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<title>クラシック音楽ぶった斬り</title>
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<description>クラシック音楽評論家が言えない真実を語る。
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<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/50908945.html">
<title>ようこそ！「クラシック音楽ぶった斬り」へ</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/50908945.html</link>
<description>はじめまして。

このブログでは、クラシック音楽の真髄にどんどん斬り込んでいきます。

「ぶった斬り」というタイトルにしては、内容は名前負けしている感はありますが、自分が悪いと思うものを人には薦められないし、書きたいことを楽しく書く、ということをモットー...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2010-12-31T23:59:15+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[はじめまして。<br>
<br>
このブログでは、クラシック音楽の真髄にどんどん斬り込んでいきます。<br>
<br>
「ぶった斬り」というタイトルにしては、内容は名前負けしている感はありますが、自分が悪いと思うものを人には薦められないし、書きたいことを楽しく書く、ということをモットーにしています。<br>
<br>
どちらかというと、クラシック音楽を聴き込んだ人向けの内容ですが、これからクラシック音楽を聴いてみようかな、と思っている方にも親しんで頂けるように考えながら書いています。<br>
<br>
クラシック音楽に欠かせないのが、演奏家です。演奏家の優劣によって作品の価値が決まるといっても過言ではありません。<br>
<br>
私はそこに焦点をおいています。<br>
<br>
そして作曲家のことや曲の内容説明はそれぞれのディスクの解説にあるので、私は演奏の批評をこのブログで書くことに重きをおいています。<br>
<br>
<a href="http://classicalmusic.8.bbs.fc2.com/">掲示板も設置しましたので、お気軽に投稿下さい。</a>クラシック音楽に関するご質問もわかりうる範囲でお答えします。<br>
<br>
どうぞ、よろしくお願いします。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51061220.html">
<title>ブーレーズのドビュッシー（新盤）</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51061220.html</link>
<description>

ドビュッシーの作品が、これほどまでの美しさと生きた音楽としての輝きをもって再現されたことは、前例がない。

ドビュッシーについて語られがちな繊細さや香りの豊かさ以前に、ここには生命の讃歌として音楽があり、内側からあふれ出る熱い情感と、その波打つ起伏の...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-24T00:11:55+09:00</dc:date>
<dc:subject>ブーレーズ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000YY66MS&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
ドビュッシーの作品が、これほどまでの美しさと生きた音楽としての輝きをもって再現されたことは、前例がない。<br>
<br>
ドビュッシーについて語られがちな繊細さや香りの豊かさ以前に、ここには生命の讃歌として音楽があり、内側からあふれ出る熱い情感と、その波打つ起伏の美しさに驚く演奏なのである。<br>
<br>
ブーレーズは確かに１９６０年代から傑出した演奏を聴かせてきたし、そのあらゆる場面で楽譜の裏側まで見せるかのような明晰で、時に怜悧なまでに磨き抜かれた表現を堪能させてきた。<br>
<br>
しかし、１９９０年代になってからはそうした客観性に人間的息づかいと表情が加味されるようになり、明らかに作品をとらえる視線に温かさがプラスされてきた。<br>
<br>
音楽がいい意味でふくらみ始めてきたのである。<br>
<br>
このドビュッシー録音はその証しであり、作品の手法の鮮やかさとともに、作曲者の素顔や心の状態にまでふれあうことを可能とするかのような人間的感動がある。<br>
<br>
それは傑出した指揮者とオーケストラのみが作り出し得る一種の魔法の瞬間であり、媚薬にも似た音楽が聴き手を鳴り響く音楽のもう一つ奥の世界へと誘う演奏なのである。<br>
<br>
クリーヴランド管弦楽団が精妙にして華麗なサウンドを聴かせている点も素晴らしい。単に技術やアンサンブルが優れているだけでなく、ブーレーズの意図を咀嚼した上での自発性を誇る演奏であり、ドビュッシーがひとまわり大きくなって蘇る、そんなスリリングな感動に浸らせてくれる。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51060604.html">
<title>マーラーの音楽の表現するもの</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51060604.html</link>
<description>　

マーラーが登場した１９世紀後半の音楽史は、ワーグナーの「総合芸術」すなわち劇と音楽を一体に結びつけた「楽劇」が絶大な旋風を巻き起こし、一方純粋器楽を代表する交響曲においては、ブラームスとブルックナーがそれぞれのやり方で交響曲に新たな可能性を切り開い...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-23T00:37:06+09:00</dc:date>
<dc:subject>マーラー</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00008Q03A&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000UNBQXM&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
マーラーが登場した１９世紀後半の音楽史は、ワーグナーの「総合芸術」すなわち劇と音楽を一体に結びつけた「楽劇」が絶大な旋風を巻き起こし、一方純粋器楽を代表する交響曲においては、ブラームスとブルックナーがそれぞれのやり方で交響曲に新たな可能性を切り開いた。<br>
<br>
当時ウィーンでワーグナー対ブラームスという美学論争が起こったが、マーラーはこの相反する芸術理念を交響曲という枠組みの中で止揚し総合して、ロマン派交響曲を最終的な到達点まで推し進めた。<br>
<br>
「私にとって交響曲を作曲することは、あらゆる可能な技術的手段を用いて、すべてを包含する一つの世界を打ち立てることを意味する。」<br>
<br>
ここでマーラーが言う「世界」とは、当然のことながら旧来の方法論だけで表現するのは困難で、マーラーはさまざまなレトリックを駆使して作曲に挑んだ。<br>
<br>
一つの交響曲の中に聖なるものと俗悪なもの、素朴なものと精巧なもの、悲劇的なものとグロテスクなものなど、矛盾し対立する要素が同居しているのは、すべてを内包すべく奮闘した結果なのである。<br>
<br>
またマーラーの音楽にはユダヤ人という出自と、不幸な生活環境に由来する厭世思想と死生観が一貫している。<br>
<br>
彼の創作活動はまさに人間苦の苦悶そのもの、より高い精神に向かって昇る道程であり、享楽的な側面は微塵もなかった。<br>
<br>
ドイツの思想家アドルノが、マーラーを「ベートーヴェン以来、最も形而上学的な作曲家」と位置付けたゆえんである。<br>
<br>
以上のようにマーラーの芸術は理解されるまでに長い時間を要したが、作曲技法的にも２０世紀音楽に大きな影響を及ぼし、１９世紀末の音楽史で非常に意義深い役割を果たした。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51060208.html">
<title>バウムガルトナーのバッハ「管弦楽組曲」「ブランデンブルグ協奏曲」</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51060208.html</link>
<description>　

バウムガルトナーの演奏は全体に明るく軽快だが、構成が実にしっかりしており、しかもどの曲にもバッハの音楽に対する真摯な姿勢がはっきりと示されている。

「管弦楽組曲」は音楽の流れを大切にしながら、すっきりと精巧に仕上げ、ルツェルン音楽祭弦楽合奏団固有...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-22T00:08:04+09:00</dc:date>
<dc:subject>バッハ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000XQ9IRM&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>　<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000H30HTE&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
バウムガルトナーの演奏は全体に明るく軽快だが、構成が実にしっかりしており、しかもどの曲にもバッハの音楽に対する真摯な姿勢がはっきりと示されている。<br>
<br>
「管弦楽組曲」は音楽の流れを大切にしながら、すっきりと精巧に仕上げ、ルツェルン音楽祭弦楽合奏団固有の明澄な響きが美しい。<br>
<br>
ニコレのフルート・ソロともども第２番が素晴らしい。<br>
<br>
バウムガルトナーの棒によって生命を得たこの楽器が空中を自由に泳ぎ回り、深山の涼しさを湛えた音色も極めて美しい。<br>
<br>
他の曲も、がっしりとした骨格をもちながらよく歌う真実にあふれた豊かな音楽になっている。<br>
<br>
第３番も第２番を凌ぐ素晴らしさだ。<br>
<br>
第１番もまた、木管がうまい。ブルグのオーボエは特に魅力的だ。<br>
<br>
第４番もよく練り上げられている。<br>
<br>
「ブランデンブルグ」も指揮者と楽員たちとの息がぴったりと合った、極めて質の高い演奏である。<br>
<br>
この「ブランデンブルグ」は数多い録音のうち、最も安心して聴ける模範的名演である。<br>
<br>
特に第２番と第４番の２曲では、前者の純正なハーモニーとバランスの美しさ、後者のブロックフレーテの音色の魅力は忘れ難い。<br>
<br>
整然としたアンサンブルで、しかも冷淡になっていない第３番、３人のソリストの絡み合いと香りのある音楽性が全曲にたちこめる第５番も見事だ。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51059575.html">
<title>内田光子のモーツァルト:ピアノ協奏曲全集</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51059575.html</link>
<description>

内田光子といえば、まずこの全集が代名詞のごとく浮かび上がる。一躍モーツァルトのスペシャリストとしての真価と国際的な名声をかち得た記念碑的なアルバムといってよいだろう。

彼女はこの録音に６年の歳月を費やしているが、ブレンデル盤の１５年に比べればはるか...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-21T00:12:11+09:00</dc:date>
<dc:subject>モーツァルト</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00000415Z&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
内田光子といえば、まずこの全集が代名詞のごとく浮かび上がる。一躍モーツァルトのスペシャリストとしての真価と国際的な名声をかち得た記念碑的なアルバムといってよいだろう。<br>
<br>
彼女はこの録音に６年の歳月を費やしているが、ブレンデル盤の１５年に比べればはるかに短く、演奏スタイルにも一貫性がある。<br>
<br>
そのためか全集としてのまとまり、ひいては彼女の揺るぎないモーツァルト観が強く打ち出された印象となっている。<br>
<br>
内田のモーツァルトには、鋭い感性で切り込んでいき、ついには核心を探りあてていくような直截に肌で感じられる感覚的な楽しみがある。<br>
<br>
テイト＆イギリス室内管弦楽団が、そうした彼女の"生きた"アプローチを尊重しつつ、打てば響くように反応し、さらに増幅して弾くところにいまひとつの妙所がある。<br>
<br>
両者の蜜月時代を思わせる表裏一体化した解釈とアンサンブルは、各曲の持ち味を自然発生的に滲み出させており、それはほぼ全曲にわたってムラなく達成されているところが素晴らしい。<br>
<br>
第２０番以降の８曲は、いずれも玲瓏としたピアノの音質と、隙のない緻密な彫琢によって、それぞれの魅力を十分にしぼりとった非の打ちどころのない名演。<br>
<br>
それに劣らず、前半の見落とされがちな作品の一つ一つからは、自然に息するように生彩に富んだ表現が浮かび上がってくる。<br>
<br>
彼女自身の手になるカデンツァも、ケレンがなく絶妙である。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51058700.html">
<title>ミケランジェリのラヴェル、ラフマニノフ/ピアノ協奏曲</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51058700.html</link>
<description>

ミケランジェリ３７歳時の録音。ミケランジェリが１９５７年にイギリスを訪れた際に録音した初のステレオ録音で、ラヴェル、ラフマニノフともにミケランジェリ唯一の録音である。

ラヴェルはまだしも、ラフマニノフは４曲中最もマイナーな第４番という奇抜な選曲。そ...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-20T02:56:22+09:00</dc:date>
<dc:subject>ミケランジェリ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00004R95P&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
ミケランジェリ３７歳時の録音。ミケランジェリが１９５７年にイギリスを訪れた際に録音した初のステレオ録音で、ラヴェル、ラフマニノフともにミケランジェリ唯一の録音である。<br>
<br>
ラヴェルはまだしも、ラフマニノフは４曲中最もマイナーな第４番という奇抜な選曲。そこがいかにも奇才ミケランジェリらしくていい。<br>
<br>
ラヴェルは、今なおハッとするような感覚をもたらしてくれる演奏で、両端楽章を完全無欠のテクニックで圧倒したかと思うと、第２楽章では絶妙のアゴーギグで揺さぶりをかけて翻弄する。<br>
<br>
そのしたたかな表現力は単に奇を衒ったものではない。緻密で巧妙な頭脳的プレイでありながら、それをごく自然に聴こえさせてしまう至芸なのである。<br>
<br>
冴え冴えとしたタッチの中には玄妙な味わいがあり、鋭利な音運びの中に繊細なうつろいがある。<br>
<br>
知的で人工的な音楽でありながら、その精巧な美しさで聴き手の血を泡立たせるような魔力を、ミケランジェリのピアノは持っているのだ。<br>
<br>
ラフマニノフにおけるヴィルトゥオジティにも感嘆させられる。一見煩雑な内容の超絶技巧曲と思われる作品が、別曲と見紛うほど理路整然と聴こえてくる。<br>
<br>
ヴィルトゥオジティと知性、そして強烈な彼の個性を痛感させる演奏である。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51058360.html">
<title>グールドのバッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音)</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51058360.html</link>
<description>

グールドの墓碑には、この「ゴールドベルク変奏曲」のアリアの冒頭の３小節が刻まれているという。このバッハの名作は、それほどにグールドを象徴する音楽なのである。

彼は１９５５年にこの曲で衝撃的なデビューを飾り、５０歳で没した１９８２年にも同じ曲の再録音...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-19T00:00:05+09:00</dc:date>
<dc:subject>バッハ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B0002ZEZUE&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
グールドの墓碑には、この「ゴールドベルク変奏曲」のアリアの冒頭の３小節が刻まれているという。このバッハの名作は、それほどにグールドを象徴する音楽なのである。<br>
<br>
彼は１９５５年にこの曲で衝撃的なデビューを飾り、５０歳で没した１９８２年にも同じ曲の再録音盤を発表した。映像にもこの曲の録音を残している（８１年）。<br>
<br>
バッハがこの曲を通じて音楽のあらゆる次元を変奏として表したように、グールドの音楽表現の源泉はここに集約されているようにさえ聴こえる。<br>
<br>
それが最初は衝撃だった極端とも思えるテンポ設定も、装飾音の風変わりな扱いも、アーティキュレーションも決して奇を衒ったり、変化のための変化としてなされたものではなく、「現代のピアノ」という本来はバッハの鍵盤楽器とは相容れない楽器を通じて、斬新で普遍的な聴くに足る演奏を模索した結果の美しい結晶だったことに気付く。<br>
<br>
グールドは異例の幅広いレパートリーを通じて、現代ピアノにふさわしい解釈を探ってきたが、バッハにおけるこれは彼の結論だといえる。<br>
<br>
バッハの抽象美を最大限に発揮しつつ、ここにはグールドがバッハに寄せる感嘆の念が実に切実に刻まれているのが共感を呼ぶのだ。<br>
<br>
改めてこのデビュー盤を聴くと、最後の録音となった、あまりにも対照的なゴールドベルクの演奏も、ひとつの変奏のように思えてくる。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51057311.html">
<title>ホロヴィッツ・モスクワ・ライヴ1986</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51057311.html</link>
<description>

ヴラディミール・ホロヴィッツはピアノ演奏芸術の最後のロマンティストと謳われる不世出の大ピアニスト。

卓越したテクニックと華麗な表現で魅了し、晩年は自在に揺れ動く情感を美彩な音に託して滋味あふれる演奏を聴かせた。

このアルバムは、６１年ぶりに祖国に...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-18T00:00:37+09:00</dc:date>
<dc:subject>ホロヴィッツ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005FJ94&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
ヴラディミール・ホロヴィッツはピアノ演奏芸術の最後のロマンティストと謳われる不世出の大ピアニスト。<br>
<br>
卓越したテクニックと華麗な表現で魅了し、晩年は自在に揺れ動く情感を美彩な音に託して滋味あふれる演奏を聴かせた。<br>
<br>
このアルバムは、６１年ぶりに祖国に里帰りして熱狂的な歓迎を受けた８２歳の天才ピアニストがモスクワ音楽院大ホールで開いた生涯最も記念すべき演奏会の記録。<br>
<br>
歓呼と涙、愛と賞賛にみちた心あたたまる拍手につつまれた感動のライヴである。<br>
<br>
スカルラッティ他、いずれも好んで演奏したきた曲ばかり。息を呑むほど美しい響きで紡ぎだされた深い詩情とファンタジーは、音楽の精霊がうたうロマンそのものを思わせる。<br>
<br>
出だしから響きの美しさと輝かしさで耳を奪う。音楽の流れも自然で余情が漂い、スカルラッティの詩とホロヴィッツの歌心が感じられる魅力たっぷり。<br>
<br>
得意中の得意であるスクリャービン、ショパン、リストは余裕しゃくしゃくたる演奏ぶりで、ファンタジーに富み、ポエジーも豊か。<br>
<br>
多くの演奏家が言うコンサートの魅力、聴衆との交流を実感させてくれる、巨匠ならではのライヴだ。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51057309.html">
<title>リヒテルとカラヤンのチャイコフスキー:ピアノ協奏曲</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51057309.html</link>
<description>

独奏者リヒテル、指揮者カラヤン、ともにチャイコフスキーのピアノ協奏曲第１番の録音を複数回行っているが、両者が共演した本盤の演奏内容が最も興味深い。

まず、ここでは指揮者カラヤンの音楽づくりが、常日頃とは若干様相を異にしている点に注目したいと思う。
...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-17T06:18:45+09:00</dc:date>
<dc:subject>チャイコフスキー</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000TLYE34&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
<br>
独奏者リヒテル、指揮者カラヤン、ともにチャイコフスキーのピアノ協奏曲第１番の録音を複数回行っているが、両者が共演した本盤の演奏内容が最も興味深い。<br>
<br>
まず、ここでは指揮者カラヤンの音楽づくりが、常日頃とは若干様相を異にしている点に注目したいと思う。<br>
<br>
周知のように、カラヤンは極めて多くのディスク類を作っており、その大部分はいわゆる「カラヤン節」というか流麗な音楽の流れを最大限に磨き上げ、ドラマティックな要素からデリケートな要素に至るまで、余裕を持って豪華に描き出そうとしているのだが、それがここではやや違っている。<br>
<br>
ウィーン交響楽団を指揮したこの演奏では、常日頃よりはずっと前のめりになって曲に向かっている。<br>
<br>
華やかなダンディズムといった趣きがある彼としては珍しく、オーケストラに対して力みを感じさせるような傾向があり、目を閉じて颯爽とした指揮ぶりで全体を仕上げる彼が、ここでは終了後、かりに汗を拭ったとしても不思議でも何でもない、という感じだ。<br>
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カラヤンの演奏には「汗の跡」のようなものがないから好き、というファンには不本意かもしれないが、こうした彼の姿もときにはスリリングで興味深い。<br>
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改めて指摘するまでもなく、それもこれも独奏者リヒテルの強靭で奔放なピアノに、カラヤンが強烈なライヴァル心を燃やした結果、生じたものなのである。<br>
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実力、個性ともに秀でた両者の丁々発止とやりあう関係が、なんとも面白い。]]>
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<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51056937.html">
<title>ニコレのモーツァルト:フルート協奏曲</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51056937.html</link>
<description>

ニコレのフルートはさすがに深い。決して派手ではないが、音楽的に極上であり、聴いていて頭が下がるほどだ。

正確な技巧で一点一画もおろそかにせず、端正に吹いているところにひかれる。

どの曲も、ドイツ的な隙のない表現で、ランパルのような華やかさとはやや...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-16T00:07:22+09:00</dc:date>
<dc:subject>モーツァルト</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B0009N2VWS&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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ニコレのフルートはさすがに深い。決して派手ではないが、音楽的に極上であり、聴いていて頭が下がるほどだ。<br>
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正確な技巧で一点一画もおろそかにせず、端正に吹いているところにひかれる。<br>
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どの曲も、ドイツ的な隙のない表現で、ランパルのような華やかさとはやや異なり、格調も高い。<br>
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第１番の第１楽章など、曲想から考えてまさにニコレにピッタリだ。<br>
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第２番でも、俗なものを一切取り払った演奏で、そのことでかえってモーツァルトが生きて語りかけてくる。<br>
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ジンマン指揮のオケは活気と流麗さを共に生かしていて、ソロを見事にバックアップしている。<br>
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いぶし銀のようなコンセルトヘボウの響きも聴きものである。<br>
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ちなみにモーツァルトが生きていた時代、フルートは楽器として未完成なところがあり、音程が不安定だったためか、モーツァルトはフルートという楽器に少しの愛着ももっていなかったそうである。<br>
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だが、フルートが性能的に不備だった時代に、この楽器の魅力を存分に発揮させた名曲をつくったモーツァルトは、やはり天才中の天才であったといえよう。]]>
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<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51056401.html">
<title>アンセルメのラヴェル・オペラ「子供と魔法」「スペインの時」</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51056401.html</link>
<description>

エルネスト・アンセルメは優れた才能と精緻な美的感覚をラヴェルの音楽において最高度に発揮した指揮者であった。

才人ラヴェルの感受性豊かで高度に洗練された童話風な幻想的オペラ・バレエ「子供と魔法」の録音はその結晶ともいうべき名盤。

ラヴェルの精緻な音...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-15T00:10:34+09:00</dc:date>
<dc:subject>ラヴェル</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00004V5D4&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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エルネスト・アンセルメは優れた才能と精緻な美的感覚をラヴェルの音楽において最高度に発揮した指揮者であった。<br>
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才人ラヴェルの感受性豊かで高度に洗練された童話風な幻想的オペラ・バレエ「子供と魔法」の録音はその結晶ともいうべき名盤。<br>
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ラヴェルの精緻な音楽と感覚を、これ以上考えられないほどデリケートで、しかも正確なタッチで完璧に描きつくしている。<br>
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当時のフランスにおける粒選りの歌手たちを揃え、ナイーヴな夢と憧れを秘め、ウィットに富み、多彩な音色とセンシティヴな音響効果に満ちた楽しいメルヘンを、アンセルメはデリケートに絶妙なタッチで美しく変幻自在に描き上げている。<br>
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歌手たちの中では、お姫さまとリスを歌うダンコ、羊飼いの少女と雌猫とこうもりを歌うトゥレーヌ、ティー・ポットと小人の老人と雨蛙を歌うクエノーが、特に優れている。<br>
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アンセルメのラヴェルの中でも特に優れた名演だ。<br>
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「スペインの時」におけるアンセルメの指揮は、リズムの感覚の鋭さと洗練された音色への卓越した敏感さがそのままラヴェルの音楽のドラマとなって表れている。<br>
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歌手陣もよく歌っており、特にレーラスの男らしい歌い方が印象的である。<br>
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このディスクは１９５３、５４年の録音だが、信じられないくらい音の状態もよく、ラヴェルの精妙な音楽と舞台的な効果が十分に楽しめる。]]>
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<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51055752.html">
<title>トスカニーニのベルリオーズ</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51055752.html</link>
<description>

トスカニーニの緊迫したダイナミックな演奏の見本のようなレコードである。

劇的交響曲「ロメオとジュリエット」冒頭のアレグロ・レガートの、粗野と思われるばかりに力をむき出しにした緊迫したリズムの演奏を聴けば、トスカニーニがこの曲から何を求めてそれをどう...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-14T00:01:16+09:00</dc:date>
<dc:subject>トスカニーニ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00006I9D8&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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トスカニーニの緊迫したダイナミックな演奏の見本のようなレコードである。<br>
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劇的交響曲「ロメオとジュリエット」冒頭のアレグロ・レガートの、粗野と思われるばかりに力をむき出しにした緊迫したリズムの演奏を聴けば、トスカニーニがこの曲から何を求めてそれをどう表現しようとしているかが推察できる。<br>
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つまり、トスカニーニは、これを徹底的に一つの音の劇としたのである。<br>
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トスカニーニの指揮はこの曲を標題的には扱っていない。<br>
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ロマンティックな幻想をすっかり洗い落とし、純粋な音楽だけを引き出した。<br>
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極めて割り切った演奏である。<br>
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幾分、早目のテンポで歌われる美しい旋律は、きれいに垢抜けして明快そのものである。<br>
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トスカニーニの演奏様式の最もはっきり出た演奏として記念的意味もあるといえる。<br>
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トスカニーニのベルリオーズ演奏は全てがユニークで素晴らしいが、劇的物語「ファウストの劫罰」においても他の指揮者では絶対に聴くことのできない演奏を示している。<br>
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ＮＢＣ交響楽団の優れた演奏能力が示された好例である。]]>
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<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51054839.html">
<title>カラヤン・ラスト・コンサート1988 モーツァルト&amp;ブラームス</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51054839.html</link>
<description>

「ブラ１」をカラヤンは６度録音しており、チャイコフスキーの「悲愴」とならんでカラヤンのレパートリーの最も基本をなすものであり、カラヤンは数々の名盤を残してきた。

ここに聴く来日公演のライヴは８０歳というカラヤン最円熟期の演奏であり、熟成した表現の味...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-13T05:17:16+09:00</dc:date>
<dc:subject>カラヤン</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00144661S&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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「ブラ１」をカラヤンは６度録音しており、チャイコフスキーの「悲愴」とならんでカラヤンのレパートリーの最も基本をなすものであり、カラヤンは数々の名盤を残してきた。<br>
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ここに聴く来日公演のライヴは８０歳というカラヤン最円熟期の演奏であり、熟成した表現の味わいと生きた音楽としての勢いが究極の完成度を見せている。<br>
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全体の構成力、重厚にして奥深い表現の味わいが傑出しているし、各楽章の性格も的確に描き分けられていて、聴きこむうちにさらに奥深い世界へと誘われる尽きせぬ魅力がある。<br>
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ことにたたみかけていくような力感にあふれた終楽章は素晴らしい。<br>
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モーツァルトは明晰で格調高く、しかも不思議に親しみやすい。最晩年のカラヤンが自らのドイツ的資質を明らかにした演奏である。<br>
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ここに聴く演奏はまさに円熟の極みにあったカラヤンの至芸であるが、しかしカラヤンという指揮者が最後まで実に端正であり続けたことを物語る凛々しい名演でもある。<br>
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作品を自分の年輪や経験で強引にねじ曲げることをせず、あくまでの一定の距離感を保ったうえで再現している。<br>
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巨匠中の巨匠のカラヤンには何でも許されたはずだが、カラヤンは最後まで作品の僕としての使命に徹しており、それが例えようもない客観的調和と気品を醸し出している。<br>
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ベルリン・フィルも絶頂期の演奏を披露しており、音色、輝き、スケール感、アンサンブルともに素晴らしい。<br>
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一時代を画したこのコンビの記念碑的ライヴといえよう。]]>
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</item>
<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51054481.html">
<title>カラヤン・ラスト・コンサート1988 悲愴&amp;モーツァルト</title>
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カラヤンは「悲愴」をたいへん得意にしており、最後の来日の際、白熱した演奏を聴かせてくれた。そのライヴの復刻である。

きめこまやかな棒さばきで、ベルリン・フィルを自在にドライヴしながら、作品のもつ暗鬱で救いようのない気分を巧みに表出している。

実に...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-12T01:50:26+09:00</dc:date>
<dc:subject>カラヤン</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B0017W7EGI&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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カラヤンは「悲愴」をたいへん得意にしており、最後の来日の際、白熱した演奏を聴かせてくれた。そのライヴの復刻である。<br>
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きめこまやかな棒さばきで、ベルリン・フィルを自在にドライヴしながら、作品のもつ暗鬱で救いようのない気分を巧みに表出している。<br>
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実に７度の「悲愴」を録音していたカラヤンは、この時すでに８０歳であり、恐らくこれが自分にとっての最後の「悲愴」となることを意識していただろう。<br>
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万感の思いをこめた、まことに彫り深く求心的なその演奏を聴いていると、どうしてもそう考えたくなってしまう。<br>
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しかし、そうした渾身の演奏であるにもかかわらず、その音楽はあくまでしなやかで、表現をつめたが故に底に淀んだ澱を残すことがない。<br>
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さすがにカラヤンであり、ベルリン・フィルの柔軟な反応力というべきである。<br>
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特に、終楽章における求心力と切々として深く強い表現は、凄絶なまでの美しさに貫かれており、聴き終わった後もいっそう深い沈黙と感動を呼び起こさずにはおかないだろう。<br>
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モーツァルトは独自のあたたかさと透明度の高さが融合した演奏で、かつてのカラヤンの弱点でもあった自我の表出を抑え、古典主義的世界の再現を見事に果たしている。<br>
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特にコン・スピーリトの終楽章は驚くほど躍動的で、爽快で急速なテンポが全体をきりりと引き締めている。]]>
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<item rdf:about="http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51053848.html">
<title>カラヤンの「フィデリオ」</title>
<link>http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/51053848.html</link>
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カラヤンはこのオペラを何よりもまずベートーヴェンの理想主義的な理念のドラマとして把握し、表面的なおもしろさやオペラティックな効果よりも音そのものの持つ力と理論を十二分に明らかにすることによって、人間的な感動を謳いあげるという態度をとっている。

歌手...</description>
<dc:creator>classicalmusic</dc:creator>
<dc:date>2008-07-11T01:24:30+09:00</dc:date>
<dc:subject>カラヤン</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=19741216-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00000DOIJ&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe><br>
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カラヤンはこのオペラを何よりもまずベートーヴェンの理想主義的な理念のドラマとして把握し、表面的なおもしろさやオペラティックな効果よりも音そのものの持つ力と理論を十二分に明らかにすることによって、人間的な感動を謳いあげるという態度をとっている。<br>
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歌手では、特にデルネシュが声の劇的な緊張と力強い輝きにおいて傑出しているだけでなく、あくまで貞淑な女としてのやさしい情感とリリシズムを失っていない。<br>
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第１幕前半にはカラヤンの美感によって磨かれた流麗な演奏が並んでいる。特にベルリン・フィルのみずみずしい響きと洗練された演奏が大きな力となっており、「序曲」から耳をひき寄せられる。<br>
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開幕の「二重唱」「マルツェリーネのアリア」、有名な「四重唱」なども美しさによって光っているだけでなく、ここでは「ロッコのアリア」さえも美が優先されている。<br>
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そのためドラマがやや置き去りにされている印象を受けるが、「ピツァロのアリア」から劇的な鋭さを加え、第２幕に入ると「序奏とフロレスタンのアリア」「メロドラマと二重唱」「四重唱」など更に充実した演奏を重ねている。<br>
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特にカラヤンの幕切れに向かっての昂揚の築き方に圧倒される。]]>
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