重要な作曲家で、イギリスの民謡とチューダー王朝教会音楽に着目し、その再評価を通じて自作に反映させた。

作曲家デビューは遅く35歳で、最晩年の85歳まで作曲し、作品は、交響曲からオペラまであらゆる分野にわたっている。

現代の作曲家の中でもヴォーン・ウィリアムズは、後期ロマン派の感性を色濃く受け継いでいて、同時代のドイツやロシアの作曲家が無調性や十二音技法などの理論を実践に移していたのに対して、しばしば彼はケルティック・スケールを用いた、古いスコットランドやアイルランドの旋律を取り入れたリリカルなメロディー・ラインを独特の和声法で包んだ、涼やかな郷愁を喚起させる効果を好んだ。

筆者はイギリス音楽に大いに惹かれるが、日本ではなんといってもドイツ音楽が主流で、そのことは当然ともいえるが、イタリア、フランス、ロシアなどの作品が広く聴かれているのに比べると、イギリス音楽は地味な存在として、ほんの一部のファンを獲得しているに過ぎず、これは大変残念なことだ。

エルガー、ブリテン、ディーリアスなどももちろんよいが、筆者が日常とくに哀惜しているのはヴォーン・ウィリアムズなのである。

ヴォーン・ウィリアムズの魅力は、何と言ってもその多彩な表現力にあり、繊細な曲調の作品もあれば、豪快かつ勇壮な音の饗宴もあるし、ユーモラスな音の遊戯を楽しむことができる作品もある。

彼は多種多様な楽器等の組合せによって、非常にバラエティに富んだ曲作りを行っている。

また彼は大自然の描写を得意とし、標題音楽にも傑出した才能を示していることから、現代音楽を難解なものとして敬遠している方にも違和感無く受け入れられる作曲家の一人だろう。

1枚目のCDは比較的規模の小さな管弦楽曲を集めたもので、2枚目は主として歌曲集となっているが、演奏はそれぞれ高水準で特に入門者にお勧めできる選曲だ。

CD1では、バルビローリが『グリーンスリーヴズ』の旋律をチャーミングに愛らしく歌い上げて、この作品の親しみやすい魅力を余すところなく伝えてくれる。

バルビローリがこのような作品を指揮すると不思議な奥行きが出て独特の魅力があり、その弦楽のテクスチュアの温かいリアリズムは彼独特のもので、他の比肩を許さない。

『タリス・ファンタジー』は豊饒な黄金色のアンサンブルで、オーケストラ全体がバルビローリとともに音楽に没入し、息の長い歌が幾恵にも重なり合っていく。

繊細を極めるピアニッシモであっても音そのものは肉厚で温かく、フォルテにいたるフレージングは、あたかも空気中から音が満ち溢れてくるようだ。

CD2では、『ウェンロック・エッジにて』の若さと純粋さを併せ持つポストリッジの歌は、詩の精神に寄り添った理想的なものだ。

ただ歌ものを入れるなら彼の短いオペラ『Riders to the sea(海に乗り出す人々)』を入れて欲しかった。

ワーナー20世紀クラシックス・シリーズは過去にリリースされた録音からのリカップリングになるので、演奏者や録音時期とそれに伴う音質の若干の不均一は否めない。

尚このシリーズのライナー・ノーツには歌詞は付いていない。

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2016年07月19日


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ベルナルト・ハイティンクがこれまでに完成させた全集ものは数多くの作曲家の作品に及んでいるが、それらは決して偶然に成立したものでもなければ、やっつけ仕事的にこなした録音でもない。

彼がそれぞれの作曲家の作法やその変遷を注意深く研究し、より広い視野から俯瞰した総合的な作曲家像を提示しているところに価値があるのではないだろうか。

このヴォーン・ウィリアムズの交響曲全集も録音データを見ると、1984年の『南極交響曲』を皮切りに最後の第8番と第9番は2000年に完了している。

つまりこの全集は足掛け16年に亘る長期計画を遂行した成果であり、そうした彼の周到な作品分析とそれを実行に移す熱意と根気強さには敬服させられる。

またオーケストラは以前首席指揮者を務めていた旧知のロンドン・フィルであることも、ハイティンクが英国物に強い彼らの能力を最大限発揮させることで、より一層このセットを完全にしている。

実際これらの曲中には作曲家自身によって採譜されたイングランド古謡からのメロディーがモティーフとして頻繁に現れる。

例えば『ロンドン交響曲』でのテームズ河の情景やビッグ・ベンの鐘の模倣などローカル色豊かな作品や、ひんやりとした幻想的な田園風景を想起させる『パストラーレ』や『揚げひばり』、歌詞を伴わないソプラノの声を神秘的に取り入れた『南極交響曲』のような表題的な傾向が濃厚なことは否定できない。

しかしハイティンクによって端正にアナリーゼされたスコアがかなり普遍的に音楽化されていて、安っぽい描写音楽に堕していないのは流石だ。

こうした媚を売ることのない真摯な姿勢と冷静な音楽作りも彼の指揮に共通する哲学だが、また歌手の抜擢にも細心の注意を払っているように思われる。

『海の交響曲』でのソプラノのフェリシティ・ロット、バリトンのジョナサン・サマーズや『ウェンロックの断崖で』のソロを歌うテノールのイァン・ボストリッジはベスト・キャストと言えるだろう。

EMIの録音レベルがやや低いが音質は良好だ。

またバジェット価格なので多くは望めないが、このワーナー・クラシックス・シリーズでは、ライナー・ノーツに簡単な解説と録音データしか印刷されておらず、それぞれの紙ジャケットの裏面かボックスの裏側の曲目と照らし合わせる必要がある。

またソロ及びコーラスの歌詞も省略されている。

尚9曲の交響曲以外には『トマス・タリスのテーマによる幻想曲』、『ノーフォーク・ラプソディー』、サラ・チャンのソロが加わるヴァイオリンとオーケストラのための『揚げひばり』、『沼沢の地方にて』、イァン・ボストリッジのテノールで『ウェンロックの断崖にて』の5曲がカップリングされている。

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2014年11月24日


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前半2曲は1998年にオペラ『天路歴程』の演奏で高く評価されたヒコックスらしく、J.バニヤンにちなむ作品。

後半の2つの声楽作品は初録音で、「賛美歌前奏曲」もこのヴァージョンでは同様という貴重盤だ。

ヴォーン・ウィリアムズはシベリウスを尊敬し、自作の交響曲の献呈を行ったが、その献呈曲が交響曲第5番であった。

シベリウスを意識しただけに、激しく不協和音が炸裂する第4番とは全く異なり、いかにも英国の自然を彷彿とさせる抒情性や、北欧への憧憬に満ち溢れた名作だ。

もっと演奏、録音されても良い曲だと思うのだが、ヒコックス&ロンドン交響楽団盤は、この宗教的色合いの強い第5番の代表的名演と言える。

もちろん、バルビローリやボールトといった大御所の演奏も捨て難いが、録音の優秀さを考慮すると当盤が一歩抜きんでていると言えよう。

ヒコックスは、こうした柔和な作風を尊重した抒情豊かな名演を成し遂げており、作品への共感がこの指揮者の最良な部分を発揮させている。

併録の合唱曲や小品もいずれも美しい佳曲揃いであり、ヒコックスの指揮やロンドン交響楽団、合唱団も最高のパフォーマンスを示している。

それにしても、全集完成目前で早すぎる死によって頓挫したヒコックス。

ヒコックスの指揮はわかりやすく、曖昧さの一点もない演奏であり、英国音楽の最高の紹介者として、その損失はあまりに大きい。

いずれにしても、ヒコックスによる素晴らしい名演を高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年11月17日


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英国の詩情ここに極めれりと言った表現が見事にあてはまる素晴らしい名SACDと言えるのではないだろうか。

ボールトは、ホルストの組曲「惑星」を初演するなど、英国の指揮者の重鎮とも言うべき存在であったが、そのレパートリーは意外にも幅広く、例えばブラームスの交響曲全集など、ドイツ系の音楽にも少なからず名演奏の数々を遺しているところだ。

もっとも、そうは言ってもそのレパートリーの中核をなしていたのは、エルガーやヴォーン・ウィリアムズをはじめとする英国音楽であったことは言うまでもない。

本盤には、そうした英国の大作曲家であるエルガーとヴォーン・ウィリアムズの管弦楽曲の代表作が収められているが、英国音楽を自家薬篭中のものとしていたボールトによる演奏でもあり、演奏が悪かろうはずがない。

本レビューの冒頭にも記したが、まさに英国の詩情に満ち溢れた珠玉の名演揃いであると言っても過言ではあるまい。

ボールトのこれらの各楽曲に対するアプローチは、何か特別に奇を衒った解釈を施しているわけではない。

むしろ、曲想を精緻に丁寧に描き出して行くという正攻法のものであるが、一聴すると淡々と流れていく各旋律の端々からは、いかにも英国の独特の自然を彷彿とさせるようなエレガントで詩情豊かな情感が滲み出しており、これぞまさしく英国音楽の粋と言えるだろう。

とりわけエルガーのエニグマ演奏曲の各変奏曲を巧みに描き分けつつも、エレガントさをいささかも失うことがない風格の豊かな音楽は、大指揮者ボールトだけに可能な至高の表現であると言えるところであり、同曲の演奏の理想像の具現化と言ってもいいのではないだろうか。

ロンドン交響楽団も、ボールトの確かな統率の下、最高のパフォーマンスを発揮していると高く評価したい。

音質については、本盤に収められた楽曲のうち、エニグマ変奏曲については、かの超名演として名高いホルストの組曲「惑星」とのカップリングにより数年前にリマスタリングが施されたところであり、比較的満足できる音質であった。

したがって、筆者としても、エニグマ変奏曲については、当該リマスタリングCD盤を愛聴してきたところだ。

しかしながら、今般、ついに待望のSACD化が行われることによって大変驚いた。

リマスタリングCD盤とはそもそも次元が異なる見違えるような、1970年のスタジオ録音とは信じがたいような鮮明な音質に生まれ変わった。

鮮明さ、音場の拡がり、そして音圧のいずれをとっても一級品の仕上がりであり、あらためてSACDの潜在能力の高さを思い知った次第だ。

いずれにしても、ボールト&ロンドン交響楽団による英国音楽の粋とも言うべき至高の超名演をSACDによる極上の高音質で味わうことができるのを大いに歓迎したい。

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2014年11月04日


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本盤には、ブラスバンドに入ったことがある者であれば、誰でも一度は演奏したことがあるであろう有名曲が収められている。

特に、ホルストの吹奏楽のための組曲第1番及び第2番、ヴォーン・ウィリアムズのイギリス民謡組曲などは定番とも言える超有名曲であるが、意外にも推薦できる演奏が殆ど存在していない。

それだけに、本盤の各演奏はきわめて稀少価値のあるものと言える。

ヴォーン・ウィリアムズやホルストは、若干時代は活動時期は前後するものの、チェコのヤナーチェクやハンガリーのバルトーク、コダーイなどと同様に、英国の作曲家としての誇りをいささかも失うことなく、英国の民謡を高度に昇華させて自作に採り入れようとした。

その結実こそは、イギリス民謡組曲、そして吹奏楽のための組曲第1番及び第2番なのであり、筆者としては、本盤に収められたいずれの楽曲も、単なるブラスバンドのためのポピュラー名曲の範疇には収まりきらないような芸術性を湛えていると高く評価している。

他に目ぼしいライバルとなり得る名演が存在しないだけに、吹奏楽の普及に多大なる貢献を行ったフレデリック・フェネル&イーストマン・ウィンド・アンサンブルによる本演奏は、本盤に収められた各楽曲の唯一の名演とも言える貴重な存在と言える。

ブラスバンドのための楽曲だけに、決して重々しくはならず、演奏全体の様相としては颯爽としたやや速めのテンポを基調としているが、各楽曲に盛り込まれた英国の詩情に満ち溢れた民謡風の旋律の数々については心を込めて歌い抜いており、いい意味での剛柔のバランスのとれた名演奏を展開していると言えるところだ。

イーストマン・ウィンド・アンサンブルも、フレデリック・フェネルの指揮の下、これ以上は求め得ないような一糸乱れぬアンサンブルにより、最高のパフォーマンスを発揮していると評価したい。

いずれにしても、これぞまさしくブラスバンドによる演奏の理想像の具現化とも言えるところであり、本盤の演奏から既に50年以上が経過しているにもかかわらず、現在でもなお本盤の演奏を超える演奏があらわれていないのも十分に頷けるところである。

ホルストと言えば組曲「惑星」のみがやたら有名であるし、ヴォーン・ウィリアムズと言えばタリスの主題による幻想曲などが特に有名であるが、仮に、本盤に収められた各楽曲を未聴であるとすれば、ホルストにしても、ヴォーン・ウィリアムズにしても、吹奏楽の分野において、このような偉大な傑作を遺しているということを、本盤を聴いて是非とも認知していただきたいと考えるところだ。

音質は、1950年代末の録音にしては従来CD盤でも十分に満足できるものであったが、今般のルビジウム・クロック・カッティングによって、従来CD盤よりも更に良好な音質に生まれ変わったと評価したい。

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早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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