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<title>クラシック音楽ぶった斬り</title> 
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<modified>2009-11-08T10:26:42Z</modified> 
<tagline><![CDATA[クラシック音楽評論家が言えない真実を語る。]]></tagline> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<copyright>Copyright (c) 2009, classicalmusic </copyright>
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<title>ようこそ！「クラシック音楽ぶった斬り」へ</title> 
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<modified>2009-10-29T07:00:51Z</modified> 
<issued>2011-12-31T23:59:59+09:00</issued> 
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<summary type="text/plain">はじめまして。

このブログでは、クラシック音楽の真髄にどんどん斬り込んでいきます。

「ぶった斬り」というタイトルにしては、内容は名前負けしている感はありますが、自分が悪いと思うものを人には薦められないし、書きたいことを楽しく書く、ということをモットー...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
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<![CDATA[はじめまして。<br>
<br>
このブログでは、クラシック音楽の真髄にどんどん斬り込んでいきます。<br>
<br>
「ぶった斬り」というタイトルにしては、内容は名前負けしている感はありますが、自分が悪いと思うものを人には薦められないし、書きたいことを楽しく書く、ということをモットーにしています。<br>
<br>
どちらかというと、クラシック音楽を聴き込んだ人向けの内容ですが、これからクラシック音楽を聴いてみようかな、と思っている方にも親しんで頂けるように考えながら書いています。<br>
<br>
クラシック音楽に欠かせないのが、演奏家です。演奏家の優劣によって作品の価値が決まるといっても過言ではありません。<br>
<br>
私はそこに焦点をおいています。<br>
<br>
そして作曲家のことや曲の内容説明はそれぞれのディスクの解説にあるので、私は演奏の批評をこのブログで書くことに重きをおいています。<br>
<br>
<a href="http://classicalmusic.8.bbs.fc2.com/">掲示板も設置しましたので、お気軽に投稿下さい。</a>クラシック音楽に関するご質問もわかりうる範囲でお答えします。<br>
<br>
どうぞ、よろしくお願いします。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>ストコフスキーのリムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」/スペイン奇想曲</title> 
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<modified>2009-11-08T01:26:31Z</modified> 
<issued>2009-11-08T10:26:04+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51263665</id> 
<summary type="text/plain">

ストコフスキーは「シェエラザード」を全部で５回録音したが、最も彼らしい主張が生かされたのは、ロンドン響とのこの演奏といっていい。

ストコフスキーが大変得意としていた曲だけあって、さすがにうまいものだ。

全体にテンポを遅めにとり、旋律をたっぷりと歌...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
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<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005HW1J&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
ストコフスキーは「シェエラザード」を全部で５回録音したが、最も彼らしい主張が生かされたのは、ロンドン響とのこの演奏といっていい。<br>
<br>
ストコフスキーが大変得意としていた曲だけあって、さすがにうまいものだ。<br>
<br>
全体にテンポを遅めにとり、旋律をたっぷりと歌わせながら、この曲の持つ東洋的な雰囲気を巧みに表出している。<br>
<br>
彼一流の粘りの強い表現が少々気になるが、聴かせどころのツボをよく押さえた実に達者な演奏だ。<br>
<br>
ストコフスキーはスコアを自由自在に改竄し、独特のアクの強い表情を付け加え、実にドラマティックに曲を盛り上げている。<br>
<br>
まったくのストコ節ともいえる独特の表現だが、面白く聴けることに関してはこれに優る演奏はちょっと想像することができない。<br>
<br>
またロンドン・レーベルご自慢の「フェイズ・４」システムを駆使して、ソロ楽器を思い切りクローズ・アップして、トロンボーンが右チャンネルから堂々と聴こえたりして、トリックの用い方も堂に入っている。<br>
<br>
あまりにも仕掛けが多く、品格を欠いているようにも感じられるが、曲そのものがスペクタキュラーなのだから、ストコフスキーの行き方も是認されよう。<br>
<br>
ただストコフスキーにはもう１枚、ロイヤル・フィルを指揮したＣＤもあったが、こちらは４つの楽章を切れ目なく繋げただけで、演奏そのものはあまり面白くない。<br>
<br>
「スペイン奇想曲」は大仕掛けが至る所に見られ、名人芸に事欠かないが、全体にかなりもたれ、響きの汚れが気にかかる。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>フルトヴェングラーのモーツァルト:ドン・ジョヴァンニ</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51263219.html" />
<modified>2009-11-08T01:21:16Z</modified> 
<issued>2009-11-07T09:30:18+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51263219</id> 
<summary type="text/plain">

１９５４年ザルツブルグ音楽祭公演のライヴ録音。

これは、劇的で変化に富んだこの作品の性格を見事にとらえた卓抜な演奏で、フルトヴェングラーならではの悠容迫らぬ芸格の高い表現には、心を打たれる。

ロマン的で、しかもデモーニッシュな素晴らしい「ドン・ジ...</summary> 
<dc:subject>モーツァルト</dc:subject>
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<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B0000677GE&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
１９５４年ザルツブルグ音楽祭公演のライヴ録音。<br>
<br>
これは、劇的で変化に富んだこの作品の性格を見事にとらえた卓抜な演奏で、フルトヴェングラーならではの悠容迫らぬ芸格の高い表現には、心を打たれる。<br>
<br>
ロマン的で、しかもデモーニッシュな素晴らしい「ドン・ジョヴァンニ」だ。<br>
<br>
低弦に支えられたコードの厚みと、心臓をえぐるようなタッチの重みなどは、フルトヴェングラー・ファンならずとも、すぐそれとわかるような性質のものだ。<br>
<br>
テンポは概して遅めだが、そのことが音のひとつひとつに実質と表情を与えることにつながっている。<br>
<br>
このオペラのある部分は、象徴劇や表現派演劇の世界に近づいているが、１８世紀のこれ以外のオペラとこの傑作とを隔てるそうした鬼気迫る深い淵を誰よりも実感させるのがフルトヴェングラーの指揮だ。<br>
<br>
作品のオペラ・ブッファ的側面を切り捨てて、シーリアスなドラマの追究に徹したロマン派解釈の名演である。<br>
<br>
歌手達もそれぞれ強い個性と大きな音楽性の持ち主で、彫りの深い配役だ。<br>
<br>
戦後最高のドン・ジョヴァンニとうたわれたシエピのタイトル・ロール、愛と憎しみの狭間に揺れるエルヴィーラを歌わせてはこれまた戦後その右に出る歌手を知らないシュヴァルツコップ、それにグリュンマーのドンナ・アンナ、ベルガーのツェルリーナ、エーデルマンのレポレロと顔を揃えた歌の充実ぶりも、他の録音の追随を許さない。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>オイストラフのメンデルスゾーン＆チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51303284.html" />
<modified>2009-11-05T23:04:05Z</modified> 
<issued>2009-11-06T08:04:48+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51303284</id> 
<summary type="text/plain">　

オイストラフがアメリカに行ったときの録音で、伴奏指揮の名人といわれたオーマンディをバックにしている。

このオーマンディのバックが、オイストラフのヴァイオリンを高々と持ち上げることに成功している。

オイストラフは、華麗で甘美なメンデルスゾーンを、...</summary> 
<dc:subject>オイストラフ</dc:subject>
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<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&asins=B00005GB3L" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&asins=B00005GB3M" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
オイストラフがアメリカに行ったときの録音で、伴奏指揮の名人といわれたオーマンディをバックにしている。<br>
<br>
このオーマンディのバックが、オイストラフのヴァイオリンを高々と持ち上げることに成功している。<br>
<br>
オイストラフは、華麗で甘美なメンデルスゾーンを、表情豊かにロマンティックな香りをあふれさせ、万全に表現している。<br>
<br>
とくに私が感心するのは第２楽章である。この緩徐楽章を、これほど豊かな表情で演奏した例というのは珍しい。<br>
<br>
オイストラフは、真面目だが奔放なところもあり、その奔放さは第３楽章を聴くとよくわかる。<br>
<br>
第１楽章のあの憂愁を帯びた甘美優雅な主題は、オイストラフならではの見事さである。<br>
<br>
チャイコフスキーはオイストラフが最も脂の乗っていたころの録音だけあって、たいへん彫りが深く、密度の濃い演奏である。<br>
<br>
技術的にも音楽的にも完成度が高い。<br>
<br>
そのスケールの大きさとロシア的な情感を色濃く表出した骨太の表現に惹きつけられる。<br>
<br>
オイストラフは、体の大きな逞しい人であった。そして、ヴァイオリンをまるでおもちゃのように扱いながら、完全無欠な演奏を行なった。<br>
<br>
そのエネルギーと迫力と豊かな抒情性は、オイストラフならではのもので、第２楽章カンツォネッタなど、あくまでもロシアの歌を聴くような思いがする。<br>
<br>
オーマンディのバックは、この曲のもつ哀愁と華麗さとを、見事に表出していて素晴らしい。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>スメタナＳＱのドヴォルザーク:「アメリカ」（最新録音盤）</title> 
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<modified>2009-11-04T18:02:16Z</modified> 
<issued>2009-11-05T03:02:59+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51262412</id> 
<summary type="text/plain">　

スメタナ四重奏団５度目の《アメリカ》が素晴らしい。

彼らの演奏の中でもひときわ精彩にあふれた名演で、技巧的な面でも信じられないほどの充実ぶりだ。

しかし、この演奏で感動を受けるのは、そういう技巧の若返りもさることながら、表現が曲の隅々まで掘り下...</summary> 
<dc:subject>ドヴォルザーク</dc:subject>
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<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000066ILK&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<br>
<br>
スメタナ四重奏団５度目の《アメリカ》が素晴らしい。<br>
<br>
彼らの演奏の中でもひときわ精彩にあふれた名演で、技巧的な面でも信じられないほどの充実ぶりだ。<br>
<br>
しかし、この演奏で感動を受けるのは、そういう技巧の若返りもさることながら、表現が曲の隅々まで掘り下げられ、また練り上げられ、どの部分を取ってもこれ以外にやりようがないと思えるほどの説得力を発揮していることだ。<br>
<br>
どの音もどの表情も、メンバーの血となり、肉となっている。<br>
<br>
スメタナ四重奏団は、その長い歴史のなかで恐らくはほとんどすべての弦楽四重奏曲のレパートリーを取り上げ切ったのではないだろうか。<br>
<br>
そう思えるほど古典派からロマン派にかけての主要な弦楽四重奏曲作品の演奏を思い出すことができる。<br>
<br>
数度にわたったベートーヴェン全集録音の偉業も忘れられないが、彼らが最も得意としたのが同郷の作曲家スメタナとドヴォルザーク作品であったことも確かだ。<br>
<br>
聴いていて絶対的信頼感が持てること、そして、いわゆる民族主義的特性をもつドヴォルザークの音楽語法を母国の誇りとし、自らの血と肉としている強み、というか自信が演奏に表われている。<br>
<br>
《アメリカ》は確かにボヘミアではない。しかし、新大陸から祖国を思う作曲家の心情に共感しているスメタナ四重奏団の気持ちが演奏を聴いていて伝わってくるようだ。<br>
<br>
冒頭楽章の軽快さと律動感、緩徐楽章を支配する哀愁、第3,4楽章のリズムの躍動と旋律の彫琢などが聴きどころだ。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>有田正広＆ボッケリーニ・クヮルテットのモーツァルト:フルート四重奏曲</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51261921.html" />
<modified>2009-11-03T22:17:28Z</modified> 
<issued>2009-11-04T07:17:03+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51261921</id> 
<summary type="text/plain">

作品にみられるギャラントなスタイルを生かし、４つの楽器の対比と統一が的確なパースペクティヴをもって演奏を形成しているものの中でも、有田正広らの演奏は、音楽性の豊かさ、こぼれおちるような音色の美しさ等によって、われわれの共通の、そして永遠の財産と言って...</summary> 
<dc:subject>モーツァルト</dc:subject>
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<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000066IMC&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
作品にみられるギャラントなスタイルを生かし、４つの楽器の対比と統一が的確なパースペクティヴをもって演奏を形成しているものの中でも、有田正広らの演奏は、音楽性の豊かさ、こぼれおちるような音色の美しさ等によって、われわれの共通の、そして永遠の財産と言っても過言ではなかろう。<br>
<br>
演奏は極めて室内楽的性格が強く、各楽器の響きが美しい融和を見せている。<br>
<br>
それは溶け合ってひとつの響きの世界を築くというよりも、むしろ正反対に各楽器の音色が完全に個性を主張しながら他声部と対等に渡り合い、綾をなすテクスチャーの絡みを前面に押し出す。<br>
<br>
それでいてアンサンブルの呼吸が見事なのだから非の打ち所がない。<br>
<br>
溶け合った響きの中からソロのパッセージが浮きあがってくる瞬間、楽器が絡み合うさま、馥郁とした香りなど、この演奏が与えてくれる幸福感にみちた体験は、言葉に尽くせないほどだ。<br>
<br>
古楽器使用か、現代の金管によるものか、といった二者択一的発想を超越する魅力に満ちている。<br>
<br>
ＣＤは実演の感動に及ばないものの、その息遣いの自然さ、音色の変化の美しさを充分に伝えている。<br>
<br>
精緻に彫琢されたモーツァルトである。<br>
<br>
ちなみに、ボッケリーニＳＱは１８世紀オーケストラのメンバーからなる。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>チョン・ミュンフンのビゼー:アルルの女</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51352759.html" />
<modified>2009-11-03T21:54:55Z</modified> 
<issued>2009-11-03T18:52:02+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51352759</id> 
<summary type="text/plain">

チョン・ミュンフンは１９５３年にソウルに生まれた指揮者。１９８９年に新設されたパリ・バステューユ・オペラの音楽監督になり、世界の注目を集めた。

チョン・ミュンフンが、そのすぐれた才能を多くのファンに強く印象づけたのは、ベルリオーズの《幻想交響曲》と...</summary> 
<dc:subject></dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51352759.html">
<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&asins=B000I0S8EM" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
チョン・ミュンフンは１９５３年にソウルに生まれた指揮者。１９８９年に新設されたパリ・バステューユ・オペラの音楽監督になり、世界の注目を集めた。<br>
<br>
チョン・ミュンフンが、そのすぐれた才能を多くのファンに強く印象づけたのは、ベルリオーズの《幻想交響曲》とメシアンの《トゥーランガリラ交響曲》に続いて録音したパリ・バステューユ管弦楽団とのビゼーだったのではないだろうか。<br>
<br>
《アルルの女》のほか、《カルメン》組曲、《管弦楽のための小組曲》というビゼーのポピュラーな管弦楽曲を収録した演奏も、久しぶりに聴くフランスのオーケストラならではの明るい色彩感あふれる名演だった。<br>
<br>
オーケストラが積極的に楽しみながら、高い質をもって演奏しているのが聴きものだし、オケそのものにも音楽的に豊かな魅力がある。<br>
<br>
ミュンフンはそうしたオケとともに、特に構えたところもなく、抒情性と活気に満ちた表現を展開しているが、その中にビゼーの音楽に備わるひとつの品格を維持しているのが見逃せない。<br>
<br>
切れ味鋭いリズムと多彩な響きも素晴らしいのだが、特にチョン・ミュンフンの演奏が見事なのは、ビゼーの魅力的な旋律をたっぷりと歌わせながら、南国のまばゆい陽光を思わせる色彩豊かな響きでビゼーの音楽に新鮮な魅力をもたらしていることだろう。<br>
<br>
この《アルルの女》の２つの組曲も、しなやかなカンタービレと引き締まった表現が素晴らしく、どの曲にも溌剌とした生気があふれ、また瑞々しい情感が感じられる名演である。]]> 
</content>
<author>
<name>classicalmusic</name> 
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<title>ワルターのドヴォルザーク：交響曲第8番・第9番「新世界より」</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51261786.html" />
<modified>2009-11-01T18:38:25Z</modified> 
<issued>2009-11-02T03:38:16+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51261786</id> 
<summary type="text/plain">

「第８」は、溌剌とした気概にみちた好演。

もちろん民族的な色彩に頼った演奏ではなく、この曲をロマン派の交響曲として扱っており、響きの柔らかい感触と温雅な抒情性はワルターの芸術的特質をよく表している。

メリハリも強く、爽快な流動感が曲趣にふさわしい...</summary> 
<dc:subject>ドヴォルザーク</dc:subject>
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<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005G7RF&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
「第８」は、溌剌とした気概にみちた好演。<br>
<br>
もちろん民族的な色彩に頼った演奏ではなく、この曲をロマン派の交響曲として扱っており、響きの柔らかい感触と温雅な抒情性はワルターの芸術的特質をよく表している。<br>
<br>
メリハリも強く、爽快な流動感が曲趣にふさわしい。<br>
<br>
「新世界より」は、数あるこの曲のレコードでも強い主張をもった演奏。<br>
<br>
なんと音のしっとりと安定した演奏であろう。<br>
<br>
フレーズとフレーズのつなぎが細やかなニュアンスをもっている。<br>
<br>
第１楽章の冒頭から悠久なものを感じさせ、そこに情緒がひたひたと押しよせてくる。<br>
<br>
決して、たたみかけてくるような鋭いアクセントや速いテンポはないが、雄大に、落ち着いて諄々と説くように曲を運んでいる。<br>
<br>
やはりワルターは１９世紀の雰囲気を身につけている。<br>
<br>
気力が素晴らしく充実しており、音も引き締まっているが、響きは決して硬くならず、適度のふくらみと歌と人間的なぬくもりが魅力的だ。<br>
<br>
４つの楽章が端麗なのもよいが、随所に感興が高揚しており、その抒情性はなんとも美しい。]]> 
</content>
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>トスカニーニのチャイコフスキー:マンフレッド交響曲/幻想序曲「ロメオとジュリエット」</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51261464.html" />
<modified>2009-11-01T18:42:07Z</modified> 
<issued>2009-11-01T05:08:35+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51261464</id> 
<summary type="text/plain">

トスカニーニ盤は、音質こそは古さを感じさせるが、その内容のみに目を向ければ、やはり最も理想に近い演奏と考えてよいだろう。

そこでは、楽曲の把握や演奏設計がほとんど完全なだけでなく、そのレアリザシオンもがほとんど完全で、さらにみずみずしいカンティレー...</summary> 
<dc:subject>チャイコフスキー</dc:subject>
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<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B0001LJCFW&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
トスカニーニ盤は、音質こそは古さを感じさせるが、その内容のみに目を向ければ、やはり最も理想に近い演奏と考えてよいだろう。<br>
<br>
そこでは、楽曲の把握や演奏設計がほとんど完全なだけでなく、そのレアリザシオンもがほとんど完全で、さらにみずみずしいカンティレーナの魅力にも充ち溢れており、三拍子そろった名演を味わうことができる。<br>
<br>
交響曲では一点の曖昧さも残さない、いわば裸身のチャイコフスキーだ。<br>
<br>
徹底した明るさへの志向が、トスカニーニ独自のコクのある歌と相まってリアリスティックな表現を作っているが、第１楽章では期せずしてそこに堂々とした風格が示されている。<br>
<br>
抒情的要素をかなぐりすて、粗野なほどに逞しいダイナミズムを生かし、かつ簡潔に曲の雄大な主旨をえぐり出した音楽的な「マンフレッド交響曲」である。<br>
<br>
そして、この演奏ほどトスカニーニの形式主義者の特徴を発揮した例は少ない。<br>
<br>
それは第１楽章にもよく表われているが、終楽章の構成的解釈にいっそうはっきり出ている。<br>
<br>
整然たる楽式の感覚から割り出した純音楽的な演奏だ。<br>
<br>
「ロメオとジュリエット」もトスカニーニ風で、端正に造形されており、劇性と抒情性の両者を満足させた演奏だ。<br>
<br>
演奏はやや緊張感に乏しい雰囲気で始まるが、曲が進むにつれて素晴らしい高揚感を示してくる。<br>
<br>
録音状態も優れており、ＮＢＣ交響楽団の卓越した演奏を聴くことができる。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>インバルのマーラー:交響曲第６番「悲劇的」＆第８番「千人の交響曲」</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51259790.html" />
<modified>2009-10-30T15:03:50Z</modified> 
<issued>2009-10-31T00:03:18+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51259790</id> 
<summary type="text/plain">　

インバル/フランクフルト放送響は、丹念に磨きをかけた表現で、細部のいかなる表情も見逃さずに、テンポの変動の目まぐるしいこの第６番を、見事に演奏しきっている。

弦の密度が高く、管弦の融合した響きの快い第1,2楽章、しなやかな歌の表情が魅惑的な第３楽章、...</summary> 
<dc:subject>マーラー</dc:subject>
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<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00008BDCM&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000066IKL&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
インバル/フランクフルト放送響は、丹念に磨きをかけた表現で、細部のいかなる表情も見逃さずに、テンポの変動の目まぐるしいこの第６番を、見事に演奏しきっている。<br>
<br>
弦の密度が高く、管弦の融合した響きの快い第1,2楽章、しなやかな歌の表情が魅惑的な第３楽章、そして終楽章では、強靭さと、構成力のたくましさに圧倒される。<br>
<br>
実にこまやかに表情をとらえた緻密な演奏で、この曲のもつ悲劇的な情感を、これほど色濃くあらわした演奏というのも少ない。<br>
<br>
まさに音楽的に純粋で、都会的に洗練されたマーラーといえるだろう。<br>
<br>
「第８」はインバルの統率力と熱気が凄く、まるで宇宙が鳴動するような力演で、この複雑きわまる大曲を一分の隙もなく、精緻・明快にまとめている。<br>
<br>
精密な設計を行いながら、あたかもドラマをみているかのような、劇的な迫力とスケールを表出した演奏である。<br>
<br>
第１部では声楽部の表情をよく生かしたテンポのなかに、鮮やかな遠近法をもたらし、曲の輪郭を明快に表出している。<br>
<br>
第２部も底に情熱を秘めた冷静さが、息づまる緊張を生み出している。<br>
<br>
インバルの情熱的な指揮に、ぴたりとついてきているオーケストラと合唱団、独唱陣もなかなかの好演だ。<br>
<br>
とにかく曲を完璧といえるほど的確に把握した表現で、どの部分を採っても生ぬるさなどない。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>インバルのマーラー:交響曲第３＆４番</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51259784.html" />
<modified>2009-10-30T09:39:01Z</modified> 
<issued>2009-10-30T18:39:13+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51259784</id> 
<summary type="text/plain">　

「巨人」や「復活」に比べ、「第３」のインバルの指揮は上をいく出来である。

指揮者の解釈と意図の細部までが、どの奏者にも徹底しており、指揮者とオーケストラの関係が非常にしっくりとしているのが良く分かる。

そして、マーラーの楽譜が驚くほど綿密に研究...</summary> 
<dc:subject>マーラー</dc:subject>
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<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00008BDCL&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000066IKO&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
「巨人」や「復活」に比べ、「第３」のインバルの指揮は上をいく出来である。<br>
<br>
指揮者の解釈と意図の細部までが、どの奏者にも徹底しており、指揮者とオーケストラの関係が非常にしっくりとしているのが良く分かる。<br>
<br>
そして、マーラーの楽譜が驚くほど綿密に研究され、分析的な構成美をいかん無く発揮している。<br>
<br>
いかにもユダヤ人の指揮者らしく、旋律をたっぷりと、豊麗な音色で歌わせた演奏である。<br>
<br>
第１楽章からして、各パートの複雑きわまりない旋律を、きわめて精密に表現し、各動機や主題を見事に処理しているが、ことによいのは耽美的な気分にあふれた終楽章で、やや遅めのテンポでじっくりと表現している。<br>
<br>
長大な第１楽章を１枚に収め、第２～６楽章を２枚目に収録した方法も賛成。<br>
<br>
「第４」は感興のおもむくままに、明るく天国的な美しさを表現した演奏である。<br>
<br>
旋律を思う存分歌わせながら、きわめてロマンティックな表現だ。<br>
<br>
インバルは、マーラーがスコアに書き込んだあらゆる指示を精密に検討し、可能なかぎり忠実に実践しようとする。<br>
<br>
彼の資質である抒情性と、知的で清潔な音楽性が発揮された演奏であるといえる。<br>
<br>
それは晴朗そのものであり、無理のない流麗な表現である。<br>
<br>
フランクフルト放送響も、ドイツのオーケストラだけに骨格がしっかりとしており、アンサンブルも緊密である。<br>
<br>
終曲のドナートは巧緻で、歌の内容を深い抒情感で示し、豊かな風格を感じさせる。<br>
<br>
このオケと指揮者のマーラーの中では、濃厚な演奏である。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>フィルクスニーのヤナーチェク:ピアノ曲集</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51259624.html" />
<modified>2009-10-28T22:33:25Z</modified> 
<issued>2009-10-29T07:33:00+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51259624</id> 
<summary type="text/plain">　　

ヤナーチェクのピアノ曲の演奏には、モノラル時代から幾度も録音している作曲者の生徒だったフィルクスニーの新録音がまず挙げられる。

５歳でヤナーチェクの知遇を得、その後生涯の愛弟子となったフィルクスニーの真実味あふれる演奏である。

このピアニスト...</summary> 
<dc:subject>ヤナーチェク</dc:subject>
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<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00164PO8C&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000001GXO&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<br>
<br>
ヤナーチェクのピアノ曲の演奏には、モノラル時代から幾度も録音している作曲者の生徒だったフィルクスニーの新録音がまず挙げられる。<br>
<br>
５歳でヤナーチェクの知遇を得、その後生涯の愛弟子となったフィルクスニーの真実味あふれる演奏である。<br>
<br>
このピアニストにとってヤナーチェクは自身の心の一部ででもあるのか、自在さに溢れる表現で心象風景を映し出している。<br>
<br>
なによりも魅力的なのは、ここでは我々が日頃忘れがちな音楽の原点に立ち帰らされるということで、すべての曲がまさしくかけがえのない音色と表情をもって響いてくる。<br>
<br>
フィルクスニーは楽譜を仲介とした解釈者としてではなく、生身の人間として創造の原点から音楽を連れ出してくるかのようだ。<br>
<br>
そうした姿勢は旧録音も同じで、そのため、むしろ同一のピアニストとは思えないほど表現される心象風景が違う。<br>
<br>
前者が穏やかな感情の内省的な表現なのに対して、後者では、もっと感情の振幅の大きい表現が確信を持って提示される。<br>
<br>
特に、ヤナーチェクの代表的なピアノ作品、組曲「草かげの小径にて」は、心の底を映し出す〈鏡〉でもあるのだ。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>ザンデルリンクのマーラー:交響曲第１０番（クック版）</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51259499.html" />
<modified>2009-10-27T18:02:37Z</modified> 
<issued>2009-10-28T02:43:50+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51259499</id> 
<summary type="text/plain">

録音年（１９７９年）からすると、Ｄ・クック最終決定版の先陣を切ったものだ。

この版は周知の通り、マーラーが残した草稿を元にクックがオーケストレーションを施し完成させた労作（１９７２年）で全５楽章から成る。

ザンデルリンクはクック版を基本とし、適宜...</summary> 
<dc:subject>マーラー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51259499.html">
<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005GFYS&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
録音年（１９７９年）からすると、Ｄ・クック最終決定版の先陣を切ったものだ。<br>
<br>
この版は周知の通り、マーラーが残した草稿を元にクックがオーケストレーションを施し完成させた労作（１９７２年）で全５楽章から成る。<br>
<br>
ザンデルリンクはクック版を基本とし、適宜、手を加えるという形でおこなわれている。<br>
<br>
ザンデルリンクの切り口は峻厳にして彫りが深い。<br>
<br>
かつてない表情の素朴さとドイツ風の構築性があり、堅実な音楽を聴かせる。<br>
<br>
あたかも徹頭徹尾ドイツ的であることを眼目にしたかのような趣がある。<br>
<br>
形だけを整えたような冷たさはなく、それどころか十分に情熱的である。<br>
<br>
誇示誇張の表現がなく、じっくりと腰を据えて丁寧に描き出していくのが手に取るようにわかる。<br>
<br>
アダージョは言うに及ばず、終わりの２楽章が素晴らしい。<br>
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一音一音丁寧に咀嚼し、何を言わんとしているかを明解に浮かび上がらせる。<br>
<br>
第５楽章の後半が感動的に高揚するのもすごい。<br>
<br>
いぶし銀にも似たオーケストラの音色と相まって、実に滋味深い演奏だ。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>ワルター＆ウィーン・フィルのマーラー:交響曲第９番</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51259497.html" />
<modified>2009-10-26T22:51:34Z</modified> 
<issued>2009-10-27T07:51:20+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51259497</id> 
<summary type="text/plain">

ワルター戦前のウィーン・フィルとの最後の録音のひとつとなった、歴史的名盤である。

もしかするとこれはある種別格の録音なのかも知れない。

１９３８年、ワルターが不穏な情勢の中で振った美しくも凄まじいマーラー演奏。

録音の古さは否定しがたいけれども...</summary> 
<dc:subject>マーラー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51259497.html">
<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00076ONU0&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
ワルター戦前のウィーン・フィルとの最後の録音のひとつとなった、歴史的名盤である。<br>
<br>
もしかするとこれはある種別格の録音なのかも知れない。<br>
<br>
１９３８年、ワルターが不穏な情勢の中で振った美しくも凄まじいマーラー演奏。<br>
<br>
録音の古さは否定しがたいけれども、その折の無比の熱気は現在でもストレートに伝わってくる。<br>
<br>
気迫のこもった粘りのある演奏で、アクセントが時に大変激しく、強弱の落差も極めて大きい。<br>
<br>
起伏に富む叙事詩的な語り口だが、表情には即興的な趣があり、終楽章の表現も濃厚で、決して遅くはならず、積極的に進められる。<br>
<br>
ワルターならではのロマンティックな情感もさることながら、特に第３楽章を中心として極めて激しい気迫、鋭角的なアゴーギク、尖鋭な推進力が目立ち、それは聴く側に一種の危機感すら覚えさせる。<br>
<br>
唯一的な歴史的録音のひとつであり、そこに言うなればこの交響曲の一種死を予感させる音の錯綜を通じて、社会情勢の一触即発的な空気までを見事にリアライズしたものと評することもできそうである。<br>
<br>
マーラー・ファンには決して聴き逃すことのできない１枚といえよう。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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<title>インバルのマーラー:交響曲第9番&amp;第10番~アダージョ</title> 
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51259488.html" />
<modified>2009-10-25T17:47:35Z</modified> 
<issued>2009-10-26T02:47:53+09:00</issued> 
<id>tag:blog.livedoor.jp,2009:classicalmusic.51259488</id> 
<summary type="text/plain">

マーラー最後の交響曲は、それまでの自我の強烈な主張から一転し、憑きものが落ちたような表情を見せている。

心理的には激しい闘争心が減退して、諦めに似た境地が読み取れる。

一方古いしがらみを払拭し、外的にはすっきりした現代性を印象づけるが、マーラーは...</summary> 
<dc:subject>マーラー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51259488.html">
<![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00008BDCN&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
マーラー最後の交響曲は、それまでの自我の強烈な主張から一転し、憑きものが落ちたような表情を見せている。<br>
<br>
心理的には激しい闘争心が減退して、諦めに似た境地が読み取れる。<br>
<br>
一方古いしがらみを払拭し、外的にはすっきりした現代性を印象づけるが、マーラーはそれを意識して作曲したのかどうか、ここには寒風に身をさらしても、自分の古い体質を変えようとする積極性も見てとれる。<br>
<br>
インバルの演奏は、これまでぬるま湯にひたっていた自我を、いわばみそぎをする意味で、無理やり寒中に引き出すが、その冷たさが意外に新鮮に感じられるといった趣だ。<br>
<br>
その感覚があってはじめて第３楽章の意味が生きてくる。<br>
<br>
この曲の核心にふれた演奏だ。<br>
<br>
第９番は既に競合する名演が多いが、インバルは強豪のなかに混じって堂々と自己を主張している。<br>
<br>
なかでも終楽章は、ひたすら純粋さを求めてとうとうと流れ、大きな起伏のうちに虚無に通じるはかない感情を表現する。<br>
<br>
最後のロンド主題の再現と展開は、感興あふれる高揚が手の込んだ織物の感触を表し、やさしく、ふるえる感動をもって終わる。<br>
<br>
第１０番（アダージョ）は、悲劇と喜劇の交錯が極めて鮮明に表現されている。]]> 
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<name>classicalmusic</name> 
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