現代音楽

2022年06月14日


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グラズノフは、チャイコフスキーやロシア5人組などの帝政ロシア時代末期に活躍した大作曲家と、プロコフィエフやラフマニノフ、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチなどの旧ソヴィエト連邦時代に活躍した大作曲家(ラフマニノフやストラヴィンスキーは国外での活躍が中心であるが)の間に挟まれた、いわゆる狭間の世代の作曲家である。

これら前後の世代の作曲家の活躍があまりにも華やかであったこともあり、グラズノフは比較的目立たない存在に甘んじていると言わざるを得ない。

前述の旧ソヴィエト連邦時代に活躍した作曲家に絶大なる影響力を誇ったことを考えると、大変嘆かわしい状況に置かれていると言えるのではないだろうか。

グラズノフの楽曲は、チャイコフスキーやラフマニノフほどではないものの、その旋律は、メランコリックなロシア風の抒情に満ち溢れており、内容も多彩な変化に富んでいるなど、聴き応えがあり大変魅力的である。

交響曲は全部で8作存在しているが、いずれも親しみやすい名作揃いである。

全集を録音した指揮者は、これまでのところネーメ・ヤルヴィや尾高忠明、セレブリエールなどを除くと基本的にロシア系の指揮者に限られている。

そのことが前述のような現在におけるグラズノフのいささか残念な認知のされ方を表しているとも言える。

フェドセーエフは、本盤以外にもグラズノフの交響曲全集をスタジオ録音(1976〜1979年)しているので、本盤はスタジオ録音とほぼ同時期にライヴ録音された2つ目の全集ということになる。

スヴェトラーノフ、ロジェストヴェンスキーなどの先輩指揮者の演奏は、ロシア風の民族色を全面に打ち出したアプローチを行っているのが特色であった。

それに対しフェドセーエフのアプローチは、スタジオ録音でもそうであったように、より純音楽的なものである。

本盤のライヴ録音の方が、スタジオ録音よりもより情感に満ち溢れた熱い演奏になっているように思うが、基本的なアプローチは何ら変わっていないと思われる。

もちろん、純音楽的とは言ってもスヴェトラーノフなどのあくの強い演奏との比較の話であり、グラズノフの交響曲が含有するメランコリックなロシア風の抒情の表現においても、いささかの不足はない。

モスクワ放送交響楽団も、フェドセーエフの指揮の下、ライヴ録音とは言えないような卓越した技量をベースとした素晴らしい演奏を披露しており、本全集の価値を高めるのに大きく貢献をしている点を忘れてはならない。

録音も比較的良好であり、文句のつけようがないレベルに達している。

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2022年05月28日


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イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタは、技術的にも、そして、その内容を豊かに表現するという意味においても、稀に見る難曲である。

まさに、イザイが模範としたバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ同様の難しさがある。

近年のヴァイオリニストも、バッハとともに、このイザイのソナタに挑戦する者が増えてきている傾向にある。

とは言っても、若手のヴァイオリニストが、イザイのソナタに挑戦するというのは正気の沙汰ではなく、その意味でも、松田理奈は、凄いことをやってのけたと考える。

ライナー・ノーツの解説によれば、松田は、イザイに幼いころから慣れ親しんできたとのことであるが、それにしても、今般の全曲録音は快挙と言える。

そして、演奏も素晴らしい。

録音の良さを考えると、同曲のトップの座を争う名演と評価してもいいのではないだろうか。

卓越した技量もさることながら、松田は、この変化の激しい各曲の描き分けが実に巧み。

強弱も、そして緩急自在のテンポの変化も、よくぞここまで完璧に表現することができたものだと感心してしまう。

それでいて、音楽の流れを損なうことはいささかもなく、ゆったりとした気持ちで、イザイのソナタを満喫することができるのが素晴らしい。

抒情的な箇所の調べは、女流ヴァイオリニストならではの繊細な美しさに満ち溢れている。

松田は、まだ30歳代半ば。

本盤のような名演を聴くと、彼女の前途洋々たる将来性を感じずにはいられない。

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2022年05月17日


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デュリュフレのレクイエムは、3大レクイエム(モーツァルト、ヴェルディ、フォーレ)に次ぐ名作とされているにもかかわらず、録音の点数が多いとは必ずしも言い難い。

そのような中で、フォーレのレクイエムにおいて素晴らしい名演を成し遂げているミシェル・コルボが、同曲のスタジオ録音を行っているのは何と言う嬉しいことであろうか。

本盤におけるコルボによる演奏は、そのような期待をいささかも裏切ることがない素晴らしい名演に仕上がっている。

清澄な美しさを誇る同曲であるが、コルボの指揮は、これ以上は求め得ないような繊細な表現を駆使して、精緻に同曲を描き出している。

それでいて、繊細であるが故に薄味になるということはいささかもなく、どこをとってもコクがあり、加えて豊かな情感に満ち溢れるのが素晴らしい。

そして、各フレーズの端々から滲み出してくるフランス風のエスプリに満ち溢れた瀟洒な味わいには抗し難い魅力がある。

また、同曲は、フォーレのレクイエムと比較すると、時折ドラマティックな振幅も散見される。

そうした箇所においてもコルボはいささかも力づくの無機的な演奏には陥らず、常に懐の深い崇高さを失うことがないのが素晴らしい。

独唱陣も極めて豪華なキャスティングであると言えるだろう。

メゾ・ソプラノのテレサ・ベルガンサとバリトンのホセ・ファン・ダムという超豪華な布陣は、本演奏でもその名声に恥じない素晴らしい歌唱を披露していると評価したい。

コロンヌ管弦楽団と同合唱団も、コルボの確かな統率の下、最高のパフォーマンスを発揮している。

いずれにしても、コルボによる本演奏こそは、同曲演奏の理想像の具現化である。

録音からかなりの年月が経っているにもかかわらず、現在でも同曲の演奏史上トップの座を争う至高の超名演と高く評価したい。

併録のグレゴリオ聖歌の主題による4つのモテットも、デュリュフレのレクイエムがグレゴリオ聖歌を使用していることを踏まえてのカップリングであると考えられるが、演奏も清澄な美しさを誇る素晴らしい名演に仕上がっている。

音質は、パリのトリニテ教会やノートルダム・デュ・リバン教会の豊かな残響を効果的に生かした鮮明なものであり、従来盤でも十分に満足できる高音質である。

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2022年05月08日


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ステンハンマルは、シベリウスやニールセンとほぼ同時代に活躍したスウェーデンの大作曲家であるが、その認知度はシベリウスやニールセンと比較するとあまりにも低いと言わざるを得ない。

交響曲第2番やセレナード、そしてカンタータ「歌」など、シベリウスやニールセンの数々の名作に劣らないような偉大な傑作を作曲していることを考えると、現在において知る人ぞ知る存在に甘んじているのはあまりにも不当であると言わざるを得ない。

50歳代という比較的若く鬼籍に入ってしまったことから、例えば、交響曲については第3番を完成させることがなく2曲にとどまっているなど不運な面もある(シベリウスはクレルヴォ交響曲を含めて8曲、ニールセンは6曲)とは言えるが、それにしてはもう少しその作品が一般に知られてもいいのではないかと考えられるところだ。

もっとも、ステンハンマルには、シベリウスやニールセンをはるかに凌駕するジャンルが存在する。

それは、本盤に収められた弦楽四重奏曲であり、数の上においても(シベリウスは4曲(うち3曲は若き日の習作の域を出ない)、ニールセンは4曲)、そして質においても(とりわけ第5番及び第6番)、北欧の音楽界においてもその存在感には極めて大きいものがあるのではないかと考えられるところだ。

ところが、録音の点数はこれまたあまりにも少ないと言わざるを得ない。

そのような中でオスロ弦楽四重奏団による、第3番〜第6番を収めた弦楽四重奏曲集が録音されたのは何と言う素晴らしいことであろうか。

初期の第1番及び第2番が録音されていないのは残念なことではあるが、ステンハンマルの個性が発揮されたのは第3番以降の諸曲であり、収録曲においては申し分がないと言えるのではないだろうか。

演奏も、カプリスレーベルによる前述の演奏と遜色はなく、むしろ同一の弦楽四重奏団による演奏で一貫していることもあり、本演奏こそがステンハンマルの弦楽四重奏曲の現時点での決定盤とも言うべき素晴らしい名演と言っても過言ではあるまい。

そして、音質も、各奏者の弓使いまでが鮮明に再現されるのは殆ど驚異的であり、まさに現在望み得る最高の音質が本名演の価値をより一層高めていることを忘れてはならない。

いずれにしても、本弦楽四重奏曲集は、知る人ぞ知る存在に甘んじているステンハンマルの魅力を世に知らしめるためにも恰好の名演集であるとともに、演奏の質、そして高音質録音という必要な要素を兼ね備えた至高の名演集と高く評価したい。

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2022年04月12日


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黛敏郎の代表作であり、大オーケストラと合唱を駆使して壮大な東洋的世界を感動的に表現した「涅槃交響曲」に、薬師寺の「薬師悔過」をカップリングした意欲的な企画で高い評価を得たアルバム。

お寺の鐘(梵鐘)の音をオシログラフにかけて波形分析し、できるだけそれに近い響きをオーケストラで出そうとした部分(第1楽章「カンパノロジー1」)から始まるこの曲は、黛敏郎の代表的な作品で、「日本人作曲家による」といった前置きを抜きにして、20世紀を代表する名曲とも言えよう。

涅槃交響曲は凄い作品だと思う。

日本の仏教の根源的な音色の1つである梵鐘の音色を徹底的に追究し、作曲後も、天下のNHK交響楽団を活用して実験を繰り返したというのだから、その拘り方は尋常ではない。

梵鐘の音色を西洋の楽器で表現するという、非常に困難な所為だけに、黛敏郎としても、作曲上、大変な苦労があったと思うが、合唱の絡み方も含め、実に良く出来た完成度の高い傑作と高く評価されるべきである。

形式的には交響曲と称しているが、かのフランスの現代を代表する作曲家、メシアンのトゥーランガリーラ交響曲を彷彿とさせるところであり、私見では、作曲技法等において一部共通するものがあるとも考えたい。

それまで前衛的な作風だった黛敏郎が、思想的な面も含めて保守回帰してゆくこととなってゆく曲で、聴きやすく分かりやすい曲でもある。

同曲は、サラウンドを前提として作曲されたというが、録音も実に臨場感のある素晴らしいものである。

本来は、SACDで聴くのが最高であると思うが、今回のBlu-spec-CD盤の登場は、費用対効果をも加味すると、同曲を高音質で味わうのに相当な成果だと考える。

この曲が含有する深遠な精神性は、やはりこのような高音質CDで聴きたい。

なお、本CDには、奈良の薬師寺の聲明が収録されている。

筆者も、このCDで初めて聴いたが、西洋のグレゴリオ聖歌に匹敵するような音楽が、我が国においても存在し、しかも今日まで脈々と受け継がれてきたことに深く感動した。

最近は日本人の作曲家による作品というと武満徹の作品がよく採り上げられるようであるが、もっともっと、この作品をはじめとする黛敏郎の曲も、演奏される機会が増えて欲しいものである。

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2022年04月08日


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我が国の伝統文化に深い敬意を表して、そうした伝統文化に根ざした傑作の数々を世に送り出した黛敏郎には、頭が下がる思いである。

音楽のレビューと直接の関係がなくて恐縮であるが、現在における、日本の伝統文化や日本人としての誇りを蔑にするかのような嘆かわしい状況に鑑みれば、今こそ黛敏郎の音楽を深く味わうべき時にあるのではないかとさえ考える。

本盤に収められた両曲ともに素晴らしい傑作で、いずれも東洋的な精神世界をオーケストラで壮大に表現した傑作で、黛敏郎の才能の素晴らしさを実感できる。

曼荼羅交響曲は、涅槃交響曲と同様に、仏教の世界観をとり入れた作品であるが、どちらかと言えば、涅槃交響曲よりもわかりやすいと言えるかもしれない。

大乗仏教の金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅をモチーフにした2部構成の作品である。

第1部は、打楽器とオーケストラが断片的な音の交換から始まり、段々と東洋的なイメージが膨らんでいく。

第2部は、静かな仏教的な境地を思わせる雰囲気から、打楽器や金管が大きく盛り上がる展開である。

ライナーノーツによると、NHK交響楽団初の世界演奏旅行の際に、各地で演奏したとのことであるが、まさに世界に誇る現代曲の傑作と言えるのではないか。

バレエ音楽「舞楽」も、西欧音楽の楽器を活用した日本古来の音楽と言った趣きであり、バレエ音楽と言うよりは、能や歌舞伎の舞を思わせるような、独特の魅力に満ち溢れている。

雅楽の音響をオーケストラで模した2部構成の作品で、笙、しちりきのような音色が交錯しながら段々と盛り上がって、タイトルにふさわしい、東洋的なリズムの現代舞曲になっている。

そのためか全体を通して平安王朝の雰囲気に満ちた作品である。

演奏は、これらの両曲の初演者である岩城宏之&NHK交響楽団によるものになる。

黛敏郎も生前において認めていた演奏だけに、現時点においても、最も権威ある名演と評価しても過言ではあるまい。

Blu-spec-CD化による高音質化も、本盤の価値を大いに高めている。

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2022年04月01日


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ヴィラ=ロボスの多岐に亘る作品を協奏曲、室内楽、管弦楽のそれぞれのジャンルから集めて2枚のCDにカップリングした20世紀クラシックス・シリーズのセット。

第1曲目のソプラノ・サクソフォンと室内オーケストラのための『ファンタジア』は実質的な協奏曲で、この楽器の特性を活かした華やかで色彩感に溢れる、サクソフォンのための数少ない協奏曲のひとつだ。

ジョン・ハールの鮮やかなソロ、ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内による1990年のセッション。

この曲は作曲者が1920年にパリで出会ったサクソフォニストのマルセル・ミュルのために書いたが、ミュルの関心を惹くことはなく、彼に送られた楽譜も紛失してしまったといういわくつきの曲だ。

一方ギター協奏曲はアンドレアス・セゴビアの初演で、1951年に作曲されているので、ロドリーゴやカステル=ヌオーヴォの同協奏曲より後の作品になる。

彼自身ギタリストでもあり、ソロ・パートの手馴れた名人芸や洗練されたオーケストレーションの書法が魅力だが、新境地に踏み込むような斬新さと音響の鮮烈さではロドリーゴが優っているように思う。

演奏はロメロ・ファミリーの末っ子で、情熱的なテクニシャンのアンヘル・ロメロのソロ、へスス・ロペス=コボス指揮、ロンドン・フィルによる1984年のセッション。

その他興味深い曲として、当初ピアノ用に作曲された『ブラジルの子供のためのカーニバル』に堂々たるオーケストレーションを施して協奏曲風に仕上げたファンタジー『モモプレコチェ』がクリスティーナ・オルティスのピアノ、アシュケナージ指揮、ニュー・フィルハーモニアで聴ける。

そしてやはり民族的な印象が強い弦楽四重奏曲第6番ホ短調がハンガリアン・カルテットの演奏になる。

2枚目は彼のオーケストラル・ワークの代表作『ブラジル風バッハ』からの4曲になる。

中でも白眉はヴィラ=ロボス自身の指揮とヴィクトリア・デ・ロス・アンへレスのソプラノに8台のチェロが加わる第5番が、エキゾチックな雰囲気を満喫できるだけでなく、音楽的にも高い水準で必聴の名演。

オーケストラはフランス国立放送管弦楽団で1956年の古いセッションだが、デジタル・リマスタリングの効果もあって音質は良好。

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2022年03月13日


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1957年の録音だが、逸早くステレオ・レコーディングを取り入れたデッカのオペラ全曲盤シリーズのひとつで、かなりクリアーな音質が得られている。

キャスティングは当時デッカと契約していた歌唱力、人気共に絶頂にあったオールスター・キャストで、絢爛たる声の饗宴という意味でも現在では望めないようなセッションになっている。

ラ・ジョコンダは当時の新星ドラマティック・ソプラノ、アニタ・チェルクェッティで、しかも彼女が参加した唯一のセッション録音だ。

チェルクェッティはその翌年、マリア・カラスがローマ歌劇場で歌った『ノルマ』で第1幕を終えたところで突然キャンセルしたために、第2幕以降を歌い継いで実力を認められている。

レパートリーは16曲ほど持っていて、ライヴ録音全曲盤は13セットがリリースされているが、彼女自身はわずか29歳で健康上の理由で引退してしまった。

やや硬質だが輪郭のくっきりした声質は、ドラマティックな役柄に相応しい。

『ラ・ジョコンダ』の名盤と言えば、やはりマリア・カラス、ジャンニ・ポッジ、パオロ・シルヴェーリ、ジュリオ・ネーリがヴォットーの指揮で録音した1952年のEMI盤が捨てがたい魅力を持っている。

但しモノラル録音で今一つこのオペラの色彩感や舞台を髣髴とさせる臨場感に欠けている。

またエンツォ・グリマルドを歌うポッジは、確かにライヴで聴けばその大音声に驚いただろうが、CDで鑑賞すると緊張感に欠けて聞こえる。

そうした点で、こちらはデル・モナコのいやがうえにも白熱した緊張感を創り上げる劇的な歌唱に加えて、バスティアニーニの狡猾で性格的なバルナバ、重厚なシエピの演じる悪役アルヴィーゼ、更に熟練のシミオナートのラウラが加わって、暗いストーリーに豪華な花を添えている。

フィレンツェ五月祭管弦楽団を指揮するジャナンドレア・ガヴァッツェーニも流石にイタリア・オペラを知り尽くした人だけに、要所要所を効果的に表現しながら、歌手たちを思いきり歌わせている。

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2022年03月08日


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フランスのベテラン・ピアニスト、パスカル・ロジェによる何とも瀟洒なアルバムだ。

「Crystal Dream」とのタイトルで、サティと吉松隆のピアノ・ソロ曲を集めている。

曲の配列がまた一興である。

サティのジムノペティでも1番、2番、3番と順に収録しているわけではなく、それどころか、吉松の作品とほぼ交互に配列されている。

この順番もロジェが考案したものだが、トータルの収録は73分超、ジャケットデザインもイージー・リスニング風だ。

アイデアとしてはやや無理があるのではと思ったが、聴いてみると、これが意外にもフィットしているのに驚いた。

何よりも、ロジェの肩の凝らない演奏が素晴らしいし、それでいて、2大作曲家の楽曲の特徴を巧みに描き分け、CD全体を一大芸術作品にしてしまった。

このような意表をつくアイデアと、アイデア負けしない名演を成し遂げたロジェに大拍手!

ロジェは透明感のあるピアニズムがことに印象的なピアニストで、例えばデュトワと録音したラヴェルのピアノ協奏曲集は、オーケストラのライトな響きと、見事な録音によって、現代的な色彩感に満ちたもので、筆者の愛聴盤になっている。

当盤でのロジェのピアノもまったく同様な美観に満ちている。

録音は、レーベルがエクストンになったこともあり、ピアノがぐっと近いような印象であるが、ホールトーンも適度にキープされていて、まずは良好。

冒頭のジムノペティ第1番から落ち着いた足取りで、かつしなやかなで透明な音色が繰り広げられる。

これほど静物画的なサティも、実はなかなか聴けないもので、また、ちょっとおどけた様な曲でも、ロジェの音色は高貴な佇まいを示す。

吉松のピアノ作品はプレイアデス舞曲集からの抜粋ということだが、サティのように曲毎の個性があるわけではない。

しかし、たいへん正直な感じの曲たちで、坂本龍一や加古隆のピアノ曲のように映像や環境を補完することで一層引き立つような雰囲気の曲たちだ。

もちろんただ聴いても悪くはないし、ロジェのようなピアニストに奏でられることによって、これらの曲たちの魅力も倍加しているように思われることは、このアルバムの大きな成果と言っていいだろう。

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2022年02月18日


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2018年がアメリカの軽音楽作曲家ルロイ・アンダーソン生誕110周年ということもあって、既にふたつのレーベルから自作自演集がリリースされた。

スクリベンダムと英リアル・ゴーン・ミュージックでどちらも4枚組リマスタリング盤だが収録曲目が若干異なっていて、こちらのスクリベンダム盤は最後に自作ミュージカル『ゴルディロックス』からのセリフを除いた序曲、アリア、重唱及びコーラスのステレオ録音を組み入れているのが特徴だ。

演奏者ではソリストの名前はある程度記載されているがオーケストラについては一切明らかにされていない。

過去にリリースされたCDにはルロイ・アンダーソン・アンド・ヒズ・ポップス・コンサート・オーケストラと表記されていた。

かなり高度な機動力を持っていてリズム感も良くアンサンブルも上手いので決して機会のための寄せ集めではなく、おそらくゴールドマン・バンドやボストン・ポップス・オーケストラのピックアップ・メンバーによって構成された楽団と思われる。

ルロイ・アンダーソンを世に出したアーサー・フィードラー指揮する当時のボストン・ポップスはRCAビクターと契約していたので、版権の異なるデッカやコロムビアでの演奏では名称を伏せたのかもしれない。

ちなみにフィードラー、ボストン響もほぼ時を同じくしてルロイ・アンダーソン作品集を録音しているが曲数はずっと少ない。

その他マーキュリーのリヴィング・プレゼンスからのフェネル、イースター=ロチェスター盤、ヴァンガードのアブラヴァネル、ユタ交響楽団、ナクソスのスラットキン、BBC盤などの選択肢がある。

ここでは目の醒めるような速いテンポで颯爽と演奏するアンダーソンのオリジナリティーが全開で、当時のパワフルで屈託のないアメリカを反映しているところが象徴的だ。

尚最後のミュージカルだけは指揮がリーマン・エンジェルに代わっているが監修は常にアンダーソン自身で、作曲者の意図が忠実に実現されたオリジナル・キャスティングによる貴重なセッションになる。

彼らしい軽快な曲の連続するロバウト・サウジー原作の童話から脚色された作品だが、短い曲に機知とユーモアを集中的に盛り込んだアンダーソンにとって、実力を発揮できるジャンルではなかったらしくミュージカルの定番としては残らなかった。

音質については録音と再生技術でそれぞれのメーカーが鎬を削っていた当時のアメリカだけに、1958年から62年にかけてのステレオ録音の状態はすこぶる良く、パートごとの分離状態にも優れていて、半世紀前の録音とは思えないほど生き生きした音楽の息吹きを伝えている。

尚CD1の前半及びCD3はモノラル録音でやや音質も落ちるが時代相応以上の音質が確保されている。

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2022年02月12日


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田部京子の演奏で1996年にリリースされ、大好評を博した「プレイアデス舞曲集」の続編になる。

本盤に収められている作品の多くは田部京子のために書かれたもので、彼女の魅力を最大限に引き出した珠玉の小品である。

まずは、このように美しいピアノ作品集を作曲した吉松隆氏に感謝の気持ちを捧げたい。

今回収録されているのは、「プレイアデス舞曲集」第6集から第9集までと、田部の誕生日に贈られた「2つのロマンス」、そしていくつかの小品集である。

収録曲は、いずれも“夢”と“星”に因んだものばかり。

透明、リリカル、美しい、シンプルといったお約束めいた単語を書き連ねて、吉松隆氏の作品を論じるつもりはないが、田部京子という類い希な表現者を通じて、確固たる“小宇宙”を形成しているのが、とにもかくにも印象的だ。

タイトル通り、夜の空にひとりでしんと耳をすますと宇宙から聴こえてきそうな星の音、星の燃える音、ぶつかる音...それらを音曲にしたような星の音楽。

どの楽曲も、現代の作曲家とも思えないような美しい旋律に満ち溢れた名作であり、各楽曲につけられた題名もセンス抜群である。

全部で38の“小宇宙”を聴き終えて、ある時は慈しむように、またある時は鋭敏に奏で上げていくピアニストのセンスが実感できる、きわめてユニークなアルバムになっている。

筆者も、前作で初めて吉松隆氏の作品に接することになったが、今作もそのあまりのセンス抜群の美しさにすっかりと感動してしまった。

吉松隆氏と言えば現代クラシック界の難解な音楽に反旗を翻すいわば異端的な存在とも言えるが、だからといって彼を退嬰的であるとは少しも思わない。

吉松隆氏の音楽にサティやドビュッシーなど近代の作曲家の影響を見出すのはた易いが、彼の音楽は間違いなく20世紀初頭に書かれ得たものではなく、紛れもない、我々現代人の感性によって生み出されたものである。

ジャズとクラシックとの融合が20世紀初頭の音楽家たちにとって1つの前衛であったように、吉松隆氏の音楽は、ポップスとクラシックの高度な融合を図っているように思える。

そして、この手の試みの中で稀有な成功を果たした例として、彼の音楽は世界の最前衛に位置していると言っても過言ではない。

演奏であるが、田部京子は極めて洗練された魅力的な音色で描き出していて、このような美しい作品にびったりと言えよう。

田部京子はその簡潔な譜面に豊かなイマジネーションを投影し、感覚に訴える演奏を聴かせるが、常に芯が通っていて、流れが引き締まっている。

田部京子は、この同じデンオン・シリーズの中で、メンデルスゾーンの無言歌集(吉松隆氏の作品と同様の美しい小品集)でも名演を録音しているが、アプローチはメンデルスゾーンの場合と同じ。

女流ピアニストならではの繊細なタッチと、ここぞという時の力強い打鍵がバランスよくマッチングしており、吉松隆氏の素晴らしい音楽を更なる高みに持ち上げている。

ただでさえ美しい38の各楽曲が、同CDの宣伝文句にも記述されているように、あたかも宝石のような38の神秘的な小宇宙を紡ぎ出していっている。

そう、まずは虚心坦懐に耳を傾けてみよう! 20世紀末から新世紀へと移り変わった期間に、作曲者が書き綴った“夢”と“星”に寄せる愛すべき歌が聴こえてくることだろう。

音質も非常に鮮明であり、田部京子の繊細なタッチがよりクリアに表現されている点も、本CDの価値を大いに高めるのに貢献している。

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2022年02月09日


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吉松隆氏自身が「点と線だけでできた最小の舞踊組曲」だというこの作品は、耳に優しく心地よく響いてくる小品集。

最長でも3分に満たぬ小曲集でありながら、いずれも幻想的かつ情緒的で、星夜の空によく似合う逸品揃い。

しめやかな曲、軽やかな曲と曲想は様々ながらも、どことなく万葉の息吹を感じさせる神話的な透明感が聴く者の心を慰める。

まずは、このように美しいピアノ作品集を作曲した吉松隆氏に感謝の気持ちを捧げたい。

どの楽曲も、現代の作曲家とも思えないような美しい旋律に満ち溢れた名作であり、各楽曲につけられた題名もセンス抜群である。

筆者も、本CDではじめて、吉松隆氏の作品に接することになったが、そのあまりのセンス抜群の美しさにすっかりと感動してしまった。

吉松隆氏と言えば現代クラシック界の難解な音楽に反旗を翻すいわば異端的な存在とも言えるが、だからといって彼を退嬰的であるとは少しも思わない。

吉松隆氏の音楽にサティやドビュッシーなど近代の作曲家の影響を見出すのはた易いが、彼の音楽は間違いなく20世紀初頭に書かれ得たものではなく、紛れもない、我々現代人の感性によって生み出されたものである。

ジャズとクラシックとの融合が20世紀初頭の音楽家たちにとって1つの前衛であったように、吉松隆氏の音楽は、ポップスとクラシックの高度な融合を図っているように思える。

そして、この手の試みの中で稀有な成功を果たした例として、彼の音楽は世界の最前衛に位置していると言っても過言ではない。

演奏であるが、田部京子は極めて洗練された魅力的な音色で描き出していて、このような美しい作品にびったりと言えよう。

田部京子はその簡潔な譜面に豊かなイマジネーションを投影し、感覚に訴える演奏を聴かせるが、常に芯が通っていて、流れが引き締まっている。

田部京子は、この同じデンオン・シリーズの中で、メンデルスゾーンの無言歌集(吉松隆氏の作品と同様の美しい小品集)でも名演を録音しているが、アプローチはメンデルスゾーンの場合と同じ。

女流ピアニストならではの繊細なタッチと、ここぞという時の力強い打鍵がバランスよくマッチングしており、吉松隆氏の素晴らしい音楽を更なる高みに持ち上げている。

ただでさえ美しい35曲にものぼる各楽曲が、同CDの宣伝文句にも記述されているように、あたかも宝石のような35の神秘的な小宇宙を紡ぎだしていっている。

音質も非常に鮮明であり、田部京子の繊細なタッチがよりクリアに表現されている点も、本CDの価値を大いに高めるのに貢献している。

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2022年02月06日


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戦後、ブーレーズ、ノーノとともに“前衛三羽鴉”と呼ばれ楽壇を牽引したシュトックハウゼンは、2007年に惜しくも世を去ったが、彼の初期を代表する名作「ピアノ曲I-XI」が再発売された。

1950年代、60年代のヨーロッパ前衛音楽の指導的立場にあった、ドイツのシュトックハウゼンの代表作を集めたアルバム。

セリエリズムに基づく作風ながら不確定性・偶然性を取り入れた「ピアノ曲XI」をはじめとして、聴き手を圧倒するシュトックハウゼンの世界がここにある。

彼はミュージック・セリエルの方法論を出発点にしながらさまざまな作曲理論を展開・実践し、同時代者たちに多大な影響を与えた。

ピアノ曲気らⅪ は、初期の点描主義から群作法、持続のセリー、偶然性の導入にいたるシュトックハウゼンの思索の足跡を一望するのに格好のシリーズである。

とくに現代音楽演奏のスペシャリスト、コンタルスキーによる演奏も魅力的で歴史的名演と呼べるもので傾聴に値する。

アロイス・コンタルスキーは、そのクリアなタッチと力強い音楽創りに定評があり、現代ピアノ作品の演奏の場には、弟のアルフォンスと共に欠かせないピアニストであった。

このLPは1970年に日本でリリースされたが、戦後の前衛音楽を常にリードしていたシュトックハウゼンのピアノ曲機Ⅺ を入れたもので、70年大阪万博にシュトックハウゼンが来日するのに合わせて出された。

しかしこれによってシュトックハウゼンが提唱していた「群作法」「可変形式」「多義形式」などの前衛音楽の概念が、より明確にされた歴史的なディスクといっても過言ではない。

2曲のミクロフォニーも電子音楽のパイオニアであった作曲者のライヴ・エレクトロニック・ミュージックの傑作で、想像力豊かな音の出会いが聴ける。

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2022年02月01日


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武満徹の代表的作品4曲を作曲者本人の立ち会いのもとに収録したアルバムで、故若杉弘による素晴らしい名演である。

武満徹入門には文句なしの1枚で、作品は武満の(真に音楽的な意味で)代表作と言えるし、演奏の規模・迫力、魅力と他に比べられない傑作の名演集と言える。

鶴田/横山にとって6回目の録音にあたる「ノヴェンバー・ステップス」ほか、デジタル初録音となった「弦楽のためのレクイエム」など、静謐の中に色彩感あふれる演奏が魅力である。

武満徹の「弦楽のためのレクイエム」や「ノヴェンバー・ステップス」の名演としては小澤による名盤があるが、本盤の若杉の演奏は冷静かつ情熱的で、小澤盤とは違った性格の名演と高く評価したい。

小澤の名演は、武満徹が記した複雑なスコアを、独特の鋭い感性で描き出していくのに対して、若杉の名演は、ある種のドイツ音楽を指揮する時にように、厳しい造形美と重厚さが持ち味と言える。

武満徹の立ち会いのもとで行われた録音ということもあり、作曲者としても、このようなアプローチを容認していたと言うことであろう。

特に、「弦楽のためのレクイエム」は、曲の性格もあり、小澤の名演よりも、より心の琴線に訴えかける力強さに溢れて感動的だ。

「ノヴェンバー・ステップス」は、小澤盤と同格と言えるが、ゆったりとした深みのある味わいを求める聴き手からすれば、本盤の方を選ぶのが適切とも考えられる。

併録の「ヴィジョンズ」も名演であり、どれも美しい緊張感と知的な彩りを帯びた演奏で聴き応えがある。

指揮者も凄いが、オケも凄く、東京都交響楽団というオーケストラは、もしかして日本一のオーケストラかもしれないという確信を抱かせる。

武満徹の代表的な作品を集めたCDとして、小澤盤と並んで、代表的名盤との地位は、今後とも揺るがないものと考える。

1991年の録音で、もう30年程前の録音ではあるが、音質は良好なレベルと言って良い。

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2022年01月04日


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デ・ロス・アンヘレスが1969年にパリでレコーディングしたふたつのフランスの作曲家の作品が、SACDで復活した。

どちらもオーケストラの伴奏付きでジャン=ピエール・ジャキャ指揮コンセール・ラムルー管弦楽団とのコラボになる。

デ・ロス・アンヘレスの透明感のある声質が素晴らしく再生される。

ショーソンもカントルーブも非常に凝った、また気の利いたオーケストレーションを施していて、コンセール・ラムルーもジャキャの求める陰翳深い情緒を良く表現している。

ただしこの時代のEMIの録音は最良のものとは言えない。

オーケストラの解像度は思ったほどではなかった。

これはマスター・テープの音質だから致し方ないだろう。

『海と愛の詩』はモーリス・ブショルの洗練された高踏的な詩にショーソンの天才が花開かせた歌曲だが、デ・ロス・アンヘレスの輪郭のはっきりした、迸るような歌声と繊細な表現が鑑賞者を別世界にいざなってくれる。

ソロを支える管弦楽も決して重くなり過ぎず、移ろうような明暗と水の感触を髣髴とさせる。

この作品の最も優れた演奏といえる。

一方『オーヴェルニュの歌』はカントルーブの採譜と編曲になる民謡集だが、こちらでの彼女はエスプリに満ちた機知と、蝶のように軽快な飛翔、またララバイでは慈愛に溢れる歌唱を聴かせてくれる。

尚このディスクには9曲のみがピックアップされているが、EMIイコン・シリーズの7枚組では同メンバーによる24曲が組み込まれている。

彼女はバルセロナ出身のスペイン人だが、地元のサルスエラやスペイン歌曲は勿論、モーツァルトやイタリア・オペラの主要作品からドイツ・リートにまでレパートリーを持っていた。

ジェラルド・ムーアの引退コンサートにシュヴァルツコップ、フィッシャー=ディースカウと共に参加したことも記憶に新しい。

しかしフランス・オペラや歌曲、宗教曲にも驚くべき才能を発揮した。

彼女の歌ったフランス・オペラを試みに挙げてみると、ビーチャムとの『カルメン』、クリュイタンスとの『ペレアスとメリザンド』『ファウスト』『ホフマン物語』宗教曲ではフォーレの『レクイエム』、プレートルとの『ヴェルテル』歌曲にもラヴェルの『シェエラザード』『ギリシャの歌』などがあり、いずれも名演の名に恥じない録音だ。

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2019年08月06日


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エンニオ・モリコーネの映画音楽ベリー・ベスト盤は10年ほど前に企画された、オリジナル・サウンド・トラック60曲を収録した3枚組『プラチナム』だが、今回のアルバムは彼自身が選曲してチェコ・ナショナル交響楽団を指揮したものだ。

録音会場はプラハ、ダブリン、ロンドン、ケルン、アントワープ、アムステルダム及びロックロウの七箇所に渡り、ミキシングはローマで行いマスタリングはロンドンのアビーロード・スタジオという、まさにヨーロッパ・ツアーでの精力的な音楽活動とその成果が結集されている。

トラック20から23の4曲を除いてその他の総てが新規に録音されたものになる。

収録曲は23曲でCD1枚分に纏めてあるが、レギュラー盤、ボーナスDVD付2枚組、LP仕様と更に日本盤のSHM−CDを加えると実に4種類の選択肢があり、ここではDVD付ヴァージョンの概要を書くことにする。

DVDにはアメリカの映画監督クェンティン・タランティーノの作品のために作曲された音楽の収録風景が映し出されている。

チェコからロンドンのアビー・ロード・スタジオにやって来たオーケストラを指揮するモリコーネの姿を中心に、彼らや録音担当のエンジニア及びスタッフへのインタビューなどで構成されていて、1本の映画を制作するためのコラボへの情熱と矜持が表れている。

ここでは実際の映像シーンをオーバーラップさせながらフル・ヴァージョンのスコアが演奏されているが、最近の彼の作風を知る上で興味深い。

尚ここで演奏されている作品は『エクソシスト』より「リーガンのテーマ」、『ヘイトフル・エイト』より「レッドロックへの最後の駅馬車」、「雪」及び「白の地獄」で、これらの曲はCDの方には組み込まれていない。

言語は英語でサブタイトルも英語のみ。

ごく簡易な紙ジャケットにCDとDVDが挿入されていてトラック・リストが掲載されたパンフレット付。

モリコーネの音楽には庶民の夢や希望、そして哀感が巧みに表現されていて、そうした独自の手法は彼が担当した映画を青春時代から観てきた筆者を強い郷愁に駆り立てる。

勿論筆者だけでなく、それらの作品に共感し励まされ、また涙した人も数限りない筈だ。

彼の音楽は聴衆に媚びるのではなく、心の琴線に触れるような温もりがあって、それがもはや帰ることのない失われた日々へのララバイのように聞こえてくるのは年のせいかもしれない。

映像とサウンドを離れ難く結び付ける彼の手腕は天賦の才と言うべきだろう。

彼がイタリアでは先輩ニーノ・ロータ亡き後の映画音楽の巨匠であることは明らかだが、未だ衰えることのない活動を続けているのは頼もしい限りだ。

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2018年11月12日


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2007年にエンニオ・モリコーネがアカデミー賞・名誉賞受賞記念を祝したCD(3枚組・全60曲)。

音楽だけを聴いていると、これが1人の作曲家が手掛けた作品群とは思えないほど、1曲1曲が個性的で多様な音楽的要素が含まれている。

それだけでなく、おそらく殆んど総てのジャンルのミュージックをそれぞれの映画監督の映像的構想の中に昇華させていく変幻自在のモリコーネ独自の世界が繰り広げられていることに驚かざるを得ない。

しかしながらそれらが映画のシーンと切り離すことができないほど渾然一体となって脳裏に焼き付いているために、BGMとしてなら気にならないかも知れないが、このディスクのように次から次へと並べられるといくらか忙しい編集という感じは否めない。

例えば同じ映画のために作曲された音楽はトラックを一箇所に纏めることができた筈だし、曲数を減らしても作品ごとのストーリーを追った、よりコンプリートな編集を望みたいところだ。

映画は大衆の娯楽として誕生したが、次第にドキュメンタリーとして、あるいは文学作品の領域にも深く進展して独自のアートとしてのジャンルを確立してきた。

特にトーキーの時代を迎えてからは映像の背景を演出するには欠かすことのできないエレメントになって、ショスタコーヴィチやオネゲルなどのクラシックの作曲家達の映像のための創作意欲を高めたことも事実だ。

しかしモリコーネの音楽は大衆の好みを決して手放すことはない。

勿論レベルを下げるのではなく、むしろ啓発してきたのだと思う。

彼は映像と音楽がどんな関係にあって、自分の曲がどの場面で最大の効果をもたらすかも狡猾なくらい熟知している。

それは彼の映画音楽制作への才能や情熱だけでなく、これまでに彼が参画してきた作品からの豊富な経験から会得した能力でもあるだろう。

だから音楽だけを良く聴いていると、いくらかあざといと思われる部分が無きにしも非ずだが、映像を伴った時に観衆を強力に引き込んでいく老獪とも言えるサウンドは忘れることができない。

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2018年06月30日


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ワーナーの20世紀クラシックス・シリーズのひとつで、1枚目にはクルト・ワイルの初期の作品、2曲の交響曲とウィンド・オーケストラを伴うヴァイオリン協奏曲が収められている。

交響曲は大オーケストラを扱った華麗な力作には違いないが、彼の後の名作『三文オペラ』を一度ならず観た筆者には、大風呂敷の胡散臭いイメージが払拭されず、苦笑を禁じえない。

いやそれくらい彼のミュージカルは愉快そのものだった。

そうした意味ではこのセットの2枚目に入っている一連のブロードウェイ・ソング集が彼の機知やユーモア、そして小気味の良い揶揄や皮肉っぽい風刺を得意とした、最もワイルらしい作品ではないだろうか。

ブゾーニ門下の作曲家として彼が夢見た若い頃の大望はいざ知らず、交響曲という大見得を切った形式は、彼の渡米以後再度取り上げられることがなかったのも象徴的だ。

一方ヴァイオリン協奏曲の方は、その洗練されたオーケストレーション、シンプルな形式感から、よりとっつき易い作風になっている。

ここではソロのフランク・ペーター・ツィンマーマンが正確無比なテクニックと抑制を効かせたカンタービレでごく正攻法で攻めた表現が、マリス・ヤンソンス指揮、ベルリン・フィルのメンバーの好サポートもあって秀逸だ。

交響曲第1番及び第2番はどちらもガリー・ベルティーニ指揮、BBC交響楽団の演奏で録音は1967年、またヴァイオリン協奏曲は上記のメンバーで1997年のセッションになる。

尚2枚目には彼のミュージカルの中から『ヴィーナスの接吻』、『ニッカーボッカー氏の休日』、『フィレンツェの悪漢』、『ラヴ・ライフ』そして『ジョニー・ジョンソン』の抜粋がバリトンのトマス・ハンプソン他の歌唱、ジョン・マックグリン指揮、ロンドン・シンフォニエッタ・コーラス及び管弦楽団による1994年の録音で収められている。

11ページのライナー・ノーツには曲目紹介、演奏者及び録音データの他に簡単な作曲家のキャリアが掲載されているが、歌詞については残念ながら省略されている。

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2015年04月06日


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シマノフスキは、19世紀末から20世紀前半にかけて活躍したポーランドを代表する作曲家であり、交響曲や協奏曲、室内楽曲、器楽曲、オペラなどに至るまで、あらゆるジャンルに渡る作品を遺したにもかかわらず、お世辞にもメジャーな作曲家とは言えない存在に甘んじている。

シマノフスキの前後に位置する作曲家、すなわち、ショパンや現代音楽の旗手の1人であるペンデレツキなどがあまりにも有名過ぎるというのにも起因しているのかもしれない。

また、交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」で有名なグレツキにさえ、知名度において劣るのだから、遺された作品の質の高さを考えると、きわめて不当な評価を受けていると言わざるを得ない。

近年では、ラトルが、一貫してシマノフスキを採り上げているし、最近ではブーレーズによるきわめて優れた名演も生み出されており、今後、シマノフスキに対する評価が高まっていくことを大いに期待したい。

本盤は、そうしたシマノフスキが作曲した2曲の弦楽四重奏曲を収録したものであるが、シマノフスキの中期と最晩年の作品だけに、その作風の大きな変化を味わうという意味においても、好カップリングCDである。

演奏は、カルミナ四重奏団であり、しかも、デビューCDとのことであるが、傑作でありながら、決して親しまれているとは言えない楽曲をデビュー曲として選択したところに、この団体の底知れぬ実力を感じさせる。

1987年ボルチアーニ・コンクールにおいて2位という審査結果を不満とした審査員5人が異例の声明を出してカルミナ四重奏団を賞賛するという衝撃的な国際デビューを飾ったカルミナ四重奏団は、その後の世界的な演奏活動、CDの完成度の高さを通じトップ・クラスのクァルテットとして世界の評価を獲得している。

これは彼等ならではの知的なプログラミングで、ほとばしるような強さと輝きを併せ持つ演奏は何度聴いても衝撃的だ。

そうしたカルミナ四重奏団の自信と気迫が、本演奏全体にも漲っており、他にも録音が殆ど存在しないことを考慮すれば、本演奏こそ、シマノフスキの弦楽四重奏曲の決定盤としての評価は、あながち不当なものではないと考える。

カルミナ四重奏団の演奏は繊細の極みで、スコアにある緊密なリズム処理を周到に行い、またその鮮明性を保つため、音の響きに敏感な抑制性を与えている。

その結果、微細なパーツにより成り立つ特にシマノフスキの音楽を高いレベルで再現できていると思われる。

その結果、この作品が持つ音楽的な効果を、十分に引き出すことに成功している。

そのことは、例えば、第2番の第2楽章のリズムとメロディの交錯する感触などに象徴的で、野趣性とともに、独特の気高さを漂わせた演奏となっている。

ウェーベルンの弦楽四重奏のための緩徐楽章もカルミナ四重奏団の恐るべき実力を世界に知らしめた名演である。

Blu-spec-CD化による音質向上効果も大変目覚ましいものがある。

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2014年12月15日


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フランスの長老大指揮者として活躍していたフルネは、オランダ放送フィルとともに様々な楽曲の録音を遺したが、その中でもレパートリーの中心となったのは、当然のことながらフランス音楽であったことは言うまでもない。

本盤に収められたオネゲルの管弦楽曲や交響曲第3番は、フルネの得意としていた楽曲であるが、この中で文句のつけようのない名演は管弦楽曲であると思われる。

老巨匠ならではの老獪とも言うべき指揮ぶりが、各楽曲の魅力を引き立てることに貢献し、いい意味での聴かせどころのツボを心得た巧い演奏を展開している。

本盤に収められた各楽曲は、現代音楽でありつつ、比較的わかりやすい曲想を有しているが、フルネは、それらの曲想を精緻かつ丁寧に描き出していくとともに、どこをとってもフランス人指揮者ならではの気品と格調の高さを損なうことがない点を高く評価したい。

他方、交響曲第3番については、オネゲルの5曲ある交響曲の中でも代表作とも言うべき傑作であるだけに、古今東西の様々な大指揮者によって録音がなされてきている。

かの巨匠ムラヴィンスキーやカラヤンなども同曲をレパートリーとして、優れた名演を遺しており、そうした海千山千の大指揮者による名演の中で、存在価値のある名演を成し遂げることは必ずしも容易であるとは言い難い。

本演奏においても、フルネは健闘はしていると思う。

ムラヴィンスキーの演奏のような、楽曲の心眼に鋭く切り込んだいくような彫りの深さ、カラヤンの演奏のような、ダイナミックレンジを幅広くとり、同曲の有する劇的な要素を際立たせた強靭さなどとは無縁の演奏であり、前述したような管弦楽曲の演奏におけるアプローチと同様に、曲想を精緻かつ丁寧に描き出すことに腐心しているとさえ言えるところだ。

したがって、聴き手によっては、いささか物足りなさを感じることも十分に考えられるが、オネゲルが同曲に込めた美しさを際立たせるという意味においては成功していると言えるところであり、その意味においては、同曲の持つ美しさに焦点を当てた佳演と評してもいいのではないだろうか。

フルネであれば、もう少し深みのある演奏を行うことが可能ではないかとも考えられるが、これだけ美しい演奏を展開してくれたフルネに対して文句は言えまい。

いずれにしても、本盤に収められた演奏は、フルネ&オランダ放送フィルの名コンビぶりを窺い知ることが可能な素晴らしい名演と高く評価したい。

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2014年12月08日


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コダーイの組曲「ハーリ・ヤーノシュ」は名曲中の名曲であるが、最近では殆ど目ぼしい新録音が行われていないのではないだろうか。

筆者も本盤の演奏を鑑賞するに先立って、CD棚を整理してみることにした。

それを古い録音から並べて見ると、コダーイ&ブダペスト・フィル(自作自演盤)(1961年)、フリッチャイ&ベルリン放送響(1961年)、ケルテス&ロンドン響(1964年)、セル&クリーヴランド管(1969年)、オーマンディ&フィラデルフィア管(1973年)、ドラティ&フィルハーモニア・フンガリカ(1973年)、テンシュテット&ロンドン・フィル(1983年)、ショルティ&シカゴ響(1993年)、デュトワ&モントリオール響(1994年)、フィッシャー&ブダペスト祝祭管(1998年)となる。

これ以外にもあるのかもしれないが、少なくとも筆者が知る限りにおいては、フィッシャー盤以降10年以上も著名な指揮者による新録音がなされていないことになる。

実際のところ、以前発売されていた音楽之友社の「名曲名盤300選」を紐解いても、1993年のショルティ盤以降の推薦盤は皆無であることから、仮にあったとしてもめぼしい演奏はないと言ってもいいのではないだろうか。

もっとも、前述に掲げた演奏はいずれも名演だ。

ハンガリー系の指揮者が多いのは当然であり、それぞれに個性的な演奏ではあるが、基本的な性格としてはハンガリーの民族色豊かな演奏と言える。

テンシュテットとデュトワの演奏が異彩を放っているが、デュトワは洗練の極みとも言うべき精緻な演奏、テンシュテットは細部にまで彫琢の限りを尽くしたドラマティックな演奏と言えるだろう。

これらの演奏を踏まえた上での本盤のラインスドルフによる演奏であるが、これは徹底して即物的なアプローチと言えるのではないだろうか。

ハンガリーの民族色には目もくれず、むしろドイツの交響曲に接する時のような堅固な造型美や重厚さが支配している。

ある意味ではドライな表現とも言えるが、それでいて素っ気なささえ感じさせる各フレーズの端々から独特の情感が滲み出しており、決して血も涙もない演奏には陥っていないことに留意しておく必要があるだろう。

いずれにしても本演奏は、ドイツ風の重厚なアプローチによる稀有の名演と高く評価したい。

併録のハンガリー民謡「孔雀」による変奏曲も、組曲「ハーリ・ヤーノシュ」と同様の即物的なアプローチによる重厚な名演だ。

ボストン交響楽団も、ラインスドルフの統率の下、素晴らしい演奏を繰り広げており、本名演に大きく貢献しているのを忘れてはならない。

そして本盤がさらに素晴らしいのはXRCDによる極上の高音質録音である。

今から50年近く前の録音ではあるが、最新録音に限りなく近いような鮮明な音質に生まれ変わっている。

いずれにしても、ラインスドルフによる至高の名演をXRCDによる高音質で味わうことができるのを大いに喜びたい。

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2014年10月23日


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本盤には、デュカスの極めて有名な交響詩「魔法使いの弟子」をはじめとして、交響曲ハ長調、そしてバレエ音楽「ラ・ペリ」が収められている。

デュカスは、自作に対して極めて厳しい姿勢で臨んだところであり、後世に遺す必要がないと考えた作品はすべて破棄したことから、その作品の数は著しく少ないと言わざるを得ない。

また、交響詩「魔法使いの弟子」は誰でも知っている超有名曲であるが、バレエ音楽「ラ・ペリ」についてはファンファーレのみが広く知られており、交響曲ハ長調に至っては知る人ぞ知る存在に甘んじている。

それだけに、交響詩「魔法使いの弟子」を除くと録音の点数はわずかであり、その意味でも、本盤のようにデュカスの名作がまとめておさめられていること、そして巨匠フルネが演奏していることなどを考慮すれば、デュカスの作品を広く認知させるという意味においても意義の大きい名CDと言えるだろう。

そして、演奏内容も実に素晴らしい。

フルネの演奏の最大の特色は一音一音をいささかも蔑ろにしない精緻さであり、それは、本盤に収められた各楽曲のいずれの演奏においても健在である。

もっとも、フルネの場合は、単にスコアに記された音符の表層だけをなぞっただけの杓子定規な演奏を行っているわけではないことに留意しておく必要がある。

精緻に描き出している各フレーズをよく聴くと、独特の細やかなニュアンスが込められていると言えるところであり、演奏の密度の高さには尋常ならざるものがある。

そして、各フレーズの端々からは豊かな情感が滲み出しているとともに、演奏の随所にはフランス風のエスプリが漂うなど、その洒落た味わいの情感豊かな演奏には抗し難い魅力に満ち溢れている。

交響曲ハ長調においては、演奏全体の堅固な造形美にもいささかも欠けるところはなく、交響詩「魔法使いの弟子」やバレエ音楽「ラ・ペリ」における各場面の描き分けの巧みさは、巨匠フルネならではの老獪な至芸と言えるところであり、その語り口の巧さは見事という他はない。

そして、いずれの楽曲においても、トゥッティにおける強靭な迫力においては、とても当時80歳代後半の老巨匠とは思えないような圧倒的な生命力が漲っている。

また、これらの演奏において素晴らしいのは、オランダ放送フィルの北ヨーロッパのオーケストラならではのいぶし銀の独特の音色である。

かかるオランダ放送フィルのいぶし銀の音色が、演奏全体に独特の落ち着きと潤いを付加させているのを忘れてはならない。

いずれにしても、本盤に収められた演奏は、デュカスによるそれぞれの楽曲の代表的な演奏とも言える圧倒的な超名演と高く評価したい。

音質は、1990〜1992年のスタジオ録音であり、十分に満足できる音質である。

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2010年04月14日


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「お母さま、どうか泣かないでください」とソプラノが淡々と歌う世にも美しいアダージョ楽章を持つ全3楽章1時間近い交響曲。

1992年12月、ポーランドの前衛作曲家ヘンリク・グレツキが17年も前に書いた交響曲を録音したこのアルバムは、突如、イギリスのポップスのヒット・チャートにランク・インした。

作品は1970年代半ばに書かれたものだが、1990年代になってドーン・アップショウが歌うこの美しいアダージョ楽章がラジオから繰り返し流れたことから、ヨーロッパを中心として世界的大ヒットとなった。

ちょうど"癒しの音楽"の流行ともあいまって、大きくクローズ・アップされた形である。

ペルトと同じく、現代音楽専門の評論家や作曲家たちの頭を飛び越えて直接聴衆の心を捉えてしまった稀有の1枚である。

ポーランドの売れない前衛音楽の作曲家だったグレツキは、この1枚で20世紀後半を代表する現代音楽作曲家にのし上がり、以後ペルトと並んで「新しい現代音楽」の代名詞になったほど。

ほかの録音との違いは、アップショウの透明な声がことばの悲劇性をいっそう際立たせた点にある。

3楽章とも戦争にまつわるポーランドの女性の哀しみを綴った歌詞をソプラノが歌う独唱を伴っているのだが、特に第2楽章の「お母さま、どうぞ泣かないでください」の一節は涙を誘う。

ロンドン・シンフォニエッタの演奏も強弱ををすっきりと整えて、ぐっと洗練されている。

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2009年06月25日


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日本でのサティ・ブームは1980年代ごろから爆発的におこったが、チッコリーニは、1960年代の前半に、すでにサティの作品全集の第1弾を手がけていた。

つまりチッコリーニは、いわゆるサティ・ブーム以前からサティ演奏をしている、年季の入った筋金入りだ。

それだけに彼の演奏には、さすがににわか仕込みのサティ弾きにはないものがにじみ出ている。

それが聴き手の耳をくすぐり、心をいやしてくれるのだ。

有名な「3つのジムノペティ」や「6つのグノシエンヌ」がその好例。

1970年代の初めのチッコリーニの全集によって、サティの音楽は徐々に、しかし確実にわが国でファンを獲得していった。

「ほほえみで諷刺した喜劇作家モリエールがそうだったように、サティとその音楽もまたモラリストなのだ」とチッコリーニは言っている。

この演奏はそうした特徴がよく表れており、メロディーの美しさとともに、音楽による諷刺的な面も強調している。

率直で、自然体にサティにアプローチしたもので、いくぶんあっさりとした表現だが、音色の美しさと繊細さが魅力。いまなお新鮮さを失っていない。

現在までにサティの音楽はかなり正当に音楽史に取り込まれ、演奏される機会も格段に増えていった。

サティの音楽のような一見単純な作品の場合、読みを深くすることは極めて困難だ。

この驚くべき知性の人が仕掛けた世紀末的な罠をくぐるには、知性と感性が決め手となるが、ここで聴き手は、チッコリーニによる切れ味のよいサティの音楽を知的にも感性的にも純粋に享受することができる。

これはサティ演奏のスタンダードとなりうるディスクといえるだろう。

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2009年03月04日


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オーボエという楽器の枠を無限に広げた天才ホリガーを聴くのにはうってつけの名盤だ。

事実、ホリガーの場合は、演奏が始まると、並外れて優れた力量に誰もが気付くという種類の超絶的な名手なのである。

これはレコードでもほとんどの場合感じられることで、彼がソロを始めるや否や、フレーズがどうとかリズムがどうとか、あるいは技巧や音楽性云々を語る以前に、もうすでに完全に完成された音楽を感じさせる。

うまいとか見事にとかの言葉では言い表せない完璧で完結した音楽。

このディスクに収録された現代作品などの場合は特に、音楽の凄味となって表われてくるのである。

アンサンブルの曲もあるが、聴きものは自作のソロ作品。

スタジオでのデジタル録音という環境が前衛作品らしい効果を高めている。

特にスタジオの無音状態から突然鳴り響く音のありよう自体が、なにかしらホリガーを印象付けるものでもあった。

現代作品としては他にもCDがないではないが、ホリガーのを聴くには録音面からもこれが一番いいだろう。

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2008年02月20日


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読者の方は私をクラシック一辺倒の固い人間だと感じてらっしゃるかもしれないが、実は人知れずビートル・マニアでもある。

「ザ・ビートルズ/サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」は、1968年にビートルズが打ち立てた、音楽ジャンルを超越した一枚。

テープによるマルチ・トラック録音、LPサイズによるコンセプト・アルバムなど、この時代を代表する方法論が全面に打ち出され、さらにロックを基盤としながらクラシックやジャズや民族音楽や現代音楽など様々な音楽要素を万華鏡のようにちりばめたトータル・アートの指向が全編に満ちている傑作である。

もっとも、本人たちはそう大層なことをやろうと思ったわけではなく、ちょっとみんなを驚かそうという遊びのつもりだったのかもしれない。

しかし、結果的にはクラシックとかポップとかいう次元を越えた20世紀を代表する名作の一つとなった。

ロックがクラシックの音楽家にも一目置かれるようになったのも、このアルバムがきっかけ。

クラシック音楽のブログにロックの名盤を混入させたのは、そんな理由から。

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2008年02月18日


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大河ドラマのファンにとって、待望のアルバムと言える。

大河ドラマは、原則として1年間に渡って放送されるので、メインテーマについては約50回程度聴くことになり、どのような音楽でも自然と耳に入ってしまう。

それ故に、過去の大河ドラマのメインテーマを聴くと、それぞれの年の想い出とオーバーラップして聴くことになるのが、懐かしくもあり、楽しくもある。

そのような貴重な体験をさせてくれる意味でも、きわめて意義の多いアルバムと言える。

筆者個人としては、大河ドラマを通しで見たのは峠の群像以降であるが、1年を通して聴いた曲については、まさに、それぞれの年の想い出に浸りながら楽しく聴かせていただいた。

峠の群像以降に限って言えば、ドラマとしての最高傑作は徳川家康といのち、楽しさだけに限れば、独眼竜政宗と八代将軍吉宗だと考えているが、メインテーマはいずれも超一流の作曲家の手による作品であり、音楽自体はいずれも実に高水準の優れたものである。

それにしても、世界的な作曲家であるモリコーネや武満徹、富田勲をはじめ、池辺信一郎など、超一流の者ばかりであるし、演奏も、デュトワやアシュケナージをはじめ、我が国を代表する指揮者によるもの。

加えて、我が国最高のオーケストラであるNHK交響楽団が演奏するというもの(3作目以降)であり、あらためて、大河ドラマの豪華さを思い知った次第である。

嬉しいのは、前回発売のCDとの兼ね合いで入ってなかった50作目の江が入っていること。

江を含めた上で発売しても良かったのではないかと思っていただけに朗報と言える。

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2008年02月14日


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ソ連出身の異色現代作曲家アルヴォ・ペルトの本邦初の作品集。

ペルトは1935年9月11日エストニアのハイデ生まれで、音響技士の仕事のかたわらタリン音楽大学で作曲を学び、80年オーストリアに亡命した。

東方教会の単旋律聖歌に大きな影響を受け、ルネサンス音楽の手法を現代に生かした禁欲的な作風で知られている。

クレーメルやヒリヤード・アンサンブルなど多彩な出演者も注目される。

アルヴォ・ペルトの1970年代から80年代にかけてのこれらの作品では、東方教会の単旋聖歌の魅力を再発見し、切りつめられたモノフォニー、ヘテロフォニー的な素材に基づきながら、実に豊かで人間的な世界を切り開いている。

一見アルカイックに見えるペルトの音楽は極めて斬新で、ミニマルにおける反復が非表出性を意図しているのに対し、ペルトのそれは反復によって極めて表出豊かになっている。

なお当アルバムはソ連の反体制映画作家アンドレイ・タルコフスキー(1932-1986)を偲んで、と題されている。

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2008年01月15日


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モンポウ(1893-1987)の自作自演による全集をセット化したもの(格安)。

モンポウ81歳の1974年にまとめてバルセロナで録音されたものである。

モンポウは、バルセロナ生まれでパリで学んだスペインの《ピアノの詩人》で、その作品は自由な感性と哀愁を含んでいる。

ピアノの詩人といわれるモンポウの音楽は、劇的というより抒情的で、激しい曲想を装うときにも表現は本質的に情感を問題にしており、ここに聴く演奏はいずれもそうした自作に対する純粋な慈しみに満ちている。

彼独特の"凝縮された神秘"、不思議に透明で、量り知れぬまでの余韻をおびた作品の数々は、ある特殊のルバート感とか、タッチやペダリングによる色彩感を必要とする。

したがって、作曲者自身による表現が、他のピアニストたちにとって何よりの"お手本"になるという度合いは、モンポウの場合は、格段に強いことになる。

ここに聴く"余韻と詩情の楽器"ピアノの格別な味わいは、まさしく掛け替えがない。

もちろんピアニスティックには万全とはいえないが、これも味のうちだ。

モンポウの作品にはラローチャのようなチャーミングな演奏もあるとはいえ、これはやはり推薦すべき全曲の自作自演であろう。

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classicalmusic

早稲田大学文学部哲学科卒業。元早大フルトヴェングラー研究会幹事長。幹事長時代サークルを大学公認サークルに昇格させた。クラシック音楽CD保有数は数えきれないほど。いわゆる名曲名盤はほとんど所有。秘蔵ディスク、正規のCDから得られぬ一期一会的海賊盤なども多数保有。毎日造詣を深めることに腐心し、このブログを通じていかにクラシック音楽の真髄を多くの方々に広めてゆくかということに使命を感じて活動中。

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