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<title>クラシック音楽ぶった斬り</title>
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<description>クラシック音楽評論家が言えない真実を語る。
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 <title>クラシック音楽ぶった斬り</title>
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<title>ようこそ！「クラシック音楽ぶった斬り」へ</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/50908945.html</link>
<description>はじめまして。

このブログでは、クラシック音楽の真髄にどんどん斬り込んでいきます。

「ぶった斬り」というタイトルにしては、内容は名前負けしている感はありますが、自分が悪いと思うものを人には薦められないし、書きたいことを楽しく書く、ということをモットー...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2011-12-31T23:59:57+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[はじめまして。<br>
<br>
このブログでは、クラシック音楽の真髄にどんどん斬り込んでいきます。<br>
<br>
「ぶった斬り」というタイトルにしては、内容は名前負けしている感はありますが、自分が悪いと思うものを人には薦められないし、書きたいことを楽しく書く、ということをモットーにしています。<br>
<br>
どちらかというと、クラシック音楽を聴き込んだ人向けの内容ですが、これからクラシック音楽を聴いてみようかな、と思っている方にも親しんで頂けるように考えながら書いています。<br>
<br>
クラシック音楽に欠かせないのが、演奏家です。演奏家の優劣によって作品の価値が決まるといっても過言ではありません。<br>
<br>
私はそこに焦点をおいています。<br>
<br>
そして作曲家のことや曲の内容説明はそれぞれのディスクの解説にあるので、私は演奏の批評をこのブログで書くことに重きをおいています。<br>
<br>
<a href="http://classicalmusic.8.bbs.fc2.com/">掲示板も設置しましたので、お気軽に投稿下さい。</a>クラシック音楽に関するご質問もわかりうる範囲でお答えします。<br>
<br>
どうぞ、よろしくお願いします。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214621.html">
<title>ヴァントのベートーヴェン:交響曲全集III~第7番・第8番・第9番「合唱」</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214621.html</link>
<description>

「第７」「第８」も、素晴らしい。

雪解けの奔流のような勢いと清冽さがあり、一切の夾雑物なしにスコアの秘密が解き明かされていくのを見るようで、精神的に愉快な演奏なのである。

ヴァントの生真面目さよりも、精神の自由さが勝った演奏と言えようか。

「第...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-06T02:22:02+09:00</dc:date>
<dc:subject>ベートーヴェン</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005ONV7&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
「第７」「第８」も、素晴らしい。<br>
<br>
雪解けの奔流のような勢いと清冽さがあり、一切の夾雑物なしにスコアの秘密が解き明かされていくのを見るようで、精神的に愉快な演奏なのである。<br>
<br>
ヴァントの生真面目さよりも、精神の自由さが勝った演奏と言えようか。<br>
<br>
「第８」には、もっとユーモアの感覚が望まれるのかも知れないが、それを補って余りある躍動感がある。<br>
<br>
「第９」は惜しい。第４楽章が著しく不出来なのだ。というより、独唱陣がひどすぎるのである。<br>
<br>
テノールこそ可もなく不可もなしといったところだが、バリドン独唱はテキストの崇高さを台無しにしたルーズな歌唱ぶりで、８分音符の音価や音程が実にいい加減である。<br>
<br>
しかし、何といっても女声、特にソプラノの悪質なヴィブラートには耳を疑う。なぜヴァントは許したのか。「こんな歌手では録音しない」と言うべき……否、事前にしっかり調査して、的確な人選をなすべきだったのだ。<br>
<br>
コーラスも、アルトの表現力が弱いほか、全体にも声色の変化や陰影に乏しく、大味の感は否めない。<br>
<br>
最初の３楽章が崇高な演奏だけに、まことに残念な結果であった。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214618.html">
<title>ヴァントのベートーヴェン:交響曲全集II~第4番・第5番「運命」・第6番「田園」</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214618.html</link>
<description>

「第４」では、第１楽章に注目したい。

第１主題の提示を終え、短い推移を経て、そのテーマを繰り返す場面でのティンパニの活かし方、そのテーマを揺るぎないものとする意味が、これほど伝わる演奏はなかなかない。

序奏や展開部以下の充実度も申し分ない。

「...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-06T02:14:59+09:00</dc:date>
<dc:subject>ベートーヴェン</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005ONV5&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
「第４」では、第１楽章に注目したい。<br>
<br>
第１主題の提示を終え、短い推移を経て、そのテーマを繰り返す場面でのティンパニの活かし方、そのテーマを揺るぎないものとする意味が、これほど伝わる演奏はなかなかない。<br>
<br>
序奏や展開部以下の充実度も申し分ない。<br>
<br>
「第５」は速めのテンポとキリリと引き締まった造型が特徴。<br>
<br>
第１主題は一気呵成、優美に歌われるはずの第２主題さえ怒涛の迫力で押し切ってしまう。いきおい表現は単色になるが、こういう手もありだろう。<br>
<br>
その勢いのままに突入した第２楽章の堂々たる偉容も尋常ではなく、第３楽章以下もすべての楽器が鳴りきった迫力に圧倒される。<br>
<br>
そして演奏がどれほど荒れ狂っても、貴族のような気品が失われることはない。<br>
<br>
「田園」はヴァントの長所と短所の両方が現れた演奏。<br>
<br>
最初の２楽章の伸びやかさ、優しさといったらどうだろう。あまりの美しさと優しさに哀しみをすら湛えた第２楽章を聴きながら、ヴァントが到達した孤高のブルックナー演奏への予兆を聴くのである。<br>
<br>
ところが、第３楽章以下になると、とたんに面白味がなくなる。スケルツォでは農民たちの歌い踊る愉しさが見えず、第４楽章も「嵐」というよりは、単なる「音の運動」になってしまっているのだ。<br>
<br>
つまり、ヴァントの演奏は、あまりにも「純器楽的」でありすぎて、作品の構造や形式は手に取るように分かるのだけれど、情景が見えてこない憾みが残る。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214616.html">
<title>ヴァントのベートーヴェン:交響曲全集I~第1番・第2番・第3番「英雄」</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214616.html</link>
<description>

「第１」「第２」は、完成された演奏だ。

ときにもっと若く荒々しい情感も欲しくなるが、普段、何気なく素通りしているフレーズの数多くが、意味深く提示されながらも、些かの恣意性も思わせないのはさすがだ。

全体のバランスはまさに必然。内声を思い切り弾かせ...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-06T01:58:41+09:00</dc:date>
<dc:subject>ベートーヴェン</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005ONV5&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
「第１」「第２」は、完成された演奏だ。<br>
<br>
ときにもっと若く荒々しい情感も欲しくなるが、普段、何気なく素通りしているフレーズの数多くが、意味深く提示されながらも、些かの恣意性も思わせないのはさすがだ。<br>
<br>
全体のバランスはまさに必然。内声を思い切り弾かせることで演奏に雄々しい力感が漲っている。<br>
<br>
「英雄」も雄渾極まりない演奏である。<br>
<br>
第１楽章は、冒頭の２つの和音からして厳格な秩序を思わせる響き。<br>
<br>
外見こそ端正なのだが、そこに鳴っているすべての音が、ベートーヴェンの心に近づこうとするような気迫が凄まじい。<br>
<br>
スコア通りの木管によるコーダのテーマは、そこに命の火が燃えているような気に満ちている。<br>
<br>
第２楽章も感傷や涙とは無縁の高級な「葬送行進曲」であり、第３楽章も健全なる精神の舞踏。<br>
<br>
フィナーレでは、変奏曲を得意としたベートーヴェンの創作の極意を堪能できる。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214614.html">
<title>ヴァントのベートーヴェン:交響曲全集</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214614.html</link>
<description>

ここに採り上げる全集は、１９８６年から９０年にかけて、ヴァント生涯最後の伴侶、北ドイツ放送響と行ったスタジオ録音であるが、これは、ブルックナーやブラームス演奏とともに、ヴァントの名を後世に残す重要な全集であることは間違いない。

全演奏に一貫する特徴...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-05T14:38:33+09:00</dc:date>
<dc:subject>ベートーヴェン</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005QHV5&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
ここに採り上げる全集は、１９８６年から９０年にかけて、ヴァント生涯最後の伴侶、北ドイツ放送響と行ったスタジオ録音であるが、これは、ブルックナーやブラームス演奏とともに、ヴァントの名を後世に残す重要な全集であることは間違いない。<br>
<br>
全演奏に一貫する特徴の第一は、「綿密なアナりーぜ」の跡が伺えることであろう。アナリーゼとは、主題をどのように発展させ、変容させ、展開させて楽曲を構成するかというベートーヴェンの創作の原初に遡るべく、スコアをとことん研究し、解剖して、緻密に演奏を繰り広げていく態度のことである。<br>
<br>
もちろん、楽曲のアナリーゼはどんな指揮者にとっても当たり前の作業なのだが、ヴァントのスコアの読みの深さ、詳細さは群を抜いており、その結果、音楽のどの瞬間も新しい意味を帯び、真の感動に息づくことになる。<br>
<br>
第二には、すべてのパートの充実である。同じくブルックナーを得意とした朝比奈もまた、スコアにあるすべての音に命を与えようとしたが、ヴァントの扱いはもうひとつ上の次元を行く。<br>
<br>
朝比奈の場合、「フォルテはフォルテ」という豪放磊落な姿勢に由来するのだが、ヴァントの場合は、同じフォルテであっても、そこには無数の序列が生まれているのである。すべての音符が全曲の中における自分の位置を知っているかのように。<br>
<br>
また、内声や対旋律の充実度、金管やティンパニの強奏はドイツ演奏の伝統を逸脱したものであり、演奏の力強さと響きの意味深さは類を見ない。<br>
<br>
第三は、北ドイツ放送響の合奏能力の高さであろう。ドイツ伝統の重心の低いサウンドと堅牢なアンサンブルを保ちながらも、放送局オケの使命として難解な現代音楽もこなす柔軟性と国際的に開かれた表現力を併せ持つオーケストラだからこそ、重箱の隅をつつくように詳細なヴァントの要求に応えることができるのである。<br>
<br>
また、そうしたヴァントとオーケストラの共同作業を余すところなく捉えた録音の優秀さも称賛に値する。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214613.html">
<title>ギュンター・ヴァントについて</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214613.html</link>
<description>

「謹厳」「厳格」「気むずかし屋」「頑固者」……、ヴァントのイメージといえばそういう固いものばかりで、素晴らしいことは分かっていても、気安く近づけない感がある。

確かに、ヴァントの演奏に「立派だけど華がない」「遊びがなくて息が詰まる」という側面はある...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-05T13:16:26+09:00</dc:date>
<dc:subject>ヴァント</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B0013816L0&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
「謹厳」「厳格」「気むずかし屋」「頑固者」……、ヴァントのイメージといえばそういう固いものばかりで、素晴らしいことは分かっていても、気安く近づけない感がある。<br>
<br>
確かに、ヴァントの演奏に「立派だけど華がない」「遊びがなくて息が詰まる」という側面はある。ヴァント芸術は見るからに人を拒む峻厳な山のようだ。<br>
<br>
しかし、ひとたび心に汗をかきながら登り詰めるなら、その頂きは思いのほか見晴らしが良く、自由な空気に満ち、美しい花々に彩られていることが分かる。何より、地上よりも「天」に近づいた気がするのである。<br>
<br>
しかしヴァントがこのような真の自由を獲得したのは、８０歳を越えた頃からだ。若い頃のヴァントの録音を聴くと、真面目さが仇になっているケースが多い。<br>
<br>
ことに、最近ＣＤ化されたケルン・ギュルツェニヒ管時代のベートーヴェン（１９５０年代）など、まったく融通のきかない生硬な演奏だ。正攻法でありながら、オーケストラの合奏力が低い、とこられては、退屈な説教を聞かされているような気になる。<br>
<br>
ヴァント自身、これらを「不十分」な演奏と語っていたそうだから、生きていれば発売を許可したかどうか。<br>
<br>
しかし、ヴァントの偉大なところは、そうした演奏への真面目な取り組みを重ねることで、晩年の神々しさ、真の自由を獲得していったことである。<br>
<br>
これは尊敬に値するとともに、多くの芸術家、音楽家への希望となり励みとなろう。若い頃に天才的な表現力で人々を魅了しながら、自らの才に溺れて研鑽を怠り大成できないで終わる演奏家の何と多いことか。<br>
<br>
その点、「天才」ではなかったヴァントが到達した晩年の「高み」というのは、弛まぬ努力の尊さと、日々の研鑽の大切さを我々に教えてくれるのである。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214597.html">
<title>ツィマーマン＆カラヤンのグリーグ/シューマン:ピアノ協奏曲</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214597.html</link>
<description>

グリーグは過去のどの録音よりも素晴らしい。

ツィマーマンのピアノは、カラヤンの示唆もあったのか第１楽章冒頭から壮大、大柄であり、非常に遅いテンポでルバートを効かせつつ音楽を開始する。

第２楽章も各部を感じきって弾いており、不自然さも全くない。

...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-05T07:06:36+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000STC5MO&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
グリーグは過去のどの録音よりも素晴らしい。<br>
<br>
ツィマーマンのピアノは、カラヤンの示唆もあったのか第１楽章冒頭から壮大、大柄であり、非常に遅いテンポでルバートを効かせつつ音楽を開始する。<br>
<br>
第２楽章も各部を感じきって弾いており、不自然さも全くない。<br>
<br>
カラヤンの指揮も完全なドイツ後期ロマン派調で、北欧のリリシズムとはやや異質だがスタイルとしては最高。<br>
<br>
グリーグはライプツィヒでシューマンやメンデルスゾーンの音楽の様式を学び、それらを下敷きにこの曲を作曲しているが、この演奏には、そうしたドイツ音楽の演奏を思わせるような性格が濃厚にあらわれている。<br>
<br>
かなりカラヤン・ペースの演奏ではあるが、その若々しくロマンティックな表現には魅せられる。<br>
<br>
シューマンは両者ともやや大人しい。<br>
<br>
この作品の抒情的な性格を、きわめて知的な目でとらえた演奏で、実にこまやかなタッチとペダリングによる、明澄な音色をもった、高雅な表現をおこなっている。<br>
<br>
老練なカラヤンの棒と、みずみずしいツィマーマンの感性が、美しくとけあった名演だ。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214389.html">
<title>カラヤンのシベリウス:管弦楽曲集（ＥＭＩ盤）</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51214389.html</link>
<description>

シベリウスの管弦楽曲を集めたこのディスクには「フィンランディア」「トゥオネラの白鳥」「エン・サガ（伝説）」などが収められており、最も基本的な選曲かつ最も優れた演奏と言える。

シベリウスの代表作だけに録音も多く、その中で、北欧系指揮者の演奏に眼が向け...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-05T05:53:09+09:00</dc:date>
<dc:subject>カラヤン</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B001I1D6XS&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
シベリウスの管弦楽曲を集めたこのディスクには「フィンランディア」「トゥオネラの白鳥」「エン・サガ（伝説）」などが収められており、最も基本的な選曲かつ最も優れた演奏と言える。<br>
<br>
シベリウスの代表作だけに録音も多く、その中で、北欧系指揮者の演奏に眼が向けられるのは当然の成り行きだが、視野を広げる時にまず思い浮かぶのは、カラヤン/ベルリン・フィルの録音である。<br>
<br>
カラヤンは２０世紀を代表する指揮者のひとりであるが、オーケストラの機能を極限にまで発揮させ、それによって作品の性格をクローズアップさせるのが彼の個性であった。<br>
<br>
そのような個性が、交響詩の形式に適していたことは容易に想像がつく。<br>
<br>
カラヤン得意のシベリウスだけあって、演出のうまさと豊かな表現力に惹きつけられる。<br>
<br>
カラヤンの個性が凝縮されており、北欧的な色彩感、情熱の昂揚などがストレートに伝わってくる。<br>
<br>
しかも演奏のスケールは大きく、表情は豊かで、聴き手を包み込む。<br>
<br>
ベルリン・フィルのヴィルトゥオーゾ・オーケストラとしての実力がそれを可能にしている。<br>
<br>
重厚な「フィンランディア」から精緻な「タピオラ」まで、夢幻のニュアンスに満ちて、ドラマ性と抒情性が最高のレベルで融合した名演ばかりで何も言うことはない。<br>
<br>
「フィンランディア」は、逞しく劇的な設計と、オーケストラの卓抜なアンサンブルに魅了されるし、「トゥオネラの白鳥」は、暗い北欧的な気分と抒情とを見事に描出している。<br>
<br>
また「エン・サガ」は、この曲のもつ幻想的な雰囲気を、表情豊かに描いていて素晴らしい。<br>
<br>
その北欧的な詩情と哀愁の気分に満ちた描き方などは、本場の人たちの演奏よりも、さらにフィンランドの民族色と大自然とを感じさせる。<br>
<br>
このあたり、まさにカラヤンの至芸である。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212981.html">
<title>シノーポリのプッチーニ:トスカ</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212981.html</link>
<description>

シノーポリ盤こそは久しく待たれていた名盤で、この作品に内包される新たな美と真実を知らしめた名演である。

フレーニの見事に熟した声で歌われるトスカは、堂々として、しかも女性的で、美しい。

官能の美はシノーポリの巧みな棒から生まれる音楽にも認められる...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-05T00:03:13+09:00</dc:date>
<dc:subject>プッチーニ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000001GF4&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
シノーポリ盤こそは久しく待たれていた名盤で、この作品に内包される新たな美と真実を知らしめた名演である。<br>
<br>
フレーニの見事に熟した声で歌われるトスカは、堂々として、しかも女性的で、美しい。<br>
<br>
官能の美はシノーポリの巧みな棒から生まれる音楽にも認められる。<br>
<br>
激しく荒々しいのがトスカという女声の特徴だと思い込んでいると、フレーニのトスカには驚かされる。<br>
<br>
逆上しても声のまろやかさを失わないトスカなのだから。<br>
<br>
それは弱点であるどころか、最高の美質となっている。<br>
<br>
舞台で味わうのがほぼ不可能な、しかし味わえたらどんなに素晴らしいかと願うトスカがここにいる。<br>
<br>
過剰なほどに劇的なシノーポリの指揮がフレーニのトスカの良さを鮮明にし、フレーニのこまやかなトスカがシノーポリの起伏に富んだ指揮を、一層はっきりとさせる。<br>
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安易な役作りではないプラシド・ドミンゴのカヴァラドッシは、定評あるものだし、サミュエル・レイミーのスカルピアも申し分なく、ぴしっとキャスティングが決まった《トスカ》なのだが、それでもフレーニのトスカとシノーポリの指揮の重要さは変わらない。<br>
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まだこれから、という時に亡くなってしまったシノーポリの、オペラの演奏での代表作であると考えられる。]]>
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<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212943.html">
<title>ジュリーニのマーラー:交響曲第９番</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212943.html</link>
<description>

ジュリーニは歌の人だ。演奏のどこを切っても、ティンパニの一打にすら豊潤な歌が溢れている。それはトスカニーニのようなナイフの切れ味を持った歌ではなく、独特の粘りとうねりを伴うのが常だ。

このマーラーにも、ジュリーニ特有の粘りつくような歌が健在である。...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-04T05:49:43+09:00</dc:date>
<dc:subject>マーラー</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000AA7DO6&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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ジュリーニは歌の人だ。演奏のどこを切っても、ティンパニの一打にすら豊潤な歌が溢れている。それはトスカニーニのようなナイフの切れ味を持った歌ではなく、独特の粘りとうねりを伴うのが常だ。<br>
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このマーラーにも、ジュリーニ特有の粘りつくような歌が健在である。ゆえに賛否両論、「この歌の渦にいつまでも巻き込まれていたい」という人もあれば、「付き合いきれない」「これはやり過ぎだ」という人もあろう。<br>
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私は断然前者である。それは自分の性分にピタリと合うからだろう。<br>
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ジュリーニの歌に惹かれるのは、その歌が誰にも真似できない「豊かな響き」を持っていること。また、いかに歌が洪水のように溢れていようと、その道筋が道理にかなっているからであろう。<br>
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然るべきところにアクセントがあり、その長い呼吸には不自然さがひとつもない。<br>
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もちろんそれらのすべてができただけで、マーラーの「第９」が完璧に演奏できるというわけではないだろう。だとすると、演奏家よりも理論家、音楽学者の方が立派な演奏ができるということになってしまう。<br>
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結局、最後にものを言うのは、音楽家個々人の直感であり、本能であり、霊感なのだ。<br>
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ジュリーニのマーラーに聴く、心にズシリと響く感触は、ジュリーニの人生そのものであり、その人生はマーラーによって祝福されていると思えてならない。]]>
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<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212897.html">
<title>ノリントンのベルリオーズ:幻想交響曲(原典版)</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212897.html</link>
<description>

ノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレイヤーズは、この曲の初演時とそっくり同じ編成で録音したオリジナル楽器盤である。

無論オリジナル楽器による演奏はこれが初めてである。

これは普通チューバで代用するオフィクレイドという楽器を復元し、またハープも...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-03T23:21:35+09:00</dc:date>
<dc:subject>ベルリオーズ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000BR2PW8&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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ノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレイヤーズは、この曲の初演時とそっくり同じ編成で録音したオリジナル楽器盤である。<br>
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無論オリジナル楽器による演奏はこれが初めてである。<br>
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これは普通チューバで代用するオフィクレイドという楽器を復元し、またハープも初演時と同じく４台用いるなど、凝りに凝ったオリジナル演奏になっている。<br>
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そのせいで従来いわれてきた、グロテスクな味わいがすっかり消えて、額縁にはめられた古典的な幻想画を見るような、不思議な趣をもっている。<br>
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これを聴くとこの曲が、ベートーヴェンの死後わずか３年後（「第９」の６年後）に書かれたというのが、実感として迫ってくるから不思議である。<br>
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標題音楽解釈にとらわれず、古典的な純粋性を求めた演奏であり、全体に清澄な印象が強い。<br>
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奏者の水準は非常に高く、演奏が飛び切りよい。<br>
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第３楽章は透明度の高い空気感をよく描いているし、第４楽章も白昼夢のような怪異さを的確に示している。<br>
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さらに第５楽章の鐘の陰気な表情などはこの演奏ならではだ。<br>
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揺るぎない存在理由をもち、聴き手に多くの問題を突きつけてくる演奏である。]]>
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<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51093451.html">
<title>マッケラスのヤナーチェク:イェヌーファ</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51093451.html</link>
<description>

蘭エディソン賞、グラモフォン・レコード賞を受賞した名盤。

ヤナーチェクのオペラを聴くならまず「イェヌーファ」からというのが常道だろう。

イギリスの名指揮者マッケラスはチェコで学んだこともあり、ヤナーチェク復興に大きな足跡を残している。

ウィーン...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-03T18:32:12+09:00</dc:date>
<dc:subject>ヤナーチェク</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00022M496&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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蘭エディソン賞、グラモフォン・レコード賞を受賞した名盤。<br>
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ヤナーチェクのオペラを聴くならまず「イェヌーファ」からというのが常道だろう。<br>
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イギリスの名指揮者マッケラスはチェコで学んだこともあり、ヤナーチェク復興に大きな足跡を残している。<br>
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ウィーン・フィルとの一連のヤナーチェクのオペラ録音シリーズは、いずれも高い水準と非凡な魅力を持っている。<br>
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ヤナーチェクの主要な作品の現在までのところ最も信頼できる版の作製に努めているマッケラスは、初演の直後にヤナーチェク自ら改訂した最終稿を用いながら、そこへたどり着くまでになぜか削除された序曲やオリジナル版の音楽を加えるなど、「イェヌーファ」の最も純粋な原型の再現を意図している。<br>
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演奏もヤナーチェクの音楽の魂を率直に力強く表現したもので、これまでにない深い感動をおぼえる。<br>
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マッケラスの指揮は作品への愛着と共感に根ざした踏み込みの深いもので、登場人物の一人一人に生命を吹き込んでいる。<br>
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ゼーダーシュトレームのイェヌーファ、ランドヴァーの教会のおばさんなどを揃えた配役も万全で、それにイェヌーファをめぐる対照的な性格の２人の男性、血のつながらない兄弟同志でもあるラツァとシュテヴァを演じるオフマンとドヴォルスキーは、これ以上望み得ない適材適所の配役で、作品への愛着と共感に根ざしていて、マッケラスの名指揮に花を添える。]]>
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</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212811.html">
<title>ズスケのバッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212811.html</link>
<description>

ズスケの潔癖さが感じられる演奏だ。

彼は世のヴィルトゥオーゾ型ヴァイオリニストがしばしば示す&quot;粘った表現&quot;や&quot;アクの強さ&quot;を確固として避けている。

例えばソナタ第１番の「シチリアーノ」は、大方の奏者が粘って歌おうとするが、ズスケはあくまでさらりと奏で...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-03T06:57:38+09:00</dc:date>
<dc:subject>バッハ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005GG0Y&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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ズスケの潔癖さが感じられる演奏だ。<br>
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彼は世のヴィルトゥオーゾ型ヴァイオリニストがしばしば示す"粘った表現"や"アクの強さ"を確固として避けている。<br>
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例えばソナタ第１番の「シチリアーノ」は、大方の奏者が粘って歌おうとするが、ズスケはあくまでさらりと奏でる。<br>
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余分なものを抜きにして、心静かにバッハが織り上げたものに包まれたい人には、好ましく感じられる演奏だろう。<br>
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ズスケのヴァイオリンの音にはまったく気張りというものがなく、力みのない演奏は実にツボを押さえたものだ。<br>
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一切の誇張を排し、作品をあるがままの姿で立ち現そうとする。<br>
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決して作品をつき離しているわけではなく、それどころかバッハの作品にぴたりと寄り添って、あたかも作品の息吹を呼吸しているかのようだ。<br>
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見事なまでに自我を放棄した彼の演奏は、ある種すがすがしい新鮮さと魅力を持っている。<br>
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聴き始めた途端、その響きの新鮮さと格式ばらない語り口に強くひかれる。<br>
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ズスケの演奏を特徴づけているのは、なによりも一切の強制的な力から逃れ得た演奏のみが持つ自由な表現の魅力である。<br>
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伸びやかな表現で、しかも作品の本質をあらわにしているのだ。<br>
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こうした演奏は何といってもズスケの室内楽体験から生まれたものであり、この「無伴奏」も、いわばソロで演奏する室内楽といった趣がある。]]>
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</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212612.html">
<title>パールマン＆バレンボイムのラロ:スペイン交響曲/サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第３番</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212612.html</link>
<description>

極めて自信たっぷりな、実に健康的な名演。

ラロはこの作品にみなぎる、明るくリズミカルな性格を強調した演奏で、開放的でエネルギッシュな表現である。

こうした色彩的で華やかな作品は、パールマンの肌にぴったりと合っているせいか、隅々にまで乗りに乗って演...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-03T01:01:30+09:00</dc:date>
<dc:subject>サン=サーンス</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000I0S8Y2&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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極めて自信たっぷりな、実に健康的な名演。<br>
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ラロはこの作品にみなぎる、明るくリズミカルな性格を強調した演奏で、開放的でエネルギッシュな表現である。<br>
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こうした色彩的で華やかな作品は、パールマンの肌にぴったりと合っているせいか、隅々にまで乗りに乗って演奏しているのが、なんとも快い。<br>
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特に第１楽章は優れており、ヴァイオリンの音として結晶化しきっていて、この楽器の種々相を最高のテクニックと音楽性で示してくれる。<br>
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バレンボイムの好サポートも見逃せない。オケから豊かな量感を引き出し、堂々とした厚みのある、スケールの大きな演奏を展開する。<br>
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特に舞曲調の終楽章は、このふたりの息の合ったかけあいが聴きものだ。<br>
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サン=サーンスも同様の好演だが、作風に合わせてパールマンの特質がやや制御されているのも極めて妥当だ。<br>
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音色の美しさはグリュミオーと同じだが、パールマンの演奏は、巧みな抑制をきかせながら、内からわきあがる情熱を力強く表出している。<br>
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第１楽章の暗く劇的な表現も見事だし、第２楽章の豊かな歌にあふれたバルカロールの歌わせ方も素敵だ。<br>
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バレンボイムの棒も、パールマンとの共演が多いだけに、息が合っている。]]>
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</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212337.html">
<title>小澤＆サンフランシスコ響のドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51212337.html</link>
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ショルティ指揮シカゴ響の演奏では、終楽章のコーダは木管が延々と吹き続け、スコアの指示フェルマータ、ディミヌエンド、それにルンガ（フェルマータを長く延長する）を忠実に励行している。

チェコのいわゆる本場の演奏は、ここの部分を適当に切り上げているのだが...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2009-07-02T18:08:32+09:00</dc:date>
<dc:subject>ドヴォルザーク</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B0009N2VFK&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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ショルティ指揮シカゴ響の演奏では、終楽章のコーダは木管が延々と吹き続け、スコアの指示フェルマータ、ディミヌエンド、それにルンガ（フェルマータを長く延長する）を忠実に励行している。<br>
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チェコのいわゆる本場の演奏は、ここの部分を適当に切り上げているのだが、それはオーケストラがしんどいからで、名指揮者ビューローの「伝統とはだらしないことの別称だ」という警句が、いみじくも思い出される。<br>
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だがこの指示を最初に忠実に再現したのは、小澤征爾指揮サンフランシスコ響の録音だった。<br>
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日本人の小澤は伝統を知らなかったからこそ、徹底的にスコアに忠実になれたのだろう。<br>
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以後ヨーロッパの指揮者も、この指示を避けて通れなくなった。チェコの指揮者の大部分は未だに、適当に切り上げているようではあるが…。<br>
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本場のいわゆる伝統的な演奏というのは、単に自分達の都合のいいように、オリジナルをねじ曲げているケースが多いのである。<br>
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おそらくヨーロッパのオーケストラの楽団員達も、小澤の解釈に接して目から鱗が落ちる思いをしただろう。<br>
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「新世界より」はきわめて新鮮な感覚美と音楽的な起伏と、抒情的なゆたかさを感じさせる。<br>
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この曲の劇性も素直に示されており、第１楽章の冒頭から自然な起伏が流麗な表情をつくり、ふくよかな響きが渾然一体となり、曲の詩情と交響性をよく調和させている。<br>
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数多い「新世界より」のなかでも注目してよい秀演である。<br>
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「謝肉祭」も力強く、確信に満ちた表現が実に晴朗な音楽をつくっている。]]>
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